わたしは世界一幸せな猫だと自負していた。ご主人も私に首ったけでメロメロで、少し鬱陶しいくらいだった。ベタベタ構ってくるご主人をあしらいつつも、でも本当は嬉しくて、そんな日々が続くと思っていた。
ご主人に彼女ができるまでは。
ご主人はわたしが大好きで、わたしもご主人が大好きなのに、相思相愛なのに、わたしとご主人は番になれない。
わたしは世界一不幸せな猫だった。
種族が違うなんて気にしたこともなかったのに、今じゃご主人と違う種族であることが何よりも苦痛だった。どんな想っていても種族が違うから番になれない。わたしが人間になれたらいつまでもご主人を独り占めするのに。
わたしは生まれを憎んだ。ご主人との仲を引き裂いた彼女を憎んだ。そして一番何もできない自分を憎み続けた。
「ミャー」
ある日、ご主人の彼女が遊びに来た時だ。彼女はとても可愛くて優しい女の子で、いつもニコニコしてる子だった。その日も彼女はニコニコしながら、ご主人と一緒にうちへやって来た。そして私の頭を撫でながら言ったのだ。
「この子がミケちゃん? 可愛いね! よろしくね!」
そう言って笑った彼女の笑顔はとても綺麗で眩しかった。こんなわたしにさえ優しく接してくれる彼女に対して最悪な気分になった。そして同時に彼女への憎しみが増した。だって彼女といる時のご主人の顔は、世界で1番幸せそうな顔をしているからだ。
「あぁ〜もう可愛いなぁ〜」
「……ニャーン」
「ほら、このおもちゃ見てよミケちゃん! すっごく可愛いよね!?」
「……ニャア」
「ミ、ミケちゃん?」
「……」
「ごめんね、ミケまだ緊張してるみたい……」
「あっ! そうだよね、まだ初めましてだもんね。いきなり馴れ馴れしかったかなぁ」
ごめんなさい。正直あなたのことに興味がないんです。だからこれ以上わたしの好きな人を奪わないでください。お願いします。
あなたには敵いません。だからせめて、どうかわたしの愛する人を取らないでください。
みじめだった。悔しかった。悲しかった。どうして自分だけ種族が違うのかわからなかった。
ご主人の彼女も、人間の友達も、家族さえも、みんなみんな羨ましかった。ご主人は私だけのものだったはずなのに……。
どうしたらいいの……?
私は毎日ないた。毎晩ないて、ずっと自分の運命を呪っていた。
そんなある日のこと、わたしは夢を見た。夢の中だけは自由だった。猫のまま自由に動けて、ご主人とも仲良くできて、人間にもなれた。夢の中のご主人はいつもみたいに優しかったけど、でもちょっと変だった。何か違和感があるような気がする。それはきっと、私が夢の中でしか会えない存在だからかもしれない。
それでも良かった。例え幻でも、私はご主人に会いたかった。ただそれだけで十分だった。それくらい好きになっていた。
目が覚めたら現実に引き戻される。それが怖くって、わたしは必死になって夢のご主人を求めた。
そうしたらどうだろう! 日に日に沢山眠れるようになったのだ! 私は嬉しいキモチになった。ご主人の夢を見て、また起きれば現実に戻る。だけど前より辛くなくなった。何故なら夢の中では、どんなワガママでも叶えてくれるからだ。
ご主人に抱っこされたいと言えば抱っこしてくれたし、キスして欲しいと言えばキスしてくれた。頭をナデナデして欲しくても、ギュッとして欲しくても、全部ぜんぶ叶えてくれた。
「ミャー」
『ん?』
「ミャーオ」
『おいで』
「ニャーン」
『よしよし!』
「ミャァ〜ン」
『ふふっ可愛い〜』これが本当の姿なんだ。ずっとこうしたかったんだ。
ご主人に抱きつくと温かくて気持ちよかった。大好きだよと言ってくれる声が嬉しかった。
ご主人、もっと撫でて欲しいです。
ご主人、もっともっと抱きしめてください。
ご主人、私のこと好きですか?
私は世界一幸せな猫だ。
「……ミケ? ミケ!」
「ニャ……」
あれ……? ここはどこだろう? 確か昨日はご主人と一緒に寝ていたはずだけど……。
目を開けると見慣れない景色が広がっていた。周りを見渡すとそこは私の知らない白い部屋で白い服を着ている人間が沢山いた。そして私の隣にはご主人がいた。
「ミケ大丈夫か? どこか痛むところはないかい?」
心配そうに見つめるご主人。心配させてしまってるのにそんな事さえ嬉しくなった。
「ニャーン」
「あぁ……! 良かった……!」
ご主人は安心したのか大きなため息をついた。でも白い服を着た人間がご主人に何かを話をするとご主人はみるみる悲しい顔になった。ご主人を悲しませるこの白い服の人間は嫌いだ。ご主人から離れて、早く何処かに行けばいいのに。
そんな事があった日から、ご主人はわたしと沢山過ごしてくれるようになった。
「ミケ、今日は一緒に公園へ行こう。天気もいいし、散歩日和だと思わない?」
「ニャアン」
「ほら、おいで」
そう言って私を抱き抱えながら歩いてくれた。まるで夢のようだった。温かい腕に包まれると凄く落ち着く。このまま時間が止まればいいのに。
そういえば何時からだろう自分で歩くのが億劫になったのは。きっと沢山眠るようになったから体が鈍ってしまったのだ。でもご主人と一緒にいれるならこのままでもいいか。
「……ミケ」
「ニャーン」
「……っなんでもないよ」
「ニャア」
「……うん」
ねぇご主人、わたし幸せだよ。
こんな様子でまったく、ご主人はわたしがいなくても平気なんだろうか。
いや、そうか……そうだったのか……
もうお別れの時間なのか……
わたしはもうすぐ死ぬらしい。
「ミケ……僕を置いていかないでくれ……」
「ニャ……」
「ミケ……」
ごめんなさいご主人。本当は死にたくないんです。まだ貴方の側に居たいんです。
だけど仕方ないんです。
わたしにはもう時間がないんです。
ご主人は毎日のように泣いた。泣き疲れて眠るまでずっと泣いてた。ごめんなさい。わたしのせいですよね。本当にごめんなさい。
だけどね、わたしのことは忘れて下さい。ご主人にはわたし以外の大切な人がいるでしょう?
こんな時でさえ嫉妬しちゃうけれど、
ご主人を任せられるのは彼女しか居ないんです。
だからどうか、わたしを忘れて彼女を可愛がってあげてね。
さようなら、ご主人。
どうかお幸せに
「……ミャ」
「ミケ?」
「……」
「ミケ!」
ご主人の腕の中で最期を迎える瞬間、ご主人の声を聞けたことが何よりも嬉しい。
ありがとうご主人。
わたしは世界一幸せな猫でした。