名前を残してはいけないあの人   作:ゆーてき

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06 ワガママの通し方

 

「……ん、じゃあ、何? ハリーは退学どころか、グリフィンドール・チームのシーカーに大抜擢、ってこと?」

 

 ハリーが、ドラコに決闘の誘いを持ちかけられていた頃。

 アルバスは彼と、校長室で夕食をとっていた。

 こうして、彼と食事を共にするのは初めてだ。

 そもそも、アルバスが覚えている限り、彼がキチンと、大広間で、どこかの寮のテーブルに座って食事をしていたことなど、ただの一度もなかった。

 たまに、大広間の大きなドアをバンと開いて現れたかと思えば、またすぐに別のドアから飛んでしまうのである。

 

 かろうじて思い出せるのは、彼の探索に同行した時の記憶だ。遺跡や空き家の中の、いつから置いてあったかもわからない果物や飲み物を、一寸の躊躇もなく口にしている姿。

 あの時ほど、彼の胃腸を心配したことはない。

 よほど消化能力が優れているのか、それとも、体調を崩した端から癒してしまっているのか――どちらにせよ、アルバスには真似できない芸当だった。真似する必要もなかった。

 そんなわけで、彼がきれいなカトラリーを使って、真っ当な食事を口に運んでいるという姿は、少し感動を覚えてしまうところがある。

 

 彼が校長室へ、いつも通り目くらまし術を纏って現れたのは、アルバスにマクゴナガルからのふくろう便が届いた後だった。

 羊皮紙にびっしりと書かれた流麗な文字を、ちょうどアルバスが全て読み終えた頃だ。

 校長室への入り口が開いて、そちらへ意識を向けたと同時に、彼が思っていたよりも近くに現れたため、アルバスは少しだけ驚いていた。

 彼はそれを知ってか知らずか、いつものように「やあ、アルバス」なんて優しげに手をあげて微笑んだ。

 続いた、「ハリーの話なんだけど」という言葉に、アルバスはすぐに手紙の内容へつながる事柄だろうと思い至り、「では、共に食事をしながらでも」とテーブルと椅子を出した。

 そして、冒頭へと戻る。

 

 彼の問いかけに、アルバスはそのまま頷いた。

 

「驚いた。彼女って、もっと規則に厳格だと思ってたけど」

「クィディッチのこととなると、別なのですよ」

 

 アルバスは、ハリーの箒の腕前を褒めちぎる言葉と、規則を曲げることにはなるが、どうしてもハリーをシーカーに任命したい、という思いが端から端まで綴られた羊皮紙を、彼に手渡した。

 彼はそれに軽く目を通して、おもしろそうに微笑んだ。

 

「素晴らしい先生だね。ブラック校長とは大違いだ」

「先輩……」

 

 アルバスは、壁に飾られているフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画をチラリと確認した。

 いつもならばしっかりと両目を閉じて寝たふりをしている彼のまぶたが、ピクピクと動いている。

 アルバスの嗜めるような声を受けてもなお、彼は涼しい顔で笑っているだけだ。

 

「いいんだよ。あの人はそんな特例、面倒くさがってきっと認めないさ。

 ――ああ、でも、百年前の最年少シーカーは、ブラック校長が前の年のクィディッチを中止になんてしてなきゃ、生まれなかったかな」

「あぁ、そうでしたな……」

 

 彼が入学した年にクィディッチのシーズンが開催されなかった話は、脈々と受け継がれてきたブラック校長への悪評の一つであり、アルバスも幾度となく耳にしたことがあった。

 その次の年、クィディッチのチームメンバーを務めていた生徒たちの卒業で、当たり前のように選手の数が足りず、やむを得ず全ての学年から選抜をするという異例の事態になったことも、覚えている。

 選手がいないのなら今年も中止にすればいいだろう、などといったどこかの校長の発言は、血気盛んなクィディッチへの情熱を持った生徒たちと教師によって、珍しくも黙殺されたようだ。

 

「それで、先輩」

 

 アルバスは、一区切りつけるように彼を呼んだ。

 

「本日は、どうしてこちらへ? ハリーのことだけが、本題ではないのでしょう?」

「おや、バレていたかい?」

 

 彼が肩をすくめた拍子に、ネックレスの石が揺れた。

 金の装飾が施されただけの、何の変哲もないような石。彼が古代魔術の力を込めたという、彼の姿を変えるための石。古代魔術の力を持つものには、その石が光って見えるのだという。

 アルバスの目には、ただの一度も、そんな光が写ったことはない。

 

「いや、まあ、半分ぐらいは本当に、ハリーのことなんだけどね。ハリーのことが解決したから、残りの半分も一緒に解決しちゃった」

 

 要領を得ない彼の言い方に首を傾げていると、彼は苦笑いを浮かべながら続けた。

 

「マクゴナガル先生の手紙に書いてある通り、ハリーはマダム・フーチの言いつけを破って箒で飛んだわけだけど――その時、ドラコも一緒になって……っていうか、ドラコがハリーを煽って飛んでてさ」

 

 ドラコ――ドラコ・マルフォイ。

 どういうわけか、入学式のその日から、彼がずっと気にかけている少年だ。

 生粋の純血主義の家に生まれたドラコと誰に対しても分け隔てなく接する彼は、まるで正反対と言ってもいい。

 

「――まあ、そういうわけで、ハリーが退学なんてことになったら、当然ドラコも、って話になるだろう?

 結局、マクゴナガル先生にそんな気は(はな)からなかったみたいだから、僕はただ君と食事をしにきただけになっちゃったけど」

 

 どうしてそれほどまで、ドラコの世話を焼いているのか。

 アルバスはそのまま彼に問いかけようとして、とどまった。

 初めから、理由に検討はついていた。ただ、自分の中にある羨望が、さらに大きく膨らんで、ただの嫉妬へと変わってしまいかねないことが、恐ろしくて。

 アルバスは、世間話へと話題を変えて、そのまま、食事を終えた。

 そろそろ大広間の方の食事も終わった頃だと、彼が校長室を出る直前、彼のネックレスの石が、ただの灯りを反射して、きらりと光った。

 

 

***

 

 

 ドラコが不戦勝を遂げた、その日の夜。

 寮までの帰路で、彼はドラコから、今夜の決闘をフィルチに告げ口していたことを知らされた。

 正確には、一度、ドラコの口から伝えられてはいたのだが――ホグワーツでの、久々の決闘という文言に心惹かれて、彼の耳は周りの音の一切を遮断してしまっていたのだった。

 

 ドラコは、寮に帰ってこれるまでも、ずっとフィルチと鉢合わせるのを警戒していたようで、自分のベッドに倒れ込んだ瞬間、大きな安堵のため息を吐いていた。

 しばらく枕に顔を押し付けたままにしていると、モゾモゾと仰向けになるために寝返りを打って、

 

「ああ、残念だ」

 

 と、楽しそうな声で呟いた。

 

「ポッターがホグワーツにいれる、最後の夜、だったろうに……本当に決闘して……負かしてやれば……良かった……」

「ああ、それなら――」

 

 そう言って彼が振り返った頃には、ドラコのまぶたはもう完全に閉じられていた。

 すやすやと、寝息に合わせて、緩やかに胸が上下する。

 彼はクスリと小さな笑みをこぼして、指先で操るように、ドラコの制服とローブを寝巻きへと変化させた。仕上げに、掛け布団を肩まで上げてやる。

 そうしてから、目にかかった髪を払い除けるように、優しい寝息を立てるドラコの額を、そうっと撫でた。

 

 

「ハリーが退学なんかしないって知ったら、君は喜ぶ? それとも、悔しがるかな」

 

 金糸のような髪が、サラリと滑り落ちる。

 

 

***

 

 

 ドラコは存分に彼を相手にして、ハリーが退学しなかったことへの怒りと、ハリーが特別にニンバス2000をもたされたことへの妬みを、その日のうちに発散した。

 彼はどうやら人に話させるのが上手いらしいということが、よくわかる一日だった。

 授業と宿題とクィディッチの練習に追われているハリーを見ると、溜飲も下がると言ったものだった。

 とは言いながら、ドラコも同じように授業と宿題に追われていた。涼しい顔をしているのなんて、彼やセオドール、あとはダフネぐらいだ。

 気づけば、あの決闘の日からはしばらく経っていて、今日はもう、十月の末。

 ハロウィーンだ。

 

 その日は、随分と早起きだった。

 ドラコだけではない。みんな、どの寮の生徒だって、今日の夕に出てくる美味しそうなパンプキンパイの香りで目を覚ました。

 甘く香ばしい香りに、クラッブとゴイルは一日中ずうっと腹を鳴らしていた。

 

 午後からハロウィーンのパーティがあることもあって、ドラコは一日中良い気分だった。

 何より、妖精の魔法の授業で、あのセオドールよりも先に『ウィンガーディアムレヴィオーサ』を成功させたことで、ドラコの上機嫌は決定的なものとなった。

 決闘未遂の日からというもの、自主的とまではいかないが、何度もレヴィオーソの練習をして、彼から太鼓判をもらったドラコに、もはや死角はなかった――一番最初に成功させたのは、当たり前のように彼だったが。

 彼をはじめとして、ドラコ、セオドールと立て続けに成功させたものだから、フリットウィックは手を叩いて喜び、「素晴らしい!」と甲高い声で何度も言った。

 悪くない気分だった。

 

 ドラコは真っ先に大広間へと向かった食い意地の張っている二人の代わりに、彼とセオドールを引き連れてハロウィーンのご馳走を食べに向かった。

 引き連れて、とは言っても、彼もセオドールも、ドラコの()にピッタリとくっついていたが。

 

 大広間に足を踏み入れてすぐ、ドラコとセオドールは揃って口をあんぐりと開いた。

 なぜか彼が得意げな顔をしたので、ドラコたちはすぐさま口を閉じた。

 数えきれないほどの数のコウモリが羽をばたつかせ、天井近くからテーブルの上までを縦横無尽に飛び回る。空中では、いつもの蝋燭の代わりに、ジャックオーランタンが灯りをつとめていた。

 テーブルには、新入生歓迎会の時のように、金色の皿に乗ったご馳走がずらりと並んでいる。

 どれもこれもがカボチャを使ったり、カボチャをあしらったりしたもので、クラッブとゴイルが駆け足で向かったのも頷けるラインナップだ。

 

「素晴らしい!」

 

 妖精の魔法のフリットウィックと同じように、彼が声を上げた。

 

「ドラコ!」

 

 スリザリンの席に先に座っていたパンジーが、ドラコを見つけて手を掲げた。

 隣にセオドールと彼がいるのを見て、パンジーが周りに座っていた他のスリザリン生を退けて、三人分の空席を作った。

 気が利くじゃないかと、ドラコは片眉を上げた。パンジーのそばから、ドラコ、セオドール、それから彼の順番で席に着く。

 向かいの席では、クラッブとゴイルがテーブルの上の料理を食い尽くさんという勢いで、いろいろな料理を注いでは皿を空にしていた。

 

「気持ちのいい食べっぷりだね」

「あれを見てると、こっちまで腹が膨れる」

 

 セオドールの呟きに、ドラコは心の中で頷いた。

 

「ドラコ、何食べる?」

 

 パンジーが綺麗な皿を片手に持って、首を傾げた。

 

「パンプキンパイと……かぼちゃのサラダ……あとチキンに、かぼちゃジュースも取ってくれ」

「オーケィ! えっと、パンプキンパイに……」

「パンジーはいいお嫁さんになるな」

「……! んもう、ドラコったら……!」

 

 こういうと、パンジーは決まって上機嫌になる。

 ドラコはパンジーがとってきたかぼちゃジュースをストローで吸い上げた。

 隣の席から、セオドールが呆れたような顔でこちらを見ていた。

 

「なんだ」

「何にも」

「セオドール、何か食べたいのある?」

「いい。自分でとる」

 

 彼が、セオドールへ取り分ける料理を聞いていた。

 ドラコが少し、眉を顰めてムッとする。

 セオドールが、呆れ果てたようにため息を吐いた。

 

 その時だった。

 大広間のドアが勢いよく開いて、闇の魔術に対する防衛術の教師であるクィレルが、見たこともないスピードで駆け込んできた。

 いつも綺麗に巻かれているターバンは歪み、ただでさえ悪い顔色がもっと悪くなっていた。

 クィレルはみんなの視線を集めながら、アルバスの席まで辿り着き、荒い呼吸を落ち着かせる暇もなく、テーブルに体をもたれさせながら言った。

 

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って……」

 

 それだけ言って、クィレルはバタンと、その場で気を失って倒れてしまった。

 

 

***

 

 

 クィレルのその言葉に、大広間の中は大混乱に染まった。

 どの方向からも金切り声が上がり、大広間は生徒の叫び声で割れてしまいそうだった。

 顔を真っ青にした生徒たちが、テーブルから跳ね上がるようにして、あちらへこちらへと行くあてもなく逃げるようにして走り回る。

 ――そんな大混乱の中、アルバスは一人真っ先に大広間から飛び出していく影を見た。

 アルバスは杖を振るい何度か宙に爆発を起こして、生徒の視線を集めた。

 

「皆、狼狽えるでない」

 

 打って変わって静まり返った大広間に、アルバスの重く低い声はよく響いた。

 

「監督生はみんなを連れて寮に戻りなさい。……先生方は、地下室へ」

 

 早々と、後ろの扉から人しれず出ていったスネイプを、アルバスは見送った。

 大広間から生徒が一人もいなくなったのを確認してから、アルバスらも大広間を出た。

 アルバスの後ろにつき地下室へ向かおうとする教師陣の中の一人、マクゴナガルに、アルバスはそっと、先に地下室へ向かっているように、と耳打ちした。

 マクゴナガルは小さく頷くと、他の教員たちを連れて地下室へと向かった。

 

 一人になったアルバスは、目くらまし術を使って、上の階へ進んだ。

 目当ての人物は、思っていたよりも早く見つかった。

 彼が、目くらまし術を使っていなかったおかげかもしれない。

 

「先輩」

 

 アルバスは、彼の背後から声をかけた。

 

「どこに行かれるおつもりですかな?」

「わお、やあ、アルバス」

 

 口では、驚いたようなそぶりを見せながら、彼はこちらを振り向きさえしなかった。

 あたりには、トロールのものである、ひどい体臭が漂っている。

 すぐそばにいるのだろう。その証拠に、彼はある一定の場所を見つめたまま、視線を外そうとしない。

 

「トロールならすぐに我々が対処いたしますから、他の生徒と共に先輩は寮に戻ってくだされ」

「そんな、トロールの退治屋の称号をもってる僕に大人しくしてろって?」

 

 アルバスが呆れたようにそう言っても、彼は肩をすくめて聞き流す。

 それよりも、初めて聞いた称号だった。

 

「いつ誰からいただいたのですか」

「五年生の時、アレクサンドラから」

 

 誰だろうか。

 初めてきく女性の名前に、アルバスは面食らって、言葉が出てこなかった。

 その一瞬のうちに、彼は目くらまし術を使って、アルバスの目の前から消えてしまった――目の前で、その存在を確かに認識していた人物を、見逃すだなんて。

 アルバスは、衰えるどころか確かに増している彼の力に、改めて舌を巻いた。

 

 

 

 彼の目には、その先にいるトロールの姿が、赤く発光するようにして、浮かび上がっていた。

 ついさっきだ。フリットウィックやハウスエルフよりも甲高い、恐怖に怯えたような叫び声が聞こえたのは。

 もう一度、彼はレベリオを発動させた。

 トロールの姿が、再び赤く光って――その周りに三つ、黄色く光る人影が見えた。

 

「僕の他にも生徒が抜け出してるじゃないか」

 

 彼は小さく呟いて、その場所へと急いだ。

 

 

 

 トイレの中はめちゃくちゃだった。木製の個室はそのほとんどが原型をとどめておらず、手洗い場は存在そのものがなくなっていて、パイプが水をただただ噴き上げている。

 奥の壁には怯えた顔のハーマイオニーが張り付いていて、足元には投げ出されたハリーが尻餅をついていた。

 トロールの鼻にはハリーの杖が刺さっていて、その痛みにもがくように、トロールは棍棒をいろんな方向に振り回した。

 その棍棒が、ハリーに向かって振りかぶられる。

 ロンは自分の杖を取り出すと、頭の中に浮かんだ呪文を、そのまま唱えた。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

 ちょうど、彼が到着した時だった。

 ――黄色い閃光が走って、トロールが手にしていた不格好な棍棒がふわりと宙へ浮き上がり――ドゴッとおもたそうな音を立てて、トロールの頭の上へと舞い戻った。

 いいところに入ったらしい。トロールがフラフラと大きな体を揺らして、床に尻餅をついたまま動けないハリーの上に、崩れ落ちようとしていた。

 彼はすぐに杖を引き抜くと、その先をトロールへ向けた。

 

 

 呪文も何も聞こえなかった。

 彼の杖の先から飛び出した水色の閃光が、トロールの体に激突した。その瞬間、雷がすぐそばに落ちたような音が耳をつんざいて――トロールが、瞬きの間に、灰燼に帰した。

 パラパラと、ハリーの上に()()()()()()()()()が降り落ちる。からんと、ハリーの杖が床へ落ちて音を鳴らした。

 ハーマイオニーもロンも、もちろんハリーも、トロールなんかより何倍もひどい衝撃に、口をはくはくとさせて、現れたばかりの彼を見た。

 

「大丈夫だったかい? 君たち、すごいね。一年生でトロールをのしちゃうなんて」

 

 そう言いながら、彼は笑って、杖を振った。

 先ほどとはまた違う、薄い青色の光がトイレの中の残骸を持ち上げて、元のように修復していく。

 数秒もすれば、トイレは何事もなかったかのように、綺麗な最初の頃に戻っていた。

 けれどその間、ハリーも二人も、一歩も動き出すことができなかった。

 一体、なんだ。今の魔法は。

 彼は動き出さないハリーたちを見て、首を傾げた。彼がいつも浮かべている微笑みが恐ろしく見えたのは、これが初めてだった。

 

 また新しく、ゆっくりとトイレの中へ入ってきた人がいた。

 救世主か? アルバス・ダンブルドアだ。

 アルバスはトイレの中を一瞥すると、全てに理解を示したように、一度だけ頷いた。

 その直後だった。バタバタと、複数の足音が聞こえてきたのは。

 もうその痕跡さえないが、どれほどトイレの中がひどい状態になっていたか、すぐにでも思い出すことができる。トロールがトイレの中を壊している音や、唸り声などを聞きつけたのだろう。

 真っ先に飛び込んできたのは、マクゴナガルだった。すぐ後にスネイプが、そして最後にクィレルが姿を表す。

 

 マクゴナガルもスネイプも、なんの変わりもないトイレの中を見て、言葉を失っていた。

 一番驚いた様子なのは、クィレルだった。トイレの外から、何度も確認するように中を覗き込んでいた。

 マクゴナガルは彼のそばに立つアルバスに気がつくと、絞り出すような声を上げた。

 

「ダンブルドア先生、これは……」

「ああ――この子たちがトロールを倒したのでな、わしがちょいと後片付けをしただけじゃよ。先生方の先をこしてしまいましたかな」

 

 嘘だ。

 トロールを気絶させたのはロンだが、塵に変えてしまったのは彼だし、トイレの中を直したのも、アルバスではなく彼だ。

 けれどもアルバスは、どうしてもそういうことにしたいようだった。

 マクゴナガルはそれを知ってか知らずか、目を細めて頷く。

 

「しかし……寮にいるべきであるあなた方がここにいるのはどうしてですか?」

「あの、マクゴナガル先生」

 

 ハーマイオニーが声を上げた。

 マクゴナガルの視線が、そちらへ向けられる。

 ハーマイオニーはなるべく彼の方を見ないようにしているみたいだ、とハリーは思った。

 まだ震えている唇で、言葉を紡ぐ。ハーマイオニーが喋り終えるのを、マクゴナガルはじっと待っていた。

 

「二人とも、私を探しにきてくれたんです。私、トロールを一人でやっつけられると思ったんです――ハリーたちが私を見つけてくれなかったら、今頃、私……二人がきた頃には、私、もう殺される寸前で……」

 

 スネイプの鋭い視線が、ハリーとロンに向けられた。

 ハリーもロンも、慌ててその通りですと言った顔で頷いた。どういうわけか、彼もこくりと頷いていた。

 アルバスは、マクゴナガルに任せるように視線だけで示した。

 マクゴナガルはハリーたち三人の顔をじっくりと見て、自分を落ち着かせるようなため息を吐いた。

 

「ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。グリフィンドールから五点減点です。……怪我がないのなら、寮へお帰りなさい。生徒たちが中断したパーティの続きをやっているはずです」

 

 ハーマイオニーは項垂れて、マクゴナガルたちの間を縫うようにしてトイレから出ると、寮へと帰っていった。

 ハーマイオニーが自ら規則を破ったような証言をしたことに、ハリーはひどく驚いて、言葉も出なかった。

 マクゴナガルは続いて、ハリーとロンを見た。

 

「あなたたちは運が良かった。……ですが、大人の野生のトロールと対峙できる一年生はそうそういません。一人五点ずつ上げましょう。あなたたちも、怪我がないのなら帰ってよろしい」

 

 マクゴナガルにそう言われたことで、ハリーはようやく体が動くような気分がした。

 立ち上がるとお尻がヒリヒリしたが、そんな泣き言を述べている暇はなさそうだった。

 マクゴナガルが「彼のことは先生に任せてかまいませんね?」とアルバスに問いかけ、アルバスが頷くのを見た。

 ハリーはそれを少しだけ視界の端に移しながら、ロンと共に、寮へと急いだ。

 

 

***

 

 

「どこに行ってたんだ?」

 

 糖蜜パイを頬張ったまま、ドラコはやっと帰ってきた彼に問いかけた。

 彼はやけにげっそりしていて、珍しく反省、しているような、そうでもないような雰囲気を纏っていた。

 彼はまだ皿の上に山積みになっている糖蜜パイを一つ掴んで、かじりついた。

 

「コッテリ搾られちゃった。一年生の範疇を超えています、って」

 

 なんの話だろうか。

 一体、誰が彼を絞れるというのだろうか。

 ドラコは口いっぱいに詰め込んだ糖蜜パイをもぐもぐと咀嚼しながら、考える。

 

「一年生の範疇を拡大する方が早いかな」

 

 そんな恐ろしい呟きが聞こえてきたため、ドラコはそれ以上考えないことにした。

 糖蜜パイが喉に詰まってしまいそうだった。

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