曇らせはいいぞってじっちゃんも言ってた。
いつからだろうか。君の明日に、未来にばかり想いを馳せるようになったのは。
俺には幼馴染がいる。
伊地知虹夏。金髪をサイドテールに結び、真ん丸な紅い瞳をした女の子。
丸くて紅い瞳を大きく見開かせたり満面の笑みで賑やかに飛び跳ねてサイドテールを揺らすその姿は宝石のようだ、とか名前にも入ってる虹のように明るいな、なんていう風に小説の表現を真似たカッコつけたことを思ったりもしたことがある。
そんな彼女の眩しい笑顔が曇ることもある。お姉さんについてだ。彼女のお姉さんがバンド活動にのめり込んでちっとも自分の相手をしてくれないんだとか。
バンドなんて嫌いだなどと恨み言を言って膨れているのを何度も見たことがある。
腹いせにギターを爆音を鳴らすようにイタズラしてやったなどとドヤ顔をしていて、それはやりすぎなんじゃない?と諌めたこともしばしばあった。
ツンケンした様子で嫌いだと言ってはいるが何度も饒舌にその話をしているあたり、ほんとはバンドやライブが気になっているんだろうな、なんていう気がして見ていてちょっとおもしろかった。
そんなことがありながらもなんだかんだ彼女は毎日楽しそうに、幸せそうに暮らしていた。笑っていた。
そんなある日、彼女の母親が突然この世を去った。交通事故に巻き込まれてしまったんだそうだ。
それからというもの、彼女から笑顔が消えてしまった。あんなに笑顔を浮かべて飛び跳ねていた彼女はいなくなってしまった。
話を聞けば父親は仕事で家にいない時間が多く、姉はこれまでと変わらずバンド活動の精を出し、家を空けるばかり。
あの大きな家で彼女は1人でご飯を食べ、学校に来て、また誰もいない家で1人でいる。
話を聞くだけで彼女のその姿が想像できて自分のことのように悲しく、胸が痛んだ。
母親が亡くなって1ヶ月経った頃、彼女は学校に来なくなった。
心配になり、家を訪れても誰にも会いたくないと言っていると父親から追い返されてしまった。
父親が嘘をついているのではとも思ったが、父親の顔を思い出せばすぐにそんな考えは消え去った。
父親もまた悲しそうな、くたびれた顔をしていた。
後になって聞いた話だが彼女がそんなことになってもお姉さんはしばらくの間はあまり家には帰らず、バンド活動に励んでいたそうだ。
それからも何度か彼女の心配をしてもう一人の幼馴染である女の子と共に家を訪れたが、彼女に会うことは叶わなかった。
学校に来なくなってから1ヶ月経った頃、彼女は学校に来た。
1ヶ月ぶりの登校に俺達以外のクラスメイトも、心配していたと声をかけていた。そんなクラスメイトに彼女はなんだかぎこちないような、よそよそしい笑顔で頷いていた。
そんなクラスメイト達の囲いも散ったところで俺達幼馴染も彼女へ駆け寄り声をかけた。
「虹夏ちゃんひさしぶり、学校これてよかったよ。元気ならまた一緒に遊ぼうね、いつもの公園でさ!」
あまり気を遣わせたくなくて、これからもつらいことなんて忘れてしまうくらい楽しい思い出を作ってやりたくて、できるだけ普段と変わらない声で明るくそう言ったのを今でも覚えている。そしてその後の彼女の言葉も、顔も今でも鮮明に記憶している。
「……あはは、いつもの公園……ってどこだったっけ…?」
「……ぇ?」
俺の言葉に彼女はきょとんとした顔で首を傾げ、やがて笑顔を浮かべる。
その言葉に俺はまるで石にでもされたのかのように固まった。息が詰まった、時が止まったようなそんな気がした。
そしてそんな俺に追い討ちをかけるかのようにゆっくりと彼女が口を開いた。
「あとごめん。君の名前……………なんだっけ?」
彼女は思い出を忘れていた、記憶を失っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家を出て歩くこと約10分。やって来た建物の階段を昇る。そうしてある部屋の前に立ち、慣れたように躊躇いなくインターホンを押す。
それからすぐ扉が開き、出てきた人物にぺこりと会釈して挨拶する。
「あ、おはようございま〜す」
「おう、おはよう。あれ今日もアイツ一緒じゃないの?」
「ヤツは今日もしっかり寝坊をかましたそうなのでこれから家の前まで拾いに行きます」
「そうかよ、お前も大変だな。毎日のように2人も迎えに行かなきゃなんないのは」
「いえいえ、幼馴染ですし。まぁこっちはともかくヤツの方はもっとちゃんとしてほしいですけどね」
今ここにはいないとある人物に互いに苦笑してそんなことを言う。
「ちょっと待ってな、呼んでくる。おい虹夏〜迎えが来たぞ早く準備しろ」
そうして話していた相手は家の廊下へと引っ込み、リビングの方へと声を張る。それからすぐのこと、玄関からでも聞こえるくらいドタドタと大きな足音が聞こえてくる。
「も〜分かってるよ、そんなに急かさなくてもこれから出るとこだったの!」
その声を聞き何百回も決めてきた覚悟を決め、スーッと息を吸い心を落ち着かせようと努める。
「ったく、迎え来るのは分かってたろ?ならそれまでに支度済ませとけよ」
「しょうがないじゃん!わかんないかもしれないけどね、女の子は朝の支度にも時間がかかるもんなんですぅ」
「おまっ、まるであたしが女じゃねえみたいな言い方しやがって……」
よくある姉妹喧嘩のようなやり取りが微笑ましくて小さく笑みをこぼす。ここだけ見れば何の変哲もないどこにでもありそうな日常が流れている。
見ているだけで朝から何となく朗らかな気持ちになるというものだ。
「ふんっ、じゃあ行ってきます、お姉ちゃん、お母さん!」
「……っ、あ、あぁ。気をつけてな虹夏」
「………あ、そうだった、えへへ。うっかり……行ってきますお姉ちゃん!」
前言撤回しよう。朝から胸がチクリと痛んで苦しいです。
「よ、っとと。よしっ!あ、待たせてごめんね!おはよう!!えっと……晴人くん!」
「いや気にしないでいいよ。おはよう、虹夏」
よろめきながら靴を履き、挨拶をして、考えるように少しの間を置いてから名前を呼んだ彼女に軽い笑みをこぼして挨拶を返す。
こうして俺、
これは記憶を失ってしまう少女、伊地知虹夏と、共に明日へ進む人々の思い出を紡いでいく物語だ。
多分続きます。
曇らせを書くのは初めてだし、同じような曇らせは既にあるのでn番煎じかとは思いますが頑張って曇らせられるように頑張ります。
承認欲求モンスターが呼び起こされれば多分イケる…はず。
Twitterに主人公のなんとなくのイメージ画を載せておきました。よければご覧ください。一応閲覧注意(?)
https://mobile.twitter.com/ringoame_9876