「僕は、ネビル。ネビル・ロングボトム。逃げちゃったのは、トレバーって言うんだ」
男の子はそう名乗った。
ハリーたちとコンパートメントで別れてから、彼はネビルと共に、残りのコンパートメントをひとつずつ訪ねていった。
前の車両の方は、ネビルと同じコンパートメントに座っていた女の子に任せているようだった。
彼と話しながら歩いているおかげで、ネビルはいくらか元気を取り戻してはいたが、どのコンパートメントを訪れても首を振られてばかりで、その泣きべそは引っ込みそうもなかった。
一番後ろの車両の、これまた最後尾まで到着しても、トレバーを見かけた生徒はいなかった。
ネビルはもう一度泣き出してしまいそうだった。
彼はそんなネビルの背を優しく撫でると、列車内全てが見回せるように、壁に背中を預けた。
――レベリオ。
声を出さずに、静かに唱える。
隠れているものを暴き出す呪文だと、彼は認識していた。
彼の得意な呪文の一つだった。ナツァイに杖無し呪文を教わる随分前から、彼はこの呪文を杖も声もなしで扱えた。
水面に水滴が落ちたように目の前に歪みが広がって、その歪みの円に触れたところから、青い光が現れ始める。
彼は目を凝らして、その光の中から、ぴょんぴょんと跳ねるものを探した。
「いた」
「え?」
彼の呟きに、ネビルは顔を上げた。
彼が何かをしているようには見えなかったものだから、素っ頓狂な声も上がった。
「見つけたよ、トレバー」
「ほ、ほんと?!」
その言葉に、ネビルはぱあっと顔を明るく輝かせた。
彼はそれに頷いて、そのぴょんぴょんと跳ねる青い光の下まで、ネビルと急いで向かった。
彼がネビルと共に訪れた、二つ目のコンパートメントだった。
再び現れた彼らに、ゲンナリとした顔を見せる子たちを気にした様子もなく――ネビルは申し訳なさそうにしていたが――彼は席の下を覗き込んで、手を伸ばした。
起き上がった彼の手には、まさしく、トレバーが握られていた。
「トレバー!」
ネビルは諸手を挙げて喜ぶと、慎重にトレバーを彼の手から受け取った。
もう逃げてしまわないように、優しく、それでいてしっかりと抱きしめる。
「ありがとう! 本当に、もう見つからなかったらどうしようって!」
「構わないよ、さあ、君のコンパートメントに戻ろうか。もっと前の方かい?」
ネビルはコクコクと頷いた。
彼がネビルを連れて、ひとまず自分のコンパートメントに戻ってくると、なにやら中が賑わっていた。
中から、知らない女の子の声が聞こえてきていた。
ネビルは「あっ」と声を上げて、彼が戸を開けるや否や中に飛び込んだ。
「――ダンブルドアもそこの出身だって聞いたわ。でも、レイブンクローも悪く――」
「ハーマイオニー! あの、探してくれてありがとう、でも、ほら、もう見つかったんだ」
コンパートメントの中には、新たな来客がいた。
ネビルにハーマイオニーと呼びかけられた少女は、その言葉につらつらと並べていた声を止めて、そちらを振り返る。
彼も続けて、中を覗き込んだ。
ハリーとロンが、助けが来たとでも言いたげな表情で、彼の方を見上げて返した。
「おかえり!」
「ただいま。えーっと、この子は?」
彼がハリーとロンに尋ねると、その少女はくるりと彼に顔を向けた。
肩の下あたりまで伸ばされた少しもさっとした栗色の髪と、普通よりちょびっとだけ大きな前歯が特徴的な子だった。
少女はもうホグワーツのローブに着替えていて、ぴったりの丈をふわりと揺らしていた。
「私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたがネビルのヒキガエルを見つけてくれたの? ありがとう、でも、もう着替えたほうがいいかも。もうすぐホグワーツに着くはずよ。ああ、楽しみだわ。あなたもそう思わない? あら、私がいちゃ着替えられないかしら。じゃあ、もう行くわね。ネビル、もうトレバーを無くしちゃダメよ」
少女、ハーマイオニーは彼が言葉を交わす暇もないくらいに、一気に捲し立てると、ネビルを引き連れて自分達のコンパートメントへと帰ってしまった。
彼は二人を見送ってから戸を閉めると、微妙な表情を浮かべるハリーとロンの正面の、お菓子が散らばっていない場所に、座り直した。
「今の子は? どっちかの友達?」
彼がそう尋ねると、二人はブンブンと首を振った。
ロンは、ボロボロの杖を自分のトランクに投げ入れて言った。
「どの寮でも良いけど、あの子がいないところがいいな」
疲れた様子のロンに、彼は肩をすくめた。
ネビルと一緒にヒキガエルを探しにいった少しの間に、随分意気消沈することがあったらしい。
彼は先ほどのハーマイオニーのペラペラと回る舌を思い浮かべて、苦笑いを浮かべた。
ハリーは、ホグワーツの寮やら、そもそも魔法界のこと全てが気になっているようだった。
スリザリンに対してネガティブ・キャンペーンを行うロンをそれとなく諌めたり、グリンゴッツで起こった盗難事件の話や、クィディッチの話――ロンは特に熱を込めて話した――を聞いたりしていると、またコンパートメントの戸が開いた。
またトレバーが逃げ出したのか? 三人が揃ってそちらを見ると、これまた男の子が三人、コンパートメントに入ってきた。
「このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、ほんとかい? 列車中その話で持ちきりなんだ」
一番真ん中に立っていた、綺麗な金髪の青白い顔をした男の子が、初めに話し始めた。
コンパートメントの中を無遠慮にぐるりと見回して、ハリーを見つけると、じっと伺う。
「それじゃあ、君なのか?」
「そうだよ」
ハリーが頷いた。
青白い顔の少年の後ろには、ガッチリとした体型の男の子が二人ついて立っていた。そうしていると、どこかボディーガードのようだ。
少年は「こっちがクラッブでこっちがゴイルさ」と無造作に言い放つと、ハリーに向けて手を差し出した。
「そして、僕がマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」
ドラコは、家名の方を強調してそういった。
ロンが少し漏れ出た笑いを誤魔化すように、わざとらしく咳き込んだ。
ドラコはそちらへちらりと視線をやると、嫌味ったらしく言った。
「ポッター君。そこの赤毛みたいに、間違ったのとは付き合わないことだ。その辺は僕が教えてあげよう」
「友達なら、君に教えてもらわなくても自分で選べるよ」
ハリーがぶっきらぼうに、ドラコの差し出した手にも応えずにそう言ったので、ドラコの頬に少しだけピンク色が刺した。
ドラコは手をキュッと握り込むと、ハリーの向かいに座ったままの彼へ視線を向けた。
「君もだ。どこの誰だか知らないが――礼儀を弁えないと、そのうちその石の輝きをなくすことになるぞ」
ドラコのその嫌味に、ハリーとロンはきっと目をとんがらせる。
しかし、言われた張本人の彼だけは、ポカンと口を開けたかと思うと、自分が首から下げた石とドラコとを見比べて、次第に目を輝かせ始めた。
勢いよく立ち上がると、先ほどハリーにそっぽを向かれて握り込まれたドラコの手をとって、その指を解くと自分から両手でその手を握った。
「君、ドラコ、君はどこの寮に入るんだい!」
唐突な彼一人の盛り上がりに一瞬思わず身をひいたドラコだったが、舐められては敵わないとツンと言い返した。
「もちろん、スリザリンさ。僕の家は、昔から代々スリザリンって決まってるんだ――もういい。行くぞ、クラッブ、ゴイル」
ドラコは無理やり――思っていたよりも力強い彼の手を振り切ると、後ろに子分二人を引き連れて、足早にコンパートメントから退散してしまった。
名残惜しそうにドラコらの背中を見送る彼を見て、ハリーとロンは二人顔を見合わせた。
「君、あんなやなやつに構うことないよ」
ロンがそう言ったので、ハリーもその通りだと頷いた。
彼は困ったように眉を下げると、その言葉にはイエスともノーとも返さず、再び席に座った。
少しだけ、コンパートメントの中に緊張した空気が走ったように思えた。
ハリーが少しだけそわそわしていると、車内に声が響き渡った。
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別で学校に届けますので、車内に置いていってください」
窓の外はいつの間にか暗くなっていた。深い紫色の雲が、重そうに山や森に乗っかっている。列車は確かに、徐々に速度を落とし始めていた。
ハリーが車内に視線を移せば、彼が網棚からトランクを下ろしてくれているところだった。椅子の上に下ろすとドスン、といういかにも重そうな音が鳴った。
「あ、ありがとう」
「なんの」
ハリーは、トランクの中から黒く長いローブを取り出して、上着を脱ぐと、それに着替えた。
ロンも、同じように、自分のトランクから引き出したローブに着替えた。ハリーはピッタリだったが、ロンのは少し短いようだった。下の方からスニーカーがのぞいている。
「ほら、早く君も着替えたらどうだ」
ロンはぶっきらぼうに彼を急かした。
彼はといえば、二人が着替えている間、ずっとそれを眺めているばかりだった。
「もう着いちゃうよ?」
「おっと、そうだった」
ハリーも急かすと、彼は杖を取り出して、その先を自分の衣服へと向けた。
杖を一振り。
彼の服はそれだけで、ハリーやロンと同じようなホグワーツのローブに着替えて見せた。
ハリーは改めて見る魔法に驚いて言葉が出なかったし、ロンは口をキュッと結んでいたが、その表情から驚きの色は消しきれていなかった。
彼としては、呪文に入った年期がまるでハリーたちとは違うために、そんな視線を受けてしまうと、少し気恥ずかしかった。
五年生で転入した上に、最も共に長く過ごした一年生があのアルバスということもあって、彼は標準的な一年生が扱える呪文やその上達具合というのが、全くもってよくわかっていなかった。
列車が停車する直前に、ハリーやロンは食べきれなかったお菓子を急いでポケットに詰め込んで、人で溢れてきた通路に飛び込んだ。
列車はみるみるスピードを落としていき、やがて完全に停車した。
押し押されながら、ハリーは列車の戸を開けて、小さくて暗いプラットホームに降り立った。あたりを見渡すと、すぐそばにロンがいた。
けれど、通路の人の群れではぐれてしまったのか、彼を見つけることができなかった。
ロンに聞けば、「別に良いんじゃないか」と、フンと鼻を鳴らした。
彼もハリーに数秒遅れて、プラットホームに降り立っていた。
はぐれてしまったことにはすぐに気づいていたが、どうせ目指している場所は同じなのだしと、彼は探すことは諦めて、大きな声で一年生を呼び集める森番の方へ、他の生徒たちと共に、少しだけ浮き立った足で歩いた。
ホグワーツまでの道のりは、少しだけ険しい。彼としても、歩くのはとても新鮮な気分だった。何を隠そう、在学中は箒や煙突飛行ばかりしていたものだから。
森番率いるホグワーツ新入生一行は、やがて大きな湖のほとりに出た。岸辺に繋がれたボートに、四人ずつ乗っていく。
「あ、さっきぶりだね」
彼も他の生徒と同じようにボートに乗り込んで、乗り合わせた三人に微笑みを向けた。
「……君か。ハリー・ポッターやウィーズリーはどうしたんだ」
偉そうにボートにどっぷりと座り込んでいたドラコは、あからさまに顔を歪めてそう言った。
「列車から降りるときにはぐれちゃってさ。四人乗りだし、僕が乗ればちょうどいいだろう」
ドラコが何かいう前に、森番の大男が体に似合う大声を出した。
「みんな乗ったか? よーし、では、進めえ!」
岸辺に並んでいた幾つものボートが一斉に動き出した。
彼もドラコも口を閉ざして、聳え立つホグワーツ城を見上げた。
みんな、そうしていたからか、船がホグワーツ城の地下の船着場に到着するまで、誰も何もしゃべらなかった。
船から降りた彼らは、バラバラの歩速のまま、ゴツゴツとした岩の道を通って、森番よりも大きな樫の木の扉の前に集まった。
「みんないるな?」
森番は大きな手で握り拳を作ると、城の扉を三度叩いた。
扉がパッと開いて、中から初めてみる女性が現れた。エメラルド色のローブを纏っていて、スラリと背が高い。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
ミネルバ・マクゴナガルは扉を大きく開け放ち、大勢いる新入生たちを迎え入れた。
ホールの脇の部屋に新入生たちを案内して、毎年と同じように挨拶と注意をいくつか言いつける。
彼は、準備が整えば呼びにくる、と一度部屋を出て行くマクゴナガルを目で送った。
厳格そうな先生だ、と思った。一つ一つの動きがきびきびとしていて、美しい。
マクゴナガルが部屋を出ていった途端、辺りがザワザワとし出した。みんな、組み分けがどうとか、寮がどうとか話している。
この喧騒を味わうのも、組み分けに遅れずに参加するのも、彼にとっては全て初めての経験だった。
「ドラコ。君は、あんまりそわそわしてないんだね?」
彼は、ボートを降りてからもずっと隣にいるドラコへ話しかけた。
ドラコは、試験だとかすごく痛いだとか、組み分けについて憶測が飛び交っている一行から少し離れて、冷静そうにそれを眺めていた。
「連中、組み分けのことも知らないらしい。君はどうだ?」
「心配ありがとう。大丈夫だよ」
「心配なんかしていない」
フンと鼻を鳴らすドラコに、彼は苦笑いで後ろを指差した。
「その子たちは、大丈夫?」
ドラコはその指に従って振り返る。
周りの声に、そわそわというか、ほとんど怯えているクラッブとゴイルがいた。
ドラコはわかりやすく眉を顰めた。
「君と同じ寮に入るのかな?」
「あー……多分大丈夫さ。……うん。あいつらも一応、スリザリンの家系だし」
ドラコがそう答えた瞬間、後ろからざわめきの波が押し寄せてきた。
彼とドラコは同時に後ろを振り返った。
幾人もの見覚えのあるゴーストたちが、生徒たちの頭上を横切って行く。なにやら話しているようだった。
彼が目で追っていると、そのうちの何人かのゴーストと目があった。
そのゴーストたちはじいっと彼のことを見つめてハッとしたかと思うと、手を振ったり、お辞儀をしたり、くるくるとバク転して見せたり、みんななんらかのアクションを行って、終いには口の前にしぃっと人差し指を立てて、ホールの方へと出ていった。
「……君、ゴーストに好かれる体質なのか?」
「はは。……うん、そういうことにしといてもらえる?」
隣でそれを全て見ていたドラコは呆気に取られた様子で、彼はその言葉に遠い目をして答えた。
ゴーストはみんな、事情を察してくれたのか、それともアルバスが言い含めていたのか、特になにも話しかけてはこなかったが――自分の実年齢がバレてしまったら、間違いなく面倒なことになると、彼はちょっとだけ警戒しておくことにした。
「さあ、行きますよ」
マクゴナガルの声が響いて、新入生たちは彼女の後ろに連なるように一列になって、玄関ホールから二重扉を抜けて大広間へと足を踏み入れた。
あいも変わらず、見惚れるような大広間だった。
あのドラコでさえ、彼の隣で口を開け放したことに気づかないまま、宙に浮く幾つもの蝋燭や、天井に広がる星々を眺めていた。
組み分け帽子の歌や、それに対する拍手喝采など、彼にとっては懐かしいものばかりだった。百年近く経ってしまっても、そればかりは変わっていない。
組み分け帽子の歌は毎年変わっているらしいが。
彼は上座に置かれたスツールのその奥を見た。
目が合った。
アルバスも、彼を見ていた。
今この、十一歳の小さな姿でも、あの日の言葉通り、アルバスはその少年が彼だとわかっていた。
マクゴナガルが、長い羊皮紙の巻紙を持って、一年生たちの前に出た。
ABC順に名前を呼ばれたら、前に出てきて帽子をかぶるように、とみんなに伝えて、マクゴナガルは一人ずつ名前を呼び始めた。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
知っている名前が呼ばれた。彼女はグリフィンドールだった。
「ロングボトム・ネビル!」
あのヒキガエルの少年だ。この子もグリフィンドールだった。
「マルフォイ・ドラコ!」
ドラコは名前を呼ばれるとさっさと出ていって、帽子を完全にかぶるより先にスリザリンへ組み分けされた。
「ポッター・ハリー!」
その名前が呼ばれるや否や、広間はシーンと静まり返って、潜めた声だけが聞こえるようになった。
組み分け帽子はたっぷり時間をかけて、ハリーをグリフィンドールへと組み分けした。すぐに、耳が壊れてしまいそうな歓声が大広間中に反響した。
「ウィーズリー・ロン!」
これで知った顔ぶれは最後だ。ロンも、グリフィンドールへと組み分けされた。
――彼は首を傾げた。
今、「ザビニ・ブレーズ」と名前が呼ばれたところだった。
彼の名前は、まだ呼ばれていない。
それどころか、マクゴナガルが名簿の巻紙を仕舞おうとしているところだった。
マクゴナガルは最後の生徒まで名前を呼び終えたと思って、名簿を巻きながら、大広間の方へ目を移した。
まだ、生徒が一人残っていた。彼はまだ呼ばれていないことに首を傾げて、マクゴナガルが持っている名簿と、アルバスとを交互に見比べていた。
マクゴナガルは、もう一度名簿を全て開いて、視線を落とした。
一番下の端っこ。
細く斜めった字で、付け足すように、一人の名前が書かれていた。
彼の一つ前に呼ばれた子で終わりかのようにマクゴナガルが読み上げをやめて、不自然に間が空いて、それでもまだ生徒が一人残っていたものだから、大広間の中はざわざわとしていた。
彼は、名簿の最後にでもアルバスが無理やり付け足したのだろうと思った。
その証拠に、ABC順なんか全て無視して、まるで忘れてしまっていたように、彼の名前が呼ばれたのは一番最後だった。
最後に組み分けをする運命からは逃れられないのかもしれないと、彼はため息をついてから、組み分け帽子のまつ壇上へ向かった。
「……ふむ。おや? 君は初めてじゃないな?」
「ああ。二度目だよ」
「これはこれは、珍しい。ふぅむ……君はグリフィンドールの勇気も、スリザリンの狡猾さも、ハッフルパフの勤勉さも、レイブンクローの知性をも兼ね備えておる……はてさて、どうしたものか」
悩み始めた組み分け帽子に、彼はこれ幸いと声をかけた。
「僕、スリザリンに入りたいんだ」
「なるほど。……よろしい、君がそう望むのなら――スリザリン!」
組み分け帽子の宣言に。わっと大広間が湧きあがった。
彼は脱いだ帽子をそっとスツールの上に置くと、スリザリンのテーブルへと向かった。
途中で、グリフィンドールのテーブルの方をチラリとみた。ハリーは残念そうにしていて、ロンは目を合わせまいとばかりにそっぽを向いていた。
ちょうどドラコの隣が空いていたため、彼はそこへ腰を下ろした。ちらりとアルバスの方を伺えば、目を丸くして驚いていた。
「良かった、君と同じ寮になれて」
彼は座るなり、そう言った。
ドラコもそう言われて悪い気はしないのか、得意げに顎を上げる。
「君は賢い側の人間のようだね」
「そう言うんじゃないけど……ありがとう。これからよろしく頼むよ」
彼は手を差し出し、ドラコはその手を握った。
くるくると最後まできちんと呼び終えた名簿を巻き切って、マクゴナガルはどうしてか座ったままのアルバスに目を向けた。
「校長?」
マクゴナガルが呼びかけると、アルバスは目線を静かに前に戻して、ゆっくりと立ち上がった。
生徒たちみんなの視線がアルバスに集まる。
ドラコとの握手を解くと、彼も周りに習って、そちらへ目を向けた。
アルバスはニコニコの笑顔を浮かべて、両手を広げた。
「おめでとう! ホグワーツの新入生諸君、おめでとう! 歓迎会を始める前に二言、三言、言わせてもらいますぞ! そうれ、ふたこと! みこと! 以上!」
アルバスが席に着くと、大広間は拍手喝采と歓声で溢れた。
彼はまだみんながアルバスに注目している間に、テーブルの上に現れた料理とドリンクをいくつか引き寄せた。
テーブルに向き直ると自分の周りばかりが料理で溢れていたため、ドラコは驚きに目を剥いた。
「うんうん。見事に茶色一色だけど、どれも美味しそうだね」
彼はなれた手つきでローストビーフやソーセージを皿に盛ると、ついでにドラコの皿にもベーコンやにんじんや豆を乗せて、ドリンクをグラスに注いだ。
いつもならば野菜の類を多めに盛るところだが、今の容姿は十一歳のため、重そうな肉の類もお腹一杯食べられる気がしていた。
「僕も肉が食べたいんだけど」
ドラコは人参をもしゃもしゃと食べながら、そう言った。
デザートまで食べすすめている間に、彼はドラコからスリザリンが六年続けて寮杯を獲得していることを聞いた。
彼は驚いて、スリザリンのテーブルの上をふらふらと揺れている血みどろ男爵に目を向けた。血みどろ男爵は珍しく、誇らしげな顔を見せた。
ひとつの寮がそれほど勝ち続けるとは、彼は聞いたことがなかった。よっぽどスリザリン寮生が優秀なのか――よっぽど贔屓されているのか。
彼は、まあどちらでも構わないかと、グラスを傾けた。点数を稼ぐのも点数を失うのも、今を生きている生徒たちに全て任せるつもりだった。
「さて――全員がよく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
ひとしきりみんながお腹いっぱいになる程食べたあたりで、アルバスはもう一度立ち上がった。
大広間が静かになって、アルバスの方へ視線が集まった。
「一年生に注意しておくが、校内にある森には入ってはいけません。これは、上級生にも、何人かの生徒たちに、特に注意しておきます」
アルバスはグリフィンドールの方にいる赤毛の双子に目をやってから、彼の方もじっと見た。
彼は残っていた糖蜜パイに手を伸ばしていた。
「――最後ですが、とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下には入ってはいけません」
アルバスはもう一度、鋭い目で彼を見た。
彼は掬ったゼリーを口に迎えたところだった。
アルバスの視線に気づいたように顔を上げると、彼はスプーンを咥えたまま、キラキラとした目で頷いた。
アルバスは頭を抱えたい気分だった。
「では……寝る前に校歌を歌いましょう!」
アルバスは気分を取り戻すために、杖を振った。
金色のリボンのようなものが杖先からにょろにょろと現れて、テーブルの上に歌詞を書いた。
「みんな自分の好きなメロディーで。さぁ、さん、し、はい!」
ベートーヴェンの第九やアップテンポなヒップホップ、葬送行進曲に合わせて歌うものもいたため、歌い終わるのはみんなバラバラだった。
彼は試しに、威風堂々に合わせて歌ってみた。中途半端なところで歌い終わってしまった。
見れば、アルバスが感激して流した涙を拭っていた。
バラバラの校歌への感動どころは彼にはよくわからなかったが、それでもあのブラック校長よりは、比べるのも烏滸がましいぐらい何倍も良い校長をやっているようだと思った。