TSおじさん 作:ロリみたいな娘が喫煙するやつ好き
朝、目が覚めると女の子になっていた。
◆
カーテンの隙間から漏れ出た朝日が、私の目に突き刺さり、不快感から目を覚ます。
いつもと変わらぬ日常の幕開けだ。
そう、思っていた筈なのだが……。
どうにも違和感を感じてしまい、部屋の中をキョロキョロと見回す。自分の部屋だ。これまで自分が過ごしてきたマンションの一室。
そうだというのに、彼氏の部屋に初めてやって来た生娘のように忙しなく頭を動かしている自分が、なんだか恥ずかしくて堪らなくなる。
そう、そうだ。自分の部屋、自分の部屋だというのに。
例えば、目線が低いとか。
例えば、頭が重いとか。
例えば、自分の手足が短いように感じるとか。
頭を整理し、冷静に考えてみれば、身体的な違和感ばかりが上がってくる。
と、なるとだ。
掛け布団を振り払い、一心不乱に鏡の前へと駆けていく。いつもとは違う、重みの乗っていない軽快な足音が響いた。
それは、アラフォー男性の一人暮らしの部屋には似つかわしくないような全身鏡。あまり使われていないのか、枠縁には埃が積もっている。
普段であれば、私の全身を収めるにはサイズが足りていないのだが……。今日に限って言えば前例には当てはまっていなかった。
結論から言おう——私は、女の子になっていたのだ。
◆
仕事は卒なくこなし、友人関係も概ね良好。恋人は、先日別れを切り出されたためにフリーの身ではあるが、趣味に明け暮れることで忘れてしまった。平凡ではあるが、不満のない生活。
——それが、昨日までの私だった。
それがどうだ。鏡を見てみろ。今の私の男などとは間違っても口に出来ない、女の子の体躯を見てみろ。
瑞々しい桃色の髪は、染め物のような紛い物ではないのだと主張しており、毛先が傷んでいるなどという素ぶりは決して有り得ない。肩甲骨ほどまでの長さの髪。所々跳ねている毛は、自分の寝相からか、将又癖毛なのか。頭頂部のアホ毛なんて、実にキュートで魅力的だ。
小学生——いや、中学生程度の身長は可愛らしさの象徴であり、短い手足はこれまでのギャップから不便かも知れないなと思わされた。
肌の張り艶は、おじさんのそれとは比にもならない程であり、同世代と比較しても引けを取らないであろう。
これでは、姪が同じ歳頃だった時よりも少女然とした姿ではないか。
別人のようだ、と思った。
いや——別人でしかないと思った。
今の私を見て、誰が結城元蔵その人だと分かろうものか。信じてもらえようものか。
子供の妄言。面白くもない冗談。『自分を結城元蔵だと思い込んでいる精神異常者』のような扱いを受けるのが関の山ではなかろうか。
「……どうしたもんかね」
普段は口にしない、虚しい独り言が自然と漏れてしまう。唸り、考えてみても答えは出るはずもなく、難しい顔をした少女が目の前の鏡に映し出されるばかりだ。
「……とりあえず、一服するか」
そう、一人ごちた私は、もはや喫煙所と化したベランダへと繰り出したのであった。
◆
「いいもんかねぇ……」
少女と煙草。一昔前のレディースを想起させる組み合わせは、違法性に満ち溢れている。
ある日、成人男性が少女になっていたとして、煙草のような年齢制限を設けられた嗜好品に手を出していいものかどうか。
それに、少女の体では煙草を売ってはくれないだろう。昔のようにガバガバではない。「親に頼まれて〜」などという文言は聞く耳すら持ってはくれないだろう。
「困った、困った」
生来、私は買い溜めするようなタイプではなかった。手にしている煙草が人生最後の煙草となってしまう可能性が浮上したのだ。
少女になってしまった問題から逃げ出した先で、新たな問題に直面してしまった。雁字搦め、四面楚歌という感じである。
「——ええい、ままよ!」
難しいことを考えるのは、やめにする。
今はただ、煙草が吸いたいだけなのだ。
煙草を一本取り出し、口元に運び、火をつける。フィルターを抜けた煙を口にし、肺に行くように味わい、吹いた。
空へと昇る煙は、やがて空気に混ざり、溶けていく。
年端も行かぬ少女とは思えない程に吸い慣れた、堂にいった姿。長年の経験は、躰が変わった今でも染み付いているらしい。
実に心地良い一服。
真っ新な肺を穢す愚かな行為。だがしかし、まるで真っ白なカンバスにインクをぶち撒けるような、固まっていないコンクリートに足型をつけてしまうような圧倒的な背徳感。
私の青春時代が、確かにそこにあった。
「——げっほ!! えっほ!! ごほごほ……」
想像はしていたけれど……。
新しい身体が拒否反応を起こして、盛大に咽せてしまう。この苦しささえも、もはや懐かしい。
一連の動作は流れるように出来たのだが、どうにも受けつけてはくれなかったようだ。これでは、吸い始めの時のような無様な姿を晒してしまうことだろう。
「外で吸うのは辞めよう。法的にも、私の格好のためにも」
これから慣らしていく必要があるな、なんて考えながら夏の熱風の下を、少女が一人離れていく。
「……………あっ」
大事なものが無くなっているのだということに、今更になって気づいた男、もとい現美少女であった。
つまり、『タマがねぇ……!!チ……チンも……』って感じだったわけである。
自分が日常モノを書いて面白くできるのかという試作。