マフラーの中の赤と白   作:4m

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01 観察

行き交う車、行き交う人。

 

仕事終わりの帰宅ラッシュで賑わう、街の大通り。

街の街灯に灯りが灯り、その道に並ぶビルからはそれぞれネオンの光が外へと漏れていた。

会社員、学生、そしてお客を呼び込む店の店員たちがそれぞれお互いに声を掛け合い、これからの夜の予定を語り合う。

そんな何てことない、いつも通りの夜の路上を、まるでその喧騒を邪魔するかのように男は走る。

人々の間を縫い、時には道路に飛び出し車のクラクションを浴びようとも男は走り続けていた。

 

「はぁ···!はぁ···!」

 

腕を振れない分、息が余計に上がる。

胸の中に抱えている黒と灰色の生き物の分体の幅が広がり、余計に人にぶつかる。

 

「うぐっ···!はぁ···はぁ···!」

 

歩いていたカップルの間に割って走り込み、そのせいで繋いでいた手が離れてしまった

それに腹を立てる彼氏からの罵詈雑言を浴びながらも男は走った。

 

「はぁ···はぁ···」

 

男は尚も走る、周りに構っている時間はない。

 

どれくらいの時間走ったのだろうか。

ついに男は立ち止まり、少し前屈みになりながらも再び走る為に息を整える。

こんなとこで立ち止まってる場合じゃないと、男は自らに言い聞かせながらさっき割って入ったカップルが歩いていった方向をふと振り返った瞬間だった。

 

「···あ」

 

別のカップルが通りすぎたその瞬間に現れたその隙間。

無機質なコンクリートで出来ている、小さな隙間。

道端に並ぶ百貨店の横に小さな裏道を見つけた。

 

「···!···っ!」

 

無我夢中だった。

腕の中で暴れるその生き物の口を押さえながら来た道を戻る。

早く、早くしなければ···来る。

アレが、あいつが来る。

 

何がいるのかわからないのもお構いなしに、男はその路地裏に飛び込んだ。

 

そこは薄暗く、足元にはどこの店の物かもわからないダンボールや木箱が道端に散乱していた。

突き当たりはどこに繋がっているのか右に折れ曲がり、その先からは街のネオンがうっすらと差し込む。

きっと後ろはダメだ、アレは勘がいい。

いや、勘がいいなんてもんじゃない、それがデフォルトなんだ。

そんなものに人間が抗うことなんて出来ない。

 

道の真ん中に突っ立って考えるのもアレだ

男は壁際に背中を合わせ、ゆっくりと呼吸を整える。

よかった、腕の中のコイツも静かになった。

やはり育ちがいい。

男は心の中で胸を撫で下ろし、改めて通路の奥をうかがった。

ネオンがチラチラと通りすぎる人の影で遮られるたび、心臓が跳ねる。

 

寄りかかっている壁際の、上から地面まで真っ直ぐ伸びている鉄の配管に身を隠し、そのまま静かにしゃがみこんだ。

ポタポタと水滴が配管を伝い地面に落ちて、小さな水溜まりが出来ている。

寄りかかった壁が少しひんやりとしているのが幸いで、火照った体が少しずつ冷えていく。

踏んずけた木の板の軋む音、配管の中を流れる水の音、普段は聞き流す筈の音がハッキリ聞こえてくる。

それだけ神経を研ぎ澄まし、周りを警戒しながらも、心臓は不思議と落ち着いてきた。

 

よし、このまましばらくここで静かにやり過ごせば、何とかごまかせるだろう。

 

男がそう思った瞬間だった。

 

配管の奥の突き当たりの通路を曲がった先の喧騒、行き交う人々の影がその突き当たりの壁に街のネオンに照らされて映っている。

その一つ、通りを歩く人たちの影の一つがピタッと止まった。

気のせいだ、気のせいに違いない。

きっとそうだ、きっと···。

 

男が自分の心に必死に語り掛けながら、意を決して配管に隠れつつ、奥をゆっくりと覗き込む。

立ち止まったその影は通りすぎることなく、徐々に徐々に大きくなっていく。

それと同時に聞こえてくる、小さな足音。

影の大きさから、子どもではないことが確かにわかる。

 

「クゥ···!ーー!···!」

 

胸の中で暴れるコイツの口を必死に押さえながら、ひたすらその足音に耳を澄ます。

 

···ヒタッ······ヒタッ···ヒタッ···ヒタッ

 

とそのおぼろげな足音は、ゆっくりと、大きくなっていく。

男の心臓が、落ち着けたはずの心音が、その足音に合わせるように大きくなっていく。

奥の壁に映っている影が段々と大きくなり、そしてその''生き物''の形をハッキリと表すかのように小さくなり始めた。

 

間違いない、この路地に入ってきてるのがわかる。

男は息を飲み、ジッと身を細めるのだった。

下手に動けば、すぐに距離を詰められて終わりだ。

その前にここから何とか抜け出すしかない。

 

そのまま息を潜めジッとしていると、ちょうど男の尻と壁の間の空間に細長い鉄パイプのようなものがあることに気付いた。

 

武器に使えるか?

 

そう思って男が少し体を動かしたのがマズかった。

そのせいで鉄パイプが少し転がり、路地裏に小さくほんの少しだけ金属の転がる音が響く。

それによって男の心臓は跳ね上がり、目をハッキリと見開いて、ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間だった。

 

ヒタッ·································

 

その生き物の足音が止んだ。

路地裏はやけに静かになり、通りの雑踏が聞こえ始める。

しかし、男は違った。

そんなものよりも、この路地裏の静寂のほうがよっぽど大きく耳に響く。

お互いに動く気配はない、何かおかしなものがこの空間を支配しているようにさえ感じる。

そんな風に思え、男が空気中に舞うホコリさえも目に捉えるほど神経を鋭く研ぎ澄ますのとほぼ同時に、''それ''は聞こえ出す。

 

 

ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ

 

 

足音が素早く連続して聞こえ、みるみるうちに距離が詰められているのがわかる。

逃げ出すのは簡単だ、だが今動けば確実にやられる。

必死に息を殺して、''ソレ''が動きを止めるのをひたすら待つ。

そしてその音がハッキリと近くで聞こえるほど大きくなると、突然ピタッとその足音が止んだ。

まるで消えたかのように、初めからその音を出す物体が無かったかのように、音楽を停止した時のようにピッタリ止んだ。

 

おかしい、いくらなんでもこの水溜まりだらけの路地裏で立ち止まれば水音でわかる。

落ちる水滴の音さえ確かに聞こえる空間だ、一体どうなっている?

男は意を決して、そっと身を隠している配管の影から奥を覗き込んでみることにした。

 

ゆっくりと顔をずらして、奥を覗き込んでいく。

男の右目が通路の奥を捉えるが、そこに至るまで何もない。

奥の壁際に立て掛けてある、百貨店のロゴが入った木の板、同じような配管、水滴で濡れたダンボール、そんな物しか目に入らない。

 

やっぱりおかしい、何も存在していないなんて。

絶対いた筈だ、ありえない、確かにそこに···。

 

男がそう思った瞬間だった、しゃがみこんでいた男の頭上から僅かに入っていた街のネオンの光が何かによって遮られ、目の前が暗くなる。

心臓が脈を打つ、全て音が無音になる、男の頭の中のすべての細胞が、''それ''の原因に気付き始める。

身を隠している配管の反対側だ、何かを感じる、何かが···。

男が顔を上に向け始めるよりも先に、眼球が上に向く。

顔を動かしたくなかった、認めたくない。

そんな一瞬で、ありえない、しかし相手を考えると絶対に···。

 

ギョロッ

 

思考が停止する。

大きな赤い眼球が、男を上から覗き込んでいた。

暗闇でも見えるように、その眼は不気味に赤く光っている。

 

細い足、隙間から見えたその足を隠すようにグルッとカーテンのように囲まれた表皮に、男が隠れていた配管に寄りかかっている手には指が見える。

人間のようなシルエットだが頭部は大きく、その特徴的な頭頂部は顔を半分ほど覆っており、片目だけが男を睨み付けていた。

胸には目の色と同じ、赤い色の三角形の突起が生えていて、極端に細い体。

それはもう、''それ''が人間でないことを確実に物語っていた。

 

「ひっっっぐッ···!」

 

喉が詰まり、悲鳴にならない悲鳴を発するのと同時に、男の目の前が大きくグニャっと歪んだ。

地面のアスファルトが歪み、壁に立て掛けてある木の板も曲がって見える。

そして次の瞬間、

 

「んぼぅう!?ごふっ!」

 

その得体の知れない歪みは突然男の方向へ移動し、腹を殴られたような鈍い痛みが男の体を襲った瞬間、男の体はいとも簡単に宙に舞い、背後の壁へと叩きつけられるのだった。

 

「んがっ!?がっっ!!」

「キャウンッ!」

 

その歪みは尚も残り続け、男を地面に下ろすことなく締め上げるように壁に張り付け続ける。

男と共に空中に浮かんだ鉄パイプや木の板が激しい音を立て地面に落ちると、男はその苦しみに耐えきれず胸に抱えていた''ソレ''を落とし、必死にもがいて抵抗していた。

 

何かわからない、この得体の知れない透明なエネルギーが男の腹の辺りに張り付き、目で見てわかるほどに男の体は少し凹んで、ミシミシと音を立てて壁に押し付けられる。

 

ヒタ···ヒタ···ヒタ···ヒタ···

 

そして''それ''はゆっくりと、配管の影から姿を現す。

横から差し込む街のネオンが、そのシルエットを半分ほど映し出し、男の目がそのヒト形の形を捉え始めるのとほぼ同時だった。

 

「ぐはっ···!ゴボッ!ガッ···!」

 

男の腹を押さえつけていた未知のエネルギーが一瞬にして消えると、そのヒト形は男へと一気に間合いを詰め、片手で首を鷲掴みにする。

ズルズルと、一度は地面へと落ち掛けた男の体を壁に押し当てながら持ち上げたのだった。

 

「ぐっ···なっ···!がっ···!」

 

息が出来ない。

首もとにひんやりと纏わりつく、女性のような細長い指。

腕の力だけで持ち上げているのだから相当鍛え上げられているのがわかる。

両目が光り、その赤い瞳孔は男を睨み続けていた。

こんな薄暗いところでもその目が光っているのは、暗闇でも獲物を捉えるような身体システムのお陰だ。

 

もう何処へ逃げようと追い続けてくるだろう。

 

「グルルッ···!グルルルル···!」

 

地面に落ちて倒れたそいつはいつの間にか起き上がり、男の右方向、男がこの路地裏へと逃げ込んできた方向を見て、低く唸るように声を震わせる。

何かを威嚇するように、その鋭い目はその方向を捉え続けていた。

 

続いて男の首を締め上げている''ソレ''も、その方向へと視線を反らした。

男も必死に抵抗しながら、何とか同じように目線だけをそちらに向ける。

 

街のネオンに照らされて、一人誰かが立っている。

その姿はネオンの影で黒く染まり、男なのか女なのかわからない。

とにかく人間なのは確かだった、シルエットがそれを物語っている。

右手をポケットに入れて、こちらを観察するように立ちすくんでいたのだった。

 

「あっ···!がっ···!たっ···ぐっ!あがっ···!」

 

すでに薄れかかっている意識の中、必死に声を振り絞って男は叫ぶ。

それをわかってくれたのか、男はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

 

よかった、これで助かるはず。

この状況を見て近寄ってくるのだ、その手を入れているポケットの中に''コイツ''に対抗する''アレ''を持っているはずだ。

 

男がそう思った時だった、その人間はポケットから手を抜くと、手に持っていたモノは男が想像しているものとは全く違った。

一瞬小型の球体のような物は見えた、しかしそれは取り出した物にくっついているアクセサリーのようなものであり、現物とは全く違う。

人間はそれを、右手に滑り込ませるようにはめ込んだ。

布製のようなその生地は男の手を包み込み、五本の指がハッキリ見えて動かせるグローブのような形になった。

そしてその手の甲の部分に、その半球の形をしたアクセサリーのようなものが留まる。

 

次の瞬間、その人間は反対の手でそのグローブの手首の部分を引っ張ると、その球の部分が鈍く、オレンジ色に光り出すのだった。

それと同時に、男の首を掴んでいる''ソレ''に向かって一つ頷いた。

 

嫌な予感がした、男の体から猛烈に冷や汗が吹き出る。

 

その時だった、''ソレ''は男の首を掴んでいるのとは逆の手を、地面に向かってかざす。

すると、また空間が歪んで見えるようなエネルギーが発生し、地面に転がっている鉄パイプの一つがみるみるうちに浮かび上がってくる。

 

「···!···!!ーーー!!」

 

声にならない悲鳴がまた響く。

その浮かび上がった鉄パイプの矛先が、男の体の方向に向いたまま、''ソレ''手元に収まるのだった。

 

「あっ···!がぁぁぁぁぁ···!!」

 

男の悲鳴も虚しく、''ソレ''は大きくその鉄パイプを持った手を振りかぶる。

 

一方それを傍観していた人間の目はそれに見向きもせず、その男の足元で震えている黒と灰色の生き物へと視線が動き、左手をポケットに入れる。

そこから取り出したのは、手の中に収まるほどの小さな球体。

人間は、その球体の外側に付いている小さなスイッチを押す。

するとその瞬間に風船のように膨らみ、赤と白のツートンカラーが特徴的な野球ボールほどの大きさへと変化するのだった

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