名前を残してはいけないあの人   作:ゆーてき

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第一章
01 乗り合わせた英雄


 

「何年ぶりかな」

 

 そこかしこに施された装飾は、どこかホグワーツの占い学の教室を思い出させる雰囲気があった。

 と言っても、彼の記憶はざっと百年ほど前のものだから、今はまた違っているのだろうが――記憶の中の、彼女の母親の教室をいわば再現しているのだろうそれは、彼としても懐かしく、居心地が良い。

 生徒用の椅子の一つに腰掛けて、彼はナツァイを見上げた。

 

「十二年ぶりだよ」

「もう、そんなに?」

「前、君が杖無し呪文教えてって言って急に飛んできた時以来だよ。全く、覚えたら覚えたで、またすぐどっか行っちゃうんだから。私からふくろう飛ばさないと来てくれやしない」

「ごめん、ごめん。はい、お土産の蛙チョコ。百味ビーンズもあるよ」

「お互いいくつだと思ってるのさ」

 

 そう言いながらも、ナツァイはどこか嬉しそうに、百味ビーンズを手に取った。

 早速と箱を開けると、その中の一粒を慎重に選び取って、口の中へ放り入れる。途端にくるりとあさっての方へ顔を向けると、口を押さえてしゃがみ込んだ。

 ナツァイはしばらくそうしてから、彼の方へ向き直った。

 まゆがどこか下がって、眉間には隠しきれない皺が寄っていた。

 

「君も食べる?」

「……遠慮しとくよ。蛙チョコの方が好きなんだ」

 

 彼はそう言って蛙チョコの包み紙を開けると、チョコが飛んでいってしまわないよう気をつけて、足を掴んで食べた。

 ナツァイは、入っているカードの方に興味があるようだった。

 上から覗き込む。

 

「誰だった?」

「集めてるの?」

「ちょっとね」

 

 彼は指先についたチョコをテルジオで拭うと――彼の杖無し呪文の上達具合に、ナツァイはどこか誇らしげだった――そのカードを捲った。

 

「「あ」」

 

 二人は同時に声を上げた。

 五角形のカードの真ん中で、『アルバス・ダンブルドア』がちょこっと微笑んでいた。

 

 アルバス・ダンブルドア

 現在ホグワーツ校校長。近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使いと言われている。

 特に、一九四五年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名。

 趣味は、室内楽とボウリング。

 

 裏に書かれたそれを、ナツァイは上機嫌で読み上げた。

 感慨深いと言った様子だった。

 ナツァイの頭の中には、今も昔もずっと変わらぬ、十一歳のアルバス・ダンブルドアがいるのだろう。彼女が思い浮かべるとするのなら、手紙を出すためにふくろうを貸してほしいとせがむ姿だろうか。

 かと言って、その十一歳のアルバスを頭の中に住まわせているのは、彼も同じなのだった。

 

「この子からの手紙、今何通ぐらい届いてるのさ」

「ざっと数えて――千通?」

「わお、筆マメだねえ」

「僕のことは忘れてくれって――そう言ったのに。十一歳の時の、たった一年なんて、すぐに忘れるものだろう」

「忘れられない一年だったんでしょ。君にとって、そうであるように。……そうそう、ちょうどいいから教えようか、今日君を呼んだわけ」

 

 ちょうどいい、という言葉に少々引っかかりながらも、彼は二つ目の蛙チョコの包み紙から手を離した。

 『ちょっと話したいことがあるから、こっちへ来て』というのが、先日もらったふくろう便の中身だった。十二年ぶりに会おうとする手紙にしては簡素だが、彼は内容がどうであれナツァイの元へ向かうため問題がない。

 彼は、ついさっきまで共に冒険譚について語り合っていたハンサムと分かれて、お土産の蛙チョコやら百味ビーンズやらを買いに向かったのだった。

 

「話したいことってやつ?」

「そう。――これからいうことは、占いであって、予言じゃないってことを念頭に聞いてほしいんだけどね」

 

 ナツァイは、カードのアルバス・ダンブルドアを、彼の方へと向けた。

 

「今から十年以内に、この子の身に何かが起こる」

 

 朗らかな笑顔をどこかへ追いやった、真剣な面持ちで、ナツァイはそう言った。

 

「何か、って?」

「詳しいことは言えない。でも、良いことじゃないのは確か。最悪を考えれば――」

 

 その声に続く言葉を、彼は察して、頷いた。

 

「どうして、アルバスを占ったの?」

「この子じゃないよ、君を占ったのさ」

 

 自然と思い浮かんだ疑問を問い掛ければ、ナツァイはなんでもなさげに答えた。

 どこかへいってしまったアルバスのカードを、そのまま彼に手渡す。

 

「君の大切な人が不幸な目に遭うって、そう出た。でも――」

「ま――待って、ナティ」

 

 ナツァイの言葉を断ち切って、彼は勢いよく立ち上がった。

 手を机に押し付けるようにしたので、上に置いていた蛙チョコのいくつかが揺れて、封が開いたままの百味ビーンズが一粒落っこちた。

 立ち上がると、ナツァイよりも彼の方が背が高くなる。彼は今度はナツァイを見下ろすようにして、カードを指差しながら聞いた。

 

「アルバスが僕の大切な人だって――君、今、……そう聞こえたんだけど」

 

 そこにはもうアルバス・ダンブルドアはいなかったが、ナツァイは頷いた。

 

「そう言ったよ。違った?」

「ナティ、僕がアルバスのことこっ酷く振ったの、忘れたわけじゃないよね?」

「ああ。あの、男同士だし歳も離れてるし――ってやつ?」

 

 ナツァイにそう言われて、自分から問いかけたにも関わらず、彼は言葉を詰まらせた。

 ぐっと息を堪えるようにして、そのまま半ば倒れるように椅子へ腰掛けた。ぎし、と軋む音が響いて、彼があからさまに顔を背けた。

 ナツァイは深くため息をつくと、彼に見られないように、眉を下げて彼を見た。

 

「君が拒絶したのは、あの子じゃなくて君自身でしょ」

「違うよ、僕は――」

「いいから。人の話は最後まで聞く!」

 

 ナツァイは机に手をついた。今度は二粒箱から飛び出した。

 彼は驚いたように顔を刎ねあげると、ナツァイの顔を見つめた。

 

「君がそばにいれば、あの子に降りかかる不幸を払い除けられるかもしれないって、そうでたんだよ」

「――――本当に?」

「私の占いは案外当たるんだ。――良いことも、悪いこともね」

 

 

***

 

 

 九月一日。

 彼がキングズ・クロス駅に到着したとき、案内板の上の大きな時計の針は十時半を差し示していた。

 駅はマグルで賑わっていて、彼はその間を縫うように、小さい体を生かして間をすり抜けていく。

 

 アルバスと再会してから今日の入学式までのしばらくの間、彼は十一歳の体に慣れるために、その姿で全てを過ごした。

 成長期が訪れるため、ここからぐんぐんと背が伸びていきはするのだが、それでもしばらくはこの体格だ。

 最初の頃は目線ががらりと変わるため、周りの景色に酔ってばかりだったが、三日もすれば慣れてしまった。

 容姿が変わっているだけで骨密度や筋肉量などは変わっていないせいか、見た目や年齢よりも強い力が出ているが、彼としては以前と変わらない感覚のため、年相応の力ではないことにあまり気づいていない。

 

 必要な教科書は彼が通っていた頃と随分変わっていて、ダイアゴン横丁でそれを買い集めるのは彼にとって初めての体験だった。

 その教科書や授業に使う大鍋の類も、今は全て彼が左手に持つ茶色のトートバッグに仕舞われていた。

 その昔、ディークにもらった捕獲袋をそのまま流用したトートバッグだ。検知不可能拡大呪文がかけられているそれは、許容量は見た目より随分大きい。

 サイズは五年生の頃の彼の背丈にぴったりで、十一歳の姿の今では、少し大きい気がした。

 

 よいしょと右手でそれを担ぎ直すと、彼はひとりの少年を見つけた。

 カートに、重そうなトランクや白いふくろうが入った鳥籠を載せた少年が、なにやら駅員と揉めていた。

 案内板を指差したり、その上の時計を指差したり、切符を見せてみせたり、いろいろやっているようだが、埒が開かない様子だ。

 年が今の彼の容姿と同じぐらいに見えるし、カートに載せられたものが特徴的だ。ふくろう入りの鳥籠なんてなかなか見ない。

 彼は後ろからまだ駅員と揉めている少年に近づいて、肩をポンポンとたたいた。

 

「ねぇ、君」

「おっと、やっと友達が来たか? じゃあもうこれまでだ。全く、大人を揶揄うのはやめなさいってママとパパに教わらないのかね、最近の子は」

「あっ、待って――」

 

 少年が止める暇もなく、時間の無駄だなんだとぶつくさ言いながら、駅員は雑踏の奥に消えていった。

 呆然としたまま切符を握りしめて、絶望といったような表情で時計を見上げる少年の肩を、彼はもう一度たたいた。

 

「君。君も、ホグワーツの新入生かい?」

 

 その言葉に、途端に少年の顔が明るく染まった。

 勢いよく振り返ると、彼にぶつからんばかりに頷く。

 ぶんぶんとくしゃくしゃの黒い髪が振られて、その忙しなさに彼も微笑んだ。

 

「よかった。ホグワーツのことを知ってる人がいて。その、僕、わからなくて、九番線と十番線はあるんだけど、九と四分の三番線っていうのがどこにもないんだ」

「わかったよ、大丈夫、安心して。案内するよ」

 

 捲し立てる少年を落ち着かせて、彼は少年を引率するように歩き出した。

 首席の仕事は、ここキングズ・クロス駅と列車内で生徒たちをまとめ上げることだったものだから、百年近く前の記憶だとしても、彼としては慣れたものだった。

 少年は自分の背丈ほどあるカートをガラガラと押していた。彼に出会えたことで安心したのか、口調は朗らかだ。

 

「この子の名前はヘドウィグ。『魔法史』の教科書から名付けたんだ」

「良い名前だね。白い毛並みにピッタリ」

「それで、僕はハリー・ポッター」

「それも良い名前だ」

 

 彼は大きく頷いた。

 九と四分の三番線に向かうための柱は、もうほとんど目の前だった。

 

「今の魔法界じゃ、英雄の名前さ。そう、確か君と同い年で、今年ホグワーツへ入学するはずだ――……まって、同姓同名なの?」

 

 彼は立ち止まって、少年の方を振り返った。

 古代魔術の痕跡を探るための指標の一つにするために、彼は各国の主要な新聞は全て読み漁っていた。だから、ここ十数年で起きた出来事も、紙面上ではあるが把握している。

 九と四分の三番線に繋がる柱には、先客が並んでいた。赤毛が特徴的な一家だ。同じような容姿をした双子の少年が二人と、ひょろっとしたそばかすだらけの少年と、小さな女の子一人を、少しふっくらとした母親がまとめ上げている。

 その家族の一員だろうか。胸に監督生のバッジをつけた赤毛の少年が、柱の奥へと消えた。

 

「違うよ。ああ、いや、絶対にいないとは言い切れないけど――僕が、そのハリー・ポッターだよ」

 

 少年――ハリーは、どこか照れ臭そうにそう言った。

「驚いた」と彼がポカンと口を開けてハリーを上から下まで眺めれば、その顔はだんだんと赤く染まった。

 

「ああ、ごめんね、じろじろ見たりして。早く列車に行こうか――ほら、そこの柱、わかるかい? 今、赤毛の親子が入るみたいだ」

 

 彼はハリーに向かって軽く謝ると、振り返って、九番線と十番線の間にある柱を指差した。

 彼の言う通り、赤毛の母親とその娘が、柱に飛び込むところだった。

 ぶつかってしまう、そう思った時には、その親子は姿を消していた。瞬きの、ほんのちょっとの間だった。

 

「今のは――」

「あの柱に向かって、まっすぐ歩くんだ。大丈夫、不安なら一緒に走ろう」

 

 ハリーは頷いて、カートの持ち手を強く握りしめた。

 人の一瞬掃けた頃合いを見計らって、勢いよく走り出す。

 その後ろを追うように、彼も一緒に走り出した。

 あともう少し。硬い煉瓦造りの柱が、もうそこまで迫ってた。前には煉瓦。後ろには後を追いかける彼。ハリーはぎゅっと目をつむって、衝撃に備えた。

 

「ほら……もう、目を開けて大丈夫だよ」

 

 彼がすぐそばでそう告げると、ハリーは歩速を緩めて、恐る恐ると言った様子で、目を開いた。

 

 彼らの目の前には、紅色の蒸気機関車が停まっていた。

 プラットホームには人や猫が溢れていて、そこかしこからふくろうの鳴き声も聞こえる。

 彼はハリーを連れて、先頭車両から一つずつ、空いている席を探しながら歩いた。

 いろんなところから、いろんな生徒の声が聞こえて来る。彼は、懐かしさで胸をいっぱいにした。

 

「そこ、空いてるよ」

 

 ハリーが指をさした。

 もうほとんど最後尾に近かった。

 

「あそこに座ろうか」

 

 そう言って彼は頷いた。

 ハリーは先に、カートの中からヘドウィグが入った鳥籠を持ち上げ、続いてトランクを持ち上げようとした。

 だが持ち上がらない。重いのは分かっていたが、ヘドウィグを彼に預けて両手で持ち上げようとしても、ダメだった。少ししか上がらない上に、下手をすれば足の上に落としてしまいそうだった。

 

「僕が持つよ」

 

 彼が名乗り出た。

 

「でも、重いよ? すごく」

「大丈夫さ。先に座ってて良いよ」

 

 ハリーは少し遠慮したが、彼が丁寧に手渡したヘドウィグの籠を受け取った。

 コンパートメントの中でも、窓際の席にハリーは腰を落ち着かせた。そこからならば、彼の姿が窺えた。

 ハリーはそわそわしていた。彼が足の上に落としてしまうんじゃないかと心配だった。

 それは周りの人も同じのようで、彼のことを、赤毛の双子が今にも助けようかと言うふうに見ていた。

 彼はそんな周りの視線に少しやりづらそうにしてから、トートバッグを持っていない方のもう片方の手で、ひょい――とまでは行かないまでも、よっこらせとそれを持ち上げた。

 

「わお。力持ち」

「驚いたな。見かけによらない」

 

 双子の言葉には、ハリーも同意だった。

 彼はその言葉に照れ臭げに笑ってから、列車の中にそれを運び入れると、ハリーの向かい側に座った。あの重かったトランクは、彼の手によって網棚の上に上げられていた。

 

「ありがとう、助かったよ」

「なんの。少しでも困ったことがあれば、すぐに頼ってくれて良いよ。僕は、そう言うのを解決するのが好きなんだ」

 

 彼は少しだけ胸を張って答えた。なんでも頼み事を聞いてくれそうな頼もしさがそこにあって、ハリーは深く頷いた。

 彼らはそろって、コンパートメントの窓からプラットホームを見下ろした。

 そこからは、さっきの赤毛の家族がちょうどよく見えた。わいわいと楽しそうに談笑する一家を見て、ハリーは眩しそうに目を細めた。

 笛が鳴った。

 窓から身を乗り出して、家族と別れのキスを交わす生徒がたくさんいた。赤毛の一家もその例に漏れず、みんな母親からキスを受けた。一番小さな女の子は泣き出していた。

 

 列車が滑り出した。

 体が浮き上がるような懐かしい揺れに、彼は心を躍らせた。

 窓の外の景色が目まぐるしく変わっていく。後ろに流れていくそれを全て目で追うように、ハリーは眺めていた。

 コンパートメントの戸が開いて、彼とハリーはそちらへ目をやった。赤毛一家の中でも、一番年下らしかった男の子が入ってきた。

 

「ここ、空いてる?」

 

 彼とハリーが座っている椅子を交互に眺めて、その男の子は不安そうに問いかけた。

 

「他がどこもいっぱいなんだ」

「構わないよ――ね、ハリー」

 

 彼がハリーに同意を求めたので、ハリーももちろんと頷いた。

 男の子はホッとしたように胸を撫で下ろすと、一瞬だけ二つの席を見比べて、ハリーの隣へと座った。

 

「君も新入生?」

 

 彼が問いかけると、男の子はハリーにちらりと目をやって、頷く。

 

「僕、ロン・ウィーズリー。上に兄弟が五人と、下に妹が一人いるんだ」

 

 彼はひい、ふう、みい、と頭の中でさっき見た赤毛の一家を一人ずつ数えて気づいた。どうやら、まだ姿を見ていない兄弟が後一人いるようだった。

 随分の大所帯らしい。

 それに、ウィーズリーといえば、マチルダ副校長やギャレスの親戚だ。友人の親戚に会うのは、不思議な気分だった。

 ロンは一通り話し終えると、ハリーの方を見た。ハリーも口を開いた。

 

「僕は、ハリー・ポッター」

「やっぱり! その、君の額の傷! そうじゃないかと思ったんだ!」

 

 ロンは、列車が揺れるたびにチラチラと見えていた前髪の奥の、稲妻型の傷を指差して、興奮した様子で言った。

 彼とはまた別角度の驚き方に、ハリーも驚いて、助けを求めるように彼を見た。

 運悪く、彼は窓の外の景色を眺めていた。

 

「これが、それじゃあ、『例のあの人』の……?」

「う、うん。でも、僕、何にも覚えてないんだ」

「何にも?」

「ハグリッドに教えてもらうまで、僕、自分が魔法使いだってことも、両親のことも知らなかったし、それに、ヴォルデモートのことも……」

 

 大きな音を立てて、ロンが息を飲んだ。

 思わず、同年代の子供たちの会話に声を挟まないようにしよう、と気を遣った彼でさえ、視線をやるほどだった。

 

「君、『例のあの人』の名前を言った!」

「ご、ごめん、そうだった。名前を言っちゃいけないんだよね。その、僕、本当に何もわからなくて、学ばなくちゃいけないことばっかりなんだ。……きっと、僕、クラスでビリだよ」

 

 ハリーが少し落ち込みながら、そういった。

 ロンはなるべく明るい声で励ました。

 

「そんなことないさ。マグル出身の子だってたくさんいるし、そんな子もみんなちゃんとやっていけるよ」

「そうそう。呪文なんて全然知らずに五年生から入っても、主席にだってなれるんだから」

「そ、それはどうかな……」

 

 彼もついでに便乗して、少しだけ自慢話を披露した。

 そうして和気藹々と喋っている間に、列車は牛や羊のいる牧場をぐんぐんと通り過ぎて、窓は野原や小道が広がる風景を映し出した。

 十二時を過ぎたあたりで、通路の方からガラガラガチャガチャと音がして、壮年の女性が笑顔で戸を開けた。

 

「車内販売よ。何か要りませんか?」

 

 ハリーが勢いよく立ち上がった。

 ポケットのなかの硬貨をジャラジャラと言わせて、通路へと出ていった。

 

 ハリーは両腕いっぱいにいろんなお菓子を抱えて、コンパートメントへと帰ってきた。

 どさり、と空いていた彼の隣に置かれた、蛙チョコや百味ビーンズやかぼちゃパイだのを、ロンは目を皿のようにして眺めていた。

 

「お腹空いてるの?」

「ペコペコだよ」

 

 ロンが尋ねると、ハリーはかぼちゃパイにかぶりつきながら答えた。

 

「一緒に食べようよ。ロンも、君も」

「言ってくれたら、僕も買ったのに」

 

 彼の言葉に、ハリーは「良いんだ」と言って、蛙チョコを差し出した。

 彼とハリーとロンは、ハリーが買ってきたお菓子たちでちょっとしたお祭り状態だった。

 蛙チョコのカードで一盛り上がりした後は、百味ビーンズの味でもう一度盛り上がった。

 彼が味も色も気にせず、とりあえず口に放り込むものだから、ハリーとロンは、彼がそれを飲み込むまで、終始そわそわとしていた。

 

 いつの間にか、窓の外が、長閑な草原から、暗く鬱蒼とした、森や曲がりくねった川へと変わっていた。

 コンコン、とコンパートメントの戸がノックされて、丸い顔をした男の子が、泣きべそをかきながら入ってきた。

 プラットホームで見た覚えがあったことを、ハリーは思い出した。おばあちゃんにヒキガエルがいなくなったと、告げていた男の子だった。

 

「ごめんね。僕のヒキガエル、見なかった?」

 

 三人が共に顔を見合わせて、同時に首を振ると、男の子はいよいよ泣き出してしまった。

 

「いなくなっちゃった。僕から逃げてばっかりいるんだ!」

「きっと出てくるよ」

 

 ハリーが慰めるようにそういった。

 

「うん。もし、出てきたら……」

 

 男の子はズビ、と鼻を啜ると、コンパートメントから出ていこうとした。

 

「待って」

 

 彼が立ち上がって、しょげた男の子を呼び止めた。

 

「僕も一緒に探すよ」

「い、良いの?」

「もちろん。君と、君のヒキガエルの名前、教えてくれる?」

 

 ハリーとロンがポカンと呆けている間に、彼と男の子は通路へ出て奥の車両へと向かっていってしまった。

 

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