ウマ娘ファンタシーエクウス   作:影のビツケンヌ

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ずっとこの日を待っていた

「思い出した。何このクロスオーバー」

 

 皐月賞前日に突然ぶっ倒れ、目が覚めたら同期のサイボーグが皐月賞獲っていたのは百万歩譲ってまだわかる。でもそれと同時に自分が転生者だと思い出して、しかもエーテルインフラの普及したウマ娘ワールド、つまりPSO2(ファンタシースターオンライン2)とウマ娘のクロスオーバー世界が転生先だったっていうのはちょっと理解しかねる。

 申し遅れました、一般転生者ウマ娘のネビュラアルベードです。よくある競走馬の前世持ちとかではないです。社会人一年目のペーペーでしたが、勤め先の工場でパレットの下敷きになって死んだっぽい。今日まで妙に頭上を気にする癖があったのはそのせいだったのか。

 

「ネビュラ、大丈夫? まだ体調が……」

「ううん、体は問題ないよトレーナー。皐月賞回避ははっきり言って超悔しいけど、もっと凄いこと思い出したからプラマイゼロかな」

「はあ……?」

 

 ベッドの横にいるのは僕の担当トレーナー。本名は剣崎一己。耳と尻尾付けて制服着たら僕と同期だと間違われそうな美女、というか美少女。葵さん然り理子ちゃん然り、この世界の顔面偏差値高いな。

 それはともかく、この世界について。保健室の窓から外を見れば、遥か遠くにスカイツリーと似た電波塔のような建造物、エーテル粒子を散布するエスカタワーが聳えている。それこそが、ここがPSO2の世界だという何よりの答え。授業でエスカタワーやエーテルについて習った記憶もあるし、タワー建造直後の数日ウマ娘達の心身に変調が起きたからウマ娘とエーテルに関係があるんじゃないかとか、いい具合にPSO2の設定がウマ娘に組み込まれているみたいだ。元がオンゲでコラボ経験も豊富なPSO2は、史実に忠実な割には結構適当なところもある(どころか育成ストーリーによっては史実破壊も辞さない)ウマ娘と意外に相性が良かったのかもしれない。

 

「とにかく、次はダービーだ。あの愛すべきポンコツサイボーグの疲れが抜ける前に、トレーニングして差を付けよう」

「……切り替え早いわね」

「普通を自称する同期を見習ったのさ」

 

 単にウマ娘として鍛えた運動能力とレース運びを駆使するだけなら、三冠確実と噂される皐月賞ウマ娘、ミホノブルボンには勝てないだろう。だが、ここがPSO2とウマ娘のコラボ作品であるなら、そして自分がそれをメタ的な視点から見て考えられる転生者であるなら、可能性は十分にある。

 まず最初にすべきは、寮の自室でアプリの方の『PSO2』を起動することだ。

 

 

 

 

 

 日本ダービーが十日後に迫ったある日の黄昏時、ミホノブルボンはトレセン学園の廊下を歩いていた。家庭科の補修を受けているうちに外の天気は悪くなり、どんよりとした薄黒い雲が垂れ込めている。

 

「降雨の可能性あり。折り畳み傘の使用準備――」

 

 その時、激しい閃光と轟音が窓の外から襲いかかった。

 

「っ!?」

 

 ブルボンは雷が大の苦手だ。幼少期の父の冗談と、トレーニングに明け暮れた影響での他者とのコミュニケーション不足が災いし、雷が鳴ると尻尾を取られると高校生になった今でも信じ込んでいる。傍から見れば滑稽に映るかもしれないが、彼女自身からすればその恐怖に嘘はない。

 

「ら……落雷を検知。至急、尻尾格納モードに移行しま……ひっ!!」

 

 再びの落雷。音量や稲光の強さからして、発生源は極近くであるらしい。恐怖のあまり、ブルボンは尻尾を両手で握ったまま蹲ってしまった。

 そこでブルボンは、ゴロゴロと鳴る雷鳴に混じり、バチバチという静電気の弾ける音を確かに聞いた。窓の外からではなく、進行方向の廊下からだ。

 

「……ミホ、ノ、ブル……ボン……」

 

 恐る恐る顔を上げる。青白い光を放つ人型の何かが、自分の名を呼びながら、ふらふらとした足取りで歩いてきた。外の雷に呼応するかのように、或いはそれ自身が雷を呼び寄せているかのように、その体表には紫電が迸り、バリバリ、バチバチと音を立てている。よく見ると、頭頂部と臀部からはウマ娘特有の耳と尻尾が生えていた。

 

「ミホノ、ブルボン……!」

 

 怨嗟、嫉妬、憎悪、殺意……ただ名前を呼ぶというだけの行為に、途方もなく濃密な負の感情が込められている。その感情が大気を激しく励起させ、化け物の体を這い回っていた。

 標的は、紛うことなくブルボンだった。

 

「ひっ! ひい……っ!!」

 

 化け物がブルボンに向けて手をかざすと、彼女の周りに幾つもの雷が落ちてくる。室内でありながら発生する落雷、側撃雷も起こらずピンポイントで床に落着する電撃は、まるでブルボンを弄び嘲笑うかのようだった。

 

「お前ノセイだ……」

「あ、ああぁ……!!」

 

 ブルボンは心の底から震え上がった。それは雷ばかりが原因ではない。トレセン学園に入学するまで碌に友人も作ってこなかった彼女は、人に怒られたり嫌われたりといった経験が全くと言っていい程なかった。当然、自分に対して直接に悪意を叩きつけてくる存在と対峙できるような精神的耐性など、まるで涵養されていないのである。

 

「私、ヨリ……速イ奴が……!」

「こ、来ないで……来ないで、ください……」

 

 そんなブルボンの弱みを知ってか知らずか、化け物は敢えて雷の直撃を避け、尚も彼女の心を甚振る。おどろおどろしい恨み節を零しながら、一歩また一歩と彼女に迫っていく。ブルボンに限らずウマ娘ならその程度軽く振り切ってしまえる筈が、恐怖のどん底に叩き落とされた彼女は、最早一歩たりともその場から動くことができなかった。

 

「た、助け……誰か、誰かぁ……!」

 

 絶体絶命の危機を前に、ブルボンは生まれて初めて他者の助けを懇願した。しかし必死に絞り出した筈の声はあまりにもか細く、雷に掻き消され、廊下に響くことなく消えてしまう。

 万事休す。せめて死に繋がる痛みへの恐怖を少しでも緩和しようと、固く目を閉じた時。

 

「やらせるかァッ!!」

「ギャっ……!」

 

 突如後方から飛び込んできた人影が、赤黒く輝く光の刃を振るい、化け物に斬りかかったのだ。化け物は耳障りな悲鳴を上げ、大きく後ろにのけぞってたたらを踏む。何事かと目を向けたブルボンの視界が捉えた乱入者の姿は、艶のある純黒の勝負服、青みがかった尾花栗毛。

 

「え……ネビュラアルベード、さん……?」

 

 皐月賞で相見えることが叶わなかった級友が、何かの動物の頭部を模したと思しき角ばった武器を手に、自分と化け物との間に立ち塞がっていた。

 

「待っててね、ブルボン。すぐに片付ける」

 

 小さく振り返り、短く声をかけてネビュラは敵に向き直る。対する化け物の見えない視線は、邪魔者への敵意として突き刺さった。

 先に動いたのはネビュラ。鋭く駆け出した彼女に向けて、化け物が挨拶とばかりに落雷を繰り出す。その攻撃が来るのがわかっていたかのように、ネビュラは右手へのステップで紙一重躱し、化け物のがら空きの脇に左逆袈裟斬り。素早く突きが二度繰り出され、同時に彼女の周囲に浮遊し始めた三本の光の刃が、じわりじわりと化け物を焼き切っていく。

 

「許さナイ……」

「甘いっ!」

 

 両手に雷を纏わせ、化け物は接近戦での迎撃を試みた。力任せな、しかしウマ娘由来故に破壊的な威力があるだろう大振りなパンチに、ネビュラは当て身にも似たスライディングで突っ込んでいく。両者が交わる瞬間、無数の斬撃が目にも止まらぬ速さで化け物を切り刻んだ。化け物の背後に抜けたネビュラは、更にゆらりと空中に飛び上がり、瞬時に変形した(動物が顎を開いているようにも見える)武器から散弾を浴びせかけ、続けて発射した弾丸は虚空で跳ね返るような奇妙な弾道で化け物を幾度も貫く。

 

「邪魔ダ……!」

「ふんっ」

 

 化け物が撃ち出した電撃球が拡散するのに合わせて、ネビュラは後方への回避と共に光弾を放ち反撃する。一足跳びに再び接近、左手にも武器を湧出させて斬りかかり、また武器を一つに戻して横薙ぎに一閃。彼女の頭上に現れた槍はすぐさま消えたかと思えば、彼女の神速の四連突きと共に化け物の頭上に現れて突き刺さっていく。後ろ蹴りをステップで躱して左逆袈裟、四度斬りつけて後退、突進して突きと、ネビュラの猛攻は止まらない。

 一方的な展開の戦闘が続き、次第に化け物の動きが悪くなる中、それは呻いた。

 

「何故……何故、邪魔を、スる……いなけレバ……」

「あ?」

「イナケレば……勝テタ……!! 私ヨリ速い奴ナンテ、ミンナ、皆死ねバいい……!」

 

 それは恨み。それは妬み。夢を掴み損ねた同胞の憧れが反転した憎念。生まれてこの方他者を憎むことを知らなかったブルボンは、それが自分と同じウマ娘であることに背筋が寒くなった。夢に破れた絶望が怪物を産み、或いは自分自身もその一つに成り果ててしまうのではないか――

 

「オ前だッて――」

「うるさい黙れェッ!!」

 

 剣戟と怒声に静寂が破られる。その声が誰のものなのか、怒りに歪むネビュラの顔を見るまでブルボンにはわからなかった。

 

「そりゃ悔しいだろうさ! 僕だって悔しいよ! 楽しみにしてたレースにも出られなくて、気付いたらブルボンが皐月賞ウマ娘! 折角努力してきたのにぜーんぶパーだ!」

 

 必死に防御を固める化け物に怒涛の連撃を加えるネビュラ。切り裂き、突き刺し、撃ち抜き、叩き付ける。先程までの攻撃が慈悲深く思える程の猛襲であった。

 

「でもな、」

 

 そして遂に、

 

「それがブルボンを恨んでいい理由になる訳ないだろうが!!」

 

 彼女の渾身の一撃が、化け物の両腕を肘の辺りから千切り飛ばした。

 

「自分の無能を棚に上げて責任転嫁するな!! お前が弱いのは、そうして自分の弱さを認められないからだ!! 負けた理由を他人だけに求めようとするからだ!!」

 

 苦し紛れに出てきた右足を引き裂き、返す刀で軸足になっていた左足を蜂の巣にする。攻撃はおろか逃げることさえできなくなった相手に、ネビュラは情け無用と追い打ちをかけた。化け物を中心とした爆発と自身を中心とした衝撃波で攻めたて、驟雨の如き突きの連続と武器を構えての突進で打ち貫く。

 

「負けて悔しかったなら、まずは自分と闘って勝ってみろッ!!」

 

 そして空中を飛び回りながらの斬撃の嵐、とどめに強力な光弾で以って〆、化け物は青い光の粒子となって消えていった。いつの間にか雨は止み、西の空は赤く染まっている。

 廊下にはへたり込んだブルボンと、制服姿のネビュラだけになっていた。

 

「……ふう。あ、悪いけどさっきのはオフレコでお願い」

 

 

 

 

 

 いやー、原作にない種類のボスクラスエネミーは強敵でしたね(棒読み)。NGS開始まで散々遊び倒したけど、やっぱりラスターは爽快感あるわ。ザンディスタイルは属性が風と雷だからブルボンが怖がるかもしれないと思ってフォメルスタイルに縛ったのに、体が覚えてるおかげかJA(ジャストアタック)アドバンス維持は初見の相手でも何とかなるもんだね。

 色々調べたり動いたり鍛えたりして、本当に色々あったんだ。まず自分がマザークラスタだっていうことに驚いたし、PSO2でオラクル側の宇宙に行ってみたらアバター体じゃなくて学園の制服着たいつもの恰好だったし。アークスシップの艦橋でシエラさんに前世の記憶とか洗いざらい吐いて、初代深淵なる闇討伐後(EP6終了後)だとわかって肩の荷が降りた。ついでにアル君にもやってたダイレクトスキャンでウマ娘の体について調べて貰ったら、ウマ娘自体がある種のエーテル能力者、肉体そのものが具現武装に近い存在だと知ってまたびっくり。

 シエラさんとたまたま艦橋に来ていたカスラさん曰く、全てのウマ娘は一定のエーテル適性を持っていて、異様に高い身体能力や、ゲームでいう固有スキル、シングレでいう領域はその力の一部だとか。領域がウマ娘には知覚できて人間には見えないっていうのも、エーテル適性のない地球人(領域に辿り着けないウマ娘も含む)が圧倒的多数派という事実を考えれば頷ける。近過ぎて見えないものは云々、つまりウマ娘達はエーテルが密接過ぎて、自分にそれを扱う素養があることに気付いていないのだろう、と。……というか、カスラさん地球のレース見てたのか。流石情報部司令。

 じゃあ僕にもアークスっぽいことできるでしょってことで、トレーナーに隠れてこっそり具現武装の練習しました。大変かと思ったけど意外に才能があったみたいで、三日足らずで衣装も武器も具現化できた。前世の記憶が影響したかアークス風のデザインになった勝負服と、機械でできた馬の頭みたいな形のバカでかいガンスラッシュ。初めてできた時は数日トレーナーに怪しまれる位テンション上がったよ。

 そしてこの力をレースに活かしてダービーで勝つつもりだったけど、こうしてエーテル能力を鍛えてみると、この学園のヤバさがひしひしと感じられた。

 オラクル側の宇宙に溢れているフォトン程大きなエネルギーを生み出せない代わりに、情報構成能力に優れたエーテルは、人が潜在的に抱える悪いイメージや負の感情を勝手に形にして、幻創種という化け物を生み出してしまう。多感なお年頃の女の子、しかも一般人よりエーテルと親和性の高いウマ娘が一箇所に集まって、ほんの一握りが夢を叶える裏側で多くの絶望が堆積するトレセン学園は、いわば怨念の坩堝。幻創種が生まれるにはこれ以上ない環境だ。今はまだエーテル密度の関係でウマ娘にしか干渉できないけど、そのうち現実に影響を及ぼせるような強力な幻創種が顕現して、府中市全体に被害が発生しかねない。

 これ、ヤバくね?

 

「勝つどころかレースの開催すら危ういとか……」

 

 学園と同じ府中市に東京レース場があるのが一番まずかった。危険なのでレースは中止です、なんてことになったら笑い話にもならないし、万が一ダービー当日に現れたりしたらもう目も当てられないことになる。

 だからこうして、僕は放課後から夜にかけて(ヒシアマ寮長の目を掻い潜って)学園を見回り、定期的に学園に潜む幻創種の勢力を削いでいるのだ。感覚的に、今倒した奴が親玉だと思う。これでしばらくは安泰だ。

 

「レースには勝つ。府中の平和も守る。両方やらなくちゃいけないのが、マザークラスタの辛いところだね」

 

 カッコつけてはみたが、正直やってられない。要はあんなルサンチマンの煮凝りみたいな奴らをずっと相手してなきゃいけないのだ。皐月賞前日まで自慢の末脚で大勢のウマ娘をぶち抜いてきた(それでもスプリングステークスではブルボンに完敗した)けれど、自分自身もそれらを生み出す遠因になっていると思うと吐き気がする。

 でも、それは走るのを止める理由にも、あいつらを見逃す理由にもならない。

 できない人間に「努力が足りない」とか「怠慢だ」とか、そんな自己責任論を押し付けるようなことはしたくない。でも、自分が結果を出せなかったことを、結果を出せた誰かのせいにして人を傷付けるような奴に、僕らの夢を邪魔されたらたまったもんじゃない。僕は結構典型的な「俺より強い奴に会いに来た」タイプだったからまだいいにしても、元来スプリンターなのに血の滲むようなトレーニングを積んで距離適正の壁を越えようとしているブルボンみたいな娘が、その強さ故に恨まれて走れなくなるなんてことは絶対に許せなかった。人生二周目の癖に大人気なく怒ったのはそのせいだ。

 

「……帰るか。今日はよく眠れそー」

 

 何にせよ、これで後顧の憂いは断てた。少なくともダービーまでは幻創種が暴れることはないだろうし、ようやくウマ娘の本懐を果たせるというものだ。

 元よりエーテル能力を鍛えたのは、レースに勝つ為だった訳だしね。

 

 

 

 

 

 前世のプレイ経験から言って、癖の強いアークスは戦いでも強い。

 皆大好きトリガーハッピーのリサさんや厨二病のキョクヤくんなど原作勢はともかく、クエストカウンター前に屯して踊り狂っている人達の強さは大抵馬鹿にならなかった。白目を剥いたトナカイや巨大なカジキ、名状し難いクリーチャー、死後も玩具にされ続ける黒幕のコスプレなど、面白おかしな恰好をした変態達の集会を眺めつつ、一体どれだけの時間と(メセタ)を溶かして作り上げたのかも知れぬその装備欄を見て仰天していたのは懐かしい記憶だ。そして緊急クエスト(レイド)で同じパーティーになると、彼らは獅子奮迅の活躍を見せてくれたのだった。

 今生でようやく彼らと同じような装備を作れるようになり、タイムアタックもSNSに上げて恥ずかしくないレベルまでPS(プレイヤースキル)を鍛えたと思えば、今度は自分自身がエーテル能力に覚醒して戦うようになるというのは、結構皮肉な話ではないだろうか。

 閑話休題。

 

「……なんで寿司食べてるの」

「あっ、やべ」

「?! 消えた……!?」

 

 僕が控室でロビーアクション「東京名物」の寿司を食べていたところ、丁度トレーナーが入ってきた。フォトンでできた作り物なので栄養にならないし全く腹にも溜まらないのだが、そうとも知らぬトレーナーにお説教されるのは勘弁願いたかったので、東京名物の別モーションでデカい魚型の醤油差しに擬態。トレーナーが一瞬僕を見失った隙に、謎スライドで背後に移動してロビーアクション解除。

 

「やっほートレーナー」

「え……今寿司を……消えて……」

「ナンノコトカナー」

「……? ……???」

 

 エーテル能力に目覚めてから、アバター体の時に使っていたアークス用のシステムの幾らかを、シエラさんに頼み込んでそのまま使えるようにして貰っていた。電子アイテムパックやギャザリング機能、今みたいなロビーアクションもその一つ。アークスというのが危険の多い職だからこそ用意された娯楽は、レース直前の緊張を癒してくれる一服の清涼剤といえよう。

 実際、期間だけ見れば結構な付け焼き刃の技術を実戦で使えるのかどうかについては不安もあったんだ。今なら緊急クエストのテレポーター前でふざけ倒していた人達の気持ちがわかる気がする……多分。

 

「まあいいからさ、トレーナー。凄いの見せてあげるよ」

「……わかった。期待してる」

 

 トレーナーは、僕がエーテル能力者になったことは知らなくとも、あの時何か大きな気付きを得たことまでは理解しているのだろう。深くは追求せずに、薄く微笑んで僕を送り出した。

 地下バ道を通ってターフに立つ。観客も他のウマ娘も皆ブルボンを見ていて、僕が何をしでかすかなんて考えもしていない。こう見えてホープフルステークスを勝った二番人気のGIバなんだけど、やっぱりそいつを完封した無敗のGI二勝バには劣るみたいだ。

 でも、それでこそ倒し甲斐がある。不安も興奮に上書きされる。前世の競馬も今世のレースも、GIに出られるだけで異次元の強者なんだって。そんな相手と競い合えるなんて、いい人生だと思わないかな?

 

「さあ始めようか。猛き闘争ってやつをさ!」

 

 楽しみ過ぎてゲートインが終わるまでの記憶がなかった。ゲートが開き、皆が一斉に飛び出す中で、僕一人がやや出遅れる……と見せかけて狙い通り。僕は追込みウマだ、道中の先頭なんて幾らでもくれてやる。そしてそれは、この一ヶ月で仕込んだ隠し玉を使う為でもあった。

 

「エーテル残量補正、消費速度一定化! エーテルダッシュ!!」

 

 NGSで登場した、オープンワールドのフィールドを高速で駆け回る技術『フォトンダッシュ』。走行中はPP(フォトンポイント)の自動回復が停止する仕様からして、あれは時間経過で体内に吸収されていくフォトンとフォトンダッシュ自体で使用するフォトンの量が釣り合っているのだと僕は睨んだ。そこで僕が見様見真似で再現できちゃったのが、このエーテル版フォトンダッシュたる『エーテルダッシュ』だ。

 訓練のつもりで他のウマ娘のエーテルを観察していてわかったのは、そもそもウマ娘は全力疾走する時に体内のエーテルを消費していること、そして大気中のエーテルを上手く使えていないこと。領域に辿り着けるかどうかもこの辺りに関わっている可能性もあるがそれはさておき、消費する傍からエーテルを補給すれば消耗も少なくて済むんじゃないのって考えて、フォトンダッシュがヒントになった。大変だったけど慣れたら後は簡単、一度発動すれば自分で作ったエーテル流に「乗っかる」ような感じで走り続けることができる。この時足の筋肉は殆ど使っていないし、呼吸も歩いている時と同じくらい。

 これをアプリウマ娘の金スキル風に書くと、多分こうなる。

 

エーテルダッシュ

レース中盤に入ると終盤まで持久力を消費しなくなる。

 

 そうだよドチートだよ!! あらゆる回復スキルを過去にするぶっ壊れスキルだよ!! 大正義SSRスーパークリークもお役御免だよ!! 悪いかこんちくしょう!!

 まあとはいえ、どれだけ回復スキルが優れていようとも、いいタイミングでいい速度・加速スキルを使えなきゃ意味がない。それを使う時こそが勝負の分かれ目だ。抑えるどころか流す勢いで迎えた大欅の向こう側、第四コーナーカーブ。

 

「さて……力、貸してね。お馬さん達」

 

 最大の隠し玉。切り札は、僕の具現武装だ。

 僕の転生した世界には存在しない『馬』という生物の概念を、僕が知る限りの知識に基づいた進化と家畜化の歴史と共にエーテルを介してその身に降ろす。アーデムが「地球の神」を自分を依代として生み出したのと同じ原理だ(と思う)。でもそれらは「この世界にない」もの、故に生まれる「落差」は莫大なエネルギーを生み出してくれるのだ。

 先頭のブルボンが直線に入った瞬間、全てを解放する。

 

「ぶっ飛ぼうぜ、超現実へ!!」

 

《エクウス・インテグラトゥス》

 

 創られると同時に世界に呑まれて崩壊していく。それが持っていたエネルギーが僕に再吸収され、脚を動かし大地を砕く力に変わる。馬とウマの両方を知っているからこそ、ゲームと現実のPSO2を知っているからこそ……僕が転生者だからこそできること。二つの人生の経験を総動員したこれが、僕の具現武装にして領域、『エクウス・インテグラトゥス』だ。

 上がり三ハロン何秒とかなんて考えるのも追い付かない、暴力的な加速。前を走る十六人が瞬く間に視界の外に消えていった。東京の長い直線は、僕の末脚を活かすに相応しい舞台だ。それでもブルボンは、まだ視界に入っている。

 

「勝負だミホノブルボオオオオオン!!」

「っ!?」

 

 クソッ、加速が衰えてきた! やっぱり走るだけじゃ変換効率が悪過ぎる!

 そう、エクウス・インテグラトゥスはまだ完全じゃない。生み出されるエネルギーが多過ぎて身体能力の強化分だけでは処理しきれず、その殆どを無垢なエーテルとして捨てないといけないんだ。エーテルダッシュでスタミナや体内エーテル残量を維持するのは、この欠点を補うのに余計に脚を使ってしまうことも想定してのもの。

 零式ナ・バータを使った時程じゃないが、ガリガリPP――EP(エーテルポイント)というべきか――が削れていくのがわかる。エーテル能力に目覚めて以来装備できなくなった特殊能力(OP)付きのユニット(防具)分の能力はエーテルによって賄われているにしても、恐らく今の調子ではゴール寸前で枯渇するだろう。それまでにどれだけブルボンに詰め寄り、有利を取れるかが鍵になる。

 とどのつまり、最後は自分の足と根性の戦いだ。

 

「ぬぉアアアアアアアアアア!!」

「はああああああああああ!!」

 

 全て注ぎ込み、絞り出す。エーテルが切れたら慣性と合わせて足で最高速度を維持、だけじゃなくて上げるくらいの心持ち。もっと速く、疾く。すぐ隣に並んだ栗毛を視界の端に認めつつ、そこにあることは認めたくない。

 強いのは、勝つのは僕だ。

 

『ミホノブルボンとネビュラアルベード、二人並んでゴールイン!!』

 

 ゴール板を通過した数秒後、僕はつんのめって倒れた。盛大に芝とキスして、エーテルの保護があっても顔は土塗れだ。喉は焼けるように熱いし、足もガクガク。

 

「っ、結果は?!」

 

 死に体に鞭打って顔を上げれば、掲示板の上位二着の間には「写真」の二文字。

 さあどっちだ!? 勝てたのか?! 僕は勝ったのか?!

 

 

 

 

 

 負けました。おっぱいの差で。

 

「ぬがアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「……わざわざここに戻ってきてから叫ぶの?」

 

 科学の力って凄いね。ブルボンの方が二センチ先着してたんだって。二センチ、二センチかあ。

 

「だってさあ! 純粋に走りで負けたっていうならまだ納得できるよ? それがさあ! おっぱいが理由で負けるなんてさあ!」

「ネビュラ……」

「何?! 判定する人達の中におっぱい星人がいたの?! 悪かったねCカップで!! 大きい方がいいよね僕も好きだよ!!」

「ネビュラ」

「うおおおん成人したらいつかブルボンに酒の席で「僕をダービーで負かしたのはこの乳かーっ!!」っておっぱい揉んでセクハラしてやる――あだぁっ!?」

 

 直後、トレーナーのチョップが僕の額に炸裂した。

 

「女の子がおっぱいなんて連呼しない。叩くよ」

「も、もう一発貰ってるんですけどぉ……」

 

 美少女そのものと言っていい彼女だけど、口数が少ない上結構手が早い。調子に乗るといつもこうしてしばかれる。皐月賞前に倒れた時はあんなに心配した風だったのに、普段の元気な僕には扱いが雑になりがちだ。それだけの信頼関係を築けているのだと信じたい。

 

「あー……そう上手くはいってくれないかー……」

 

 控室の椅子にもたれ、送風機の風を浴びながら僕は呻いた。

 嘆いても結果は変わらない。僕はブルボンのハナ差で二着になった。けれども、意外に悔しさは然程大きくはなくて、代わりに胸の内側から沸々と湧き上がってくるものがある。

 倒せそうで倒せない微妙な匙加減でバランスが調整された敵と戦う、簡単にはクリアできないが決してクソゲーなどではない、そんなゲームをプレイしているような感覚。相手の強さに苦戦しているのに、もっと自分を‘困らせて’欲しいと願うゲーマー特有のマゾっ気。

 

「ふ、ふふ……ククク……やっぱレースっていうのはこうでなくっちゃなあ……!」

 

 生憎と僕にはブルボンみたいな大きな夢はない。あるのは強いウマ娘と戦いたいという単純極まる欲望だけだ。強敵と戦う為に自分も強くなり、そして勝てたならどれだけ嬉しいことだろう。トレセン学園に入学できて、そしてトゥインクルシリーズにデビューできて本当によかったと、心からそう思う。

 

「よっし、次は菊花賞! 合宿で鍛えに鍛えて、GI二勝目決めてやる! 大きさがなんぼのもんじゃい!!」

「……本当、切り替え早いわね。楽でいいけど」

 

 クラシック三冠最後のレースまではまだ時間がある。その期間でエーテル能力を鍛え上げ、トレーニングも重ねて能力を底上げすれば、ブルボンを倒せる筈だ。いや、ブルボンだけじゃない。この先も同期や先輩、これから参戦してくる後輩が僕を待っている。アップデートが止まらない現実というゲームは、いつでも僕に最高のコンテンツを提供してくれるんだ。

 来たれ、夏合宿! 新たな戦いの準備をしようじゃないか!

 

 

 

 

 

 と、思っていたんですが。

 

「猜疑! ネビュラアルベード君、昨日の日本ダービーに於いて、君が他のウマ娘への妨害を行ったという報告が出ている!」

「半信半疑……複数のウマ娘から証言を取ったが、どれも一致していない。不意に大きな音がした、強い光に目が眩んだ、いやそんなものはなかったなど……故に降着処分はなかったが、君にも事情を聞いておきたい」

「……なんで?」

 

 なんで?????




転生ものによくあるカジュアルな文体に憧れて書いてみました。
どうしても三人称を中心に書いている時の癖で語彙や言い回しが変になってしまうので、文字数の増加(どうしても一話にレース描写を入れたかった)もあって一話目からかなり難産。前作完結から一年近く経ってしまっています。
多分次回からはまた一話につき5000〜6000文字に戻ると思います。

ネビュラの勝負服↓
グラモラヘアー
イージーサイハイF
スウィートマリス[Ou]
ゼルドナシェイカー陽[Ba]
ゼルドナシェイカー[In]
アウターの色は黒に変えています。
わかる人はわかると思いますが、シェイカーレギンスを穿いていないのでエグいパンツの紐が丸出しです。
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