ウマ娘ファンタシーエクウス   作:影のビツケンヌ

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幻創の現実

「加速が! 持続力が足りない!」

 

 砂の上を走る。幾度も往復する。もう日も傾きかけて、自己記録も数回更新しているが、それでも満足していない。折角の大舞台、どうせなら最強の自分で戦いたかった。

 ご無沙汰してます、エーテル能力者系ウマ娘のネビュラアルベードです。夏休みに入ると学園が平和なこと平和なこと。遊びに行ったり帰省したり合宿だったりで、大抵の生徒が寮を離れているからエーテルが学園に澱まない。おかげで僕も安心して合宿に参加できるってものさ。海ならウォパルでさんざっぱら見てるけど、やっぱり地球の海もいいよね。

 

「どうだった!?」

「……もっと足首を使って。まだエアボーンを縮められる筈」

「OKはい次!」

 

 スマホの画面から目を離さないまま、トレーナーは僕にアドバイスした。YMTコーポレーション製のアプリのおかげで、この世界のウマ娘のトレーニングは原作(馬とウマの両方)よりずっと高度な分析ができるようになっている。わざわざ高価なカメラを用意しなくても、スマホが一台あればストライドの長さだってリアルタイムで測ってくれるんだ。例の社長も(会ったことないけど)結構なウマ娘ファンらしい。マザークラスタらしいことしばらくやってないけど、その辺の幹部からお叱り食らったりしないよね? 僕学生だし。

 お叱りと言えば、ダービーの後の呼び出し。いや別に叱られた訳じゃないんだけどね? レースで僕が使った具現武装(固有スキル)が妨害行為と疑われたんですよ。その時のことをちょっと振り返ってみようか。

 

 

 

 

 

「え、待って? 妨害? 音とか光とかって……ああ、あれかぁ……」

「む、心当たりがあるのか?」

「いやいやいや、でもおかしいでしょそんなの。そりゃ誰でもできることじゃないのは当然だけど」

 

 秋川理事長とルドルフ会長が言うことにゃ、僕が追い抜いたウマ娘の約半数が、追い抜かれる時に大きな音を聞いたり強い光を見たりしたと。恐らくそれは、僕のエクウス・インテグラトゥスが不完全なせいで起きているエーテルの過剰放出によるものだ。それを経験したのが追い抜かれた全員じゃないのも、彼女達個々人でエーテル適性に差があったからと考えれば納得できる。多分GII以下とか、オープンとかになるともっと少なくなるだろうね。

 でも、それが妨害になるか? 実は二人が言いたいことは単なる妨害というより、あれがある種のレギュレーション違反だったということか? 強いウマ娘ってああいうのバンバン使っていくイメージだったんだけど。

 

「ネビュラ、何を知っているの? 私に見せたかったものが何だったのか、説明して」

 

 うわあ怖い、トレーナーの目からハイライトがお亡くなりになってる。「今、僕は冷静さを欠こうとしています」っていう絵がPixivに投稿されそう。わかった、説明するからその顔やめて。

 カスラさん、ごめんなさい。ちょっとネタバラシします。名前は出さないから許して。

 

「……領域です」

「え?」

「領域ですっ! 領域使いました!! 正確にはその応用も入ってますぅ!!」

 

 あっ、今度は理事長さんと会長も怖い顔になった。やっべ何か地雷踏んだっぽい。

 

「剣崎トレーナー!! ネビュラアルベード君に領域の存在を教えたのか?!」

「いいえ、教えていません」

「誓って本当だろうな?!」

「教えていません。私の知る限り、東京2400で終盤まで最後方に控え続けてミホノブルボンに追い付けるだけの末脚を彼女が発揮できるようなトレーニングは考えていませんでした」

 

 あんな剣幕の理事長さんは初めて見た。身長百六十二センチのトレーナー(僕は百五十三センチ)と比べたら大人と子供、というか実際子供の理事長さんだけど、その身長差を感じさせない程の威圧感だ。隣にいた会長も少し面食らった様子で見ている。妙にトレーナーが饒舌なのも、それに押されているせいか。

 トレーナーの言う通り、もし僕がエーテル能力者にならずにダービーまでのトレーニングをしていれば、あんなレース展開にはならなかった。僕はもっと早い段階で、もっと低速なスパートをかけ、そしてもっとブルボンに離されて負けていただろう。

 それにしても、何でトレーナーが怒られてるんだ?

 

「えっと……領域ってそんなに危ないものなんですか? トレーナーが詰められる理由がわからないんですけど……会長さんだって使いますよね?」

 

 この質問は、半分はハッタリだ。何となくだけど、会長はエーテル能力をレースでの領域としては使えても、具現武装としては使えないっていうのはわかる。ヒツギやコオリの母校である天星学院と違って、生徒会がマザークラスタ関係者で占められていたりはしない、というか僕以外のマザークラスタメンバーを学園内で見たことがないから、僕の他に具現武装を使えるようなエーテル能力者がいる可能性は限りなく低い。

 

「……ネビュラアルベード、確かに領域というものは、ウマ娘の走りの一つの極致であり、レースの勝敗を左右する要因となる力だ。しかし、私とておいそれと使ったり教えたりできるものではない。使用者の負担や、意図的な使用そのものが難しいという意味でもそうだが、無闇に広めて未来の芽を摘まない為でもある」

「憂慮! 領域の存在をウマ娘が知れば、こぞって同じ力を求めるだろう。領域さえあれば勝てると、それを会得することに固執し、無茶なトレーニングで選手生命を絶ってしまったウマ娘も少なくない。故に、領域についての教練はそれを自ら垣間見たウマ娘のみに限られ、トレーナー養成学校でも情報公開を厳しく制限しているのだ」

 

 思っていたより重い話をお出しされた。確かに、勝負事に貪欲になりがちなウマ娘にとって、「自分だけの才能」や「強いウマ娘が持つ力」というのは魅力的に映る筈だ。ましてや負け込んで焦っているような娘は、それで勝つことができるなら喉から手が出る程欲しいに違いない。けれども、そこにはエーテル適性の差という残酷な壁がある。

 そもそも僕がエーテル能力者として覚醒したのは偶然みたいなものだし、具現武装を生み出すのだって(前世の記憶やマザークラスタとの関わり、カスラさんからの特大のヒントがあったとはいえ)修行はほぼ手探りだった。領域がエーテルと関係しているなんて普通の娘なら思いもよらないだろうし、必然的にトレーニングの負荷を増やしたりしてそこに至ろうとするだろう。それだけでエーテルに触れられる訳もなく、成果が出ないことに焦れて無茶をして、怪我で走れなくなる。

 ウマ娘が本来持ち得るエーテルの力に気付けないが為に起こる悲劇。それが理事長さんの語るシナリオだ。自分の認識の甘さに呆れ、どう反応を返したものかと考え始めた矢先、会長が問うてきた。

 

「……ところで、剣崎トレーナーに教わったのでないなら、君は誰から領域のことを教わったんだ?」

「言いません言いません絶対に言えません。地球の未来を賭けて言いません」

「ち、地球の未来……?」

 

 無論、情報提供者については絶対に口を割らない。地球の未来云々も割と本気だ。アークスは地球文明に対して――何らかの外的要因で存亡の危機に立たされない限り――積極的には干渉しない立場を貫いている。マザークラスタの一構成員の分際でアポ無し訪問した僕が言えた話じゃないかもだけど、ウマ娘の領域がどうこうの話だけでカスラさんやシエラさん達に迷惑はかけられない。何せ今回はマザークラスタじゃない人達も関わってくるからね。

 

「もしや……脅迫?! 他のトレーナーや教官に領域の情報提供を盾に脅されているのか?!」

「違います」

「何だっていいわ。つべこべ言わずに吐きなさい」

「断る。トレーナーの頼みでも僕の答えはNOだ。この喉掻っ捌いても御免被るね」

 

 でも、具現武装やエーテルに関しては話してもいいかもしれない。領域の応用、というか本体と言っても過言ではないものだし、領域とだけ言って誤魔化しておいても後でボロが出そうだ。*1自分の指で喉を掻き切る仕草をしつつ、その手にエクウス・インテグラトゥスを呼び出して見せる。案の定トレーナーには何も見えておらず、反対に会長は驚いた様子だったが、理事長さんも驚いていたのは想定外だった。

 

「っ?! 君、その武器は……?!」

「せ、制止!! 早まってはいけない! 落ち着いて手に持っているものを置くのだ!」

「……? 二人とも、何を……」

「ああ、会長はともかく、理事長さんにもこれが見えるんですね。なかなか高いエーテル適性をお持ちのようで」

 

 そういえばEP4で初めて具現武装が登場した時もこんな感じだったな。ちょっとドヤ顔になりそうなのを堪えつつ、僕は説明を始めた。

 

「これは、エクウス・インテグラトゥス。エーテルの形象崩壊を利用して莫大なエネルギーを生み出す、僕の具現武装です。ウマ娘は本来的にエーテルと密接な繋がりがある。異常な身体能力も領域も、平均的な地球人より高いエーテル適性がもたらすもの。領域はフローが起こす錯覚でもウマ娘にありがちなオカルトでもない、才能ある者がエーテルを扱うことで発動する技術です。大気中のエーテルを集積し具現武装を出せるというのは、その才能の一つの指標というべきでしょうか」

 

 具現武装が見えていないせいでトレーナーは完全に置いてきぼりな一方で、会長は説明を聞いて酷く狼狽していた。僕が言うと自惚れているように聞こえるかもだけど、無理もないと思う。初のクラシック三冠を無敗で達成し、そして七冠達成の偉業で以って一時代を築いた自分でさえ意図して使うことの難しい領域について、現在クラシック級の若輩者の方がそれをよく理解し、そして意図的に使うことができている。僕が会長の立場なら土下座しても教えを請いたいね。……尤も、具現武装を使えない会長がその戦績で、使える僕がダービー負けてるから、偉そうなことは言えないんだけども。

 言葉を失っている会長の隣で、理事長さんは腕を組んで具現武装を見つめながら、何やら考え込んでいるようだ。むむむ、としばらく唸って、おもむろに口を開く。

 

「……質問! 君は、その力で以って何を為す?」

「最高の相手と、最高の舞台で、最高のレースがしたいです。それを邪魔しようとする奴は、神だろうが化け物だろうが容赦しない」

 

 理事長さんの問いには自信を持って答えられる。これだけは絶対に揺るがないし、譲れない。たとえレースに負けて悔しい思いをしても、これに比べたら二の次まである。

 ダービーの後にも、夏休みまでにまだ幾つかGIが残っている。大きなレースがあれば、それだけ大きな夢が叶い、そしてより多くの夢が破れる。その絶望がまたこの学園に鬱積して化け物に変わる。そいつらがいなくなって初めて、僕はストレスなくレースを楽しめるんだ。ベストコンディションの自分、ベストコンディションの相手がいてこそのレースだからね。

 

「……ウマ娘に元より備わる力の一部だというのなら、それをレースに用いることを止める権利は私にはない。情報提供者や、エーテルとウマ娘の関係についても、君の覚悟と信念を尊重し、これ以上の追求は避けよう。剣崎トレーナー、ネビュラアルベード君をこれからもよろしく頼む!」

「勿論です。担当ですから」

 

 その後はトレーナーからも特に追求もなく、充実した夏合宿を過ごしている。マザークラスタからもアークスからも、件のレースを問題視するようなことは言われていない。僕の見せた力があくまで領域であるなら、エーテル能力者の存在や、オラクル側の宇宙との繋がりが露見することもないだろうということか。

 何にせよ、領域が使えると公認を受けたなら勝利も一歩近くなった。基礎を詰めに詰めて、三千メートルの長旅に備えないとね。

 

 

 

 

 

 踝近くまである長髪を靡かせてビーチを走るネビュラアルベードの姿を、ミホノブルボンは少し離れたパラソルの下に座って眺めていた。

 

「分析中……当該データとの照合エラー」

 

 かの日本ダービーで、終盤まで最後方にいながら自分と僅か二センチの距離まで迫る化け物じみた末脚を見せつけたネビュラ。その時に見た光は、担当トレーナー乾拓真に相談したところ『領域』である可能性が高いとのこと。しかしブルボンは、それだけではないと確信していた。トレーナーにも明かしていない秘密――その光は、日本ダービーより十日前の夕暮れ、謎の化け物から自分を救ったネビュラが放っていたものと同じだったからだ。

 あの時ネビュラが身に纏っていた勝負服。それが彼女の操る奇妙な武器と共に消え、何の変哲もない制服姿のトレセン生に変わる時、空間に溶けていった光。強弱の差はあれど、それがダービーで見た光と同じものであるという確信には、ブルボン自身その根拠を見出すことができていない。あまりにも不可思議な感覚であった。

 

「マチターン、並走しなーい?」

「はいはーい、やりますやりまおぶぇっ!!」

「だっ大丈夫かマチターンッ!?」

 

 ネビュラに「オフレコ」だと言われている以上、他人に聞かれるような場所でその詳細を問うことはできないし、その力がレースにも用いられているなら、ネビュラも敵に塩を送るようなことはしたくない筈。故にこうして、休憩中に彼女の走りを観察するぐらいしかその正体を探る手立てがなかった。今のところ収穫はゼロである。

 

「……目標再定義」

 

 だが、どの道やることは変わらない。

 自分のコミュニケーション能力の低さが仇となり、またタイミングに恵まれていないのもあって、ネビュラにはまだ礼を言うことができていない。自分と違って交友関係も広い彼女には、その友人達に聞かれることなくあの時の話をする機会は滅多に訪れないだろう。

 なればこそ、結果で以って示すのが一番だ。貴女というウマ娘のおかげで、自分は道を断たれずに済んだのだと。貴女が助けたウマ娘は、ここまで強くなることができたのだと。

 

「トレーニングを再開します」

 

 立ち上がり、スタミナトレーニングの為に波打ち際へと歩んでいくブルボン。その脇をネビュラが走り過ぎる。方向こそ違えど、双方がクラシック三冠最後の一角に向かわんとしていることに、ブルボンは自分でも気付かぬうちに武者震いした。

 そして、自分とネビュラを遠くから見つめる小さな影にも、同様に気付かなかった。

*1
馬だけに。

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