ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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ヒキニート、打ち明ける

 「兄ちゃんが居間(ここ)で夕飯を食べるのすげー久しぶりに見るよ」

 「当たり前だよ。つい昨日まで部屋(あそこ)に籠って三食食べてたし」

 

 夜の7時。カズから呼び出される形で居間に戻り、大神家ではすっかり月に一度の定番になっているカレーライスを2年半ぶりに1人で“部屋”ではなく家族と一緒に“食卓”を囲んで食べる。

 

 「玲奈さんは大丈夫?親御さんもいるだろうし」

 「いえ、うちはそういうのうるさくないから全然大丈夫です」

 「そっか。なんかごめんね気を遣わせちゃって」

 「とんでもないです」

 

 ただこの前に食卓を囲んだときと1つだけ違うのは、ここに“カズの彼女”が加わったこと。さっきはつい“余計な一言”で困らせてしまったけれど、あの後にカズがフォローしてくれたのかは知らないがどうやらそこまで気には留めていないみたいだ。

 

 「玲奈ちゃんも来てたのか、こんばんは」

 「あ、広臣(ひろおみ)さん。またお邪魔しています」

 「おぉ今日はカレーか~」

 「父さん。実は今日のカレー、狩生と一緒に作ったんだよね」

 「へぇ~すごい美味そう」

 

 カズと玲奈さんが手分けして食卓にカレーライスを用意していると、そこに風呂から上がってきた親父も加わって、ついに大神家の食卓に家族全員と玲奈さんの4人が揃った。ちなみに配置はそれぞれ俺と親父、カズと玲奈さんでテーブルを挟み隣同士になった。

 

 「では・・・兄ちゃんこと大神貴臣の“引きこもり卒業”を祝して

 「“引きこもり卒業”って・・・まさかさっき言ってた“祝う”って」

 「そういうこと」

 

 全員が席に着いたところで、カズが大神家を代表してさり気なく俺の心を抉る手荒い音頭を取る。ほんと、たかが久しぶりに外に出ただけでこうやって家族から祝われるなんて、大袈裟にもほどがある。

 

 「・・・カズは良い奴だな

 「ちょっと本気で感謝してるって目で俺を見るなよ兄ちゃん!なんかハズいわ!」

 「だって本当のことだろ?(っていうかせっかく褒めたのにハズいってヒドイな弟よ)」

 

 でも、こうして心の底から笑ってるカズの顔を見れている“今”があるだけで俺は本当に嬉しいし、カズと親父が笑顔で玲奈さんを迎え入れて“在りし日”のように賑やかになった食卓を見ていると、それだけで心の中が至福で浄化されていく。

 

 「とにかくみんな食べよう、いただきます」

 

 思っていた以上に本気で感謝されて逆に照れたカズが無理やり音頭の続きを取り、俺は久しぶりに食卓に並んだ夕飯を前に手を合わせて、カズと玲奈さんの2人で作った大神家のカレーを口へと運ぶ。

 

 「うん、いつもカズが作ってるカレーと全く同じでうまい」

 「具材もルーも隠し味も全部同じだから、味は多分いつもとほとんど一緒だよ」

 

 大神家で月1ぐらいの頻度で登場するカレーライス。と言ってもそれは、具材は玉ねぎと人参とじゃがいもと豚肉で、市販のルーに加える隠し味も市販のコンソメとウスターソースという、基本に忠実で何の変哲もないごく普通な家庭のカレーライスだ。

 

 

 

 “『兄ちゃん・・・カレー、置いといたから。頑張って兄ちゃんが作ってたのを再現してみたけど、口に合わなかったらごめん』”

 

 

 

 でもそんな“ありきたり”な味だけは、心を完全に閉ざしていたときでさえ本当に美味しいと感じていた・・・正直、カズが初めて1人で作ったというカレーはウスターの分量を間違えたのかカレーとは思えない“すごい味”になっていたけれど、俺が母さんの作っていたカレーを元に振る舞っていたカレーをカズなりに一生懸命再現しようとしてくれていたのが食べていて分かった。味がどうこうよりもそれが本当に嬉しくて、次第に俺はカズと親父と普通に話せるくらいには家族に心を開けるようになった。

 

 「隠し味とかは和臣がやったのか?」

 「いや、鍋に入れるところからは私が全部やりました」

 「えっ・・・すごいな、本当にいつも食べてるカレーだよこれ」

 「うん、うまいわ」

 

 そんな思い出深い何の変哲もないカレーだけど、玉ねぎのしんなり具合やじゃがいもの煮崩れ具合やルーと隠し味のバランスには基本に忠実ながらもそれなりちゃんとこだわってはいる。だから初めてとは思えないほど俺が独学で作った“母さんの味”が再現された玲奈さんの作ったカレーには、俺も含めて誰よりも本当の味を知っている親父も驚いていた。

 

 「あはは・・・みなさんに気に入ってくれて何よりです」

 

 純粋な驚きを向ける俺と親父に、玲奈さんは謙遜しながらも満更でもなさげな顔で控えめに笑いかける。さすがにタイミングとかはカズから教えてもらいながらやったのだろうが、初めてにしてここまで再現できてしまう玲奈さんは、ある意味で恐ろしい人だ。

 

 「しかもこのカレー、玉ねぎを炒めるところからは本当に狩生が1人で全部やったんだよ」

 「・・・マジで?」

 「全部って言っても、“和臣”が作る前に教えてくれたレシピ通りにやっただけなんで、全然大したことはしてませんよ」

 「でも“兄ちゃんのカレー”はちょっとでも火加減とか隠し味を入れる量とか入れるタイミングを間違えると全然味が変わっちゃうから、レシピ通りに作るのは結構難しいんだよね」 

 「やってること自体は全然難しいことじゃないんだけどな。最初は俺も結構苦労したよ」

 「でもセンスあるでしょ?狩生って?」

 「ちょっ、あんまり言わないで恥ずかしいから!」

 「ホント素直じゃないよなぁ狩生は」

 「悪かったわね素直じゃなくて!」

 「悪いだなんて一言も言ってないのに・・・」

 「(やっぱこの2人は“お似合い”だわ)」

 

 彼女の作ったカレーをお世辞や嘘ひとつなく“凄いだろ”と言いたげに褒めちぎるカズに、溜まらず赤面して強く当たりながら恥ずかしがる玲奈さん。こんなことを言ったらまた玲奈さんの思考回路がショートしてしまいそうだから心の中に閉まっておくけど、本当にこの2人は良い意味で“お似合い”だ。

 

 「しかし、本当に玲奈さんと和臣は良い意味で“お似合い”だな~」

 「・・・そうですか?」

 「何ならこのまま“行けるところ”まで行っちゃっても、俺は父親としていつでも“歓迎”するよ

 「・・・・・・」「・・・・・・

 「(・・・やりやがったよこの“ダメ親父”)」

 

 だがせっかく気を遣って敢えて黙っていたのに、それまで俺たちの少しだけぎこちない会話を見守るように静かに微笑んでいた親父が例によって俺の心の声を10倍の威力に変換して代弁した。案の定、カズと玲奈さんは仲良くカレーを口に運んでいた手が止まる。もちろんそんな親父とは違って口には絶対しないけど、こういうさり気なくシンクロするところを見ているとついつい兄として一言言いたくなってしまうのは、絶対に隣に座っている親父の血がカズ以上に入っているせいだ。

 

 「貴臣もそう思うよな?」

 「俺に同意を求めてどうするんだよ親父・・・ていうか気が早いにもほどがあんだろ(マジでこのダメ親父・・・)」

 

 そしてよりによって隣に座るこのマイペースな“ダメ親父”ときたら、心情を知ってか知らずか隣に座る俺にキラーパスを渡してきた。当然、俺からは何も言えない。

 

 「父さん!急に変なことブッ込んで来るなって!」

 「え?あぁすまん、俺としたことがつい余計なことを」

 「ごめんね狩生、父さんも兄ちゃんも全く悪気はないから」

 「・・・どさくさでさっき俺が言ったことも蒸し返すなよ(確かにあれは俺が悪かったけど)」

 

 こればかりはさすがのカズも少しだけムッとした態度で親父を叱った。ついでに1時間ほど前のことを蒸し返されたが、元は自分で蒔いた種だからこれ以上のことは言えない。

 

 「・・・まぁ・・・断られるよりは・・・全然マシですけど・・・」

 「(意外とまんざらでもない・・・のか?)」

 

 相変わらずのマイペースっぷりを遺憾なく発揮し始めた親父を一瞬だけ一瞥して玲奈さんのほうへと視線を向けると、彼女は赤面して恥ずかしがりながらも満更でもなさそうな顔をしていた。こりゃあ海崎さんの言ってた通り、カズとは違う意味で取扱説明書(トリセツ)が必要な彼女さんだ。

 

 「あれ?こういうときはいつも意地っぱりになる狩生が珍しく素直」

 「それは“良い意味”でってことでいいのかな和臣くん?

 「うん、今のは自分でも“やらかした”って思った・・・」

 「思ったんならその時点で自分で止めろよカズ(マジでそういうところだぞカズ・・・)」

 

 そんな少しだけいい感じになりかけた空気を今度はカズがたまに発動する元来の“鈍感”でぶち壊し、玲奈さんから殺気全開の視線をぶつけられる。今回はカズにしては珍しく指摘される前に気付けたが、毎回のように怒られないと怒られた理由に気付けない弟の鈍感さは兄としてまだまだ心配に思う。

 

 「そうだぞ和臣、これからもお付き合いしていくならもっと相手に気を遣えるようにならないと彼氏として駄目だ」

 「兄ちゃんはともかく父さんには言われたくない」

 「うん、それは俺も同意」

 「玲奈ちゃん、絶対にこの2人みたいな人を傷つけるようなことを平気で言う大人にはなっちゃダメだぞ?」

 「はい、大丈夫です」

 「(即答された・・・)」

 「狩生?さすがに俺はカウントしてないよね?」

 「いないとでも思ってんのこの鈍感?

 「鈍感でスイマセンでした」

 「冗談抜きでそういうところだぞカズ」

 「言っとくけど兄ちゃんも含まれてるからね?」

 「分かってるけどそれは言うな」

 

 彼女が出来たことでマシにはなっているのかもしれないけれど人間というもの、彼女の1人が出来たぐらいじゃそうそう変わらないとはこのことだろうか。でもカズにはそんな鈍感さを含めてもそれを補い有り余るくらいは(ひと)として良いところがたくさんある底抜けに良い奴だから、やっぱり兄として玲奈さんには“カズのことをよろしく”としか言いようがない。

 

 「・・・ずっと気になってるんだけど、和臣はどうして玲奈ちゃんのことをずっと苗字で呼んでいるんだ?」

 「なんかクラスで初めて話したときから“狩生”ってずっと呼んでたらそれに慣れちゃって、何だかんだ呼びやすいんだよね“狩生”ってさ」

 

 自然な流れで今度は親父が会話を仕切るようになり、俺は親父と入れ替わるように静かに見守りながら団欒の中で微笑む。もちろん微笑みながらも、マイペースな親父がまた余計なことを言いそうにならないか所々で気を留める。

 

 「でも玲奈ちゃんは和臣のこと下の名前で呼んでいるけど」

 「それは“大神”だとお兄さんと広臣さんがいてややこしくなっちゃうから仕方なくいまは“和臣”と呼んでるだけで、普段はあたしも“大神”って呼んでます」

 

 

 

 正直言って俺の親父は、世間的に見れば決して褒められるような父親なんかじゃないと思う。元々身体がそこまで丈夫じゃなかったこともあるけれど、それを言い訳に家事を全くせずに休日は決まって俺たちが朝飯を食べ終えたころに起きてくるような、仕事をしているとき以外は基本的にグータラとマイペースにだらけている典型的な“ダメ親父”だった。

 

 “『俺がもっと・・・・・・あいつのことを思いやってやれたら・・・』”

 

 真面目だった母さんが家を出て行った原因の1つが親父だって言われてしまったら、心底腹が立つほど悔しいけど妙に納得できてしまう部分もあるぐらいにはダメな親父だ。さすがに母さんから逃げられ文字通りの“どん底”を味わってからは家事を手伝うようになったりとある程度はマシにはなったが、それでもグータラな“ダメ親父”という根本的なところはほぼ変わっていない。

 

 もちろん親父に面と向かって“ダメ親父”と言ったことは、俺もカズも一度たりともない。

 

 

 

 「理由は和臣と同じ?」

 「はい・・・全く同じです。なんか呼びやすいんですよね“大神”って」

 「そっか・・・まあ人によるけどお互いのことを苗字から下の名前だったりあだ名で呼ぶタイミングは難しいものだからね。特に男女となると」

 「あはは・・・確かにそうかもしれないですね」

 「でも父さんと兄ちゃんは狩生のこと最初から“下の名前”で呼んでんじゃん」

 「それはだって和臣の彼女さんになってくれた玲奈ちゃんに“狩生さん”なんて呼んだら堅苦しいからな。貴臣は?」

 「俺も同じだよ(だから何で俺にも聞くんだよ・・・)」

 

 若干の不安材料を残しつつ、親父はカレーを食べながら彼氏の父親として玲奈さんとの対話を続ける。心なしか、親父が会話に加わって良くも悪くも空気を変えてくれたおかげで、ようやく“団欒”らしくなってきた。

 

 「そうだ、せっかくだから今日を機に下の名前とかあだ名で呼び合ってみるっていうのはどうだ?」

 「いやいや今更そんな」

 「正直さ、付き合っている人同士が互いに苗字っていうのもなんか微妙に距離がある感じがしない?」

 「・・・と言われても、あたしたちはこれが“一番”しっくり来るんで・・・ねぇ“大神”?」

 「えっ?うん、そうだね狩生(何でいきなり・・・?)」

 

 親父からの誘導尋問じみた提案に“このままがいい”と照れ隠しをしながら答える玲奈さん。もちろんその言葉が“つよがり”だっていうのは、“本当は玲奈って呼んでほしい”と分かりやすく顔に書かれているような表情で分かった。やっぱり彼女は、カズと引けを取らないくらい嘘をつくのが下手だ。

 

 「ん~、やっぱり40半ばのオジサンからガミガミ言われるのはウザいよね?」

 「そんなことないですよ広臣さん!むしろガンガン聞いちゃってくれて構わないんで!(あぁぁぁもう何言ってんだ私・・・!!)」

 「じゃあ本当に根掘り葉掘り聞いちゃうけどイイ?」

 「スミマセンやっぱり勘弁してください(この家族みんなチャラい・・・)」

 「冗談だって冗談」

 

 もちろん隣に座る親父も玲奈さんの“嘘”に一瞬で気が付き、全部分かった上でわざと彼女を弄ぶように揺さぶり続ける。そして思惑通りに玲奈さんは分かりやすく弄ばれる。

 

 「まぁ・・・ぶっちゃけ名前の呼び方とかはそんなに重要なことじゃないからね恋っていうのは」

 「さっきまで下の名前で言わせる気満々だったじゃないですか・・・」

 「言わせたいなんてとんでもない、ただこれだけ仲が良さそうなのに“苗字”で呼び合ってるんだって思っただけだよ」

 「言ってることがイマイチ信用出来ないのはあたしだけ?」

 「気にしなくて大丈夫だよ狩生、父さんの言ってることは大体がその場のノリだから」

 「オイオイ冗談とはいえ実の父親に対してそれは酷いんじゃないのか和臣?」

 「ごめん父さん、割とマジで俺思ってるから」

 「謝られた上でそう言われると余計キツいわー」

 

 良くも悪くも飄々としていて掴みどころがなくいい加減だけど、誰とでも分け隔てることなく気さくに接する打ち解けやすさ。そんな誰とでも気を遣わずに何でも話せる元来の人柄のおかげで、最初はどこか変に重くぎこちなかった空気も気が付けば明るくなり、玲奈さんも自然な表情で俺たちと話している。

 

 「なぁ、さすがに貴臣は俺の味方だよな?」

 「親父、悲しいけどこれが“普段の行い”ってやつだよ」

 「貴臣も部屋から出た途端に容赦なくなったなオイ・・・」

 

 今思うとこうして家族全員で食卓を囲んで夕飯を食べているときも、たまに行っていた家族旅行のときも、親父がこうやって“子ども”と同じ目線で俺たちを楽しませてくれていた。正直そういういい加減だけど“子煩悩”なところ以外はこれといって誇れるものはない“ダメ親父”だけれど、そんな親父がいてくれたおかげで“4人”がいたときの思い出はどれも楽しいことばかりだ。

 

 そして親父がやっていた役割は母さんが家を出て行ってからは俺に移り、俺が心を壊して引きこもりになってからはカズに移ったけれど、結局のところ俺とカズは親父のようにはなれなかった。きっとそれは、2人とも揃いに揃って“マトモ”に育ちすぎてしまったが故なのだろう。

 

 

 

 マイペースの化身みたいな親父までとは言わないけれど、もう少し上手く自分に対して“甘える”ことが出来ていたら・・・もしかしたらカズに同じ思いをさせなくて済んだのかもしれない・・・

 

 

 

 「・・・そういえば兄ちゃんはどこ行ったの今日?」

 「えっ?」

 

 唐突に自分へと向けられてきたカズの言葉に、俺はハッと我に返る。本当に一瞬だったけど、久しぶりに食卓を囲んで食べる夕飯があまりに嬉しすぎてリライフのことをすっかり忘れていた。

 

 「・・・あぁ、あれか」

 「あれかじゃないでしょ。ほら、昨日うちに来た兄ちゃんの友達だっていうスーツの人とどっかに行くことになったって」

 

 

 

 “『_っていう感じの流れになったから、明日は久々に外に出ることになったわ・・・』”

 

 

 

 「“新太”ねー・・・大学出て以来メールでしか会話してなかったから顔見るのは久しぶりだったけど、会わないうちに随分大人っぽくなってたなー(ホントは昨日会ったばっかだけど・・・)」

 「うん・・・それは良いんだけど」

 「(良いのかい)」

 「その“新太”さんって人と、どこ行ってきたの?」

 

 今になって思い出した。俺は昨日カズに海崎さんと会うことになった口実として“日帰り旅行に誘われた”という後々になってめんどくさくなる嘘をついてしまっていたこと。

 

 

 

 “『この薬で高校生へと若返り一年間高校に通うだけです』”

 

 

 

 当たり前だ。明らかに人知を超えた実験(何か)をカズや親父に話したところで意味不明だし、リライフの話なんて言うまでもなく門外不出だ。あんな胡散臭い話をされた後じゃまともな嘘なんてどんなに頭が良くとも思いつきもしない。とはいえ、“病み上がり”にしてもあまりに下手すぎる嘘だったことに今更ながら気が付いた。

 

 

 

 “『カズ、これ俺が初めて担当した商品なんだけど、ちょっとテスターとして耳貸してくんない?

 

 “『いいじゃん青葉って校則超ユルいし~!』”

 

 

 

 自分の心をひた隠して“明るく元気なお兄ちゃん”を演じながらカズの耳にピアスを開けたときは、我ながらに自分に嘘をつくのが大分上手くなったと心の中で自虐していたけど、全くそんなことはなかったみたいだ。こうなるならいっそのこと、最初から“会社を紹介された”とでも言っておけばよかった。

 

 

 

 “・・・こんなこと言ったらまたカズに気を遣わせちゃうよな・・・

 

 

 

 そうだった。俺は自分で言おうとして自分で言うのをやめたんだ。また必要のない“優しさ”に甘えて言い訳がましい嘘をついてしまった。

 

 「・・・兄ちゃん?」

 

 そして俺はいま、ものの見事に自分のついた嘘で墓穴を掘ろうとしている。やっぱり・・・嘘なんて息をするようにホイホイと吐くようなもんじゃないな。

 

 

 

 “『今日うちに来た友達には本当に感謝だね』”

 

 

 

 そんな俺が吐いた苦しすぎる嘘を何一つ疑うことなく2年半ぶりに外出する俺の背中を押してくれたカズの嘘のない優しさが、一日遅れで俺の胸を少しだけ締め付ける。

 

 「あの・・・あたしがいるせいで言いづらいんでしたら席外すんで」

 「うそ、もう帰んの狩生?まだカレー残ってるよ」

 「別に帰るわけじゃないわよ・・・ただお兄さんの話が終わるまでの間だけ和臣の部屋で大人しくしてるだけだから」

 「何で俺の部屋に入るの?まぁいいけど」

 「ほんっともうこの鈍感・・・だってお兄さんが」

 「玲奈さん、俺は全然大丈夫だから

 

 ひとまず言いづらそうにしていた俺を見て居たたまれなくなっていた玲奈さんをまずは宥める。ただ単に“本当の嘘”をカミングアウトするための言い訳を考えていただけなのに、俺はまた彼女に要らない罪悪感を与えてしまった。そしてカズは、

 

 「(・・・何で俺が悪いみたいな空気になってんの?)」

 

 とでも言いたげな視線を俺に向ける。一番の原因はもちろん俺だけど、今回ばかりは察しの悪い弟にも非はある。言うつもりは毛頭もないから心の中に留めておくけれど、これ以上ないくらいに“お似合い”のカップルだけどこの調子じゃ絶対どこかで大喧嘩するな、ていうか既に1回はやってるだろうな、これ。

 

 と言っても、ずっと付き合っていくと決めたなら大喧嘩の1回や2回くらいは早いうちにしといたほうが良いっていうのが、“先輩”からの意見だ。

 

 

 

 “『あたしには何一つわかんないよ・・・・・・貴臣の言ってることが・・・』”

 

 

 

 おっといけない。こんな時にまた俺は余計なことを思い出してしまった。ひとまず“現実”に目を向けよう。

 

 「・・・すみません。あたしったらまた」

 「良いよ良いよ、ちょっと何から話そうか考えてただけで言いづらいようなことじゃないし」

 「まぁでもほら、あんまり人んちの家族の事情とかそういう話を聞きたくないっていうのもあるだろうしさ、この話は一旦やめにして違う話題にしよう」

 「・・・そうだね。ごめん兄ちゃん、俺が悪かったわ」

 「ホントだよ、どうしてくれんだよカズ」

 

 再び噛み合わなくなった俺たちを見て、親父が“父親”らしく委縮した玲奈さんに気を配って話題を逸らす。普段はグータラでマイペースそのものなダメ親父のくせにこういうときだけはちゃんと“父親”らしいことをするから、何だかんだでこの親父のことは全く憎めない。

 

 「いや・・・あたしも聞きます

 

 だが親父が珍しく機転を利かせたというのに、玲奈さんは逆に覚悟を決めたみたいな顔をして俺と親父を真っ直ぐ見てこう言った。

 

 「玲奈さん・・・別に無理しなくても」

 「無理とかそういうのじゃなくて・・・これでもあたし、和臣とはお兄さんや広臣さんの事情を全部聞いた上でお付き合いしているので・・・逆にあたしだけ都合よく話を聞かないでいるのはズルいじゃないですか・・・・・・だから、もしお兄さんが失礼じゃなければ、あたしにも聞かせてください

 

 それが“つよがり”なんかじゃないことは一瞬で分かった。

 

 「・・・正直に話してくれてありがとう。玲奈さん

 

 他人の家の事情、しかも母さんが男を作って逃げて兄が“ヒキニート”という間違いなく世間から冷ややかな目で見られている悲惨な家族だと知った上で、それでも玲奈さんはカズと一緒に俺と親父のことも受け入れてくれた。

 

 そんな彼女がせっかく勇気を振り絞って腹を割って話そうとしているんだ。だったら俺は、“和臣の兄”として自分のことをはっきり言わないと駄目だ。

 

 「・・・実はカズに話した“日帰り旅行”のことだけど・・・

 

 もちろん、本当っぽく言ったところで“”なのは変わらないけれど、今の段階でカズたちに言えるのはこれくらいのことだ。

 

 「・・・単刀直入に言うとさ・・・・・・俺、“就職”が決まったんだよね・・・

 

 

 

 全く、俺は本当にどうしようもない嘘吐きだ。

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