桜が舞い散る4月。東京都立呪術高等専門学校。そこでアイツと出会った。クリーム色の長い髪。開いているのか疑いたくなる細い目。弧を描いている口元。俺や傑より低い身長。第一印象は普通だった。ただ他の奴らと違ったのは・・・
「五条様って呼んだ方がいい?」
「・・・呼び捨てでいい。『様』とか気持ち悪い」
「了解。僕は棗。よろしくね、悟」
俺のことを知っているくせに、媚びを売ることはしない人間だった。後でそのことを聞くと、
「あ~、家の連中からは言われたんだよね。五条家に恩を売っておけって」
「言う通りにしなくていいのか?」
「いいのいいの。アイツらの言うことは、聞く必要ないから」
「家族が嫌いなのかい?」
傑がそう聞くと、棗は困ったように頬をかく。
「嫌いっていうか・・・。苦手?なんていうか、相性が合わない的な?」
「そういうのは嫌いって言うんじゃないの?」
煙草の煙を吐き出して、硝子が聞く。
「う~ん。そうかもしれない・・・。でもなぁ・・・」
まだ納得しない顔を見て、俺も口を開く。
「・・・生理的に無理ってことか?」
「そう!それそれ。悟はよくわかってるね」
俺が言ったことに目を輝かして喰いつく。
「まあ、親族が全員生理的に無理なわけじゃないけど」
「例外がいるのかい?」
「1人だけどな。写真見る?」
そう言って携帯の画面を見せてきた。そこには、棗と同じ髪色の幼児が写っていた。
「・・・お前って、ロリコンだったんだな」
「失礼な。これは僕の可愛い可愛い可愛い超絶可愛い弟です!」
俺の言葉に猛烈に抗議をする。
「じゃあブラコンか」
あんまり変わらないな、とつまらなそうに言う硝子。
「ブラコンじゃない。兄弟だから好きなんじゃなくて、この子だから好きなわけ」
大真面目な顔、真剣な声のトーンで話す棗。
「それもそれで気持ち悪いな」
「「同感」」
「えっ!?」
驚いた棗の声と、俺らの笑い声が教室にあった。
仲は良かった。よく3人で夜蛾に怒られた。
「お前ら、いい加減にしないか」
「そのセリフ聞き飽きたんですけど」
「棗の弟大好きよりは、少ないけどな」
「それはそうだね」
「お前らはどっちの味方だよ!?」
喧嘩をしても、次の日には元通りになっていた。ずっと3人で笑ってられると思っていた。なのにー
「なんで?」
3年生になり、暑さが残る9月。地図にものってない村で、傑と一緒に任務に行ったはずだった。現場で確認できたのは、気絶している傑と、双子の子供、息をしていない村人、そして微かに残る傑と棗の残穢だけだった。
「なんで、か。僕もわかんないや。どこで歯車が狂ったのか」
目の前のお前は淡々と語る。こっちの動揺も知らないで。
「死体には傑の残穢があった。けどお前はいないし、傑の体に微かにお前の残穢があった。なあ、なんでー」
「悟なら分かってるだろ?僕が何をしたのかなんて。それとも信憑性にかける?一級の僕が特級の傑を操ったなんて話」
「!・・・認めるのか?」
「認めるもなにも、もうそっちには戻れないからね。でも、もしかすると、」
《傑が全ての罪を被ってくれるのかな?》
笑って言う棗に、怒りが湧いてくる。
「お前・・・!」
「落ち着いてよ。流石に君までも騙せるとは思ってないよ」
「・・・理由を聞かせろ」
あはは、と乾いた笑みを浮かべる棗。
「理由聞いても許してくれないでしょ?」
「それでも聞かせろ」
傑を操って村人を殺させた理由を。
「悟はさ、いいよね。存在が認められてるから」
「・・は?」
「まぁ、悟は悟なりに苦労したとは思うけどさ。人間はさ、自分と違っている存在に驚くぐらい冷徹になれる。村の双子の姉妹がその例。ただ自分と違うものが見えるだけ。それであの仕打ち。理不尽だと思わない?そして、」
《僕の弟はその理不尽の中で生きている》
怒りとほんの少しの哀しみが籠った目が向けられる。
「・・・それが理由か?」
「一番はね。けどその前からずっと思ってたんだ」
《こんな世界壊してしまえ》
「いらないだろ?少しの違いではじき出される世界なんて。手始めに、非術師を皆殺しにしようかな」
浮かべている笑みに変わりはない。俺らと笑っていた時の顔だ。
「・・・もう一つ聞かせろ」
「うん?何?」
「どうやって傑を操れた?」
一級のお前が、傑をどうやって。
「僕の術式については知ってるよね?相手の心の隙に入り込むってやつ。君らは規格外すぎて術式が通じないと思ってたよ。けどあの事件があって、傑に隙が生まれ始めた。『非術師を守る』という考えが揺らぎ始めたんだ。九十九さんだったけ?あの人が言っていた。呪術師からは呪いが生まれない。この言葉が傑の考えに影響を与えたんだ。極めつけは灰原の死。可愛がっていた後輩の死は何よりも傑を傷つけた。その状態であの村に行ったから、感情が爆発しちゃったんだね。僕の暗示の通りに村の非術師を全員殺してくれたよ」
淡々と驚きの事実を語る。確かに悩んでいるように見えたが。まさか傑が・・・。
「それで、僕に操られた傑はどうなるの?死刑?」
「・・・何で傑をおいていった?一緒に逃げればいいだろ」
「質問したの僕なんだけど。理由?簡単だよ。傑が処刑されれば、」
《君に隙ができるから》
「!」
「その隙に入り込んで、傑の仇をとれ、と吹き込む。上の連中はもちろん、多くの犠牲がでるだろ?僕、アイツら嫌いなんだよね~。まぁ、僕が殺される可能性もあるけど」
何で・・・、何で・・・、
「何でそんなことを平然と語れるんだよ・・・!」
「質問ばっかだね。言ったじゃん。この世界を壊したいって」
俺の必死な言葉も、お前の心には届かない。俺らが驚いている間にも、お前は変わらない顔で笑っている。何が原因だったんだ?どうしてあの日々に戻れない?俺も、硝子も、傑も、お前も、全員で笑えていた日々に・・・。
「じゃ、そろそろお暇させてもらおうかな。これからやらなきゃいけないことが山ほどあるからね。じゃあね、『五条くん』」
今までしなかった苗字呼び。それが示す意味はもうわかっている。けど視界の先の棗に対して構えた手が、動くことはなかった。