マフラーの中の赤と白 作:4m
昨日歩いた道をただ戻る。
それが俺の毎日で、俺が今やるべきことの全てだった。
休日を除いて。
「おはよう少年君。今日も素晴らしい一日になるように願っているよ」
「そりゃどうも」
冗談なのかそうでないのか、毎回毎回そんなギザなセリフを掛けてくるフレンドリーショップのお兄さん。
もうちょっとレパートリーは無いのかといつも思ってしまう。
シャッターを開けて、店の中に差し込む光を遮るための屋根のようなテントが、お兄さんが天井にある輪っかのようなところに棒を引っ掛けて回すことで天井からせりだし、歩道まで少し出てきていた。
日差しを避けるためだと思う。
昨日の夜とは違ってちゃんと働いていた。
学校へ向かう道は夜とは全く様変わりしていて、走る車も違えば歩く人も違う。
交差点に差し掛かれば、信号機に付いているスピーカーから放送が流れて、それを聞くことで朝を感じている人も多い。
現に田舎ながら自分のポケモンと早朝の散歩に勤しんでいるおじいさんやおばあさん、今日は仕事が休みなのか、若い男の人たちなども混ざって交差点の角で井戸端会議をしている様子も時折見掛けるのだった。
足元で井戸端会議の最中、相手とじゃれついているエネコやポチエナといったポケモンたちも、田舎ながら知り合いなのかもしれない。
『新しい時代、新しい世界。人間も時代の進化に適応してこそ新しい道が切り開かれる。そんな道を切り開く為に寄り添う企業、それが私たち、ニュー·ディメンションなのです。今月も、そんな我々NDから新商品をいくつかご紹介しましょう。新しい朝を彩ること請け負いです』
「···はよー!!」
放送が一段落するタイミングで、大きな声が耳元で聞こえた。
集中しすぎていた為か、交差点を曲がっても後ろから話し掛けられたことに気付かなかった。
「なんだ、気付いちゃった。せっかく丸焼きにしてあげようと思ったのに」
「やめてくれ朝から」
視界の端々で、オレンジ色の髪が揺れる。
相手はしてやったりといったような表情で清々しいまでの笑顔を浮かべ、悠々と俺の一歩前を歩く。
そのご自慢のポニーテールを左右に揺らしてこちらの様子を伺うと、俺が交差点の井戸端会議を見ていたのに気付いたのか、彼女はポケットからモンスターボールを取り出して手のひらの上で上空にこれ見よがしにと軽く放り投げまたキャッチするという行動をとり始めた。
「ポケモンとの朝散歩···誠、美しきことかな。パートナーと共に新たなる未来を描けるなど···人生においてこれほど、生を感じることもないであろう···ふふふ」
「なんだそれ」
「NDの新しいCMのなんかキャッチコピー的な」
後ろから聞こえてくる放送でも確かにそんなことを言っているような言っていないような。
とにかく彼女はその手の上で放り投げているモンスターボールを手の中に収めて握りしめると、地面の上に軽く投げるのだった。
「さっ、出ておいで!一緒に学校行こっ!」
モンスターボールが地面に触れた瞬間、ボールが開いて中から光が漏れる。
その光が晴れると相棒のロコンが昨日と同じ様に現れて、元気よくご主人様である彼女の胸元に飛び込···まなかった。
「昨日帰ってからやっぱり一緒にご飯を食べたら仲直りしたの!ほらっ、もう勝手にボールに戻らないし、この可愛らしいお顔を私に見せてくれるんだからー!」
出てきたロコンは、何をするのでもなく四本の足を地面にしっかりと付けて、お手本のような姿勢のままその場に佇んでおり、まるで雑誌のモデルのようだった。
サロンで整えられたその毛並みもあり余計そう見える。
唯一違うのは表情が半目で感情がなく、ジトーっとした目付きのままその彼女の事を凝視していたことだった。
「私達はやっぱりベストパートナー!ね?ロコ。ね?ね?うむむ、うむ···」
「お前、明らかに嫌がってるぞ」
彼女が抱き上げて自分の顔をロコンに擦り寄せようとするが、ロコンが片方の前足を彼女の頬に当ててそれを拒んでいた。
彼女の頬がその部分だけ凹み、その二人の距離が縮まらない。
「おはよう!ああ!よかった。二人は仲直りでき···てるのかな?これ」
裏道にある豪邸のような大きな建物からお坊っちゃんもやってきたが、二人の様子に半信半疑だった。
前足を交互に彼女の頬に当てて徹底抗戦を貫いていたロコンは、いよいよ彼女の胸から俺の胸の中へと飛び込んでくる。
ふわりとポケモン用のシャンプーのいい匂いと暖かい体温が伝わってきて、そんなロコンを抱き抱えるように肩に上半身を乗せて上げると、お尻のあたりに腕を持ってきて落ちないように支えてあげた。
ロコンも前足を俺の肩の後ろにまわして、お腹を肩に乗せてリラックスしている。
「せっかく···せっかく朝シャンまでしてあげたのに···。高いシャンプーだから一週間に一回って決めてたけど、仲直りできるかなって···」
「物で釣るな。方法が間違ってるんだよそもそもが」
「ホラッ!逃げてないだけ一歩前進だよ!ねっ?元気出して!僕のハリちゃんのお腹貸してあげるから!」
ロコンと一緒に歩き出すと、後ろでモンスターボールが開く音が聞こえた。
自分を照らす朝日の光が少し遮られるのがわかり、その彼の大きなポケモンが姿を現したことに気づく。
「モチモチ···今日もモチモチでいいよ、ハリちゃん···」
「ハリッ」
「それにロコンだってきっとわかってるハズだよ!ご主人様も反省してるって!」
ロコンの横から後ろを振り返ってみると、自分たちより二倍は大きいんじゃないかという彼の相棒であるハリテヤマが、その大きな片腕に彼女を乗せてノシノシ歩いていた。
その相撲の力士のような大きくて丸い容姿から恐がられることが多いそうだが、こうして見た通り優しい性格で、彼女が落ち込んでいることに気付いているのか嫌がる素振りを見せずお腹を触らせてあげていた。
そんなハリテヤマも俺の肩にいるロコンと目を合わせると、ポケモン同士で通じ合うものがあるのかロコンの目に迷いが生じていた。
「···お前も、ご主人様が反省してるってさ。機嫌直してやってくれ、悪気はないんだ悪気は」
ロコンにそう言ってやると、わかっているのか俺と目を合わせたり反らしたりを繰り返し、最終的に俺の鼻に自分の鼻を軽く触れさせて俺の肩から立ち上がり地面へと降りていった。
すると一目散にハリテヤマの方向へと駆けていき、そのお腹を踏み台にして腕の中にいる彼女の胸の中に飛び込んでいくのだった。
「ロコ~!ん~!」
今度は素直に頬を擦り寄せられているロコン。
その状況を察したのかハリテヤマは彼女を自分の腕から下ろして素早く友人の彼の傍へと移動して歩き始めた。
「ハリちゃんありがとうね、やっぱりポケモンのことはポケモンかな?」
最初からそれが狙いだったのか、彼はなんだか納得するかのようにハリテヤマを優しく撫でていた。
その後ろにはすっかりいつもの様子に戻っていた彼女とロコン。
他に散歩している人たちと同じ様に仲良く歩いて行動していた。
やっぱりどこか、根に持つところはお互いに似ているようだった。
そのまま俺たちは通学路を歩き、裏道の小さな交差点を抜けて、トンネル状の橋へと向かう。
ハリテヤマは一緒に連れていると大分目立つが、周りを歩く人も家から出てきた人も特に驚く様子もなく、それどころか逆に挨拶してくる光景も見える。
マクノシタの時は何ともなかったが、ハリテヤマになってからは大変じゃなかったかと本人に聞いたことがあるが、大事なのは周りの理解だと言っていた。
勘違いしているだけで、本当のハリテヤマのことを知れば、こうなるのはさほど難しいことではなかったとの事だった。
たまに近所の力仕事を手伝ったりと、おかげでハリテヤマにも友達が増えたという。
「おう!学校頑張れよ!」
「ありがとうございます!」
「ハリッ!」
「カイカイ!」
トンネル前の建設会社の土場にいたカイリキー達と元気に挨拶を交わしてるハリテヤマ。
やはりポケモン同士通じるものがあるのか、お互いに警戒する様子もない。
優しい性格だから、その分恐がられたり怯えたりされると落ち込むときもあるとか。
「大変だったよ···、今のこの時期になってやっと相手も落ち着いてくれたっていうか···」
そう言って彼が見た視線の先には、向こうの学校へと繋がる橋は近場にはこのトンネル状の橋しかなく、反対側から登校する生徒を除いて学年問わずこの通学路に多く集合する形になるため、新入生のチビッ子が登校してくる春先が大変らしい。
ハリテヤマを見た瞬間に大泣きされることもあるため、慣れるまでは神経を使って今日は一緒に登校するか否かを判断するという。
学校の授業等でやっと新入生達がポケモンに慣れてきたこの時期だからこそ、堂々と一緒に登校できると喜んでいた。
「ハリちゃんこう見えて傷つきやすいタイプだから、相当気にするんだ。その度に大丈夫だよって言うんだけど、それでも本人は···ね?」
「ハリ···」
トンネルの中でハリテヤマは恥ずかしそうに自分の頭を掻いていた。
そんな彼の小さな夢は、春先の桜並木の通学路をハリテヤマと一緒に歩いて通学することだというが、それも難しいと言っていた。
周囲への理解というのも簡単ではなさそうだ。
「だ·か·ら···、アンタもそろそろパートナーにどう?ロコみたいに可愛いのもいるし、ハリちゃんみたいにカッコいいのもいるし、ね~?」
「コンッ!コンッ!」
トンネルを抜けてハリテヤマの一歩前に出てきた彼女はロコンとハリテヤマを隣に並べて、俺に見せつけるようにそう言うのだった。
彼も同様で、ハリテヤマの隣で俺に頷く。
こいつらには本当のことを言っていない。
言う必要もないし、この空気を壊したくない。
もし本当のことを言ってしまったら、こいつらはもう俺の前でポケモンを出すことはしなくなるだろう。
それは嫌だった、ハリテヤマもロコンも大事な友達だった。
「おっと、そろそろ戻さないと。ハリちゃん、また家でね!」
「そうだね、先生いないからセーフ···だよね?まだセーフ?セーフだよね。オッケオッケセーフセーフ」
学校の敷地に入ると彼女はロコンをモンスターボールに戻し、彼も自分のモンスターボールをハリテヤマに向けてかざし、ボールから赤い光が出てハリテヤマを包み込んでいく。
その一瞬、ハリテヤマが完全に光に包まれる一歩手前のその瞬間、ハリテヤマと目が合った。
ほんの一瞬だったがハリテヤマのその目は、何だか申し訳なさそうな、俺に謝っているような目をしていたような気がする。
ハリテヤマは気付いているのか?
ポケモンの中には人間の感情に敏感なヤツもいる。
だけどそれを正確に伝える術がないものもいる、それか俺の気持ちを汲み取ってあえて伝えないハリテヤマの優しさなのだろうか。
どちらにせよ、あの事件のことはまだ公にはされたくなかった。
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ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この世界には至るところにそう呼ばれている生き物が多く存在している。
人間達はそのポケモンを捕まえて、バトルさせたりコンテストに出したり、仕事に携わらせたり、様々な場面で活躍させている。
その種類は全容が掴めず、今も尚確認される量は増え続け、その謎の解明に世界中の生物学者や科学者達などが全力を尽くしている。
中には珍しいポケモン、大地や海を作ったといわれるものや、この宇宙を創ったものもポケモンだという伝説がまことしやかにささやかれている。
まだ全てはわからない、ポケモンは環境に合わせて進化し、成長する生き物だからだ。
そんなポケモン達と理解を深め合い、信頼し合えるように努力しなければならない。
「···というわけで、ポケモンの進化に関しては教科書にあるように、同じタイミングというものは存在しません。私たちにも個性があるように、ポケモンにも個性があります。皆さんのポケモンも、同じポケモンでも性格とか違うよねー?」
教科書の最初の1ページ、この教科書の編集者の偉そうな''学ぶ姿勢''とかなんとかいう題名でつらつらと書き連ねられていたページを見ながら、俺たちに尋ねてきた先生を見る。
お昼前のお腹が空く時間帯に、一番興味の薄い授業。
生徒が流れ作業のように頷くのを見た先生は再び黒板にチョークで要点を書き出していくのだった。
今授業でやっているところは全く関係のないページを開きながら、俺は周りを見渡す。
「シーッ。ロコ、もうちょい待っててね。もうすぐお昼ごはんだから···」
周りに迷惑をかけないように教育しているかつ、教室で出してもいいサイズのポケモンならばこの授業では自分の隣に並べて座らせてもいいという先生の計らいによって、大抵の生徒たちは自分のポケモンを並べる。
授業内容によっては、そのポケモンを教壇の上に立たせて説明することもあるので、その時の''主役感''を味わってみたい気持ちもあるようだ。
実際に自分のポケモンが教壇に立ったときはそのパートナーの生徒は誇らしげだった。
「うーん···、体育館でやればいいのに···」
それとは反対に、ポケモンが大きすぎるが故に教室で出すことを禁じられている方々はこの授業が逆に面白くないらしく、隣にいる友人も悪態をついていた。
体育館でやるときは人気者だが、こういう時は何だかしっくりこないと前に言っていた。
ロコン、ポチエナ、エネコ、キノココ、ココドラと様々なポケモンが教室の中で並びたち、それぞれのパートナーたちは自分のポケモンたちと楽しそうに授業を受けている。
残念ながらポケモンを出せないトレーナーたちも、この授業は他にない魅力があるので悪態をつきつつもノートに授業内容を書き連ねていた。
俺にとってはこれが、何だか現実を突きつけられているような気がして、どうも乗り気にならなかった。
ノートをとりつつも、その隣に置いてある教科書は全く別のページを開いている。
少し先の、オーダイルを例としたポケモンの感情の表現方法なんて、この周辺にいないポケモンのことを覚えたって冒険やバトルに興味ない人にとっては何に役に立つのか全くわからない。
俺が今気になっているのは、あと何分で昼飯にありつけるかだった。
「···はい、といわけでこれがポケモンにおける進化というものに関しての記述だけど···質問ある人いるー?」
再び先生が俺たちに振り向くが、その先生の質問に対して誰も手を上げない。
というか上げるわけがない、今までもそうだったし、それがいつもの空気だったからだ。
みんな考えてることは大体一緒のハズ、''あともう少しで昼飯にありつける''だ。
その雰囲気が先生の質問のおかげでひしひしと伝わってくるのがわかる。
ある意味での団結だった、それをポケモン達も感じ取っているのか黙って大人しく座っているのが少し面白かった。
「何もないなら···えーと、じゃあ最後にこの教科書の練習問題!問1から問3まで解いたら丁度いいはずだから、それで終わり!はい、始め!」
授業の終盤の終盤、中盤あたりではダラダラ言われた問題を解いていくクラスメートもこの最後のタイミングでは素早くペンをノートに走らせていく。
単純でわかりやすい、きっと先生の目からもそう見えているのだろう。
俺もこの時ばかりは教科書の指定されているページを開き、問題を解いていく。
NDから支給されたこの立派な教科書もこの秋ごろになれば大分薄汚れていくが、あまりこの教科書を開かないおかげで俺のは大分綺麗だった。
自分のポケモンのおかげでボロボロになってテープで補修している生徒もいる。
きっと家でもポケモンと一緒に勉強しているのだろう。
うちにもイエローはいるが、アイツは黙って見ているだけだし。
「あ、ちょ、ロコ。ダメよ···!」
彼女のロコンが教科書の上に乗り邪魔をしていた。
もうお腹が空いたのが我慢できなくなったのか、彼女に降ろされても再び机の上に上がってきている。
もうチャイムが鳴る、俺も最後の問いの答えをノートに書き込むのだった。