マフラーの中の赤と白 作:4m
「···どーしたの?」
彼女の言葉と共に、自分の机の上へと彼女の''暖かい''相棒が床の上から飛び乗ってくるのがわかった。
俺はそれを気にすることなく、肘を机に立てたまま右手に顎を乗せて視線だけ彼女へと向けた。
「···別に」
「別にって···、その右手のこともそうだけどさ」
心配する彼女に今日一日返していた返事は同じ、''大丈夫だ''の一言だけだった。
今も同じ台詞を返してやると、彼女は腰に手を当てて困った顔をしている。
流石におかしいと彼女も思ったのか、お坊っちゃまにも相談していたのだが
「ダーメ、ダメダメ。僕も何言っても一日中こんな感じだもん。一体どうしたの?朝はハリちゃんまで心配してたし···」
俺の机に近づいてきて、彼女と同じように彼も腰に手を当てて呆れている
こいつも諦めたのか、まわりに同じ様にそう説明していたのだった。
そういえば、もう放課後なのか。
何だか、今日は一日中昨日の事が頭から離れず、ボーッとしながら学校で過ごしていたような気がする。
先生に当てられなかったからよかったものの、授業の内容はほとんど頭に入っていない。
気になっていたのはあのラルトスのことと、あの俺に対しての反応だった。
『ラルッッッ!!!』
『···っ!』
初めて敵意を向けられた瞬間。
体験したことのない感情との対面に、この絆創膏とその上から軽く包帯の巻かれた右手を見ながら物思いにふけってしまうのだ。
みんな、初めてポケモンと向かい合ったときは···こんな感じなのだろうか。
「あっ、わかった。イエローちゃんとケンカしたんでしょ。わかるよ、あたしにはわかる。辛いよね、確かに辛いけど、それもわかり合うためには必要なことなのよ。だから大丈夫!あたしとロコもそうやってお互いを理解し合ってきたんだから!だからほら、この通り!」
全く的外れなことを言いながら、彼女は俺の机の上で動きまわっていたロコンに向かって両腕を大きく広げてその胸の中に飛び込ませようと身構えるが、当のロコンはまったく気にしてない様子だった。
そんな反応に彼までもが苦笑いを浮かべている。
「···ん、なんだ。やめてくれ、もういい、戻れ」
ロコンはその代わり俺に近づき、その可愛らしい鼻先をひくひくと小さく動かして、ずっと俺の匂いを嗅いでいるようだった。
右へ左へ、上半身から顔、そして怪我をした右手の先まで丁寧に鼻を動かしていく。
少し手で払い、頭を撫でて彼女の元へと返そうとしても、また近寄ってきて熱心に鼻先を動かす。
一体なんなんだ、何か俺から感じ取るものがあるのか?
家にいるイエローでさえ、小さい頃から一緒にいるから慣れているのか、普段はこんなことしてこない。
「···ねぇ、あんたさ、···はいはい、もういいから戻ろうね」
その様子を見ていた彼女が俺から離れないロコンを拾い上げて胸元に抱えるが、それでも尚ロコンは顔を俺のほうに突き出して匂いを嗅ごうとしていたのだった。
「なんか···ポケモンに会った?普段会ってない、そう、家にお客さんのポケモンが来たとか。全く普段は会わないような···新しいポケモンっていうのかな?ロコもあたしのうちにお客さんが来て、その人がポケモンを持ってたりすると匂いを嗅ぎに近寄ってったりするからさ」
「朝にハリちゃんに会ったっていっても、もうロコちゃんも慣れてるし···それなら、はっ!もしっ···!もしかして、いよいよついに!?」
「ああ!なるほどっ!それなら納得よ!水くさいわね~、言ってくれればいいのに~早く見せなさ~い?だから昨日は一人で···」
「違う、言っておくけど全然違うからな」
別な方向へと勘違いし始めたため即否定すると、二人はつまらなさそうにぶーぶー文句を垂れ始める。
俺がポケモンを手に入れたとでも思っているのか···勝手にそんなこと言われても困る、今は逆にポケモンの事で悩んでいるっていうのに。
「こらー、あなたたちー。早く帰りなさいねー。じゃないと先生教室のカギ締めて帰っちゃうわよー」
「ごめんなさーい!ほら何やってんのっ!上着着る!バッグ持つ!マフラー巻くっ!」
ロコンをモンスターボールへとしまったり荷物を纏めている様子を黙って見ていると俺も立ち上がらせられて、あれよこれよという間に帰り支度を済ませられる。
背中を押されながら教室の出入り口まで連れていかれると、''さよなら~''と二人に合わせて流れるように先生に返事をして廊下へと出ていった。
「とにかくっ、あんたは帰ったらイエローちゃんにキチンと頭を下げて謝ること!誠心誠意謝ったらあっちのほうからまた寄ってくるようになるんだから!」
「なんだか随分慣れたような口振りだな」
「それはほら···アレよ!先輩トレーナーからのアドバイスってやつよ!」
「''アドバイス''ねぇ···」
''経験''の間違いなんじゃないのか。
廊下のスピーカーから聞こえてくる放送部の''今日も一日お疲れ様でした。明日も元気に頑張りましょう''なんていう放送を聴きながら、俺たちは階段を降りて玄関へと向かう廊下を歩く。
俺たちを通り越すように、下級生達が元気よく友人たちなどと玄関へと走っていく姿が見えて、それをホームルームを終えて職員室へ戻っていく先生方に注意されていた。
帰るタイミングが一緒なことから、今日は下級生も午後まで授業があったようだ。
遊ぶ時間がないとぼやいている声が聞こえる。
これが普通の日課になることを、彼らも学んでいくのだろう。
「今日は二人はどうするの?あたしは帰ろうと思ってたけど、久しぶりに付き合ってあげてもいいわよ。ポケモンカード?買うんでしょ?丁度ロコのシャンプーが切れそうだからフレンドリーショップに行くのもやぶさかでもなくってよ?」
「そう!ねぇねぇどうする?ポケモンカードあるかわからない···けどさ」
「···そうか」
玄関に着いて靴箱で上履きから靴を取り替えている間、二人もこの後の予定を相談していたが、俺はなんだか昨日のことで頭がいっぱいで気分が中々乗らなかった。
玄関から出て風に当たっても、目線が行くのはやはり正面に見える山の上、登山道を登っていった先にある休憩所だった。
「んっっっとにもう!情けないわねっ!」
背中に鋭い痛みと衝撃が走る。
振り返ってみると、振り抜いた右手をパンパンと左手と交互に上下に手を振りながら払っている彼女と、その様子を苦笑いしながら見ている友人がいた。
「いい!今日はまっすぐ帰って素直にイエローちゃんに謝るのよ!いつまでも一日中イジイジイジイジ情けない!!あんたもスクール生徒の端くれならポケモン側の気持ちも理解してあげなくちゃダメ!ポケモンだって生き物なんだからね!バトルやコンテストの道具じゃないのよ!?」
「まぁまぁ、それくらいに···ね?何があったかはわからないわけだし···」
必死に彼女をなだめていた友人だったが、その努力も虚しく彼女に手を引かれて、呆然と立っている俺を置いてスタスタと帰宅路を歩いていってしまった。
その迫力に友人も何も言えず、ただなされるがままに手を引かれて連れていかれてしまう。
「あたしにレアカードが当たっても知らないから!!来たいならくれば!?」
学校の玄関から少し出たあたりで、そんな風に捨て台詞のような言葉を振り返って俺に叫ぶと、俺に向かって手を上げている友人と共に今度こそ二人で歩いていってしまった。
一人玄関先に残された俺は、彼女の言葉を思い出していた。
''ポケモンの事を考えること''
皮肉にも、今日は一日中ポケモンの事を考えていたのは、何かの偶然なのだろうか。
彼女は鋭いのか鈍感なのか、イマイチよくわからない。
ぼんやりしながら再び山の休憩所を見ると、そっちの方向からヤミカラスが翼を羽ばたかせて飛んでくるのが見える。
時間的にはまだ、少し余裕がありそうだ。
俺は自分の考えるまま、その場所へと向かうことにした。
ーーーーーーーーーー
「はぁ···ふぅ···」
登り切った後に、息を吐きながら腰に手を当てて少し体を後ろへと反らす。
昨日よりはほんの少し遅い時間だからか、ほんのりとオレンジがかった日差しが山頂を照らしていた。
休憩所のガラスに反射して光がチラついているのが見え、ゆっくりと休憩所へと近づいていくと森の中からほんの少し冷たい風がこちら側へ吹いてくる。
首もとを撫でるようにすり抜けていったその風に、俺は自分のマフラーを結び直した。
やはり誰もいない山頂の休憩所。
気をつけて森の入り口の、昨日の現場あたりの草むらをかき分けてみたが、トラップは既に消えていた。
犯人が気づいて持ち去ったのか、はたまた管理人の人が処分してしまったのかはわからない。
何にせよ、何もなくなって良かった。
「カァ!カァ!カァ!」
森から出てきて飛んでいくヤミカラスの声を見送って、俺はゆっくりと休憩所の扉を開いた。
「失礼しまーす···」
昨日と変わらない光景なのに、緊張感が走る。
ラルトスとの一件で、確実に俺の中に警戒心が生まれていた。
扉の影、中央のテーブルの下、奥のストーブの側、何も俺以外の生き物がいないことを確認して俺は室内へと入っていく。
扉を閉めて、天井や室内の壁の隅などを無意識に見回しながら、中央のテーブルの上にバッグを置き、椅子へと座る。
「は~···ふぅ~」
まずは無事にここまでたどり着けたことに安堵してまたまた溜め息をついた。
恐いなら来なければいいのに、なんだかラルトスのことが気になる自分に自問自答するようなことをしてしまう。
会えるはずもないのに、ここへ足を運んでしまう自分がわからない。
トレーナーとしての自覚がここにきてやっと芽生え始めたのか···、だがモンスターボールを構える気分にはならない。
ボールといっても、持っているのは父さんがくれた一つだけなのだが。
「ふーん···、ふん」
何気なくバッグからそのお守り代わりのモンスターボールを取り出すが、中央のスイッチを押して大きくするわけでもなく再びバッグに戻し、変わりに教科書とノートとペンを取り出して、今日やった内容の復習を始めた。
ぼんやりとしか授業を聞いていなかったから、わからなくて明日先生に怒られるのだけは勘弁だ。
「···ラルトス」
教科書を開いていくと、先のカリキュラムにラルトスのことがほんの少し載っていた。
人の気持ちに敏感で、めったに姿を現さない。
あの時森の外に出てきていたのは、周りに誰もいないことを察知したからだと思うと、いつからあそこにいたのか。
それを狙ってトラップを仕掛けるとは、人のやる所業じゃない。
トレーナーなら正々堂々勝負すればいいのに。
複雑な気持ちを押さえながら教科書を読み進めていくが、珍しいポケモンだからかそれ以上のことはあまり載っていなかった。
当たり障りのない内容が少し書いてあるだけだ。
「···」
あまり考え込んでも仕方ない。
もう会えるか会えないかわからない存在だ。
俺は調べるのもそこそこに、今日は数学といった一般のほうの勉強に打ち込むことにした。
やはりここは誰もいなくて落ち着く、町の図書館を通り過ぎる時に窓からチラッと中を見てみたが、やはりこの時間帯は小さい子どもたちで賑わっていたのでここに来たのは正解だった。
勉強の最中、時折ドアの窓から見える草むらを何気なく見て、揺れている姿にポケモンか?と期待するが、どうやら風で揺れているだけのようだった。
やはり昨日の光景が頭にチラつく。
ラルトスの姿がペンを走らせていても脳裏に浮かんでくる。
これは何かの予兆なのか?
どうしても、考えてしまう。