マフラーの中の赤と白   作:4m

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03 待機

「それとー!先週ふざけてー!''森''に入ろうとしてる生徒がいたのー!危ないから絶対に入っちゃダメだからねー!」

 

ホームルームの終わりの挨拶の後で、周りがガタガタとカバンを背負うなり、机の位置を直すなり、自分のロッカーから物を取り出したりする雑音と会話の中で先生が叫んでいた。

クラスメートたちは聞いているのか聞いていないのか、先生のほうを振り向くこともなく生返事だけで我先にと教室の扉を開き、階段へと歩いていく。

もう帰るだけなのだからか、みんなジャージの上から上着を羽織って、着替えをバッグに押し込む。

大体の人たちは階段へ向かうが、二階の中央にある本が置いてある図書スペースへと赴くものもチラホラいる。

勉強する···そんな人たちも希にはいるが、大半は放課後残ってその図書スペースの一角に置いてあるトランプで遊ぶメンバーが多い。

先生もそんな光景にはもう慣れっこなのか特に何も言うこともなく、見向きもせずに黒板に書いた文字を綺麗に消していくのだった。

 

「それじゃ私、図書委員だから。行くね、じゃっ」

「ああ、じゃ」

 

彼女は一言俺にそう言うと、その希なメンバーに混じってその図書スペースへと赴いていく。

遊ぶ為ではない、もしルールを守らなかったりする奴らがいたら丸焼きにするためだと本人は言う。

頼むから本までは燃やさないでほしいと願うばかりだ。

 

「じゃあ僕も、今日は父さんが久しぶりに帰ってきて家族で食事なんだ。今日は真っ直ぐ帰るよ」

「わかった···、じゃあまた今度」

「ごめんね、埋め合わせはするからさ!じゃっ!」

「ああ、じゃっ···」

 

そう言うと、そいつはそのぽっちゃりしたお腹を揺らしながら、駆け足で階段を降りていくのだった。

食事か···町一番のお金持ちの御曹司も大変だ。

 

いつの間にか教室に残ったのは俺を含む数人の生徒と、教師用のデスクを整理している先生だけ。

なんで残っているのかって?あいつらが机の中をメチャクチャにしたからだ。

ちゃんと収まるように物をしまっていたはずなのに、どうも一度物を引っ張り出すとうまくいかない。

出したのなら片付けていってほしかった

 

「うーん、明日は一時間目はこれで···教員会議は五時からだから、作業はその後で···」

 

気がつくと、周りにいた数人の生徒はいつの間にかみんないなくなっていて、教室に残っているのは俺と先生だけになっていた。

先生は自分のパソコンに向かってボソボソとぼやきながらキーボードを操作していて、俺はというとやっとゴールが見えてきたところだった。

後は、この開けたスペースに物を順番に入れていけばいいだけだ。

お互い無言で作業を続けていると、廊下から聞き覚えのある声が響いて聞こえてくる。

 

『こらぁ!それ以上うるさくしたら丸焼きにするからねー!』

 

お前が一番うるさいと思うけど、とツッコみかけたがそれをグッとこらえて教室の出口から廊下を見つめていると、ふと先生がクスクス笑っているのに気づいた。

 

「ふふふっ、やっぱりあの子、とっても元気ね」

「はぁ···、すいません」

 

なんで俺が謝らないといけないんだろう。

昔からの腐れ縁だからか瞬時に反応してしまう。

しかし彼女が叫んだことで図書スペースでトランプをしていたメンバーが静かになったことも事実だ。

本人も悪気はないのだから文句を言うにも言いにいけない。

 

「いいのよ。彼女のおかげで図書スペースの安全は守られてるもの。先生たちもわざわざ見廻りに行かなくてよくなったって喜んでるわ」

「暗黙の了解ですか」

「内緒ですよ?」

 

その先生は可愛らしく、人差し指を立てて唇の前に持ってくると、俺と先生の二人しかいないはずの教室の中で、わざとらしく声をひそめてそう言うのだった。

 

「さすが、将来警察官を目指しているだけあるわね。普段の態度を見ても、自分に自信を持っているし、声は通って聞こえるし、その素質は十分に整ってる。私も将来逮捕されないように注意しなくちゃ···なんてね」

「···」

 

話の流れが少々怪しくなってきたので、俺は残りの物を机の中に適当に詰め込むと、横に掛けてあったバッグを持って素早く教室から出ようとしたが、''···さよならっす''と頭を下げた瞬間に''ちょっとまって''と声をかけられる。

 

「今時間ある?少し話したいことがあるのだけど、ここに座って?」

「···はい」

 

先生はそう言うと、近くにあった他の生徒の机の椅子を自分のデスクの傍に置いて、手で指し示して俺に座るように促される。

先生のその口調は、俺に''帰る''という選択肢を与えない強気なもので、簡単な話ここに座れと言われているのと同じだった。

俺は逆らうことも出来ず、持った自分のバッグを一旦また机の上に置いて、言われた通りにその用意された椅子に座る。

 

「さて···っと」

 

先生は自分のパソコンの画面を、デカデカと中央に''ND''と書かれているデスクトップに戻して、その自慢の茶髪のショートカットを手で払ってから俺と向き合う。

近くに来ると、その着ている白衣からはほんのりと科学薬品のような匂いが漂ってきているのがわかり、それを誤魔化そうとしているのか、少しだけ柑橘系のような匂いもする、香水だろうか?

 

「なんで呼ばれたか···わかる?」

「···ええ、まぁ」

「あの後、お母さんとはお話···したかな?」

「···まぁ」

 

前にも同じことがあった。

それは数ヶ月前のことだったが、その時は母さんも一緒にいて、三者面談のような形式だった。

その時には自分の他にもまだ進路に迷っているクラスメートが周りにいて、俺と同じように悩んでいる人を集めて面談をしたのだ。

その甲斐があって、クラスメートたちは次々と進路が決まっていき、気がつけば今こうやって進路について先生と話しているのは俺だけになってしまっている。

 

「悩む気持ちはわかる、ものすごくわかる。先生もあなたくらいの年頃の頃は凄く悩んだから。ポケモンが大好きだったから、何かポケモンの役に立つ仕事がしたいって、漠然と思ってたの」

「だから···''先生''ですか?」

 

俺は咄嗟に思い付いた答えをぶつけてみた、しかし···。

 

「ううん···実はそれも違うの」

 

先生はパソコンを操作して、デスクトップの端に並んでいたアイコンをクリックすると、画面いっぱいに活字と数字が並んだプロフィールのようなものを映し出す。

そこには、俺に関する今までの学歴や成績などの情報が事細かに表示されていて、住所や氏名、年齢なども書かれている。

 

「先生はね、その時の···私にとっての''先生''に、今と同じようにこうやってお話ししてね、自分自身を客観的に見つめてみた。今の私には何が出来て···何が出来ないのか。まずは自分のことを知ってみようって思ったの、だから今のあなたみたいに···」

 

先生はカーソルを動かして、それぞれのカリキュラムの文字の部分をクリックして、より詳細に学力を画面に表示する。

体育の部分、ポケモンの捕獲に関する基礎的な運動能力と知識、ポケモン科学、語学や算数、高学年では数学、理科等必修とされる科目に関してはA評価と表示されていて、それは今まで積み重ねてきた学年ごとに同じアルファベットが並んでいた。

 

「うん、非常に優秀です。問題も起こさないし、友人もいるみたいだし。内申も悪くない。ただ一つだけ気になるのは···''ポケモン学''かなぁ。決して悪い成績ではないんだよ?だけど···他の教科と比べてみると、ここだけ悪目立ちしている感じなんだよねー···」

 

先生の言う通り、パソコンの画面の中の''ポケモン学''という科目の部分だけ''B''という評価が表示されている。

決して悪くはない、悪くはないのだが、俺の成績表を一目見ると、そこだけ目立ってしまうのは俺でもわかる。

これが進学先の先生なり、就職先の担当者なりが見るなら尚更だ。

何だか気になる部分というのは間違ってないだろう。

違和感を感じるのは俺も一緒だった。

 

「ポケモンは嫌い?」

「そんなことは···ないですけど」

「あれから自分のポケモンは?」

「···持ってません」

 

ポケモン学とは、簡単に言うと···トレーナーズスクールでよく学ぶバトルのやり方や技の使い方とか、そういうポケモンバトルのことなどを一切省いた、純粋にポケモンという生き物について学ぶカリキュラムで、ポケモンの体の構造から、生態や、生息地からみる様々な生活スタイル、食べ物の趣向など、生態系に関するあらゆることを学んでいけるのが特徴的だ。

しかし、新種のポケモンは絶えず発見されていくため、''これ''とか''この教科書''を学んでおけば終わりということはなく、''常に勉強''しなければならないのが、大変なところだ。

 

「あなたは、そう···ポケモンに興味がないわけじゃないのよね?そうじゃなきゃ、こんないい成績はとれない。だけど、一歩踏み込めていない。違う?」

「···はい」

 

先生の言っていることは、正しいけど少し間違っていた。

踏み込めていないわけじゃない、自分から踏み込まないだけなんだ。

解決策が分かっているだけ、余計に俺を苦しめる。

きっとこの感情は今は、まわりの誰にも理解できないだろう。

 

「だけどそれはね?見方を変えると完全に悪いって決めつけることでもないの。実を言うと、ちょっといいことでもあったりする」

「何ですかそれ?」

「ポケモンに対する偏見がない。あなたの頭の中ではポケモンは皆平等になってる」

 

先生は自分のデスクの一番下の、大きい引き出しから小型のテレビのようなものを取り出してデスクの上に置いた。

最近の薄型テレビとは全然違う、片手で持てる小さい四角い箱のような、色も少し落ちていて傷も入ってる。

年期の入った代物だった。

 

「ごめんね~、ちょっと古いんだけど先生これしか持ってなくて。''おしえテレビ''っていうんだけど、電源つくかなぁ···」

 

画面の下に配置されている、他のよりは一回り大きいボタンを押すと、テレビの画面が一瞬ちらついて、やんわりとその中に映像が映し出されてくる。

その画面は普段みているテレビよりも大分ぼやけて見えて、この機械が相当古いものだとわかった。

 

「よかったよかった。例えばね···こういう風に、技術はあるわけだから、この画面に映ってるお兄さんみたいに、他の人に教える''インストラクター''って職業もある。バトルのやり方、道具の使い方、それこそ、さっきの体育でやってたポケモンの捕まえ方とか」

 

画面の中ではお兄さんが説明を交えながらモンスターボールを投げて、その使い方やコツを教えている映像が流れていた。

それに続けて先生は、わざマシンの使い方やポケモンの相性の解説の動画など一通り紹介し終えると、そのテレビを机にしまう。

 

「ポケモンを平等に扱えるってことは、様々なポケモンを差別することなく接することができる才能がある。きみは悪いところを直そうとするよりも、長所を伸ばしたほうがいいかもしれないね。そうすると、自ずと道が見えてくると思う」

 

パソコンの画面も元のデスクトップに戻すと、今度はさっきテレビをしまった引き出しの一つ上の引き出しを開けて、何冊かの冊子を取り出した。

 

「無理に今将来の職業を決めなくてもいい。とりあえず進学して、さらに技術や知識を磨いてから将来を決めても遅くはないから···そういう道もある。たとえば···これとか」

 

その冊子を開きながら、先生は説明していく。

そこには、スクールを卒業した生徒がさらに技術を身に付けるための学校。

ポケモンをたくさん扱う研究所などの紹介、そして最後の極めつけは、表紙にデカデカとシンプルに''ND''と書かれた大手複合企業のパンフレットがあるのだった。

 

「先生も勤めているこの会社。今は、私は先生としてこの町に出張になっているからここにいるんだけど、大元はここなの。ここもポケモンをたくさん扱ったり、研究したり、病院も持っているからポケモンの健康診断もやったり···」

 

多分、説明しなくても知らない人はいない。

この地方では有名すぎる会社だ。

テレビやラジオでよくCMはやってるし、新聞にも広告が一面で載っている。

会社が主催でイベントもやってるし、逆にスポンサーとしてお金を出したりもしている。

 

「だからいずれ、たくさんのことを学んだらそっちを考えるのも、先生いいと思うな。それだった力になれることもあるし···後輩が増えることは、私も嬉しいしね」

「···考えてみます」

 

先生なりに考えてくれた結果なんだろうけど、俺はまだこの場では決められなかった。

開いてくれたパンフレットを閉じて、先生のほうに押し戻す。

先生はそれを何も言わずに受け取ると、再び引き出しに戻し、''話はそれだけ''と言って立ち上がるのだった。

俺は座ったまま先生を見上げる

 

「とりあえず、進路調査表は出してね。期限は···今月中。病院でポケモンの健康診断がある次の日ね。これだったらわかりやすいでしょ?」

 

それを最後に、先生はクラス名簿を手に白衣を翻して教室の出入口の扉を開く。

''気をつけて帰ってね''それだけ言い残すと、先生は廊下に出て、うるさい図書スペースの''お目付け役''にも挨拶すると、反対側の廊下にある理科室へと姿を消して行くのだった。

 

誰もいなくなった教室で、俺は座っていた椅子を元の位置に戻し、自分のバッグを持って出入口へと向かう。

 

「あ···、よっ」

「···よう」

 

図書スペースの机についている彼女が、手を胸元で少し挙げて声を掛けてくる。

俺も軽く返事をしてから階段へと向かおうとしたが、挙げていた手でそのまま小さくこ招いていたので、誘われるままにその机に近づいていく。

さっきのトランプメンバーは帰ったのか、すっかり彼女一人で本を読んでいたようだ。

 

「お小言?」

「みたいなもん。さっさと進路調査表を出せってさ」

 

予想していたのか、彼女もさほど驚いておらず、首を縦に振るだけだった。

 

「色々紹介された、進学とか、インストラクターとか、あと···先生と同じ会社」

「すごい大手じゃん。不自由も何もないんじゃない?」

「そうだけど···」

 

そうだけど、俺には引っ掛かるところがある。

進学にしろインストラクターにしろ、むしろそんな大手企業に入るなんてことになったら、町を出ていかなくてはいけなくなる。

家に···二人だけにしてしまうことになる。

できればそれも避けたいことだった

 

「ひょっとして、家族が心配なの?」

「···まぁ、それもあるよ」

 

地元を離れるということに慣れない。

旅に出る人たちは本当に尊敬する。

ジムを制覇するなりコンテストに出るなり、目標があれば別なんだろうけど、これといって明確な目標もなくて地元を離れるなんて、家族を残していくのは、心もとない。

 

「そっか···一度お母さんに相談してみたら?時期も時期だしさ」

「わかった···考えてみる。お前によろしくいっておいてくれって言ってた。チョコクッキー美味しかったよ」

「ホント!?イエローちゃんは!?」

「···無反応だったけど、無反応ってことは嫌がってはいないと思う」

 

そう伝えると彼女は大層喜んでいる様子だった。

 

去り際に彼女からもう少しで終わるから一緒に帰ろうと言われたが、寄るところがあるから今日はダメだと言うと、しぶしぶ諦め···なかった。

魂胆は見えている、イエローに会いたいのだろう。

 

「''店''にしばらくいるかもしれないし、ずっと待ってるっていうなら別だけど」

「いや···それならお断りしようかな···あはは、そしたらイエローちゃんによろしくね!今度また遊びに行くって伝えておいてっ!」

「はいはいわかった。それと、イエロー''ちゃん''じゃなくてイエロー''くん''な」

 

彼女がポケモンに嫌われてるわけではないが、絶妙に嫌がられてる理由が薄々わかる。

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