TSおじさん 作:ロリみたいな娘が喫煙するやつ好き
※あらゆるモノに毒を吐く描写があります。苦手な方は飛ばしてください。
「それで、これはどういうことなのかしら?」
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女性のことは女性に——というわけで、姪に助けを求めたのだ。
先日別れた元カノにでも頼ろうかとも思ったのだが、彼女とは勘違いによる半ば喧嘩別れとなってしまったために、断念した。
そもそも、今更私が連絡したところで見向きもされないことだろう。私も私で、彼女の勘違いを晴らさぬままでいるのだから、このような時に限って頼ろうなど、虫がいい話なのだ。
だからこそ、白羽の矢を立てたのは私の姉の娘。つまり、姪っ子であった。
◆
「あっはっはっはっは!」
目の前の彼女は、私の姿を見るなり大きな笑い声を上げ、腹部を抑える。通常であれば切れ長な彼女の瞳は、弧を描いて、目元にこれでもかと涙を溜めていた。
……そんなに、だろうか。
「こ、これがワタシの叔父さん?嘘でしょ?」
一頻り笑い終えた彼女は、冷静になったのか、悲観したような声を向ける。
彼女の名前は——
幼少期から面倒を見てきた葉月も、現在大学三年生となり、大人のレディーというような風貌だ。
姉貴に似た濡れ羽根色、もしくはオニキスとも喩えられよう黒く、腰ほどまで伸ばした長い艶のある髪。
遺伝だからと言っても、あの強気でキリリとした瞳まで似なくてもいいだろうにとも思う。しかしそれは、彼女の武器でもあるのだろう。目付きの悪さなど気にもせず、存外彼女も気に入っている様子であった。
姪っ子を喩える言葉としては何だけど、率直に言って葉月は、美人さんに育ったのである。
「イタズラ電話だったら、どれほど良かったことか。……本当に、叔父さんなのね?」
「あぁ、そうだよ。私が結城元蔵、本人だ」
私の口から、年端のいかない少女の可愛らしい声が出る。それがあまりにもショックで、しかし現実なのだと知らしめられた葉月は、顔を歪ませた。
まるで「夢じゃないよね?」と自分の頬を抓る、物語の中の所作のような印象を思わされる。
「初めは、手の込んだ悪戯かとも思って切ってやろうと思ったわ。だけど、ようよう話を聞いてみれば叔父さんしか知り得ないワタシの情報を口走り始めるじゃない……。急いで駆けつけたら話通りに、美少女が一人。悔しいけれど、信じるしかないわね」
私の電話を信じて、すぐに飛んできてくれた葉月に感謝してもしきれない。良くぞ来てくれたと抱擁の一つでも交わしたいものであった。
「ワタシのクールでダンディーな190cm強あった、如くシリーズに出て来ても可笑しくないような大男の叔父さんは何処に行ったと言うの?……今じゃ、ただの美少女JSじゃない」
「……中学生だ」
「い、いや叔父さん。その背じゃ小学生にしか見えないわよ?」
「中学生だ。」
「……そうね。……中学生よね」
自分でも中学生には見えないだろうということは分かっている。分かっていたのだ。それでも、それでもだ。私の尊厳が許さなかったのだ。ランドセルを背負うような幼い少女と、同じだという事実を認めたくなかったのだ。
だから私は、これから中学生だと言い張る必要がある。だってそうだろう。この私が、リボンの着いたファンシーな裁縫道具を嬉々として選択するような歳だと思われてたまるものか。
これは、私にとって心の内で愚痴ってしまう程に重要なことだった。
「それで、叔父さんはもうトイレには行ったのかしら〜?」
今度は悪戯な笑みを浮かべて、ニヤニヤと私に問う葉月。
先程までメソメソしていたというのに、この変わりよう。これこそが彼女の強みであった。
「もう行ったよ。何かを期待しているようだけど、普通にした。そもそも、アラフォー男性の私が女になって変化したトイレ事情ごときに、今更一喜一憂、四苦八苦したりしないよ」
「あら残念。まぁ、それもそうよね」
想像してみよ。私なんかが『女の子の排尿、わからない。ふぇ〜、漏れちゃうよ』なんてしたところで気持ち悪いだけだ。たとえ何処かに需要があったとしても、絶対にお断りである。
「それで、これからどうするのかしら?」
葉月が手を打って、話を変える。
そうなんだよな。
この身では仕事には行けないだろう。
その前にまずは、病院か。
はたまた行政か。
市役所で手続きなんかが必要だろうか。
運転は……出来ないか。
そもそも運転免許証等の証明写真を変えなければならないだろうし。
はたして自分が結城元蔵本人だと証明できるだろうか。
中学校通い直し、だなんて馬鹿げた事になったりしないか。etc……
心配ごとばかりで、頭が重くなる。女の子になるというのも大変なものである。全部なんとかならないだろうか。
なんとかなれーッ。税金とか、全部ぜんぶ……。
「せっかく美少女になったのだから、何かしましょうよ。ほら、最近流行りのvtuberとかどうかしら?」
「"せっかく美少女になった"って言ってるのに、その上に美少女キャラのアバターを被って配信する必要があるのか? 隠してしまうだけなんじゃないのか?」
「それもそうね。そもそも、女になってやることがそれって……。他に活かせる場所があるはずよね」
私には無い、今どきのアイデア。
私は初めから考えもしていなかったが、葉月があーだこーだと次の道を提案してくれるのは正直助かる。
「だったら、顔出し配信でゲームでもすればいいわ。叔父さんの今の容姿なら、ちょっと可愛くすれば『ナイス赤スパ!』ってな感じにコメント欄にレッドカーペットが咲き誇るはずよ」
「ゲーム配信って言ったって、私じゃあ面白い反応したり気の良いコメントしながらゲームなんて出来ないと思うよ?」
「それもそうね。視聴者を喜ばせる為に過度な反応が求められる業界で、ホラーゲームも平然とやってのける叔父さんじゃ面白みに欠けるわよね。それに、数千円のゲームのストーリーを丸々配信しておいて、ゲームの値段以上を稼ぐのなんて、ゲームクリエイターの方々が気の毒で仕方がないものね」
葉月は何か、配信活動に勤しむ人々に恨みでもあるのではないだろうか。
偏屈過ぎる思考回路に、私は辟易とした。
「それじゃあ、コスプレイヤー。コスプレイヤーでもしましょうよ。美少女JCコスプレイヤー。きっとすぐに人気になるわ」
「人気キャラクターの衣装を着て、カツラ……いや、ウィッグだったかを着けて、ポーズして。イベントに出張っては、真夏も真冬も笑顔を崩さず、ファンの期待に応える。私に務まるだろうか……」
「それもそうね。女の子になった自分の叔父さんが、カメコ達に囲まれてあられもない姿を晒すのなんて、ワタシ耐えられないわ。それに、にわかは叩かれるものなのよ。叔父さんじゃ、いつかきっと炎上してしまうわ」
ぐぬぬ、と唸り次の考えを巡らせる葉月。
「そうだ。今の叔父さんの容姿なら、T○itterに自撮りでも流して、欲しい物リストでも晒せば一生働かずに生きていけるはずよ。届いた商品の写真と感謝の言葉さえ述べれば、相手も満足してくれるわ」
「えぇ……。私、ネット乞食みたいな真似はしたくないんだけどなぁ」
「それもそうね。誰かも知りもしない人物から贈られて来た商品で食い繋ぐ叔父さんなんて、見たくないしね。そのうち『欲しいものリスト』のことを『干し芋』だとか言い出して、感謝の気持ちすら無くしてしまったりしたら目にも余るわ。それに、あの人達100%下心だから、いつか満足してくれなくなるはずよ」
我が姪ながら、どうしてこうも偏見まみれに育ってしまったのだろうか。
「えーと……えーと……。そ、それじゃあ。百合ハーレムとか築いてみる……? もちろん、ハーレム一号はワタシよ。嬉しいでしょ? 良かったわね、叔父さん」
「しないよ」
「フラグね?」
「フラグじゃない」
頬を赤らめ、モジモジとしながら俯きがちに言う葉月。
搾り出した苦肉の策が『百合ハーレムを築く』とは、これ如何にという感じである。
葉月の提案は置いておいても、少女となった今、私の恋愛対象は女性のままでいいのだろうかと考えさせられる。だからと言って、男を愛して、添い遂げるだなんて死んでも御免ではあるのだが。
——このまま少女のままだったら……。
急に怖くなって、思考を停止させる。
もはや恋愛のことなど考えない方が良いだろう。今や独身アラフォー男性。男一匹ガキ大将みたいではあるが、受ける陰鬱さが違う。
——いや、元独身アラフォー男性か……。
考えてみるか、女としての生。
なんて自分を鼓舞し、現状を整理する。
しないといけないことが山積みで、奮起した気持ちもすぐに冷めてしまうのであった。