マフラーの中の赤と白   作:4m

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06 注意、観察対象の融解

「はい!また明日ねー!昨日も言ったけどー!森はダメよー!」

 

今日は昨日よりも早い時間で授業が終わり、放課後は大分余裕があった。

自分の教科書をバッグに入れて、帰る準備を整えていく。

 

「いつもごめんなさいね」

「いいんです!いいんです!好きでやってることですから!何かあったら丸焼きです!」

「頼もしいわ。あらあら、よしよしロコちゃんもね~。でも、本は丸焼きにしないでね~」

「コンッ!」

 

それもそうですね~、と彼女は先生の冗談に笑って応え、昨日と同じようにバッグを手にブラブラとぶら下げてロコンと共に廊下の図書スペースの机へと向かっていった。

すでにその図書スペースの一角ではトランプが始まっていて、彼女は着いて早々に''こらぁ!''と声を張り上げているのだった。

 

「どうする?今日もお店に行くの?僕は行こうと思ってるんだけど···」

 

先に帰る準備を整えていた彼が俺に話し掛けてくる。

俺は机の上に置いた自分のバッグに手を置いて少し考えた。

昨日も行ったし、それに先生が来るとは予想外だった。

また色々勉強のことを言われるのも嫌だし、それなら黙って一人で勉強しているほうがマシだ。

 

「···悪い、昨日行ったから俺はいいや。それに、ポケモンカードは昨日もなかったぞ」

「本当に!?いつになったら入荷するんだよ~。ネットには転売品がゴロゴロ転がってるのに···」

 

それでも最後の望みを掛けてお兄さんに聞きにいくために、お店には行ってみるそうだ。

あまり望み薄だとは思うが

 

バッグを持ち上げて窓から外を見てみても、まだまだ青空が広がっていて相当時間に余裕がある。

今から追いかけて俺もやっぱり店にいくか、いや、結局その後家に帰ってぼうっとするだけだ。

なんだか昨日の先生とのやりとりなどで気分が乗らず、友達と遊ぶというにも気が乗らない。

どちらかといえば勉強しなくてはならないと、そんな使命感に突き動かされる。

かといって···

 

「丸焼きぃぃぃぃぃ!」

 

教室のドアを開けて教室を出た瞬間に、威勢のいい彼女の声が廊下いっぱいに響く。

これでは図書スペースで勉強しようという気にはとてもなれなかった。

町の図書館に行ったって今度は大人たちがいるし、併設された児童館から幼稚園児が来たりと別の意味で落ち着かない。

そこも候補から外れだ、こんな時に一人になれるような、自分だけの隠れスポット的なところがあればよかったが、こんな田舎じゃ喫茶店すらない。

考えられるところといえば···

 

「はい、さよなら。はーい、さよならー。また明日ねー」

 

教室から出て帰っていくクラスメートたちを見送る先生を見て、いつも言われている言葉を思い出す。

 

···そうだ、あそこなら観光シーズンでもない限り誰もこない。

頂上には休憩所もあるし、意外と暖かい。

誰にも邪魔されないなら十分だ、森にさえ入らなければいい

 

少し遠いが、散歩がてら向かってみることにしよう。

たまには気晴らしもいい。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ···はぁ···」

 

整備されている遊歩道を上り、やっともう少しで休憩所というところまで来た。

ここまで来るのにもそこそこ長い道のりだった。

学校を出てからいつもの帰宅路とは一本町中を歩く。

大通りの商店街を抜けて、また学校とは真反対のエリアへと入っていくのだ。

 

途中でNDが経営しているポケモン、人間両方が利用できる病室、福祉施設がある辺りでは、今日も今日とて忙しそうに看護師や介護士の人たちが動いていた。

田舎だから若者よりも老人が多く、駐車場の車まで支えながら一緒に歩いている姿をよく見る。

看護師や介護士の中には地元の人もいるが、NDから派遣されている人が多い。

大手会社様々だ、若者が少ないこんな田舎町じゃありがたい。

これを機に町から出ていってしまった若者を呼び戻そうとする運動も行ってるみたいだけど、町の広報誌を見ても中々難しいみたいだった。

 

「···やっぱりここに来て正解だった」

 

遊歩道の階段、階段と言っても舗装された立派なものではなく、山登りの時に登っていくような、細い木で土を囲んだような自然の階段だった。

もうその上には休憩所が見えている

ちょうどよく誰もいなかった。

 

「ふぅ···」

 

通ってきた道を振り返ってみる。

ここからは町が一望できて、結構いい眺めだ。

だからこそ観光シーズンには賑わうんだけど。

 

「ムッ、ムッ、ムッ」

「カラッ」

 

遊歩道から一歩山の中を見てみると、豊かな自然の中に様々なポケモンが暮らしている。

現に今も、その体を器用にくねらせてケムッソが俺の足元を同じように頂上を目指して登っていた。

その様子を森の中から見ているカラサリスは家族だろうか?

低学年の頃、ポケモンのスケッチでカラサリスとマユルドの違いを出すのに苦労した思い出がよみがえる。

 

とにかく、俺も早く上まで登ってしまいたかった。

勢いに任せて行かないと、久しぶりの山登りはやっぱり少しキツかった。

 

「はぁ···はぁ···はぁ~···、着いた···」

 

頂上は町の管理会社によってキチンと整備されていて、人が立ち寄るところは雑草が綺麗に刈り取られ、清掃され、整えられていた。

山の縁は落ちないように柵がもうけられていて、アクリル板がはめ込まれている。

そこには横長の木のベンチがあり、座りながら町の景色を楽しめるわけだ。

 

「久しぶりだな」

 

頂上は心地よい風が吹いていて、その風に乗って背後からヤミカラスが数羽町へと飛んでいった。

涼しい風が火照った体に丁度よく、もう秋だが少し暑いくらいだ。

そして、''森''も変わらない。

 

振り返ると、大きく口を開けた森の入り口が広がっていた。

見ているだけでも吸い込まれそうな、自分より何倍もある大きな太い木が何本も並び、伐採されて綺麗にそこだけ一列に整えられているのが間近で見ると恐ろしく感じる。

先生に言われ続けたせいもあるかもしれない。

この奥に何があるのか、昔から住んでいてもわからない。

さすがに入ろうとするやつらの気が知れないな

 

「誰もいない···よな?」

 

とにかく、もう休憩所に入って休みたかった。

少し森の気に当てられたせいか、緊張しながらその休憩所の建物の扉を恐る恐る開ける。

 

景観に合わせて木で出来ていたその休憩所は、まるでログハウスのようだ。

二階建てに見えるが、その正体はその高い屋根まで何もない広々とした円錐上の空間で、中央に大きなテーブル、そして壁際にはストーブ、天井付近には大きなエアコンと登ってきた登山者や作業者の為に体を休めることのできる空間になっていた。

 

「温度は···いいか、このくらいで」

 

その景観からは想像できない最新式の温度調整パネルが入り口横の壁に備え付けられ、そこで温度を設定すれば自動的に設備が動き室温を調整してくれるなど、資金を投資してくれたNDの商品様々だった。

 

こんなところで営業しなくてもいいのに

とにかく、勉強するには十分すぎるくらいだ。

これならもっと早く使ってみるんだった。

 

バッグを開けて、教科書を出す。

普段は全く気が乗らないポケモン学から始めることにした。

これだけいい環境だ、少しはペンも進むかもしれない。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

それでも中々、ポケモン学は厳しいものがあった。

他の教科は優々と進む、ポケモンの捕まえかた、最新の戦闘アイテム、ポケモンの技についての考察に、育成論。

ポケモン学の合間に進めていく教科の方が遥かに進みがいいのは皮肉なものだった。

ペンでその問題をなぞっても何だか気が乗らないのだ、ふと窓の外なんかを見つめてしまう。

 

「···んなこと言われてもな···」

 

普段の周りの声が頭の中で騒がしい。

椅子の背もたれに深く寄りかかり、天井を見ながら一息つく。

誰もいない最高の環境で勉強しているはずなのに、それだけは頭の中でモヤモヤして進まないのだ。

変わらなければいけないことはわかってる、でもやはり過去の経験が脳裏をよぎってポケモンそのものに向き合えない。

間違った考えだっていうのはわかってる。

 

そんな風に考えながら悶々と勉強していると、そこそこ時間が経ってしまっていた。

入り口の上にある時計を確認しても、まだ夕日が赤くは染まってないが、太陽は大分山に沈んでいく時間帯だった。

 

「どうすっかね···」

 

ぼやきながらまた背もたれに深く背中を預けて天井を眺めていると、それは聞こえてきた。

 

「···ん?」

 

もっとよく耳を澄ます。

···間違いない、何か聞こえてくる。

 

「鳴き声···?」

 

何かが···か細く声を上げているような、微かに聞こえるその声。

この休憩所の外、森のほうから聞こえてくるような気がする。

教科書を閉じてペンを置き、そっと休憩所の扉の小窓から外を覗いてみたが、それらしき影も姿もない。

続いて周りの窓を一つ一つ確かめてみたが、外には何もいる様子はなかった。

草むらの中や柵を越えた崖の先も考えられるが、崖のほうから聞こえた感じではなかった。

 

となると、外の草むらの中、森の入り口の辺りかもしれない。

 

荷物を全てバッグにしまって背負い、警戒しながらゆっくりと休憩所の扉を開く。

いつでも逃げられるように、まずは休憩所に背中を向けながらその壁づたいに草むらを漁ってみることにした。

 

「···ダメだ、何もいない···」

 

登ってきた登山道側、崖側、そしてそのまま一周グルっと草むらを手でかき分けながら探してみたが、何もいない。

そもそもその声が一切しなくなり手掛かりがなくなってしまったのだ。

 

「気のせい···なのか?」

 

もしかしたら森の中を吹き抜ける風の音がそう聞こえただけかもしれない。

もう何も聞こえないし見つからないので時間も時間だからそろそろ帰ろうかと思い登山道へ向かおうとしたその時、登山道側から微かに何かが草むらをかき分けて移動する音が聞こえた。

 

間違いない、確かにハッキリ聞こえた。

俺は咄嗟に学校で習った通りに、姿勢を低くし決してその対象から目を離すことのないようにゆっくりと距離をとりながら移動を開始する。

背を向けた瞬間襲いかかられる可能性は非常に高い、ポケモンを持っていない場合の唯一の対処法だった。

悔やまれるのは人間がいることを知らせるような音のする鈴のようなものを何も持っていないことだった。

 

「···なんだ、何がいる?」

 

草むらがガサガサと揺れるその動きが森の入り口へと向かっているのが見え始めた。

その光景から対象はあまり大きくない、虫ポケモンかあるいは小型のポケモン、エネコやポチエナのようなものかも。

 

草むらの動きが突然止まった。

森の入り口の一歩手前、整備された道を少し森側に外れたところで何かがうごめいている。

ゆっくりと近づくと、そのポケモンの声が聞こえてきた。

 

「···ムッムッ、ケムッ、ムッ」

「お前」

 

その赤い体、うねうねと動きながら何かを動かそうとしていたのは、さっき登山道を必死に登っていたケムッソだった。

こちらを襲ってくる様子はない、変わりに必死に何かをしているようだった。

 

「なんだ?何かいるのか?」

 

草むらをかき分けて、そのケムッソの目線の先に何がいるのか確認してみると、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「ラ···ラル···、ル···ルゥ···ゥ···」

「ラルトス···それに、これって···」

 

そこには、緑色のおかっぱ頭のような頭部と、白い上半身に下は白いドレスのような表皮で足元を隠しているポケモン、ここらでは珍しいラルトスが地面に横たわる形でうめいていた。

 

「誰がこんな···こんな酷いことを」

 

そのうめいていた原因が問題だった。

地面に置いてあったのは、小型のポケモン用のワナだった。

冷たい印象の錆び付いた金属が特徴的な古典的なトラップ。

ギザギザの、まるでサメハダーの歯のような形をした部分を開き、グルッと一周円を描くようになっているそのパーツが上になるように設置しておくと、その上を歩いた瞬間そのギザギザした部分が半分に折れて対象を挟み込んで捕らえる。

単純な作りだが効果は絶大で、外部からの助けがない限りそのギザギザの部分が食い込んで逃さず、最初はいいが徐々に痛みで動けなくなる。

 

人間ならなんとか、この程度の小さいトラップなら自力でその挟み込んでいる部分を開いて脱出できるが、小型ポケモンにとっては自分の体ほどの大きなトラップだ、その痛みは尋常じゃないだろう。

解除の仕方もわからずそのトラップの恐怖に暴れているうちに体力も消耗してくる、ポケモンを捕まえる方法としてはイカさないやり方だ。

 

「大丈夫だ、落ち着け。とっとっと、落ち着けって、大丈夫だ」

「ラル···!ラル···!ラル!」

 

手を動かして必死にもがいているラルトスをなだめながら、まずはどうなっているのかを確かめることにした。

トラップはそのドレスのような表皮の下になっていて、詳しい状況がわからない。

暴れている手を抑えながらその表皮をめくってみると、中にある小さな細い左足ががっつりそのトラップに挟まれている光景が見えた。

足がもうほとんど動かせない状況だ、足が挟まれている部分から赤い血が滲んでいて、その周りも血管が浮き出ていて酷くうっ血している。

 

どれほどここでもがいていたのだろう、よく見ると周りの土がえぐれていて、草むらの中にいるはずなのにそのラルトスが横たわっている辺りがもう草が抜けきりすっかり土が見え、湿っている。

逃げようとして必死にもがいた証だ、草が抜けているのも、草を掴んで体を引き抜こうとしたのだろう。

 

「くそっ···まてよ、どうする···俺がこの歯の部分を開いて···」

 

このままじゃラルトスがもたない

トラップは地面にしっかり固定されていて、移動させるのは無理だ。

それならここで解除するしかない。

 

「ムッ···ムッムッ」

 

一緒にいたケムッソが必死にラルトスの腕を咥えて引きずりだそうとしているが、それじゃあ無理だ。

まてよ···それだ、これならいけるかもしれない。

 

「いいぞ、お前。そのまま、そのままだからな」

「ムッ」

「ラ···ラル···」

 

同じポケモンのケムッソが近くにいるからなのか、ラルトスは暴れるのを止めてケムッソに従うような様子を見せた。

その瞬間に、俺は手をそのラルトスの足を挟んでいるトラップの歯の部分に当てる。

このまま力を加えれば開く、後はタイミングを合わせるだけだ。

 

「ムッムッ···ムッ!」

 

ケムッソがラルトスの腕を引っ張る方向に力を加えた。

その時俺も力を入れて思いっきりその歯を開くと、上手い具合に読みが当たる。

トラップの歯を開いているうちに、ケムッソがラルトスの腕を引っ張ってトラップの中から引きずり出したのだ。

 

「よしっ、いいぞ。よくやったお前」

「ムッ、ムッ」

 

俺がトラップから手を離すと、物凄い勢いで歯が再び閉じ込み何もない空間を挟み込んだ。

乾いた金属音が鳴り響いて、そのトラップがいかほどの力でラルトスの足を挟み込んでいたのかを思い知る。

まったく、恐ろしいことをするやつもいたもんだ。

先生が森に近づくなと言っていた理由も頷ける。

 

「ラル···、ウ···、ウゥ···」

 

尚もうめき声をあげて倒れているラルトスにケムッソが寄り添って、その体を心配そうにラルトスへと優しく擦っていた。

俺もラルトスに十分配慮しながら再び表皮をめくってみると、その挟まれていた足には刺し傷のような生々しい跡がトラップの歯形状に広がっていて、そこからの出血は今も続いている。

暴れたことで、土埃がその挟まれていた足にもこびりついて汚れが激しい。

これじゃあ衛生上でも問題があるだろう、早く綺麗に洗い流してまずは治療しないと。

 

「大丈夫だ、大丈夫だよ。今綺麗にしてやるから」

「ラル···」

 

俺はなるべく痛がらないようにゆっくりとラルトスを胸の中に抱き抱えて、休憩所へ戻ることにした。

 

「ん?···あぁ、大丈夫だ。何もしないから、今は少し見ててくれ」

「ムッ···」

 

俺が歩く後ろをケムッソも心配そうについてくる。

たしか、休憩所の外に···そうだ、間違いない、あった。

さっきグルッと休憩所の周りをまわった時に見つけた外付けの蛇口。

これなら登山者や作業者も汚れた靴なんかを洗い流すことができる。

今回ばかりは町の施設管理会社に感謝だ。

 

「よし、ゆっくりやるからな。染みると思うけど···少し我慢だぞ」

 

蛇口の前にゆっくり腰をおろして、ラルトスの表皮をめくり、左足を出させる。

胸に抱えたラルトスから暖かい体温が伝わってくるのを感じて、今さらながら、こいつも一生懸命生きようとしているのがわかった。

俺がここに来なかったらどうなっていたか、考えただけでもゾッとした。

捕まえたり、バトルさせたりするだけじゃない、ポケモンも一つの生き物なんだと、教科書で何時間も学ぶより、今回の出来事のほうがよっぽど印象深く感じた。

 

だからこそ、今回のトラップのようなポケモンを軽く考える行為に怒りを覚える。

 

「まずはゆっくりな、じゃあ···いくぞ」

 

蛇口を軽くひねって、ほんの少しだけ水を出す。

緊張しながらも、ラルトスの足の傷口に当てていくのだった

 

「ラ···ラル···」

 

水が傷口に当たった瞬間、ラルトスがわずかに反応する。

傷口のまわりの土汚れが段々と落ちて、その怪我をしている部分がハッキリ見え始めた頃、やはり想定していた事が起こる。

 

「ラ···ラル···!ラルッ!ルッ!ルー!!ルゥゥーッ!!」

「我慢してくれ···!もうちょっとだから!!」

 

寒い季節への変わり目でほんの少し蛇口の水が温かくなっていたとはいえ、傷口に染み渡るのが耐えられなかったようだ。

俺の手の中で体を激しく動かして必死に逃げようとするが、それを俺は押さえつけてなんとか怪我をしている左足を水に当て続ける。

 

「ルー!ルッルッ!ラルッ!」

「もう少し···もう少しだから···後はこの血を洗い流して···」

 

そのこびりついた血を水流を強くして洗い流し一応の処置は完了したが、とても耐えられなかったのか俺の手の中から飛び出し、地面に転げ落ちてしまうラルトス。

後はその傷口を拭いて最後の処置をしなければならないのだが

 

「これで終わりだ、頑張ったな···。後はその傷口を拭いて、何か布を当てれば···」

「ラルッッッ!!!」

 

再びラルトスを抱き抱えようとしたが、その体に伸ばした俺の手をラルトスは思いっきり自分の腕を振り抜いて弾く。

 

「···っ!」

 

やっぱり、小さいからといって侮ってはいけなかった。

弾かれた自分の右手に鋭い痛みが走ったのを感じて恐る恐る見てみると、そのラルトスの手先が当たった辺りの皮が少し剥けていて、ジワジワと血が滲み、滴ってきている

ポケモンは野生の生き物、友人のロコンやハリテヤマのようにしつけられているわけでない。

完全に部外者の俺は、自分に''痛い事''をする敵に見えるのだろう。

 

「ラ···ラル···!」

 

ラルトスの俺を見るその目が、確かにそれを物語っていた。

一生懸命俺から逃げようとするのだが、立ち上がろうとする度に痛みに耐えきれず再び地面に体を転がしていた。

 

「···待ってくれ、そのままじゃ···ダメだ。ダメなんだよ···お願い···だから」

 

自分の手を庇いながら、なるべく優しく声を掛けてラルトスに手を伸ばすが、ラルトスはそれでも半信半疑のまま逃げようとする。

 

···何やってるんだ俺は、ここまでされたらこのまま放って帰ればいい筈だ。

俺には関係ない、俺はこいつにとって敵なのだから。

 

たけど、違う。

偽善なのかもしれないけど、俺の中の心がそれを許さないみたいだ。

必死に語り掛ける俺に対して、ラルトスは何度も振り返りながら、距離を詰められないように逃げようともがく。

しかし、ここで思わぬ助っ人が入った。

 

「ケムッ!」

 

俺たちの様子をずっと心配そうに見ていたそのケムッソが、逃げようとするラルトスの前に立ちはだかり何かをラルトスに熱心に訴え掛けていた。

 

「お前···」

 

その短い手足を一生懸命に動かして、必死にラルトスに伝えようとするケムッソ

 

「ケムッ!ケムッケムッ、ムムッ!」

「···ラル」

 

次第にラルトスの動きが小さくなり、さっきのように逃げようと暴れなくなっていく。

 

さっきまでの敵対するような視線は次第に落ち着いていき、代わりに段々とその目尻には涙が溜まっていくのが見えた。

 

「ラル···ラル···ラルゥゥゥ···ラルゥゥゥゥ···!」

 

怪我をした左足に手を添えて、必死に痛みに耐えながらその目から大粒の涙を流して歯を食い縛る様子が痛々しい。

俺はなるべくラルトスが恐がらないように、再び近づいて手を伸ばす。

 

「ラル···!ルゥゥゥ···!」

「よしよし、痛いな。大丈夫だ、何とかしてやるから」

 

また胸に抱えることができたのはいいが、傷口を拭いて布を巻くだけで本当にいいのだろうか?

学校の授業の時に使っているタオルは今はある、たまたま今日は使っていないから清潔だ。

それならキチンと消毒もできたほうがいいと思うが、あいにく自分のポケモンも持っていないんじゃ、アイテムなんて使うタイミングがないし何の持ち合わせも···いや、ちょっと待てよ。

 

俺はしゃがんで背中に背負ったバッグを地面に置き、片手で中を漁り''それ''を探す

 

「ラル···?」

 

ラルトスももう抵抗する様子はない。

俺の胸の中で俺の様子を観察している。

俺はバッグに突っ込んだ手で奥底にあるそれを教科書の間をぬって探すと、あった。

使わないと思って適当に放り込んであったが、こんなところで役に立つとは。

 

「たまには役に立つじゃん」

 

ついつい自分でもそうぼやいてバッグの中から取り出したそのアイテムを見る。

お兄さんが激押ししていたそのスプレー式のキズぐすりは、今回の状況では神様からの贈り物のように思えた。

綺麗に透明な薄いビニールで包まれていた包装を破って、そのスプレーの噴射口をラルトスの足の傷口へと近づけ、その容器の上にあるプッシュ式のボタンを軽く押す。

 

「ラル···!」

 

ほんの少しだけ染みたのか、ラルトスから声が小さく上がるが暴れる様子はない。

消毒液が傷口にまんべんなくかかったことを確認すると、バッグから使っていないタオルを取り出して、傷口に巻けるよう小さく破き、包帯代わりに足に巻き付けてあげた。

 

「これで···よし。後は良くなるまで激しい運動などはお控えいただいて···なんて通じるわけないか」

 

ラルトスがなるべく痛がらないように、俺の胸の中からゆっくりと地面へと下ろしてあげた。

よかった、何とか立てるようにはなっているみたいだ。

外側の白い表皮がその怪我をしている足を覆うように囲んでいるため、天敵からもその傷口は見えないから弱っていることをすぐに悟られることもないだろう。

 

「さてと、俺はいくよ。丁度···時間もいい頃合いみたいだ」

 

自分の手にもタオルを少しちぎった布を当てて縛り、血が出ないように軽く縛った。

その場から立ち上がると、今まで建物の陰にいた分日の光がどうなっていたのか気づいていなかったが、もうその光はオレンジ色にすっかり染まり、向こう側の山の上から町を綺麗に照らしていた。

 

「お大事に」

 

俺はこのまま山を降りることにした。

母さんも心配する。

 

ここでラルトスに会えたのは貴重な経験だった。

そもそも会えることが非常に珍しい。

人の心を感じ取れるポケモンだ、それ故に警戒心が強く中々人前に姿を現さない。

先生たちに森へと近づくなと言われている以上、この森にいたことすら知らなかった。

 

このまま知られないほうがいい、きっといい。

きっとこの子にも家族がいる。

その仲間たちと静かに暮らしたほうがいい。

見つかったらそれこそ今度は何をされるかわかったもんじゃないからだ。

 

誰にも言わないし、捕まえる気もサラサラ無かった。

 

「···」

 

俺が山を降りていく階段に差し掛かるあたりまで、ラルトスは立ち尽くしたまま俺の事を黙って見つめていた。

そして階段を降り始めると、森の方向へ向かって足を気遣いながら移動する音が聞こえて、徐々に小さくなっていく。

ラルトスを助ける時に確認したが、まわりにはあれ以外のトラップも無かったため、無事に森へと帰れる···と思う。

 

もう''変なやつ''に捕まるなよと内心思いながら、俺も家路を急ぐことにした。

 

「意外と···痛いな」

 

自分の手を押さえてみると、ヒリヒリとした痛みが今になって響いてくる。

自然の厳しさを身をもって体感した一日だった。


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