「三頭犬とは珍しいな……なんて名前にしよう」
校長室に足を踏み入れた彼は、目くらまし術を解除した。
悩みながら、茶色のカバンを、検知不可能拡大呪文をかけたローブの内ポケットに放り込む。慣れれば、内ポケットから直接カバンの中身を取り出せるので、大変便利だ。
アルバスは、前触れもなく現れた彼の姿に、思わずレモンキャンディを取り落としそうになっていた。
食べる前のそれを包み紙に直してから、そそくさとアルバスは彼に近寄る。
「先輩」
「やあ、アルバス」
「肝が冷えます。……合言葉、よくお分かりになりましたね」
「アルバスの好きなものを思いつく端から言っていったら、四つ目で開いたよ」
アルバスは、ぐ、と言葉に詰まった様子だった。
白い毛髪に混じって、先端がほんのりとピンク色に染まった耳が覗きみえる。
彼のそんな視線を振り払うように、アルバスは杖を一振りした。
どこからともなく、二脚のソファとテーブルが一台引き寄せられて、アルバスは彼の手を取ると、そのうちの一脚へエスコートした。
パチン、と指が鳴らされて、テーブルの上に淹れたての紅茶が並ぶ。
彼の向かいのソファにアルバスも腰を下ろして、口を開いた。
「先輩。今日は、どうされたのですか?」
「今日で一週間だからね――君とお茶したいと思ったんだよ。前に聞いたろう、また遊びに来てもいいかいって」
確かその時は、ピシリと断られたような気がするが。
「初めての一年生は、いかがですかな?」
「予想外に忙しいな。君、よくあれだけの宿題と授業をこなしながら、毎日僕にふくろうを飛ばせたね?」
「先輩だって、一年生から五年生までを、たった一年で学ばれてしまわれたのでしょう?」
「僕の場合は――ほら、優秀な先生が、いたからさ」
彼は、アルバスの目を避けるように、視線を落とした。
白い光が、頭の奥でチラつく。彼は何度か瞬きをすると、その動作の不自然さを誤魔化すように、視線の先にあったカップを持ち上げて、紅茶を一口飲み込んだ。
「先輩にも、そのような方がおられたのですね? ……私にとっての、あなたのような」
「そうなれてたら嬉しいな――それよりも、アルバス」
カップをソーサーに戻してから、彼は顔を上げて、アルバスを見た。
顔には、いつも通りの微笑みを浮かべている。
アルバスは、半月形のメガネの奥の目をパチンと一瞬閉じた後、「なんでしょう」と、答えた。
「いつからだい。こんなにも、寮同士の関係が悪くなってしまったのは」
彼の記憶の中にあるホグワーツは、どの寮に属していようが、対立ではなく切磋琢磨し合い、違う寮の者が一生の友達になる――なんてことが、珍しくなかった。むしろ、それが自然だと思っていた。
久々のホグワーツはとても楽しい。懐かしい体験と知らない体験に溢れていて、そのどちらもが彼を喜ばせる。
ただ一つ。
スリザリンと他の三つの寮の間にある確執だけは、彼の心を曇らせた。
友人があれだけ嫌っていた純血主義が、忘れられるどころか、その激しさを増して今の子供達に植えついてしまっているのは、やりきれない気持ちになる。
「五十年ほど前からですかの……。えぇ、それまでは確かに、純血主義自体は存在していても、それほど過激な思想ではありませんでした。
……今のスリザリンの子たちには、親に死喰い人をもつ子がたくさんいます。そして、他の寮には、親族が死喰い人に酷い目に遭わされた子が、たくさん」
「そりゃあ、寮の関係が悪くなるわけだ。おまけに、最近はスリザリンだけが寮杯をとっているときた。これじゃ、子供たちの腹の虫は治らないだろうね」
彼は紅茶を何口か飲むと、今思いつきましたとでも言いたげな笑顔を、アルバスへ向けた。
「じゃあ、試しに、今年の寮杯をグリフィンドールに取らせてくれないかい?」
「それは……よろしいのですか? 先輩は、今はスリザリンでしょう」
「そりゃあ、取れなきゃ悔しいけどね。でも、僕が悔しいってことは、子供たちも悔しいってことだろう? 他の寮の子の溜飲を下げるには、ちょうどいい」
彼の、目が、キラキラと輝いていた。
彼の今の発言は、本音の半分ほどでしかないのだろうと、アルバスは読み取った。
その目の色を、アルバスは知っている。アルバスが、その類まれなる才能を彼に示した時と、同じ目の色だ。
出会ってしまったのだろう。彼が興味を惹かれるような誰かに。――それが誰なのか、アルバスは紅茶を傾ける一瞬のうちにたどり着いた。
彼が入学してからあれほどべったりなのは、一人しかいない。
羨ましい。と、単純に思ってしまう。彼と同学年で、彼と同寮で、彼と同室で、やがて、彼と共に卒業できるのだから。
アルバスは少し考えるようなふりをして、「良いでしょう」と頷いた。
考え込む時間からして、あれは元々
彼は、蛇が出るとわかっていながら、本当に蛇が出るのかと藪を突くタイプだが、今回ばかりは自重した。
他の寮の機嫌を取るために、今年はグリフィンドールに寮杯を取らせる。そういう建前で互いが納得しあったのなら、それでいい。
アルバスはまだたくさん残っている紅茶をコクコクと飲むと、彼を眺めるように頭の先からじいっと視線を落として、ローブの、内ポケットがあるあたりに目線を据えた。
「……さて、先輩。そろそろ私もお聞きしたいのですが」
「うん、どうしたの?」
「まさかとは思いますが、四階の右側の廊下には、行かれてません、よね?」
「行ったね」
「その奥には」
「僕、あまりアロホモラは得意じゃないんだけど――」
「先輩。そこにいた三頭犬、どうされましたか?」
「……今は僕のカバンの中にいるね」
「…………元に戻しておいて下さりませんか?」
「かわいい後輩が言うなら、仕方ない」
彼は今日一番残念そうな顔で、そう言った。
***
ドラコのネクタイも、だいぶ見栄えが良くなってきた。
今朝のドラコは、自分の素晴らしい箒の操縦技術を、いつもより一層脚色して、みんなに自慢するように話していた。今日、初めての飛行訓練の授業があるためだ。
寮の掲示板に飛行訓練の日程が張り出されてからというもの、ドラコはこの『マグルのヘリコプターを危うくかわした話』を、部屋の中で何度も話していたため、彼はもうこの話をそらで唱えることができた。
セオドールは昨日の夜、自分がヘリコプターを避ける夢まで見てしまったと、忌々しげに呟いていた。
彼は切り分けたベーコンを噛みながら、いかにしてグリフィンドールに点を入れたものかと考えていた。
スリザリンから点を減らすことは容易い。
適当に校則を破るか、なるべくそういうことはしたくはないが、退学にならない程度に暴れればいいのだ。
けれども、他寮に加点させるとなると、難しい。
彼がいくらグリフィンドールを褒めたって、点が入るわけじゃない。
とりあえず、魔法薬学の授業で稼いだ分をどこかで減らさなければ。
――魔法薬学の授業の帰り、彼はブレーズに「さっきのドラコ、いつもと違って性格が悪かったね」と言った。
ブレーズはオレの聞き間違いか? とでも言わんばかりにおかしな顔で耳の穴を掻いて、「マルフォイの性格が悪いのは
彼にとってその事実は、足が止まってしまうほどに衝撃的だった。
ドラコのあのような態度を見たのはホグワーツ特急が最初で最後だった。
その時も魔法薬学でも、ドラコは後ろにクラッブとゴイルを連れて歩いていたため、彼は――二人には悪いが――その二人と連んでいるせいでドラコの性格が悪くなってしまっているのだと、今の今までそう思っていたのだ。
その日一日、彼はドラコを少し離れたところで観察しながら過ごした。
必要とあらば目くらまし術を使って、ドラコがグリフィンドール生にむやみにちょっかいをかけるところを見たり、クラッブとゴイルとの会話を盗みきいたりした。
そのちょっとした調査の結果――ドラコ・マルフォイは少しだけわがままな男の子、という認識を改める必要があるようだ、と気づいた。
彼はそれまで、放課後を森の探検に費やしていたが、目くらまし術を使っているついでに、禁じられている四階の右側の廊下に向かった。
そこで閉じ込められていたところを
少し周りに意識を向けてみれば、今だって彼から離れたグリフィンドールのテーブルで、ドラコがネビルの持っていた赤く光る球をひったくっていた。
――どうやらドラコは、彼と共にいる時だけは、誰に対しても酷い物言いや行いをしないようだった。別に、性格が変わったりしているわけではない。そもそも、そんなタイミングが、彼と行動していると存在しないと言うだけだ。
百年分の知識の蓄積がある彼の話の種は尽きないし、廊下を歩いているだけで何かを見つけ飛び出していく彼の後を追ったりと、とてもじゃないが人に悪口を言っているような余裕はない。
その点クラッブやゴイルは、ドラコが何を言おうと同調したし、その二人以外によくドラコと一緒にいるパンジーは、ドラコと一緒に揶揄う側だった。
結果的に、ドラコは彼と過ごしている間だけは、彼にちょっとわがままなだけの子と化してしまっていたのだ。
グリフィンドールのテーブルの方で、ハリーとロンが勢いよく立ち上がった。
ドラコは、グリフィンドールの中でも、ハリーとロンの二人と特別仲が悪かった。ホグワーツ特急の中で握手を拒まれたことを根に持っているのだろう、と彼は考えていた。
いざこざの種を見つけて、教員の席の方でマクゴナガルがサッと動いたのが見えた。良いタイミングだ、と彼もベーコンの最後の一切れを口に入れて立ち上がると、ドラコたちの元へ近寄った。
先に辿り着いたのはマクゴナガルの方だった。
「どうしたのですか」
マクゴナガルが聞けば、ネビルがしょんぼりとした顔で答えた。
「先生、マルフォイが僕の『思い出し玉』を取ったんです」
その告げ口に、ドラコがキュッと顔を歪めていた。ようやく、彼もベーコンを全て飲み込んで、そばまでたどり着いた。
ドラコの後ろから近づくと、マクゴナガルに咎められるより先に戻そうとした玉を、彼が後ろから取り上げる。
突然現れた彼に、両隣のクラッブとゴイルだけでなく、ハリーやロンまでギョッとした顔をした。
「なんだい、これ」
彼はそれが――名前まではっきり聞いたこともあって、思い出し玉なのだとわかってはいたが、わざとらしくドラコに尋ねた。
ドラコはほんの少しだけ驚いたような顔をすると、すぐに嬉しそうに笑った。
ここ最近は彼に教えられてばかりだったため、彼の知らないものを自分が知っていると言うだけで、心が躍ったのだ。
「それは思い出し玉さ。何かを忘れている時にその玉を握ると、赤く光り出すんだ。まあ、何を忘れているのかは教えてくれないけどね。僕や君には全くもって必要ないだろうけど、ロングボトムみたいな忘れっぽいやつにはよォくお似合いの魔法道具――」
「――ミスター・マルフォイ。もうよろしい」
ペラペラペラと上機嫌で話していたドラコを遮ったのは、マクゴナガルだった。
厳しい目つきで、ドラコと彼を見下ろすと、彼の方に手を開いて伸ばした。彼はその手の上に、そっと思い出し玉をのせる。
ドラコは慌てたように視線を泳がせていた。マクゴナガルの後ろで、ハリーとロンの口角が得意げに上がる。
「人のものを取るのはいけないことですよ、ミスター・マルフォイ。スリザリンから一点減点」
「なっ……」
マクゴナガルはそれだけ告げると、思い出し玉をネビルへと返し、自分の席へと戻っていった。
ドラコはネビルやハリーをキッと睨みつけると、クラッブとゴイルを引き連れて大広間を出て行こうとする。
彼も、その後を追った。
「君のせいで減点されてしまった」
ドラコは少し早足で寮に向かって戻りながら、そう言った。
彼も大股になって、ドラコについていく。
「ネビルから思い出し玉を取ったのは君だろう?」
彼は微笑みを浮かべながらそう返した。
クラッブとゴイルが早足についていけず、距離を開き始めた。
「君が来なきゃうまく逃げ切れてたさ!」
ドラコが悔しそうに叫んだ。
寮の前に着いた時にはもう、後ろの二人の姿は見えなくなっていた。
「じゃあ次は、僕の邪魔が入っても逃げ切れるようになろうか」
よりいっそう深めた笑顔を彼が向ければ、ドラコは悔しそうに眉を寄せた。
***
木曜日の午後三時半。
ハリーが他のグリフィンドール寮生と共に校庭へ向かうと、もうすでにスリザリン寮生はみんな到着していた。
二十本あまりの箒が地面の芝生の上に綺麗に並べられている。みんな、家のまえを掃除するようなボロの箒ばかりだった。
家に自分の箒を持っているような生徒は、頭の中でその二つを比べているのか、表情の不快感が隠しきれていない。
「何をボヤボヤしてるんですか。みんな、箒の側に立って。さあ、早く」
現れたばかりのマダム・フーチが、ガミガミと怒鳴った。
みんな急いで、並べられている箒の隣に、順番に立っていく。
スリザリンとグリフィンドールが、向かい合うように整列した。ハリーの前には、彼が立っていた。
彼がやあ、とハリーに手を振って、隣にいるドラコに脇腹を小突かれていた。
ハリーも彼のように手を振り返したかったが、隣にいるロンがすごい形相で彼らを睨みつけていることに気がついて、腰の辺りで小さく手を上げた。
彼はそれを見つけると、ふっと表情を綻ばせた。すぐに、フーチの声が響いた。
「右手を箒の上に突き出して――そして、『上がれ!』と言う」
みんな一斉に、「上がれ!」と叫んだ。
ハリーのそばにあった、あちこちに小枝が飛び出している箒が、ピュンと浮き上がって、ハリーの手の中に収まった。
ハリーの周り――彼やら、ドラコやらはすぐに箒を飛ばせたが、ほとんどの箒は、地面を転がったり、ピクリとも動かなかったり、思わせぶりに数センチふわと浮くだけで、一度で成功させた者は少なかった。
「次は箒にまたがってください。横乗りはいけませんよ。滑り落ちないように、きちんとまたがりなさい」
ローブを翻しながら、箒にまたがる。
フーチが、生徒の列の間を縫うように練り歩いて、一人一人のまたがり方や、握り方なんかを直していく。
端の生徒から順に見ていくので、ハリーはフーチが目の前に来て「問題ありません」と頷くまで、ずっとドキドキしっぱなしだった。
ハリーの次の次に確認されたドラコが、今まで間違った握り方をしていたとフーチに指摘されたため、ハリーとロンは顔を見合わせて喜んだ。
フーチはみんなの箒の握り方とまたがり方を確認し終えると、端に立って笛を手に持った。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。
箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上したら、少し前屈みになってすぐに降りてくること。いいですね?
笛を吹いたらですよ。……一、二の――」
笛の音が鳴るより先に、ネビルは思い切り地面を蹴ってしまったようだった。
「こら、戻って来なさい!」とフーチが大声で呼びかけるが、ネビルは「そんなこと言われても箒が勝手に動くんだ!」とでも言いたげで、顔を真っ青にしていた。
右へ、左へ、空気をパンパンにつめた風船を離した時のように、ネビルは箒に引っ張られて、縦横無尽に空中を飛び回る。
箒から手が離れていないのが奇跡のようだ。
しかし箒は、ネビルがその飛び方に慣れるよりずっと先に、地面に向かって垂直に落ち始めた。
落ちる。
誰もがそう思った。
ひどい瞬間を見たくなくて、ハリーはぎゅっと目を閉じた。
――何秒経っても、思い浮かべたような音は聞こえてこなかった。代わりに、「あれ?」なんて、ネビルの間抜けな声が聞こえてくる。
ハリーは、恐る恐る目を開けた。ネビルが、地面スレスレで、止まっていた。
箒に慣れたわけじゃない。その証拠に、ネビルはいつの間にか箒から手を離していて、身一つで、地面から数センチ上のところで、時間が止まってしまったように浮いている。
「わっ」
ネビルの体が、とさっ、と芝生の上に落ちた。
はっとなったフーチが、急いでネビルの元に向かう。
ネビルは右手首を押さえいて、その表情をだんだんと苦しそうに変えていった。
「先生、手首が、すっごく痛くて……、これ、折れてますか?」
「大丈夫です、ただの捻挫ですよ、ロングボトム。ええ、よく箒を離しませんでしたね。あの暴走で捻挫だけで済んだのは幸運なことです」
「捻挫ぐらいならすぐに治ります」とフーチはネビルを慰めて、立ち上がらせた。
ネビルは慰めよりも痛みの方が勝っているらしく、ポロポロと涙をこぼし始める。
「ロングボトム。スレスレで止まったのは、何か魔法を?」
フーチが聞くと、ネビルは涙で濡れ始めた顔をブンブン振った。
フーチは今度ハリーたちの方へ向き直って、みんなに聞いた。
「今呪文をかけたのは誰ですか?」
みんな、一斉にあたりを見渡す。
ハリーも、ロンと顔を見合わせて、首を傾げた。
落ちる瞬間は、見ていられなくて目を閉じたのだ。
しかしすぐに、大きな声が響いた。
「ハリーですよ、先生!」
ハリーは、自分の耳を疑った。
――今、間違いでなければ、手前にいる彼が、僕の名前を、高々と宣言しやしなかったか?
「ぼ、僕知らないよ!」
「謙遜しなくたっていいよ。なんてったってハリー。今魔法をかけられる杖を持っているのは君だけなんだから」
「えっ?!」
――なんの話だ!
ハリーは自分の手を見た。
驚いたことに、しっかりと握りしめていたはずの箒が、いつの間にか、ローブの中にしまっていたはずの杖に変わっていた。
みんなの視線が、ハリーに集まる。ハリーが否定を重ねるより先に、フーチが声を上げた。何を言われるんだろうか。ハリーは身構えた。
「ハリー。ハリー・ポッター。素晴らしい状況判断でした。グリフィンドールに一点」
グリフィンドール寮生の目が輝いて、スリザリン寮生の目つきが悪くなる。
本当にハリーが助けたことになってしまった。
ハリーが反論するのも忘れてポカンとしているうちに、フーチはネビルを連れて、医務室へ行ってしまった。
ハリーがもう一度右手を見ると、今度は杖が箒に変わっていた。
「私が帰ってくるまで、全員地面に足をつけて待っていること。いいですね。箒の一本でも飛ばしたら、クィディッチの『ク』の字を言う前に、ホグワーツから出て行ってもらいますよ」
ハリーの箒をもとに戻してから、彼ははっとして、ローブの内ポケットに手を突っ込んだ。
魔法薬学の授業へ行く前に拾ったウィゲンウェルド薬を入れていたのだが、それを思い出した頃には、ネビルもフーチももうとっくにこの場から消えていた。
代わりに、ドラコの声が響いた。
「あいつの顔を見たか? あの大間抜けの」
その声に続くように、他のスリザリン寮生も囃し立てる。
「やめてよ、マルフォイ」
グリフィンドールの女の子、パーバティ・パチルが咎めた。
「へぇ。ロングボトムの肩をもつの?」
「パーバティったら。まさかあなたが、あのチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」
パンジーが、ドラコの後を継ぐように冷やかす。
「ドラコ」
彼も咎めるように、ドラコの名を呼んだ。
ドラコは一瞬だけ怯んだように眉を下げたが、すぐになんでもないようにふん、と鼻を鳴らして、何かを見つけたのか、ネビルが着陸したところに駆け出した。
「ごらんよ! ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ!」
ドラコは芝生の上から拾い上げたそれを、たかだかと掲げた。
思い出し玉が、陽の光を受けてキラキラと輝く。
「返せよ、マルフォイ!」
ハリーが一番最初に飛び出た。
ドラコはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられるよう置いておこう――屋根に置こうか」
そういうや否や、ドラコは箒にまたがって、ふわりと上空に飛び上がった。
綺麗なフォームだ。あれだけ自慢話を披露していただけはある。
ハリーも、ドラコの後を追うように、ハーマイオニーの静止を振り切って空へと飛び上がった。
ハーマイオニーが「なんて馬鹿なの?!」と言って、彼に近づいた。
「あなたからも止めてちょうだい! あのマルフォイも、あなたの言うことならきっと聞くわ!」
「そうかな?」
「いいの? このままじゃ二人とも退学よ!」
「でもほら、箒が上手くなりたいなら、先生の言うことなんて少し無視するぐらいがちょうどいいってもんだよ」
彼の実体験だったのだが、ハーマイオニーは「なんてこと!」と、信じられないとでも言うような顔をして、絶句してしまった。
二人の会話を聞きつけて、ロンも近づいてくる。
「構うなよ、ハーマイオニー。こいつはスリザリンだぞ。どうせさっきのハリーのことだって、マダム・フーチが減点すると思って言ったんだよ。思い通りには行かなかったみたいだけどね」
「いや、思い通りさ」
彼はそうとだけ答えて、上空の二人を見上げた。
ロンも、彼が何を言っているのかわからない、と、ハーマイオニーと共に肩をすくめて、ハリーを見た。
ドラコが思い出し玉を放り投げたところだった。ふわりと一瞬だけ浮いた思い出し玉は、重力に従ってそのスピードをグングンと加速させながら、地面に向かって一直線に落ちていく。
思い出し玉が地面の芝生に触れる直前で、一緒に急降下してきたハリーがそれを捕まえた。先ほどのネビルよりスレスレの、間一髪のところでハリーは柄をぐっと持ち上げ、箒を水平に立て直した。
グリフィンドール寮生がみんな、歓声を上げてハリーのそばへ集まる。ドラコは少し離れた彼のそばへ、悔しそうに着陸した。
「ハリー・ポッター!!」
その歓声をかき消すように、鋭い声が走った。
マクゴナガルが珍しく走ってハリーに近寄っていく。
ドラコの顔が一転、嬉しそうなものへ変わる。
「先生、ハリーが悪いんじゃないんです」
「お黙りなさい。ミス・パチル」
「でも、マルフォイが――」
「くどいですよ、ミスター・ウィーズリー。ポッター、さあ、一緒にいらっしゃい」
マクゴナガルが大股で歩き出して、その後ろをハリーがトボトボとついていく。
ドラコが得意げな声を上げた。
「見たか! あいつもこれで退学さ」
彼もだんだんと、こっちがドラコの素なのだと理解できるようになってきた。ブレーズに認識の違いを正してもらっていなければ、大ショックを受けていたかもしれない。
「これでハリーが退学なら、ドラコもだと思うけど」
彼が心配そうにそう呟くと、ドラコの口の端がヒクッ、と引き攣った。
「き、きっと大丈夫さ。僕は見られてないんだ。そう! だって見ていたら、僕も一緒に連れていくはずさ! そうだろう?!」
ドラコは後ろを振り返って、クラッブとゴイルに同意を求めた。
ブンブンと、勢いよく二つの頭が振られる。ドラコは、それで安心したようだった。
彼は少し困った。
規則に厳格なマクゴナガルなら、本当にハリーを退学にしかねない。
例えマクゴナガルにドラコの姿が見られていなかったとしても、ハリーが退学となれば、グリフィンドール寮生総出で「マルフォイも飛んでいた」と教えにいくだろう。
ドラコまで退学となってしまっては、非常に困る。
先んだって手を回しておく必要があるな、と彼は考えた。