「その――教えていただけませんか……」
アルバスは、何かを間違えてしまわないように、慎重に言葉を選んだ。
マントを握る手がふわりと離れたかと思えば、また握り直す。
ソファへと揃って座って、一息ついたせいか、さっきまでの行動が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。
再開できた喜びと驚きで、駆けて、抱きついて、涙を流した――アルバスは、紅潮した顔が髭と髪で隠れてくれていることを祈った。
「あなたがこの九十九年間……どこで、何をしておられたのか」
ゆっくりと言葉を吐き出す。気をつけていないと、喉が引き攣って、声が歪んでしまいそうだった。
アルバスの脳裏に、卒業前の、彼の曖昧な笑みが思い浮かんだ。
あの時、彼は口をつぐんだ――けれど今は、少しも躊躇わずに口を開く。
「簡単に言えば、世界中を旅してたんだ」
「旅?」
「旅って言っても、旅行って感じじゃなくて――そうだな、冒険? ……探してたんだ、古代魔術の、痕跡を」
古代魔術。
それは確か、大昔に失われたと言う強大な魔法だ。
このホグワーツ城も、古代魔術の産物だと言うことをアルバスは知っていた。
けれども――アルバスは、首を傾げる。彼の在学時代、彼から『古代魔術』なんて単語を聞いた覚えはなかった。そんなものに興味があったなんて、今の今まで知らなかった。
「痕跡……?」
「うん。それを見つけるために、あちこち歩き回って、ずっと文献とか遺跡とか、調べてまわってたんだよ」
「先輩はどうして――それほどまでに、古代魔術のことを?」
アルバスが問いかけると、彼はネックレスの石を握った。彼が、学生時代から首に提げていたものだ。
過度な装飾もなく、宝石も何も埋まっていないそれを、彼はアルバスに見せた。
「アルバスは、この石がどう見える?」
「どう、と言いましても――何かあるのですか? 魔法の痕跡も、何も見えませぬが……」
アルバスは首を振った。
なんの変哲もない――そう言ってしまっても、差し支えないだろうと思えた。
彼は眉を少しだけ下げると、視線をその石に移した。
「僕には、これが光って見える。この石にはね、古代魔術の力が篭っているんだ」
「――それは――古代魔術の遺物と、そう言うことですか?」
今度は、彼が首を振った。
「このネックレス自体は、ただの装飾品。僕がこの石に、古代魔術をかけて、無理やり魔法道具にしたんだ」
「先輩は……古代魔術が、扱えるのですか」
「――うん、そう。ごめんね、あの頃君に、伝えられなくて」
アルバスの質問に、彼は頷いた。衝撃で息が止まってしまいそうだった。
「では、つまり――先輩の体が、姿が、あの頃と全く変わらないのは」
「この石に、そういう魔術をかけた。中身は、君と同じおじいちゃんなんだよ」
彼は笑って、アルバスをみた。
アルバスも、彼を見た。頭の先から足の先まで。立ち上がらせて、目の前でくるくると回って欲しい気分だった。
彼の体も首から下げられたネックレスの石にも、魔法の痕跡は一切見受けられない。九十九年前と何一つ変わらない彼がそこにいるだけで、驚きに追いついてきた混乱に目が回ってしまいそうだった。
はくはくと言葉にできないほどに感情が溢れているアルバスに、彼は言葉を続ける。
「ほら、僕は――アルバス、君とは違って、ちっとも有名人なんかじゃないから。……おじいちゃんになった僕の顔を見たって――誰だかわからないだろうと思って」
アルバスは首を振るった。それはもう、身を乗り出して、自分の意志を伝えた。
老いようが若返ろうが、人間以外の何かになろうが、彼の姿がどれだけ変わってしまっても、アルバスは彼を彼だと見抜く自信があった。
だからこそ、彼のかけらも見つけることができない世界に、何度落胆したことか。手紙を、確かにどこかへ届けて帰ってくるふくろうに、どれほど安堵したことか。
「私は――あなたがどんな姿になってしまわれても、わかります!」
アルバスは彼の肩を掴んで、目を覗き込んだ。その水晶に、自分の姿が映り込む。
彼はアルバスの声に驚いたように目を見開いていたが、やがてふわりと微笑んだ。
そして、優しく、アルバスの手を解いて、握った。
温かくて、優しい手だ。
あの時も、今も、変わらずに。
「――そっか。ならよかった」
彼は嬉しそうに笑った。
少し、照れくさそうな顔をする彼に、アルバスは問いかけた。
彼の姿の謎が解明された今、アルバスが最も気になっている事柄だったものだから、アルバスまで照れて話せなくなってしまうより先に、口を開いた。
赤くなった顔については、もはや手遅れというものだった。
「先輩はどうして今日、ここに?」
その言葉に、彼はきゅっと口を結んだ。今までの饒舌さが嘘のようになりを潜めて、アルバスの視線から逃げるように目を彷徨わせた。
今まで――この九十九年で、アルバスは何通ものふくろう便を彼へと送ってきた。何通か同じ内容のものが紛れているかもしれないと危惧するぐらいには、数えるのも馬鹿らしくなるほどの数だ。
ふくろうはきちんと彼に手紙を届けていたようだが、彼からの返信は、一通たりとて無かった。学生時代から、ふくろう便を出すより先に会いにくるような人だったが――会うことさえできないとなれば話は別だ。
そんな彼が突然、今になって目の前に現れた理由を、アルバスは問わなければならない。
「あーっと……そうだね、アルバス……ナティ――ナツァイ・オナイのことは、覚えてる?」
アルバスは頷いた。
彼はどこか焦っているように見えた。何か本当の言葉を隠すために、必死に塗り固めているような不自然さを感じた。
「彼女、今、ワガドゥーで占い学を教えてるんだ。そう、この前ふくろう便が来て――久々に会わないかって」
「久々というのは」
「…………えっと、十二年ぶり、だったかな?」
彼は、今度こそ明確に、アルバスから目を逸らした。
十二年。確かに長い。生まれたばかりの子供がホグワーツへ入学できるまで育つほどの日月だ――そう、彼が九十九年もアルバスの手紙を、いわば『無視』していたという事実から目を背ければ。
彼は、アルバス以外からのふくろう便には、応えていたようであった。アルバスからの手紙に応えづらい訳は、アルバス自身も確と心得ていたが。
彼がアルバスの視線に耐えきれず、目を逸らして黙りこくってしまったので、アルバスは仕方なく続きを促した。
「それで、オナイ監督生が、どう今に繋がるので?」
「あぁ。……会いに行ったら、えっと、せっかくだし、僕のことを占ってくれるって話になって――」
彼は、オナイ監督生という懐かしい呼び名に、いくらか気分を取り戻した様子だった。
けれども彼はそこで一旦言葉を区切って、めずらしく難しそうな顔をすると、目一杯に言い淀みながら続きを話した。
「その、あー……えっと――そう! 『君は原点に立ち帰るべきだ』って、そう言われたんだ」
「原点ですか……」
「うん。僕にとっての原点は――多分、
彼はそこまで言うと、恥ずかしそうに頭を掻いた。
尻すぼみに小さくなっていく彼の声に耳を澄ませていたアルバスは、最後の言葉を聞くとぱちりと瞬きをした。
それはつまり、彼がここを訪れたのは、引っ越し時のご近所あいさつのようなもの、ということだろうか――それにしては、酷く言い辛そうにしていたが。
「先輩、まさかとは思いますが……私のところに来られたのは、本当に『ついで』で?」
「いやいやいやいや、違うよ! 君に会いに来たんだ!」
アルバスが少し意地悪な質問を投げかけると、彼は慌てたように否定した。
顔を赤くして、視線が縦横無尽に駆け巡った。
それが落ち着いた頃には、彼は俯いて、ぽつぽつと恥ずかしそうに呟いていた。
「ごめん。うまく伝えられなくて。――きっと、舞い上がってるんだ、君に会えて。ちょっと、自分でもわからないくらい」
彼はもう一度頭を乱暴にかくと、勢いよく立ち上がった。
ソファが軋み、クッションが人ひとり分の膨らみを取り戻した。彼の手に包まれていたアルバスの手は自然と離れ、ソファの上に落ちた。
「今日はもう――行くことにするよ。えっと……落ち着いたら、また遊びに来てもいいかな」
彼はアルバスの方を振り返らずに、そう聞いた。
先ほどから頑なに目を合わせない理由など、すぐに見当がついた。
だからこそ――アルバスは立ち上がると、首を振るった。
「なりません」
「……え?」
彼の声が絶望感に満ち満ちていたことについては、多少は申し訳なく思ったが、九十九年の待ちぼうけに比べれば安いものだろうと、自分に言い聞かせた。
彼が振り返り、アルバスを見た。
その顔が悲しそうに歪む前に、アルバスは告げた。
「もう一度、ホグワーツへ入学してくだされ、先輩」
「――――なんだって、アルバス?」
その言葉に、彼は自分の耳を疑ったようだった。
「ホグワーツへ入学すれば良いと言ったのですよ。あなたは、五年生からたったの三年しかここにおられなかったのでしょう?
なんと勿体無い!
あなたがその古代魔術で好きに容姿を変えられるというのなら、一年生としてホグワーツで学び直してくだされ。
原点に立ち帰るとは――そういうことではありませんかな?」
アルバスは捲し立てた。彼が呆気に取られている間に、言葉を続けた。
「九月一日。キングズ・クロス駅から、他の生徒と共にまたおいでください。校長として、あなたを歓迎いたしましょう」
「アルバス――本当に、言ってる?」
「教科書やローブがないというのなら、共に買いに行きましょうかな?」
「いや、いや――
――うん、わかったよ。君が出会ったばかりの監督生を頼って出会ったばかりの首席に無理やりふくろう便を送るほどに行動的だったことを、今思い出した」
「それは何よりです」
アルバスは笑みを浮かべた。
彼が目を背けて顔を覆い項垂れるぐらいには、眩しい笑顔だった。