ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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ヒキニート、海を眺める

「なるほど~、敢えて“こっち”を選ぶなんてセンスあるんじゃないですか?」

 「センスも何もないですよ。一家揃って倹約家だっただけです」

 

 海崎さんの先輩が眠るお墓のある霊園から少し早めの昼食を食べて電車をいくつか乗り継ぎ約1時間。俺は海崎さんと共に最後に家族全員で出掛けた思い出の場所に着いた。

 

 「確かに貴臣さんは隣のテーマパークみたいな賑やかな場所は苦手そうですからね」

 「いま完全に俺のことを偏見の眼差しで見ましたよね海崎さん?」

 「いやいやまさか」

 「別に苦手じゃないですよ。ああいう騒がしいところも好きなことは好きでしたし」

 

 その場所は学生や家族連れやカップルで毎日のようにごった返しているテーマパーク、から県境を挟む川の向こう側にある公園だ。ただ公園だとは言っても観覧車や水族館があったりとどちらかというと行楽地という感じで、隣ほどじゃないけど人は多い場所だ。

 

 「どうします?とりあえず観覧車でも乗っときますか?」

 「“野郎が2人”で観覧車乗ったって何の感動もないですよ(むしろ恥ずかしい・・・)」

 「じゃあ水族館とか?」

 「完全に仕事のこと忘れてませんか海崎さん?」

 「いえ、全く」

 「本当ですか?(説得力が皆無すぎる・・・)」

 

 どういうわけか一応仕事で来ているとは思えないほどテンションが高めの海崎さんはともかく、俺の目的地は大観覧車でもなければ水族館でもない。

 

 「・・・ほんの少しだけ歩きますよ、海崎さん」

 「はいはい」

 

 駅を降りて中央にある広場から更に奥の方へと進んでいくと、公園の向こう側へと繋がるそれなりに立派な一本の橋がある。その橋を渡った先で東京湾の海に孤島のように佇んでいる渚が、俺にとっての思い出の場所だ。

 

 「渚ですか~、いいですね~」

 「今日は天気もいいので、余計にそう感じます」

 「潮干狩りとかで有名ですよねここ?」

 「よく知ってますね」

 「どこかのテレビで取り上げているのを見たことがあるだけなんですけどね」

 

 ただ名目上は公園ということになっているが、実際に来てみるとこの場所は公園というより名称にもあるようにどう考えても“渚”だ。まぁ言ってしまえばバーベキューも出来るから公園なのは間違いないんだけれど、そんなことはここに来る人たちにとっては関係ない。

 

 「・・・もちろん家族とここへ来たときは夏だったんで潮干狩りもやりましたよ・・・後はこんな感じで海を眺めながら砂浜を歩いて家族写真を撮ったり・・・」

 

 

 

 “『次の休み、久しぶりに家族で何処かへ出かけない?』”

 

 

 

 俺が高校に入学した最初の夏休み。家族全員で夕飯の食卓を囲んでいる中、母さんが俺たちに言った言葉。両親が共に仕事で忙しく揃って倹約家(ケチ)だったこともあってカズの七五三祝いで浅草に行った日を最後に家族で普段よりも遠いところへ行ったことがなかったから、特にカズは喜んでいた。だけれど付き合っていた彼女がいたあの頃の俺は恥ずかしいという感情のほうが大きかった。

 

 “『ごめん。俺その日は無理だわ』”

 

 というか母さんが言っていた“次の休みの日”は、その頃に付き合っていた彼女と“水族館”へ行く予定があって行くことが出来なかった。

 

 “『そっか。ま、貴臣が来れないのは残念だけど“彼女と予定”があるんじゃ仕方ないな?』”

 “『事実だけど言い方が直球すぎるだろ親父』”

 

 もちろん家族は俺に彼女がいることを知っていたから、無理に止めることはしなかった。そして家族会議の末、夏休み最後の日となる1週間後の休みに俺と海崎さんが今いる“この公園”に行こうという話になった。奇しくもそこは彼女と行くと約束していた場所と完全に被っていたこともあってそれなりの恥ずかしさはあったけれど、心の底から嬉しそうなカズの表情を見て俺は行くことを決めた。

 

 “『まず水族館に行って・・・その後に橋を渡った向こうで潮干狩りをして・・・そして最後は大観覧車で・・・』”

 

 日程が決まったと見るや、9歳だったカズは綿密に一日のスケジュールをしおりとして作り始めた。あの時に久しぶりの家族旅行へのワクワクを隠そうともせず心を躍らせながら楽しそうにしおりを作っていたカズの姿を思い出すと、未だに後悔の感情がこみ上げてくる。

 

 “『じゃ、行ってくるわ』”

 

 無邪気なカズと一緒になってしおりを作った3日後の休日。俺は一足先に家族で出かける予定の場所へ出掛けた。居間で“いってらっしゃい”と声をかける母さんと、この後に起こることなど知る由もなくいつものように自分の部屋で寝坊助をかましていた親父。

 

 “『デート頑張れ、兄ちゃん』”

 “『カズお前それ“デート”の意味分かって言ってる?』”

 “『お父さんが言ってた』”

 “『絶対変なこと吹き込まれただろそれ・・・』”

 

 玄関で新しく買ったばかりのスニーカーの紐を結びながら、カズとこんな感じのやり取りをして、俺は玄関を出た。

 

 “『来週は“家族全員のデート”だね』”

 “『それは“デート”とは呼ばないっつーの。とりあえず玄関(ここ)から戻ったら親父に“これ以上変なことをカズに吹き込むな”って俺が言ってたって伝えといて』”

 “『うんわかった』”

 “『じゃあ・・・行ってきます』”

 “『行ってらっしゃい!』”

 

 

 

 これが、俺とカズと親父と母さん(家族4人全員)がひとつ屋根の下で揃っていた最後の瞬間になってしまった。

 

 

 

 「・・・・・・まぁ・・・嘘なんですけどね

 

 家族と行くはずだった渚の先に広がる東京湾を眺めながら、俺は海崎さんに思い出が全て嘘だということを打ち明けた。

 

 「はい。知っています・・・本当はあの頃お付き合いしていた彼女さんとデートに行った一週間後の休みに、家族全員でもう一度“ここ”に来るはずだったんですよね?」

 「さすが、情報網が凄いですね」

 「褒めて頂きありがとうございます」

 「いや、褒めてないです」

 

 とは言うものの流石はリライフ研究所、俺のことは隅々まで調べ上げている。もうここまで正確に調べ上げられていたら逆に信用すらできてくる。

 

 「・・・ちょうどこの場所で彼女とこんな感じで何気なく海を眺めていたときでした・・・・・・父親からケータイに着信が来たのは・・・

 

 

 

 “『・・・母さんが家を出ていった・・・・・・・多分、もう帰ってこない・・・』”

 

 

 

 家族旅行の下見も兼ねて彼女と来た公園内の水族館を周り終えたあと、日が傾き始めた空の下でこんな感じで彼女と海を眺めていたタイミングで掛かって来た、普段は気さくで飄々とした親父の憔悴しきった声。考えうる限りで最悪な青天の霹靂だった。事が事であるだけに、あの時の俺は彼女に悟られないよう必死に平然を装いながら何かしらの理由をつけてデートの途中で帰った気がするが、それどころじゃなかった俺の記憶は着信から家に着くところまで一切覚えていない。

 

 

 

 “私のことは探さないで下さい。貴臣と和臣のこと、よろしくお願いします

 

 

 

 気が付くと俺はつい昨日まで4人で食卓を囲んでいたテーブルの上に置かれた直筆の置手紙と母さんの名前と判子が押された離婚届を、ただただ茫然と見ていた。親父曰く、夕飯の買い出しに行くため母さんを家に残し駅近で買い物をして帰って来たら、こうなっていた。

 

 “『・・・お母さん・・・・・・本当に帰ってこないの?』”

 

 親父の買い出しから少し遅れて近所の友達の住む家から帰って来たカズは、両目に涙を浮かべながら手紙と離婚届に目を向けたまま立ち尽くしていた。

 

 どうして母さんが突然俺たちの前から姿を消したのか、母さんに一体何があったのか、それは今でも全く皆目見当がつかない。

 

 “『俺がもっと・・・・・・あいつのことを思いやってやれたら・・・』”

 

 だから、力なく呟いた憔悴しきっていた親父の懺悔の言葉が、俺たちの知り得た全てだった。強いて言うなら、“次の休み、久しぶりに家族で何処かへ出かけない?”という母さんの言葉は、この4人での最後の思い出作りのためだったかもしれない・・・なんて考えたところで、母さんは今どこで誰と何をしているかなんて知る術はないし、知りたくもない。

 

 

 

 “『・・・・・・何でこうなるんだよ・・・・・・』”

 

 

 

 こうしてあの日を境に、家族(俺たち)の日常は一変してしまった。

 

 

 

 「・・・母親が何で俺たちを捨てたのかは未だに分かりません・・・・・・でももし・・・俺が付き合っていた彼女とのデートを蹴ってでも家族と一緒にここに来るって決めていたら・・・・・・どっちにしろ母親が家を出る未来(こと)は避けられなかったとしても、“最後の思い出”をバネにして家族がもっと早く前に進めたのかなって考えると・・・・・・本当に悔やんでも悔やみきれないです・・・

 

 そして俺はあの日を境に、誰よりも心に深い傷を負ってしまった親父に代わって、自分の人生を犠牲にして家族を守ることを決めた。

 

 「って勝手に悔やんだところで・・・時間は戻らないし母親(あの人)も戻ってこないんですけどね・・・」

 

 これから先、自分の心が完全に壊れてしまうなんて夢にも思わずに。

 

 「すいません。さっきから暗い話ばかりで・・・」

 「いえ・・・心中、お察しします」

 「“気分転換”したいんで海を眺めてもいいですか?」

 「はい。好きなだけ眺めて頂いて大丈夫ですよ」

 

 海崎さんから許し得て、俺は心を無にして眼前に広がる東京湾をただ眺める。4人がいた頃の記憶(こと)を思い出すと、どうしても今と比べてしまうため気分が落ち込んでいく。それは昨日までも同じことだった。

 

 ただその方法が“ネットサーフィン”から、“海を眺める”に変わっただけのことだ。

 

 「・・・海って・・・こんなに広かったんだな・・・」

 

 心の中で思った声が独り言になってフッと出る。見ている景色が変わっただけなのに、どうしてこうも感じる気持ちが違うのか。快晴の空の下に広がる海。思えば2年半ずっと引き篭もっていたもんだから、こうやって自然に触れること自体が久しぶりだった。

 

 「・・・僕は何か失敗したときとか、嫌なことや悲しいことがあったときとかは・・・こうやって海を眺めていましたよ・・・」

 

 隣で同じように海を眺める海崎さんの思い耽った言葉が“無心”になった心に流れる。

 

 「・・・そうなんですね」

 「もちろん嫌なことばかりじゃなく、気の合う学生時代からの友達との“思い出作り”で行くこともありましたよ。僕の生まれ育った地元が漁村だったせいかは分からないですけど、物心がついた時から海を眺めるのが好きだったんで(ていうかそれぐらいしか娯楽がないクソ田舎なんだけどな俺の地元・・・)」

 「なるほど・・・確かに海崎さんの名前にも“”っていう漢字が入ってるくらいですからね・・・」

 「・・・ん?」

 「何でもないですスイマセン」

 

 自分のせいでしんみりし始めていた空気を少しでも変えようとジョークをぶち込んでみたら、案の定盛大にスベった。まぁ、周りから心配されないようにとジョークをぶち込んで誤魔化したはいいが、俺のギャグセンスが壊滅的なせいで逆に場の空気が微妙になるのは俺が“自分を捨てる”ようになった頃からずっと変わらない。

 

 

 

 “『なぁカズ?部下が気に食わないからって平然とパワハラをする上司と年がら年中同じ部屋でずっと引き篭もってるやつってさ、どっちが“社会のゴミ”だと思う?』”

 

 そう言えば 俺が“引き篭もる”1週間くらいに、部屋から出たところで鉢合わせたカズに向けて何を思ったか咄嗟に“最低最悪なジョーク”を言ったことが一度だけある。

 

 “『うーん、引きこもりも悪いけど、これは普通にパワハラする上司のほうが悪だと思う。“社会のゴミ”はちょっと言い過ぎかもだけど』”

 “『言い過ぎか・・・カズは本当に優しいな』”

 “『いや何が?』”

 

 相手が相手だっただけあって特に何も起こらなかったけれど、あの時の俺も俺なりにカズに余計な心配をさせない為にこんなことを言った。

 

 “『でもそうだよなぁ、カズ』”

 “『だから何が?』”

 

 

 

 ・・・と思っておきたいところだけれど、変なところで鈍感なあいつのことだから“真意”には気づけていなかっただろう。これが1週間後にぶっ壊れる俺の心からの“SOS(サイン)”だったとも知らずに。

 

 

 

 「・・・“スベった”ことはともかく、こうやって人に心を開けるようになっている貴臣さんを見ていると自分のことのように嬉しいです」

 「ありがとうございますって言いたいとこですけどさっきのやつは忘れてくれて大丈夫です(さり気なくディスられた?)」

 

 ジョークをぶち込んで空気を微妙にしたことを軽く弄りつつ、海崎さんは曇りのない晴れやかな顔で心を開けるようになったという俺を文字通り自分のことのように喜んでいる。

 

 “にしても何であんなこと言ったんだ、俺?

 

 そして今になって、昨日会ったばかりの他人へ躊躇なくジョークで返していた自分自身に驚いた。まさか2年半も部屋に閉じこもり心も閉ざしていた自分が、こんなにも早く“外の世界”を楽しもうとしているなんて、玄関の外に出る瞬間までは思いもしなかった。

 

 「いつかはちゃんとした“思い出”として・・・この場所に来れるといいですね・・・

 「そうですね・・・だってそのための“リライフ”なんですよね?海崎さん?

 「おや貴臣さん?今のも“渾身のジョーク”ですか?」

 「今のどこに“ジョーク”の要素があるんですかいい加減にしてくださいよ

 

 海崎さんは俺のことを“見違えるくらい変わった”と言ってくれたけど、“出来て当たり前のことを当たり前に出来た自分を思い切り褒めろ”と言ってくれたけど、その意味が確実に分かり始めた。

 

 「・・・でも今日は、海崎さんと外に出て思い出の場所を周ることが出来て良かったです・・・・・・って、俺の思い出はですけど」

 

 休日に誰かと外に出て、どこか少しだけ遠い場所へ足を運んで、自然に身を任せる。そんな誰もが当たり前にしていることを当たり前に出来ている今の自分を・・・今日ぐらいは久しぶりに褒めてやりたいと思えた。

 

 「・・・その“嘘”の思い出を、僕たちと一緒に“本物”にしてみませんか?・・・貴臣さん

 

 そして今一度心から決めた。絶対にリライフで“自分の人生”を取り戻して、家族の“未来”を幸せにしてやると。

 

 「はい・・・これからも色々ご迷惑をかけるかもしれませんが・・・・・・1年間、お世話になります

 

 

 

 こうして俺はこの日、家族4人との最後の思い出になるはずだった場所で、海崎さんに面と向かって改めてリライフの実験に参加する意思を伝えた。

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