マフラーの中の赤と白 作:4m
「···」
緊張が走る。
背中の辺りから、腕を伝って指先まで痺れるような緊張感。
右手に握りしめたボールから伝わる、無機物の少し冷たい感触。
張り詰めた現場の空気と、他の人達の声。
端に置かれたスタンド式のタイマーからブザーが鳴って、表側の電光掲示板にデジタル式の数字が赤く光り、制限時間が表示される。
「ラストセット!よーい···」
白い紙が一枚挟まれたバインダーを持った同級生が、そのタイマーの裏側に立ってそう声を掛けてくる。
体育館の真ん中を緑色のネットで端から端まで仕切り、綺麗に半分に別れた片方の中心に立って、俺は床にしっかり足を付け、ボールを握り、スタートの合図を待った。
「始め!」
同時に鳴り響くタイマーのブザーと共に神経を研ぎ澄ます。
自分の周りには、店先に設置してあるスタンド型の看板の中心をくりぬいたようなお手製の装置がいくつも無造作に並べられ、その一つが木の板を倒したような音を発しながら、その中心にポケモンの絵が書かれた的を表示させた。
「ふんっ···!」
支点として右足を残し、左足を構えて前に出すと、その勢いのままアンダースローの要領でボールを勢いよくその出現したポケモンの的に向かって投げ込んだ。
ボールは綺麗な真っ直ぐとした軌道を描き、その的の中心目掛けて一気に飛んでいく。
そして思いっきり的の中心にぶつかると、その衝撃をまともに受けた的は素早く後ろに倒れるのだった。
しかし、休んでいる暇はない。
次は後ろ、背後から同じ的が起き上がる音が聞こえたと同時に踏み込んだ左足を素早く戻す。
体を反転させ、軸足は離さず、体の軸をブレさせずに、腰に付けているポーチからボールを取り出し、ボール中央部分の突起を押す。
するとボールはすぐさま手のひらに収まる大きさまで膨らむと、俺はそれをその出現した的へと投げ込んでいくのだった。
右前、左後ろ、左前、背後、そして再び正面。
次から次へと出現場所が変化する的に、俺は正確にボールを当てていく。
体勢を崩せば終わり。
少しでも動作が遅れればそれまで。
どんな状況でも冷静に判断し行動する力、それがなければ千載一遇のチャンスなんて簡単に逃してしまう、それどころか、それに気づくことすら出来ないかもしれない。
しかし逆をいえば、その能力を伸ばせば''それ''に気づくチャンスが増えるわけだ。
「あと10秒ー!」
チラッと視界に入ったブザーの後ろに立っている同級生が、拳を握って最後の追い込みに気合いを入れろと言ってくる。
そう言われなくても今すでに全力全開だ。
いかなる場合でも最高のパフォーマンスを。
その心構えを小さい時からずっと守り続けてきた。
決められた動作を、決められたやり方で、なおかつ最短でこなすこと、それが''プロ''と呼ばれる世界だと。
一般人の''全開''が、プロで言う''普通''になること、それを目指して何百何千と回数をこなす。
それが、このカリキュラムの達成目標の一つだった。
「はい終了ー···。終了!終了終了終了!!」
ポーチの中に右手を入れて、次のボールを掴んだ瞬間に、タイマーのブザーが鳴り響く。
そのタイマーの裏側の操作盤でバインダーを持って立っている同級生が俺に向かって叫びながら、ブザーのボタンを声に合わせてビービービービーと細かく押すのだった。
俺はポーチの中に突っ込んでいた右手からボールを離し、ゆっくりと右手を引き抜いて一息ついた。
まわりで倒れている的が一つを除きゆっくりと起き上がって、スタンバイモードに入るランプが右上で点灯し、授業終了の合図となる。
「ズルはダメ。それ以上やったら丸焼きにするからね」
自慢のオレンジ色の長髪ポニーテールを手で払いながら、バインダーに挟まれている俺のスコア表に点数を書き込んでいた。
「···ふー」
一息ついて、腰のポーチのチャックを締めると、両手を上に上げて体を伸ばす。
そのままゆっくりとタイマーが設置してある壁際まで歩いていき、置いておいた自分のタオルで汗を拭きながら、壁際に寄りかかって反対側のコートを観察する。
「どうぇぇぇぇっへっ!!」
バランスを崩して、中央を仕切っている緑色のネットを揺らしながら倒れ込む体格のいい同級生。
最後の叫びが体育館に響くが虚しくも、それと同時にあっち側のタイマーが無情にも終了のブザーを鳴らす。
何とか立ち上がるが、振り返って見たタイマーの数字に再び床に向かって突っ伏していくのだった。
「あーあ···」
俺に結果を書いたプリントを渡しながらあっちのコート見て苦笑いを浮かべていた相方。
あっちのコートでは、突っ伏したままのその同級生に仲間達が寄っていき、ドンマイドンマイと肩を叩いて慰めていたのだった。
「···ドンマーイ」
「おめぇに言われたかねぇんだよぉ!どうせ満点なんだろうがよっ!?」
同級生達にあやかって俺も慰めの言葉を掛けてあげたのだがどうも逆効果みたいで、両手で拳を作りながら起き上がり抗議された。
「そんなことない、一つ逃した」
「嫌みは百点満点だねっ!」
非情にもそう息巻いて俺を言葉でどつき回す同級生に、横から現実を知らせるスコア表がパートナーから渡されて肩を落としてやっと黙った。
努力は認める、だけどそれに結果がついてないと意味がない。
俺にだって苦手なことはある、だからこそこのスクールに通っているのだ。
「はーい!みんなお疲れ様!まぁまぁ、そう落ち込まないでっ!もうチャイムなるから、残念だけど再チャレンジはまた今度ねっ!片付けちゃってー!」
手を叩いて体育館にいる俺たちにそう指示するのはジャージ姿の担任の先生。
ポケモンの事をよく知っていて、授業もわかりやすくて明るい性格から、生徒からも信頼されていて尊敬されていて、誰がどう見ても優秀だと言わざるを得ない女の先生。
さすが、ちゃんとした会社から派遣されてきた公認の教師だ。
「ほら、立って立って!また今度頑張ってみよう!ね!」
「ううぅ···せんせぇ···」
同級生もそんな先生に励まされながら立ち上がり、他のメンバーに混じって的を片付けはじめた。
体育館の中央を仕切る緑色のネットが左右にカーテンのように開いていき、紐で結んで置いておく。
中央が開いたことで、こちら側にある準備室へとキャスター付きの的が次から次へと運び込まれて来るのだった。
「はい、ん、オッケ。これで全部?」
「たぶん」
「待って待って···!これで···全っ部」
次から次へと同じようにキャスターの音を響かせながら運んでは、終わった人は体育館を後にしていく。
残ったのは最初に的を運び込んだこっちのコートのパートナー含む俺たち二人と、最後に的を運んできたさっき床に突っ伏して嘆いていた同級生、というより友達、というよりは幼なじみ。
誰に頼まれたわけでもないのに俺もパートナーも残って最後まで片付けが終わるのを待つのだ。
こっち側のコートの人間が、準備室に近くて楽な分、運び込まれてくる的をちゃんと仕舞えるように最後に残って綺麗に並べるという暗黙の了解みたいな決まりがあるにはあるけど、俺たちは特別だった。
「くそっ···僕のハリちゃんさえ出せればこんな、捕まえるときはいつも一緒なのに···」
「ポケモンは禁止のはずだ、そもそも相手は生き物じゃないし」
「ズルはダメ」
この学校に入ってからも入る前からも、なんとなく一緒にいて、気づいたら近くにいる。
誰から言い出した訳でもないのに、自然とそうなる。
そんな田舎ならではの関係。
産まれる病院も一緒、入った保育園も一緒、そして入った学校も一緒。
町が小さいんだからそうなるのが当たり前だった。
的に手をついてそのぽっちゃりとしたお腹を垂れさせながら落ち込む姿も、そんな彼を見て最終的には背中を叩いて少し励ます彼女の姿も、昔からずっと知ってる。
「まぁまぁ、世の中ポケモン捕まえるだけが全てじゃないからさっ。元気だしなよ」
「でも···それじゃあ僕の夢が···」
二人を見守っていたその瞬間、会話を遮るように体育館の中にチャイムが鳴り響く。
あ、マズッ、早くっ、と彼女が友人と俺の肩を軽く叩いて準備室から颯爽と飛び出る。
「はいはい、閉めるよー」
「今出る」
「待って待って···!置いてかないでよ!」
彼女は俺たちがまだ中に残っているにも関わらず、扉に手を掛けて閉じようとするのだ。
もちろん冗談だが、そんな慌てた様子を見てクスクス笑うのだった。
全く、なんて友達がいの無いやつだ。
「ほらほら早くー、もうみんな戻っちゃってんだから」
準備室の鍵を閉めながら、再び彼女は俺たちの肩を叩いてそう言うと、スタスタと体育館の出口へと歩いていく。
「···はぁ~あ、もっと上手く出来たら···贅沢かな僕···」
彼女に続き、友人もトボトボと歩き出した。
気がつくと、体育館には俺たちだけ。
他の同級生たちはさっさと教室に戻ってしまったらしい。
まったく友達がいのない連中だ。
ーーーーーーーーーー
校舎と体育館を結ぶ渡り廊下を抜け、校舎に入ると低学年たちの教室からワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。
帰りのホームルームが終わるまでの時間が待ちきれないのだろう。
そんな声を聞いて遠くの職員室から急ぎ足で向かってくる先生達、その手にはホームルームで使うのであろうバインダーが握られていて、それぞれが教室に入ると早速静かにするようにと注意の言葉が聞こえてくるのだった。
校舎はその教室がある長い廊下と、その廊下の端にある短い通路を挟んで反対側にもう一本同じような長い廊下のある、まるで長方形のような形をした珍しい作りとなっている。
その反対側にはパソコンが並ぶ視聴覚室や音楽室といった授業で使うような教室が並んでいて、その長方形の中心の空いたスペースにはテーブルや本棚が並び、生徒たちが楽しめる憩いの場となっているのだった。
「いいんだ、今はいいんだ!ハリちゃんが唯一無二のパートナーなんだから!これで···挑戦したってルール的には問題はないはずなんだし、可能性だってゼロじゃない!」
「あたしは···うん、ちょっときびしーぃ?と、思うけど···。まぁ、ルール的にもズルではないはず···うん。でも相当努力しないと···」
俺たちはその長い廊下同士を繋いでいる、間の短い通路にある階段を上って二階にある自分達の教室へと向かう。
その階段の上にある天窓からうっすらと既に夕日が差し込み掛けていて、もうすぐで夕方なんだというのを体で感じる。
階段のその天井まで吹き抜けているスペースで響く三人分の足音に何だかボーッとしてしまい、俺はそのまま天井を向きながら二階まで歩いて行くのだった。
「で、あんたは?」
「···あ?」
「いや、''あ?''って···アレよ。出したんでしょ?締め切りもうちょいだったし」
二人で話していた筈だったが、ふと俺に話を振られる。
最近よく''それ''を切り出される。
まぁ、こんな時期だ無理もない。
そろそろ決めておかないと先生も困るだろうし、それは自分自身にも言えることだというのも十分わかってる。
階段を登りきり、二階の長い廊下に差し掛かるまで、俺はそんな事を聞いてくるそいつから目をそらし、もうすぐ教室というところまで一向に返事を返さなかった。
「···あんたもしかして」
「マジ?」
そして廊下の端にある教室の引き戸に手を掛けても、二人の質問に俺は返事を返さなかった。
そんな様子を見た二人は教室に入ると、同級生たちにねぎらいの言葉を掛けられながらも窓際にある俺の机に近づいていき、中を漁り始めるのだった。
「おい、プライバシーの侵害だぞ」
腰に巻いていた学校支給のポーチを自分のロッカーにしまいながら俺がそう言っても、ガチャガチャと教科書やらペンケースやらを押し退けてその目的の物を探すのをやめない友人
「あったあった!」
顔に掛かったポニーテールを掻き分けて、机の中に突っ込んでいた手を引き抜くと、同時に出てきた一枚の白い紙を机の上に広げる。
「やっぱり、真っ白、前と同じ」
「マジかよ···」
目の当たりした現状に、ぽっちゃりしたお腹に若干肘を当てながら頭を抱えられた。
机の上に置いてあるのは、パソコンで作成された、題名に''進路調査表''と掛かれた一枚の紙。
その題名の下には細い黒い線で作られた枠が三つ並んでいて、第一候補、第二候補···とそれぞれ名前がふられている。
「同じこと毎回聞いて悪いんだけど、あんた夢とか希望とかないの?旅に出るとか、ジムに挑むとか、コンテストに出るとか」
「···考えたことない」
「僕を見習いなよ、第一候補に''チャンピオン''!ただそれだけ書いて出したんだから!」
「あなたは極端すぎ。再提出食らってたじゃない」
まったく好き勝手言われる。
''ポケモントレーナー''···確かに将来の選択肢の一つに挙げられることが多い。
というか、ここのスクールにいる人たちほとんどがそうだろう。
「だ、だって···僕はそれが目標で入ったわけだし。い、いいじゃないか!後は···そう、一応''科学者''とも書いたけどさ···」
「いいじゃない、意外と頭良いんだからさ。この前の''ポケモン科学''のテストの結果、まだ根に持ってるんだからねあたし」
「偶然だよ。たまたまヤマを張ったところが出ただけ。そりゃあ···科学の力は凄いとは思うけど···、それはあくまで!僕がチャンピオンになるための布石だからさ!知識は必要だろ?フロンティアの試練の一つにもなってるくらいなんだから!」
二人があれだこれだと言い合っている間に、俺は自分の机の椅子を引いて座りそのパソコンの文字以外、自分の名前すら書かれていない紙を手で持って夕日の光に軽く照らしながら眺める。
もうそろそろ冬になる、その足音が聞こえ始めてくる秋の初め頃。
日によっては少し寒い日がチラホラ出始めて、今年は少し気温が低いのか、そんな日は町でもマフラーを巻いている人がチラホラ見えてきた。
そろそろ自分の将来を決めなければならない。
町を出て、専門の学校に通うなら尚更だ。
近頃は、みんなもう自分の進路を決めて提出したのか、その話は教室の中でも聞かなくなった。
さっき言ったポケモントレーナーや科学者の他にも選択肢はたくさんある。
ポケモン学者、ポケモンのルーツを辿る歴史の研究者、ポケモンをサーカスやショーなどに出演させるための調教師、ポケモンを預かって育てるための育て屋、モンスターボールを始めとする様々なポケモンに関する道具の販売士等々、バトルに関係するもの以外にも職業は数えきれないほど存在し、それぞれの夢に向かって生徒のみんなは技術を磨く。
そうしているみんなは輝かしくて、ひた向きで羨ましい。
「で···でっ!」
少しだけ黄昏ていると、自分の机の上に勢いよく手をつかれてしまった
一回でそちらに目を向けなかったのが気に食わなかったらしい
「どうすんのさあんたは、漠然と···こう、やりたい事とかないの?」
言い方はぶっきらぼうだが、言葉の節々に俺の事を心配して言ってくれている感情が見え隠れしているのがわかった。
将来を決めないといけない、それはスクールに入っていればいずれ向き合うことだとはわかっていたはずなのに。
やりたい事···本当に漠然とではあるが、ないわけではないのだ。
でもそれは、この進路調査表に書くようなハッキリとした物ではなくて、まるで子どもの夢のような、少しこっ恥ずかしいものだから口に出せずに困っている。
それに応えてくれる進路も···無いことはない。
だけどそこに踏み込むには、俺にとってはとてつもない覚悟がいることであって、簡単には決められない。
母さんも···いい顔はしないかもしれない。
「···お前はどうなんだよ」
「···あ?」
自分の事を誤魔化すように、今度は逆にこっちから聞いてみる事にした。
「いや、''あ?''って···、とりあえず俺の事はいいから、お前は何て書いたんだ?俺たちにだけ答えさせるのは不公平だろ」
「そりゃもちろん、あたしはね···この子とっ!」
するとおもむろに、その体育用のジャージのポケットからモンスターボールを取り出すと、真ん中のスイッチを押して膨らませ手元に収める。
慣れた手つきでそのまんま、足元の床にそのボールを落とすと、ボールは貝のように上の赤い半円の部分が上に開き、その瞬間中から光が飛び出したのかと思うと、光が晴れていくのと同時にシルエットが浮かび上がる。
「ロコ~!」
「コンッ!」
パートナーである彼女が呼び掛けるのと同時に、そのポケモン···ロコンは首を左右に振り、そのつぶらな黒い瞳を彼女に向けて問いかけに応えるように短く、可愛く声をあげるのだった。
「寂しかった?あたしも寂しかった~ん。ほらおいで、おいでっ」
「コォ~ンッ」
そうやって俺の机の上を彼女は軽く指でトントンと叩くと、そのロコンは身軽に一つ飛び、机の上にその可愛らしいおみ足四本で佇み、今度は体を振るのだった
その綺麗に整えられた茶色の綺麗な毛並み。
冬に差し掛かる時期なのか、前に見たときよりも毛並みがフワッとしているように見える。
そして特徴的な頭と尻尾のオレンジ色の毛も、手入れが行き届いているのか毛先までとてもサラッとしていて、触り心地が良さそう。
「ほら既に可愛い~。あなたポケモンは嫌いじゃないんでしょ?」
「···まぁ、ウチにも居るし」
「あ、ロコちゃん!ほらおいでおいで、お腹だよ~お腹」
「コン~、コン~!」
人懐っこい性格なのか、ロコンは呼ばれたほうにテクテクと歩き、その前足の可愛い肉球を友人のその、本人曰く''ぽっちゃり''とした腹に乗せて二足歩行のようにその場に立ってじゃれあいに行くのだった。
そのふさふさとした六本に別れている、若干頭の上にあるとさかのような巻き髪の部分に似ている尻尾を俺のほうに向け、ユラユラと左右に少し振りながら頭をその友人のぽっちゃりとしたお腹に擦り付けて甘える。
「冬毛?前と若干感触が違う」
「そ。サロンにも行ってきたからフサフサなのよ。ほら、こっちにも行ってらっしゃい」
そう言うと彼女はロコンを少し持ち上げて、頭をこちらに向けるのだった。
俺に向けられたそのつぶらな黒い瞳が、今度は俺の目と目線が合う。
既に全く警戒はしていないのか、目尻は完全に広がっていて目付きは完全に緩み、鼻の先端をヒクヒクとさせて、時折俺の顔に近づかせながら若干匂いを嗅いでいた。
こっちが顔を少し傾けると、同じようにロコンも顔を同じ方向に少し傾けて、興味深そうに俺の行動を真似していた。
俺はそんな賢いロコンの頭に手を近づけると、自分が何をされるのか理解しているのか、触れる瞬間には耳を完全に寝かせて頭を少し下げ、目を瞑って大人しく手が頭の上に置かれるのを受け入れていた。
確かに、冬毛なのかフワッとした感触が手のひらに広がる。
撫でているうちにロコンは''コロコロコロ''と喉を鳴らし始め、今度は喉元も撫でてほしいと言っているのか、俺の手をすり抜けるように頭を上げ、自分から喉元へと擦り付けてくる。
「よかったね~、ロコ~」
俺はそれに従うように喉元、そして体のほうへと撫でるように手を移動させる。
心臓部分より少しお腹寄りの部分に到達すると、そこは他の部位よりもほんのり暖かく、きっとここに炎を生成する器官があるのかと思われる。
ポケモンとは···興味深い、独自の進化を遂げて、それぞれがこの厳しい自然を生き抜く為の術を身に付けている。
満足したのか、ロコンは最後に鼻から一息出すと、鼻先を俺の手の甲に一瞬触れさせて、その場に座り込むのだった。
「可愛いでしょ~?手に鼻チョンしてくるのは人を信頼している証。あんたも少しは''自分のポケモン''ってものに興味持ってみたら?」
「···今はまだいい。何をパートナーにするのかなんて···まだ考えたことない」
「あら、そう?ならあたしと一緒にロコンにする?抱きしめてると暖かいしね~。カモーン、うふふっ、ね~?」
「コォ~ン」
ロコンは飼い主の胸の辺りに飛び込むと、彼女に抱き抱えられながら頭を彼女の首もとに擦り付け、思いっきり甘えていた。
よっぽど彼女の事を信頼しているのだろう、目を閉じて、素直に頭を撫でられている
「···夏は暑いけど」
「コンッ!?」
人間の言葉が少しわかるのか、彼女が呟いた一言に態度を一変させ、途端に前足を彼女の上半身に当てるとその抱擁から離れようとじたばたし始めるのだった。
「ごめんごめんっ、ごめっうっへ!がはっ!わかっ!わかったわかったから!ごめんってばぁ~」
「コンー!!」
そんな慌てふためく彼女の言葉も聞かずに、ロコンは俺の机の上に飛び降り、そのまますぐに床の上に飛び降りと、身軽に一瞬でその動作をこなし、置きっぱなしになっていたモンスターボールに軽く頭を触れさせて、少しだけ開いたそのボールの隙間から出た光に包まれて中に吸い込まれていくのだった。
「あぁ~!ロコ~···」
「随分と賢いロコンだ。俺より頭いいかもな」
弱々しくしゃがみこむ彼女は床に置いてあるモンスターボールを拾うと、中央のスイッチを押して小さくし、ポケットへとしまいこむ。
が、しかし、余程ショックなのか、地面にしゃがみこんだままうなだれてしまっているのだった。
「だ、大丈夫大丈夫!僕のハリちゃんもたまに拗ねるときもあるけど、すぐ仲直りするからさ!ご主人でしょ?その子もわかってるはずだって!ホラッ、前の喧嘩の時も···」
一生懸命励ましているが、彼女は立ち上がろうとしない
「この子は結構根に持つタイプなのよ~。夜ご飯になっても出てくるかどうか···」
励ましの言葉を掛けられてもますます落ち込んでいく彼女だったが、突然自分の両頬を両手で叩き、勢いよく立ち上がるのだった。
「えぇ~い!落ち込んでたってしょうがない!後で謝る!そして許してもらう!くよくよ悩んでたって、この世はしょうがない時だってある!」
あるのよ!と意気込んでみせるが、どこかその表情は浮かばれない。
もうすでに根に持ってしまっているのか、落ち込んでいるのが表情に出てる。
···何とかは飼い主に似るってやつかもしれない。
となると、案外すぐに仲直りするかもしれないな。
お互いに思ってることは一緒なんだし。
「とにかく!あたしの夢は、この子と一緒に警さ···つ···」
そこまで言いかけて、彼女はそれ以上喋るのを止めた。
俺たち二人のやり取りを見ていた友人も、どうしたらいいかわからないという表情で、気まずそうに俺と彼女とを交互に見比べていた。
一番申し訳なさそうにしているのは、彼女。
バツが悪そうに、さっきまで自信満々で語っていたその表情が歪んでいく。
俺たち三人の間に微妙な空気が流れていって、周りのクラスメートたちの雑踏がやけにハッキリと聞こえてくるのだった。
「···ごめん」
「何であやまる、気にするなって言ってるのに。まだ小さい頃の話だし、だから俺もよく理解できなかったから、よく覚えてない。立派な夢なんだから胸を張ってればいい。ここを卒業したら、そういう学校に行くんだろ?」
「うん、色々調べて···あなたのお母さんにも教えてもらったの。街に行ったら丁度いいところがあるからって」
彼女が語る夢に、俺と友人の二人は無言でうなずく。
彼に関しても彼女に関しても、自分で目標を決めて目指した道だ。
応援したり心配したりはするが、馬鹿にはしない。
これから先はそれぞれが自分の道を歩いていく、いつまでも一緒というわけにもいかなくなってくる。
「はいはいみんなー!席についてー!ごめん!着替えは後で!先にホームルームやっちゃうからー!はいはいそこー!早く座ってー!」
「ごめんなさいごめんなさい!座りますー!はいはい、あんたも行った行った行った」
彼女に背中を押されて、無理やり自分の席へと追いやられる友人。
そして彼女も、少し離れた自分の席へと戻っていく。
「さっきの反省と報告は明日の一時間目にやるから、今日はいいからねー。じゃあ、明日についての連絡なんだけどー···」
黒板にチョークで文字を書きながら、白衣姿に着替えた先生は色々説明するが、クラスメートのほぼ全員がきっと聞き流しながら放課後何をしようかと考えていることだろう。
彼女でさえ、隣の席の女友達とヒソヒソと先生にバレないように話している。
それでいいのか未来の警察官、固く考えすぎるよりはいいのかもしれないけど。