名前を残してはいけないあの人   作:ゆーてき

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prologue
01 あっちをちょこちょこ


 

「やあ、アルバス!」

 

 前触れもなくかけられたその声に、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアはひゅっと息を詰まらせた。

 とても覚えがある声だった。忘れようがない声だ。人間、最初に忘れてしまうのは声だと聞いたことがあるが、そんなの嘘だと言わんばかりに、アルバスは何よりも鮮明にその声を覚えている。

 

 アルバスは震えてしまってろくに字も書けなくなった羽ペンを、ペンスタンドへと差し戻した。机に広げた羊皮紙には書き損じの跡が見える。

 詰まっていた息を少しずつ吐き戻して、アルバスは声の聞こえた方へ顔を上げた。

 

 校長室の真ん中。向こうの風景が少し歪んで見えて――アルバスが顔を上げた直後に、目くらまし術が解かれる。

 石のついたネックレスを首から提げた青年が、そこには立っていた。彼はひらひらと親しげに手を振って、アルバスへ笑いかけている。

 

 ガタン、と大きな音を立てて、アルバスは立ち上がった。机に置いていた手が、羊皮紙にくしゃりと皺を作るが、そんなこと、気にしてる間もなかった。

 狭い部屋、短い距離の中で、アルバスは駆けた。そこに彼が立っていることが信じられなくて、都合のいい夢だとさえ思った。だって、彼の姿は。

 

 その想像を掻き消したくて、アルバスはすぐに彼へと駆け寄った。久々に全速力で走った気がした。

 あまりの速さに自分でさえ速度を緩められないアルバスの体を、彼は少しよろけるようにして受け止めた。

 

 受け止められた。

 

 ほとんど抱きつくような体勢のまま、アルバスは彼の体にペタペタと触れた。彼の体はすり抜けるようなことなく、アルバスの手を受け止めた。

 掴んだマントの端は、ちゃんとその存在を主張するように、アルバスの手の中でしわをつくった。

 段々と、目の前が歪み始めていることに気がついた。

 

「やっぱり、アルバスだ。……久しぶりだね?」

 

 投げかけられた声に、アルバスはその顔を見た。

 そうして、そうっと、彼の頬に手を寄せた。アルバスの手の上から、彼の手が重ねられた。暖かいそれは、確かな人間の体温を感じさせた。

 アルバスの目には、今にもこぼれ落ちそうな大きな水滴が浮かんでいた。

 

「先輩、ですか?」

 

 震えた声で、アルバスは問いかけた。

 

「僕以外に見える?」

 

 そう問い返されて、アルバスは力無く、ふるふると首を振った。ぱちんとまぶたを一瞬閉じれば、溢れた水滴が頬を滑り落ちる。

 耳に響く声は、「やあ、アルバス」とこちらへ呼びかけるその声は、記憶の中にあるあの頃のまま。

 快活で、冷静で、ちょっとした時に激情を滲ませるその声は、歳をとりだんだんとしわがれていくアルバスの声と、まさに対極にあった。

 

「見えようはずがありません」

 

 アルバスは続けて言った。

 

「あなたは――あの頃から、少しも、変わっていない」

 

 そうして、皺一つない彼の肌に、指を滑らせた。

 彼の姿は、アルバスが彼の卒業を見届けた九十九年前から、一ミリも、頭の先から足のつま先まで、何一つ変わっていなかった。

 彼の体は、十八歳の時のまま、時間が止まっているようだった。

 

「あなた――いったい何を――今の今まで――どこで――どうして体が――」

「アルバス」

 

 呼吸とずれたテンポで口が動くせいで、アルバスの話す言葉は途切れ途切れだった。彼に名前を呼ばれなければ、そのまま話し続けてしまっていたかも知れなかった。

 アルバスの頬に流れた涙を拭うように、彼も頬に触れた。

 息が止まってしまいそうだった。

 彼の手が、アルバスの涙を拭った後、ゆっくりと髪を撫でた。それは幾分か、アルバスの不規則な呼吸を落ち着かせるのに役立った。

 

 アルバスはゆっくりと息を吸い込むと、まっすぐそれを吐いた。激しく脈打つ心臓は抑えられないが、呼吸はどうにか整ってきた。

 アルバスは彼の頬から手を離して、ローブの中から自分の杖を取り出した。マントを掴んだ手は離れなかった。

 手を離して仕舞えば、また気付かぬうちに何処かへと消えてしまいそうで、そんな考えをすれば、またマントを掴む手に力がこもる。

 自分のマントにいくら皺がよろうと、彼は気にしなかった。

 

「ゆっくり、話そう」

「……えぇ」

「そう、長い話にはならない」

 

 アルバスが杖を振れば、彼らの目の前に二人掛けのソファが現れた。

 二人は揃ったように、そのソファへと腰掛けた。

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