マフラーの中の赤と白 作:4m
学校の正面玄関の扉を開くと、右上から夕日の光が眩しく降り注ぎ、ヤミカラスが騒がしく頭上を通り山へと帰っていく。
一羽や二羽ではなく、数えきれないほどの数が四方八方を山に囲まれたこの田舎町の上空を飛び回り、それぞれの巣へと帰っていくのだった。
学校用の道路を挟んだ目の前の大きな茶色のグラウンドでは生徒たちが残って野球をしていたり、端っこにある大きなジャングルジムで鬼ごっこをしていたりと放課後を満喫していたが、地面に置いてあった自分のバッグを手に取って家に帰る人もチラホラ出始めていた。
それと入れ替わるように、少年少女野球団の子どもたちがユニホーム姿で自転車に乗って次々とグラウンドに来ては、練習の準備を始める。
自分が着ている上着のチャックを上までしっかり上げ、そんな様子を見ながら学校を離れていくと、今度は学校の裏にある大きな記念のモニュメントから鐘がメロディーに合わせ四時を知らせる音が聞こえて、そのすぐ横にある一面緑の芝生のフィールドで生徒達がサッカーをするのが見えた。
チームジャージを来ているのを見ると、この町のクラブチームだろう。
みんなやりたいことを見つけて、各々が目標の為に行動していた。
あまり深く考えず、俺も''お店''に向かうことにした。
グラウンドの横を通り、すぐそばを流れている町の中心を分断するように流れている小さな川に架かるトンネル状の橋を渡り、反対側に出る。
田舎なので町の中には建設会社の資材などを置いておく土場がいくつかあり、そんな場所が町の中心部分にある光景も珍しくない。
ここもそうだ、トンネルを抜けたらすぐに工事用のトラックが何台も停まっていて、もう夕刻だからか仮のプレハブの事務所からハチマキを頭に巻いている作業員の人たちが次々とトラックに乗り込んで、町の中にある本社へと戻っていく。
「気をつけて帰れようっ!」
「はい、さようなら」
通り過ぎざまに、トラックの中からお兄さん達に声を掛けられる。
父さんの顔が広かったこともあって、町の人たちはよくこうして挨拶をしてくれることが多い。
俺だけに限らず、町の人たちは子どもでも大人でも、朝も昼も夕方も何かと一声掛けてくれる。
そのおかげで怪しい人がいても一瞬で誰かが気付くのが町のいいところで、天然の監視カメラがそこらじゅうにあるのと一緒だ。
田舎ならではの特徴、とでもいうのか。
大体が顔見知りになる。
「···ふむ」
そのまま裏路地の住宅地に入って大通りを目指す、奥さんたちが夕飯の材料がたくさん入ったビニール袋を持って車から降り、家に入っていく姿をちょくちょく見かけるようになってきていた。
家の扉を開けると大体その家のポケモンが出迎えていて、手伝える者は主人である奥さんの代わりに荷物を持ったりと、微笑ましい光景が広がる。
そこから少し歩いて、大通りにある数少ない信号機の一つを曲がると、夕日が一段と眩しく遠くの山の上から見える
その山を見ていると、目線の先に目的のフレンドリーショップが見えた。
うちの近所にある唯一の食品売り場兼雑貨屋だ。
「ムッちゃん!ムッちゃん!ムッ~ちゃん!」
「ムッ、ケムッ、ムッムッ」
「はいはい、ヤミカラスが鳴いたから帰りますよ~。ほらっ、神様にご挨拶して」
歩いていく最中、フレンドリーショップの隣にある大きな鳥居の抜けた先、綺麗に敷き詰められた石の通路の先にある大きな神社の本堂の前で遊んでいる親子が神社の鐘を鳴らし、手を合わせているのが見えた。
その女の子のポケモンなのだろうか、ケムッソも女の子の足元にムニムニと体を伸縮させながらすり寄り、その女の子の真似をして頭を少し下にペコリと下げていた。
微笑ましい光景を眺めながら、俺はフレンドリーショップの前まで行き、もう全自動ではない自動ドアを手で開けて中へと入っていく。
「いらっしゃい···おお、少年君」
「どもっ···」
色あせた古い飲料のポスターがいくつか貼ってあるカウンターに座っていた店員のお兄さんが、顔を上げて俺に声を掛ける。
しかし目が合ったのは一瞬で、すぐにお兄さんはカウンターの上の作業に戻ってしまった。
青いバンダナに青いエプロンをしている姿からまだ営業中だと思うんだけど、その作業は趣味か何かなのか?
カウンターにゆっくり近づいていくと、その上には小さな作業台があって、何やら小さなチップの様なものにはんだごてを当てて、細い配線を繋ぎ合わせようとしているようだった。
「前から思ってたんだけど、それなに?」
「少年君にはまだわからないものさ」
「お店のもの?」
「そうといえばそう」
「違うと言ったら?」
「半分は自分の趣味みたいなもの」
聞いてもはぐらかされて埒が明かない。
わかっているのは何かの機械の部品ということだけ。
カウンターにいるときはよく見ている光景だからもうあまり突っ込んで聞かないけど、どうせ暇だしやってても田舎だから誰にも何も言われないと本人は自分で言っていた。
確かに、冷蔵庫の商品棚に自分の夜ご飯とか余り物とかを入れておけるくらい田舎なのだから本当にそうなんだろう。
「新刊入った?」
「そっちに出してあるよ、ポケモンカードは全滅。あれ?今日、大将は?」
「家族で食事だってさ」
「ほう、町一番のお金持ちの息子も大変だ」
お兄さんは、あいつを体格で判断しているのか、''大将''と呼ぶ。
本人が納得しているからいいけど、実際町でもあの家族がそんな感じのポジションだから違和感がない。
それだけやり取りすると、俺は入ってきた''元''自動ドア側のガラス窓のほうにある本の陳列棚に置いてあった雑誌を手にとってパラパラとめくる。
色々な地方の色々な情報やニュースが載っているこの雑誌、テレビでやらないようなことまで載っているので読んでいて面白く、さらに様々な地方の職業まで載っているので、勉強も兼ねて読んでいるのだが···。
「少年君、それ読んでて面白いかい?中々いないよそんな生徒は。みんなその隣の漫画の本は買っていくんだけどなぁ」
「俺が面白いからいいんだよ」
あいつと同じことを言う。
今日は来なかったけど、ポケモンカードを物色し終わったら大体はお兄さんの言うとおりその漫画の棚へと移っていく。
後は、店に来る生徒達は大体店の奥に伸びる商品棚のお菓子を選んでいたり、ポケモン用の商品を選んでいたりと、それぞれ自由に見て回っているのを見掛けるが、やはり一番手に取られているのは''アレ''だった。
「少年君は、まだポケモンに興味がないのかい?」
案の定、声を掛けられたほうを見てみると、お兄さんの片手には、赤と白のツートンカラーの球体が握られていたのだった。
おそらく、うちのスクールに通っている大半の生徒は買いに来る代物だろう。
「···そういうわけじゃない」
再び雑誌の紙面に目を通すが、やはり特集として多く組まれているのは地方のポケモンの話と、その地方の特徴的なモンスターボールといったようなポケモンに関することばかり。
珍しいポケモンだったり、幻といったポケモンを見たといったような都市伝説のような話だったり、それの捕獲は現在の技術で可能なのかどうかなど、やはり捕まえることが大前提であるように話が進んでいる。
また背後からはんだが溶ける匂いがしてきた。
「でも結局は、付き合っていくパートナーを選ぶ時が来るんじゃないのかい?町を一歩出れば野生のポケモンが飛び出してくるわけだし、旅に出る他の子たちも自分のポケモンは必ず持ってる。一生のパートナーになるかもしれないんだから、とても運命的だろうね。ある意味恋人以上さ」
お兄さんの言う通りだ。
読んでいる雑誌にも、地方のトレンドのポケモンが載っている紙面が広がっていた。
ジム、コンテスト、それだけでなく様々な職業、建築だったり農業だったり、はたまた芸能界のアイドルのような可愛いポケモンが有名な俳優と一緒に歌って踊っていたり。
やはり生活になくてはならない存在になる。
この世界で共存していく限り必ずといっていい程の関わっていかなくてはならない。
それはたとえポケモンが嫌だといって逃げたとしても、どの地方に行ったって同じことだ。
「もしその時になったら喜んで協力するよ少年君、お得意様の大事な門出になるんだから。ほら、モンスターボールなら売るほどある」
それだけ言うと、お兄さんは作業に戻って話し掛けてこなくなった。
それはそれでポケモンの事を聞かれなくなったからいいけど、今度は俺が背後にチラチラと目を向けるようになった。
バトル用品に、ポケモンフーズに、モンスターボール。
必要な物は店に全て揃っているが、自分が使うなんて考えもしなかった。
アレが入ったコレが入ったとお兄さんは小さい頃から教えてくれるが、未だに良さがわからない
「あ、そうだ」
お兄さんが思いついたように顔を上げて作業を中断すると、背後の···おそらくお客さんから頼まれて取り寄せた予約品なのだろうか、そんなのがたくさん置かれている棚の片隅から、片手に収まる大きさの小さなスプレーのようなものを取り出して俺に見せてきた。
「これ、少年君にあげるよ。なに気にしないでくれ、問屋からもらった試供品だから」
「···何これ」
「改良された第三世代のキズぐすりだってさ。''とっさの怪我にもシュシュッと解決!効き目、即効性、当社比31%向上!普段の生活、バトルの時も、どんな時でも頼れる老舗の相棒!''···だ、そうだよ。治験を終えて申請も通っていよいよお店に並ぶから貰ったのさ」
「俺貰っても意味ないと思うんだけど」
「イエロー君がいるじゃないか。それに、これがキッカケになるかもしれない。持っていて損はないだろう?」
そう言うと半ば強引に俺の手に渡してくるお兄さん。
雑誌を棚にしまって、お兄さんからそれを渋々受け取った。
手にフィットする握りやすい形状で、これを患部に近づけて上の押し込み式のスイッチを押すと出る形状らしい。
観察してみると使いやすく考えて作られているのがわかった。
俺が興味ありげに眺めている光景が嬉しかったのか、お兄さんは上機嫌で再び作業に戻る。
なんだか手のひらの上で踊らされているようで納得がいかなかった俺はそのキズぐすりをバッグの奥に適当に放り込むのだった。
抗議しようとカウンターの前に行ったその時に、外から車のヘッドライトの光が店内に差し込んで流れたのがわかった。
おそらく隣にある神社と共同の駐車場に入っていったのだと思う。
「お客さん?」
「···たぶん、少年君も早く帰ったほうがいいかもね」
お兄さんはそのカウンターの上の作業台に乗せてあるチップごと作業台を持ち上げてカウンターの裏にしまった。
さすがに普通のお客さんが来るときはマズいのだろうか。
さっきあまりここに住んでいる人は気にしないと言っていたが、そうではない人なのか
そう考えると特別扱いされているようで気分はいいけど。
「こんばんは。あら、まだお家に帰ってなかったの?」
入ってきたのはなんと、先生だった。
さっき学校で着ていた白衣は置いてきたのだろうか、普通に上は暖かそうな薄いコートにチノパン、そして首もとを隠すようにマフラーをしている。
それよりも寄り道しているのがバレた。
確かにマズいかも。
「先生さん、この子は帰ろうとしたら僕が呼び止めたようなものです。誰もいないから話し相手になってほしいっていう具合に。だからこの場は何卒、ご容赦してやってください」
そうお兄さんが先生に言った瞬間に、お兄さんは俺に目線で合図を送ってきた。
''感謝しなよ''とでも言いたげなその視線に俺はますます踊らされているような感覚になり、先生側に目線を反らしてやった。
「あら、そうだったの?でも、寄り道はダメよ。勉強道具を買いにきたのなら、先生もアドバイスしてあげる」
「···結構です」
先生からも目を反らして、俺は足早に店から出ていくことにした。
また学校でしたような話を蒸し返されても嫌だ。
そして変に勘ぐられて怒られるのもめんどくさい。
その自動でなくなった自動ドアが今はとてももどかしい、後ろから先生の視線をひしひしと感じる。
無理やりいつもより力を入れて開けたそのドアを後ろ手で閉めて、俺は店の前の歩道に飛び出した。
「なんで先生がここに···」
行きつけなのだろうか?
ここに来て鉢合わせするのは初めてだ。
息を整えて帰路につこうとすると、道路を挟んで向かい側にあるガソリンスタンドには、さっき土場から戻ってきた建設現場のトラックたちが明日の為に燃料を入れている光景が広がっていて、夕飯の前に今日最後の散歩をポチエナとしている人や、遠くのコンビニに夕飯を買いに来ている姿が見えるなど、田舎で人が少ないからこそ見えるし目に入る夕方の一幕が広がり、一日の終わりを感じさせていた。
山の頂から差し込んでいた夕日がさっきよりも小さくなって、街灯がぽつらぽつらと点きはじめ、町の大通りをまっすぐ照らしていく。
ネオンが一切ない、街灯の明かりだけでも町を取り囲んでいる山々がうっすらと見えるのだ。
その中には、神社から真っ正面に位置している山の上、整備された登山道の終点にその入り口は存在していた。
''森の口''、町の大人たちは昔からそう呼んでいる。
そこだけぽっかりと木が伐採されて、口のように見えるからだろうか、そんな名前がつけられていたのだった。
その先は先生の言っていた通り危険だそうで、NDが行った調査でも人間が入るには危険で適さないと判断が下されたため登山道もそこの手前で止まっており、そこは引き返して降りる前に休憩できる木のテーブルと椅子、そして屋根がつけられた休憩所が設けられて終わりとなっている。
「···帰ろう」
腹も減った、町からは都会のような排気ガスの変わりに夕飯の匂いが漂ってきていて、食欲をそそられる。
俺は歩き出した、帰るといっても家はすぐそこだ。
でも少し寒くなってきた、俺もマフラーを首に軽く巻く。
1ブロックも歩かない、フレンドリーショップを右に出て進んだ先のすぐの交差点、信号機すらないその十字路を大通りを横切るように渡った先の角にある家だった。
何の変哲もない、二階建ての一軒家。
もう母さんも帰ってきている、下のリビングからはガラス越しに光が漏れているのだった。
「ただいま」
玄関のドアを開けて中に入る
返事がない、しかし奥で人が動いているのがリビングのドア越しにわかった。
気づいていないのか、そのドアも開く様子がない。
このまま玄関にいるのも寒いので、玄関のドアを閉め、一旦フローリングの廊下の上にバッグ、その上にマフラー、その上に上着と中に入る準備を進める。
その時だった、リビングのドアが開いた音がした。
しかし俺に声を掛けてくる様子はない、そのかわり、大きな面積の物を床に置いたようなベタッベタッっという音が一定のリズムで俺のほうに近づいてくるのがわかった。
靴を脱ぐために座って下を向いていてもそれが誰だかすぐにわかる。
「···ただいま」
背後に立ち尽くしているそいつ
靴を脱いで床に座った状態で後ろを向くと、まず飛び込んでくるのはその大きなベージュのクチバシ。
そのクチバシからは息をする音が聞こえてくることから生き物だ。
それからその黄色い横に大きな体、艶やかなその丸い大きな体にその先についているヒレのようなクチバシと同じ色の足。
黄色い短い尻尾に、これまた体と同じような黄色い丸い頭。
その丸々とした体型はどこぞのお金持ちのお坊っちゃんといい勝負だ。
そしてその顔についている二つのつぶらな瞳、こいつが何を考えているか未だにわからない、謎が多すぎる。
「ただいま、イエロー」
そう言うと、そのイエローと呼ばれたコダックはそのクチバシを俺の頬に軽くくっ付ける。
返事をしている証拠だ、こいつは意外と賢い。
さすが父さんのポケモンだ。
今日は風呂で洗ってもらったのか、体からはボディーソープのいい匂いがする。
「バッグを部屋に置いたらすぐに行く。お前も戻っていい」
俺は頭を撫でると、そのことについてはまったく触れることなく、俺がバッグの上に置いてあった上着とマフラーをその手に取ると、またベタッベタッっと足音を立て、俺に背を向けてリビングに戻っていくのだった。
「···グワッ」
やっと声が聞けた。
その一言だけ呟くと、イエローは器用にリビングの扉を開けて中に入っていくのだった。
まったく自分のペースを崩さず、余計なことは一切喋らない。
リビングのソファーでテレビを見ていてもそのソファーの隣にただ佇み、同じようにテレビの画面に体を向けて見ているのだ。
たまに隣にいることに気づかなかったりするときもある。
ソファーでウトウトして夜電気が点いていない中起きたら、そいつが傍に立って俺を見下ろしているときなんかは心底ビックリする。
「あら、イエロー。ああ、帰ってきてたの?おかえりー」
「ただいま。バッグ置いたら行くよ」
イエローが入っていったことで母さんが俺が帰ってきたことに気づいたようだ。
だが手が離せないのか、声が聞こえてくるだけ。
俺は玄関のすぐ横の階段を上がって、二階の自分の部屋へと向かう。
階段、二階の廊下の電気を点けて部屋のドアを開ける。
大通りの街灯の明かりが窓から僅かに入り、部屋の中を照らしている。
バッグを奥だけだからそれで十分だった。
時折通り過ぎていく車のヘッドライトの光が差し込んで、部屋の棚がチラついて照らされる。
額縁に入れられた二階級特進の賞状と、事件に関係する感謝状や表彰状、メダル、そして仲間たちに囲まれて写っているそれを貰った本人の写真。
丁度その本人の顔だけが外から差し込んでくる光の影で隠れ、その輝かしいメダルや賞状を持っている体に光が当たっていた。
「ただいま、父さん」
いつものように声を掛けて、自分の机の上にバッグを置き、携帯電話を隣に置いて、いつものように部屋を出る。
廊下からチラッと見えた母さんの部屋には、自分の部屋にあるのとは比べ物にならないほどの枚数の表彰状が天井付近の壁に飾られていて、それが部屋をぐるっと囲んでいるのだった。
「···おっと」
上着から出してポケットに入れていた''それ''を置き忘れていた。
小さい頃からまるでおまじないのように言われるがまま、いつもポケットに入れているそれは未だ使い道がない。
それをいつもの場所、父さんのその写真の隣に置く。
部屋を出る前に、一歩立ち止まった。
「警察って、どうなの?本当に人の役に立てるの?」
返事が返ってくるはずがないのに、思わず呟いた。
その時道路を走る車のライトが再び写真を映し出し、父さんと、その父さんの足元に座っている相棒、そう、父さんのポケモンのグラエナが浮かび上がる。
そして、そのまま流れるように進む光が写真の隣に置いた一つのモンスターボールを映すと、そのまままた影が写真を遮り、部屋の中を暗闇が支配するのだった。
「···それで自分が死んだら、何にもならないじゃないか」
''人の役に立つような人間になりたい''そんな子どもみたいな漠然とした自分の夢を語ったことがあるのは、父さんだけだった。
警察の制服に身を包んだ父さんは格好よくて、憧れてて、子どもながらにそんな父さんが好きだった。
会社の同僚や後輩の人もそんな父さんを慕っていて、よく家に遊びに来ては楽しそうに夕飯を食べたり、子どもの俺と遊んでくれたり、イエローや、その頃はグラエナもいた。
何不自由ない楽しい毎日、それが日常で、俺も将来は父さんのような警察官になるのかなと薄々思ってたりはした。
でも、ある日からそれは変わった。
今でも覚えてる、それは丁度今の時間帯、夕飯時。
雨が降っていた、夏ごろの話
いつものように夕飯の時間、いつものように玄関の扉が開いた。
お父さんが帰ってきた、そう思って俺は玄関の、廊下の上に立っていて。
でも扉が開いて、雨の音が大きく聞こえてくるのと同時に見えたのは、いつもなら笑顔で入ってくるはずの同僚の人が見せる沈んだような顔だった。
ずっと立ち尽くしたまま、家に入ってこようとしない。
どうしたの?お父さんは?と俺が問いかけると、その同僚の人はさらに苦い顔をして俺から目を背けるのだった。
異変に気づいた母さんがリビングから出てくる。
あら、どうぞ、上がって?
と同僚の人を諭すが、顔を横に振るだけだった。
俺には何が起こったのかわからない、とにかくその同僚の人と母さんを交互に見るしか出来なかった。
すると同僚の人はゆっくりと母さんに話し始めた、その声は震えていて、話す度に涙声が混じり始める。
話し終わった頃には、母さんはすぐ車の鍵を持って俺と一緒に父さんが勤めている警察署に向かった。
そこにあったものは、父さん''だったもの''らしい。
子どもだから、身長から父さんが横たわっているベッドの上を見ることが出来なかった。
見た瞬間に母さんは口に手を当てて泣き崩れ、俺を抱き締める。
何が何なのかわからなかった、ただ俺が父さんを見ることが出来たのは、その父さんが家に帰ってきたとき、大量の包帯が至るところに巻かれていた姿だった。
黒服に身を包み、父さんが俺にくれた一つのモンスターボールを手に持って、その顔を見る。
触れたその顔はとても冷たくて、まるで眠っているようなのに、父さんは返事をしない。
その時気づいた、グラエナがいない。
グラエナのモンスターボールもない。
イエローは家にいた、だけどあいつはいない。
ボソッと葬式で聞こえた話が今でもハッキリと耳に残る。
''犯人は人間じゃない''、それが聞こえた時、俺の頭の中で色々なことが繋がり始めた。
家に帰って自分の部屋に戻ると、持っていたモンスターボールを思いっきりベッドに叩きつけた。
父さんとの練習の時にも出したことがない力で、壊す勢いで投げつけた。
異変に気づいた母さんが俺の部屋に入って来てまた抱き締められる。
''父さんの言ったことを忘れちゃ駄目、父さんは正しいことをしていた人間なんだから''と言われて、俺が投げつけたモンスターボールを母さんは再び俺の手に握らせた。
その時部屋に入って来たイエローを、俺は思いっきり睨み付けてしまった。
イエローは何も言わず部屋を出ていってしまったが、俺はその時の事を今でも後悔していた。
「あっ···、イエロー」
気がつくと、俺はいつの間にかリビングの扉の前まで来ていて、リビングの中からイエローが扉を開けてくれていた。
考え事をしすぎるのも、よくない。
「ありがとう」
そう言って俺はイエローの頭を撫でてリビングへ入る。
美味しそうな匂いが食欲をそそる。
''人の役に立つ人間になりたい''それが俺の目標で、悩みでもあるのだった。