名前を残してはいけないあの人   作:ゆーてき

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05 立候補した介添人

 

 

「まったく、一体どこに行っているんだ」

 

 夕食を口に運びながら、ドラコは一人ぼやいた。

 隣の席は、クラッブとゴイルで埋まっている。どういうわけか、彼の姿はどこにも見えなかった。

 突然いなくなるのは今に始まった事ではないが、それはそれとして、どこにいるのかは、いつだって大いに気になる。

 

 とりあえず、今朝彼のせいで減らされてしまった一点と、飛行訓練中にハリーに加えられた一点の分を稼がなければいけないと、ドラコは考えていた。

 その稼ぎ方を、彼と練ろうと思っていたのに――ドラコは最後のパイの一欠片を口に入れた。

 どうにも、クラッブとゴイルと共に食事をすると、食欲が落ちる。両隣が次々に大量によそった料理を平らげていくものだから、見ているだけで満腹になってしまうのだった。

 デザート分の胃の容量を空けておくのにも一苦労だ。

 

 ドラコは立ち上がった。

 それを見て、クラッブとゴイルも、慌てて皿の中身を口に詰める。クリームが口の端にくっついていた。いつものことだ。

 パイを口に放り込んだ時に一つ、妙案を思いついた。

 ドラコはクラッブとゴイルを引き連れて、グリフィンドールのテーブルへと無遠慮に近づいた。

 双子のウィーズリー兄弟が、大広間を出て行ったところだった。

 ドラコが現れたのに気付くと、ハリーとロンは、わかりやすく顔を歪めた。

 

「ポッター、最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にはいつ乗るんだ?」

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」

 

 ドラコがこの上ないほど嫌味ったらしくそう言えば、ハリーは冷ややかに言葉を返した。

 クラッブとゴイルが、握り拳をつくって、骨をボキボキと鳴らした。

 けれど、ハリーのすました表情は剥がれない。上座の方に先生が並んでいるせいで、二人が手を出せないのをわかっているのだ。

 まあいい、とドラコも煽るような表情を崩さなかった。今話を聞かせたいのはハリーではなく――隣に座るロンだ。

 

「僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。

 魔法使いの決闘だ――相手に触れずに、杖だけで戦うんだ。

 どうしたんだい? 魔法使いの決闘なんて聞いたこともないかい?」

「もちろんあるさ。僕が介添人をする。お前のは誰だい?」

 

 思い通り、ロンが口を挟んできた。

 ドラコにとって、介添人など、どちらでも良かった。

 それでも一応、後ろの二人を見比べる――クラッブの方が大きいか。

 

「クラッブだ。真夜中でいいね? トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」

 

 ドラコは二人が頷いたのを確認すると、大広間を出た。

 後ろで、クラッブがそわそわしていた。介添人が務まるのか不安なようだ。

 ドラコは少しだけ眉根を下げて、クラッブとゴイルを先に寮へ帰した。ちゃんと辿り着けているといいのだが。

 一人になって、ドラコはホグワーツの管理人であるアーガス・フィルチの元へと急いだ。他の生徒の例に漏れず、もれなくドラコもフィルチのことを疎んでいたが、人は使い様だと心得ていた。

 

 クラッブとゴイルは、無事寮まで辿り着いた様だった。ドラコが帰ってくると、二人はあれほど夕食を食べたというのに、談話室で新しいタルトをつまんでいた。

 ドラコは胸焼けしそうな思いで談話室を通り抜け、部屋へと向かった。

 部屋のドアを開ければ、ドラコは、先に帰ってきていた彼の微笑みと、セオドールの眠そうな両目に迎え入れられた。ブレーズは、まだ帰ってきていないようだった。

 

「ドラコ。おかえり」

 

 優しそうな笑みを浮かべる彼に、ドラコは上機嫌な顔を向けた。

 彼は首を傾げた。

 

「どうかした?」

 

 ドラコは彼に驚きを与えてやろうと、たっぷり溜めて話すことにした。

 まず、ハリーと決闘の約束を取り付けたことを聞かせた。

 今夜の真夜中、トロフィー室で、ハリーはロンを、ドラコはクラッブを介添人につけた決闘を行う()()をした、と。

 途端に、彼はキラキラと目を輝かせ始めた。

 

「真夜中に! 寮を抜け出して! 決闘だって!」

 

 ドラコは得意げに頷いた。

 肝心なのはここからの話だというのに、決闘という単語は、思っていた以上に彼を楽しませていたようだった――ドラコの話など、耳に入らなくなってしまうほどには。

 

「ああ、そうさ。もちろん、僕は行かないけどね。あいつらが夜トロフィー室にくるってフィルチに告げ口してやったんだ。グリフィンドールの大幅減点は決まったようなものさ」

 

 自分で話しながら、なんて素晴らしい作戦だろうとドラコは胸を躍らせた。

 うまくいけば、今夜、眠っている間に、勝手にグリフィンドールの点数が減るはずだ。

 彼からも称賛の言葉がもらえるだろうと、ドラコはちらりと彼を見た。

 彼は一人で勝手にうんうんと頷いていて――

 

「こうしちゃいられないね。介添人はクラッブだっけ? 羨ましい。ちょっと、変わってもらえるように言ってくる」

「……? ……お、おいまて。だから僕は行かないって……」

 

 ――ドラコの静止も、他の何も、彼の耳には届いていないようだった。

 彼は、まるで光の筋にでもなったかのように素早い動きで、部屋を出ていった。あまりの速さに、入れ違いで入ってきたブレーズが、今のは何だと慌てて尋ねてきたほどだった。

 ドラコはそんな問いかけに答える余裕もないまま、呆然としてセオドールを見た。

 

「…………セオドール」

「……まあ、あの様子じゃ、無理矢理にでも連れて行かれるだろうな。せいぜい、フィルチに見つからないように気をつけろよ」

 

 セオドールは「意外だな、あいつがあんなに決闘が好きだったなんて……」とかなんとかぶつぶつ呟きながら、掛け布団を頭からかぶった。

 ドラコは頭を掻いた。本当に連れて行かれてしまったら、ハリーたちもろとも減点されてしまう。

 こうなったら、できるだけ時間を稼いで出発を遅らせて、ハリーともフィルチとも鉢合わせないように、寮に帰ってくるしかない。

 

 

 普段ならどうってことない薄暗い談話室も、そのミステリアスな緑色の灯りも、窓の外の吸い込まれそうな暗い海も、この時間になると恐ろしく感じるものだ。

 寮生はもうみんな寝静まっていて、自分の足音が気になる程だった。

 談話室の中央あたりまで進んで、ドラコは彼を呼び止めた。薄暗い部屋の中でも、彼の表情ぐらいは読み取れる。

 振り返った彼はそのまま、首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「あー……えっと……」

 

 言い淀む。

 時間を稼がなければとばかり思っていたせいで、肝心の、彼を引き止めるための内容が何も出てこない。

 とりあえず、世間話でもなんでもするべきか、と、ドラコは口を開いた。

 

「……君、決闘が好きなのか?」

「もちろん。だってほら、決闘に勝る練習方法はないだろう?」

 

 彼が肩をすくめて、戯けたように言った。

 ドラコは一瞬、ぎゅっと目を瞑って、視線を下に向けた。

 一つだけ、言葉が思い浮かんだ。

 少々悔しくはあるけれど、今彼と共にこの場に留まるには、最適な文言のように思えた。

 

「特訓を」

「……え?」

「僕に特訓をつけて欲しいんだ――その、まだ、決闘に使えるような魔法は、覚えていないから」

 

 彼はぱちぱちと瞬きをして、じっとドラコを見つめた。

 ほんの少しの沈黙の後、彼は突然、小さく吹き出した。ドラコは少しムッとした。笑われるとは思ってもいなかったのだ。

 でもどうやらそれは、馬鹿にしたようなものではなさそうで、彼の笑顔は、むしろ嬉しそうなものだった。

 彼が笑っている理由がわからなくて、ドラコは眉根を寄せたまま、首を傾げた。

 

「どうしてそんなに笑う?」

「ああ――ごめん、ごめん。君が、ある子に似ていたもんだから、つい」

 

 ひとしきり笑った彼は、ゆっくりとドラコの方に歩み寄り、いつもよりも輝いた微笑みを向けて言った。

 

「いいよ。杖を出して、ドラコ」

 

 ドラコは、ようやく表情を元に戻した。ひとまず、時間稼ぎはできそうだった。

 ローブの中から、杖を取り出せば、彼も同じように、杖を握った。

 

「まずは、一番使い勝手のいい魔法から教えよう。――レヴィオーソ」

「ぅ、わっ」

 

 彼が呪文を唱えて、杖の先から黄色い閃光が走ったと思った次の瞬間には、ドラコの体はふわりと宙に浮いていた。

 箒に乗るのとはまた違う、内臓もろとも浮き上がるような感覚に、ドラコは驚いて足をばたつかせる。

 レヴィオーソなんて、ウィンガーディアム・レヴィオーサよりも、ごくごく簡単な呪文のはずなのに――まるで、身動きが取れない。

 彼がもう一度杖を振ると、ドラコの体は途端に重力に従い始めた。べちゃ、と両足が不恰好に床へ着地する。

 

「戦いにおいて重要なのは、シンプルであることだ――究極、基礎攻撃呪文と回避能力さえ備えておけば、どんな敵とも戦える。無理に、高度で複雑な呪文に手を出す必要はない。

 ……さあ、杖の振り方はわかるかい? まずは――この羽から浮かせよう」

 

 彼はそばのテーブルに置いてあったシュガーポットから角砂糖を一つだけ取り出して、杖をフイと振った。

 角砂糖がぐるぐるとその形を変えて、一枚の、白い羽に変化した。

 

「一グラムにも満たない――簡単だろう?」

「……もちろんさ」

 

 ドラコは深呼吸して、彼の手の上に乗せられた羽を見た。

 杖の先をその羽に向け、ぐっと集中する。

 思い描くのは、その羽が宙に浮き上がるイメージだ。先ほどの、ドラコのように。

 

「――レヴィオーソ!」

 

 彼の杖の筆跡を思い出すように、杖を振るって、力を込めて呪文を唱えた。

 ドラコの杖から放たれた黄色の閃光は、真っ直ぐ彼の手の上の羽に向かって、光の尾を伸ばしながら飛んでいき。

 そして、その光は見事――彼の手に、命中した。

 

「あ」

「あ――おっと」

 

 彼の手がふわりと浮き上がって、そのまま体全てが宙に浮き上がる。

 彼は、先ほど無抵抗で飛ばされていたドラコとはまるで対を成すように、楽しげな笑い声をあげながら、くるりと回転していた。

 空中で器用に体制を整えて、逆立ちするようにドラコを逆さから眺めながら、パチパチと手を叩いた。

 

「すごい! 羽より先に僕を浮かしちゃうなんて。流石だよドラコ。僕よりずっと才能があるかもしれないね」

「そ……そうか……!?」

 

 ドラコは顔を赤くした。

 褒められるのには、慣れているはずなのに、どこか恥ずかしくて、誇らしい。でもそれ以上に、彼に自分の実力を認められたことが、嬉しかった。

 彼は、もう一度ぐるりと体を反転させて、元の向きに戻ると、ぱちんと指を鳴らした。

 足がゆっくりと床について、白い羽が角砂糖に戻っていく。

 

「ああ、僕は、君に教えたいことが山ほどあるんだ」

 

 彼が言った。

 少し熱っぽくて、キラキラしている瞳を見れば、彼が本当にそう思っていることはすぐにわかった。

 

「次は、簡単な防御呪文でもマスターしようか」

 

 彼は、杖を握り直した。

 

 

***

 

 

 しばらくしてから、彼は今夜の本来の目的を思い出したようだった。

 願わくば、思い出さずに夜が明けてくれないものか――と思っていたのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 彼はハッとした様子で、慌てて杖をしまった。

 

「いけない、ドラコ。もうこんな時間だ」

「なんの話だ?」

 

 ダメもとで、ドラコは知らないふりをしてみた。

 「もう寝る時間か?」などと言って、あくび姿を見せてみる。

 眠たいのは本当だった。

 しかし、彼は無慈悲にも首を振った。

 

「違うよ。決闘の約束の時間だろう? このままだと不戦敗だ」

「…………」

「行こう。ハリーがトロフィー室で待っててくれると良いけど」

 

 そう言って彼が歩き出すのに合わせて、仕方なくドラコもその背中を追いかけるしかなかった。

 立ち止まって意固地にでもなれば、無理やり引っ張っていきそうな覇気を感じた。

 窓を見てみるが、外の様子は談話室に訪れた頃から変わっていない。

 月明かりが差し込んでいて明るいけれど、それ以外は、相変わらず真っ暗だった。

 

 彼はやはり、サクサクと廊下を進んだ。

 どこにフィルチがいるのかもわからないのに、先の確認もせずに、角をスイスイ曲がっていく。

 階段を登りながら、ドラコは尋ねた。

 

「君はよくここを通るのか?」

 

 彼は振り返らずに答えた。

 

「うん。地図は頭に入ってるし、迷わないからね。……ああそうだ、近いうちに目くらまし術を教えてあげるよ。寮を抜け出すのに役立つ」

「…………君、日常的に寮を抜け出してるのか?」

「……さあ、そろそろトロフィー室だ」

 

 彼は話を逸らした。

 トロフィー室にはフィルチがいる可能性が大いにあるため、ドラコも黙らざるを得なかった。

 忍足になるドラコとは対称的に、彼はここも無警戒に進んでいるように見えた。

 ドラコはずっとヒヤヒヤしっぱなしだった。そこの角から、フィルチか、もしかしたらミセス・ノリスがひょっこり顔を出すかもしれない。

 トロフィー室のドアは、どうしてか開いていた。彼に続いて、中に入る。

 月の光だけが唯一の明かりだったが、トロフィーや盾や棚のガラスがキラキラと輝いているおかげで、なんとか視界は確保できていた。

 

「おかしいな……もう帰っちゃったのかな」

 

 トロフィー室の中を探るように歩きながら、彼が呟く。

 その視線の先を追うように、ドラコも先を覗き込んだ。

 長い回廊に、ずらりと鎧が飾られている。

 しかし、ハリーもロンも、そこにはいなかった。

 ただ、床の上に、バラバラになった鎧が散らばっている。夜になって寝ていたのか、元に戻る気配がない。

 

「……あいつら、怖気付いたんじゃないか?」

 

 ドラコは、一抹の期待を込めて、そう言った。

 しかし、彼は緩やかに首を振る。

 右手をふわりと持ち上げて、指先を床に散らばった鎧に向けた。指の先から、薄い青色の光が鎧のひとつひとつに伸びて、その鎧を正しい位置に戻していく。数秒後には、また元の形に組み上がった鎧がそこにあった。

 無言で、それも杖なし――ドラコはぱちぱちと瞬きをした。彼と共にいると、驚くことに事欠かない。

 

「鎧同士が喧嘩した形跡もないし――多分、ハリーたちがフィルチさんに見つかって、その拍子に倒したんだ」

「どうしてそう言い切れる?」

「先生が見つけたり、倒したりしたのなら、今の僕みたいにレパロで直したはずだろう」

 

 彼はそれだけ言うと、ローブの中から一冊の大きな本を取り出した。

 重そうな表紙の、古ぼけた本だ。

 彼は本には似合わない小さな手でその表紙を撫でると、静かな声で、その本に向かって呟いた。

 

「『ハリー・ポッター』」

 

 本がひとりでにふわりと開いて、金色の蝶のような光がパチンと飛び出した。

 キラキラと光がトロフィー室の外へと伸びていき、道標のように伸びていく。

 その輝きと、見たこともない現象に、ドラコは口を大きく開けたまま、彼と光の間で視線を彷徨わせた。

 

「あっちって……まあ、いいか。行こう、ドラコ。ハリーたち、まだ寮には帰っていないみたいだ」

「まっ、まて、なんなんだ、その魔法……!」

 

 駆け出した彼の後を、ドラコは慌てて追いかける。

 階段は使わなかった。回廊を走り抜けて、開いたままのドアを通り、廊下と廊下を渡り歩いていく。ドラコの頭の中の地図は次第にこんがらがっていって、今自分がどこを走っているのかもわからなかった。

 周りがどんどん薄暗くなっていって、どんよりとした雰囲気が漂い始めた。

 来てはいけない場所にきたのではないだろうか? 疑問に思ったときには、もう遅かった。

 

「はーはっはっは! ……おや? あれれれれ? また生徒だ、一年生だ! いけない子! 今日はたくさん抜け出す日だなァ!」

 

 突然、曲がり角からぴょっこりと、笑い転げたピーブズか転がり出た。

 くるくると宙を縦横無尽に飛び回りながら、彼とドラコを囃し立てるように歓声を上げる。

 

「い〜けないんだ、いけないんだ! こんな真夜中にベッドから抜け出しちゃって! フィルチに教えよう! まだすぐそばにいるはずさ!」

「ピーブズ」

 

 彼が嗜めるように、ピーブズを呼んだ。

 それでも、ピーブズの、大きなケラケラという笑い声は止まらない。

 このポルターガイストは、人の困っている姿が大の大好物なのだ。

 こんな大きな声を出して騒がれたら、すぐそばにいるというフィルチに気づかれてしまう。ドラコが、苦々しく顔を歪めたときだった。

 

「何をしているのかね」

 

 ふわりと、壁をすり抜けて新しいゴーストが現れた。

 透き通った銀色の体に、銀色の血がべったりとまとわりついている。両腕には鎖がはめられていて、その恐ろしい雰囲気に、ピーブズはひい、と体を縮こまらせた。

 血みどろ男爵だ。

 自分のところの寮生には優しいほとんど首無しニックや誰にでも寛大な太った修道士とは違って、このゴーストは自分がついているスリザリンの寮生の前にさえ、ほとんど姿を現さない。

 酷く無愛想だし、その見た目の恐ろしさのせいで、ドラコだって、自分からわざわざ会いに行こうとは到底思えない。

 

「だ、男爵様、その、生徒がこんな夜更けに抜け出していたものですから、その……」

 

 ピーブズは、血みどろ男爵が現れた途端、その声を小さくした。

 体も、小さく小さく、可能な限り縮こまって、へりくだった。

 血みどろ男爵は目を細め、彼と、それからドラコを順に見ると、ピーブズに向かって冷たい声で言い放った。

 

「良い。彼らは我輩が呼び出したのだ。ピーブズ、むやみに騒ぎ立てるでないぞ」

「ああ、申し訳ありません、閣下。はい、はい、もちろんでございます、失礼いたしました」

 

 ピーブズはそれだけを早口で言うと、ヒュウと消え去った。

 ドラコは驚いて、今度は口をキュッと結んで顎を限界まで引いていた。あの血みどろ男爵が、生徒を庇った――そのことにも、確かに驚いた。

 しかし、それ以上に、ドラコは強烈な既視感に襲われていた。

 今の光景を、ドラコは確かに、どこかで目にしていた。

 けれど、ドラコが消灯時間を過ぎてから寮を抜け出したのは、今夜が初めてだ。

 一体いつ見たのだろうか。記憶の中を掘り返すように、探って、探って、一つのかけらにたどり着いた。

 もう、一週間ほど前の、夢の記憶だ。

 

「……血みどろ男爵は、君に随分好意的だ」

 

 ドラコはやっとの思いで、その言葉を口に出した。

 彼は、「そうかな?」なんて軽く首を傾げて、愛想よく、血みどろ男爵に感謝を伝えた。

 満足げな顔で、血みどろ男爵がまた、近くの壁をすり抜けていく。

 金色の光の道標を追いかけて、また、二人は歩き出した――数歩進んだところで、ドラコは道標が指し示す場所に、見当がついた。ついてしまった。

 

「なぁ……君。僕たち今、禁じられた廊下に向かっている気がするんだが」

「気づいた? ほら、あそこの、錠前が外れているところ――」

 

 彼が指をさした瞬間だった。

 その、錠前が外れた突き当たりのドアが、バタンと勢いよく開かれた。

 大きな音に、ドラコも彼も、肩を弾ませた。

 開いたドアから、次々と人影が飛び出してくる――ハリーに、ロンに、ハーマイオニー、それからネビルまで。

 

「やあ、ハリー」

 

 気を取り直した彼は、真っ青な顔をしたハリーに、呑気な声で呼びかけた。

 

「こんばんは。ごめんね、遅れて。フィルチさんに見つかりそうになって、ここに隠れにきたの?」

「やっ、やっ、やっーーーーき、君もっ、逃げっ!」

 

 ハリーは彼の言葉にイエスなのかノーなのかもわからないほどめちゃくちゃに頭を振ると、ネビルやロンを引っ張り、引っ張られ、七階までの階段をダダダと、まるで風のように駆け登っていってしまった。

 金色の光がまだハリーを追おうとして、彼がその光を本の中に閉じたように見えた。パチ、と光の道標が消える。

 彼が、ぽかんとした表情のまま呟いた。

 

「何か恐ろしいものでも見たのかな?」

「その、立ち入り禁止の先に、何かあるんじゃないのか?」

 

 ドラコは確信を持って言った。

 彼は首を傾げた。

 

「かわいいわんこぐらいしかいないけれど……」

「フン。ポッターのやつ、そんなに犬が怖いのか――待て、君、今の言い方だと中に入ったことがあるように…………いや、ああ、なんでもない。今更聞くことじゃなかった」

 

 どうせ、肯定しか返ってこなさそうだ。

 ドラコは疲れた様子で、首を振った。

 

「それより、そろそろ帰らないか。僕ももう眠ってしまいそうし、あの様子じゃ、ポッターの不戦敗だろう。不戦勝は認めてくれるよな?」

「グリフィンドール寮に突撃するわけにもいかないし、しょうがないね」

 

 彼は残念そうに、肩を落とした。

 あの、立ち入り禁止の廊下の奥に、本当は何があるのか、ドラコは少し気になったが、それよりも今は眠気が勝っていた。

 彼を追いかけたせいで体力もほとんど使い果たしていて、今にも瞼が落ちてしまいそうだった。

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