TS竜人は平和に暮らしたかっただけなのにいつの間にか天下統一をしなければならなくなりました 作:雅媛
ということでどうにかこうにか、ボクは辺境伯になりました。
エミリーは結局泣きながらボクに辺境伯を譲るのを同意しました。まあ、自分でやるのは難しそうだと本人もわかっていたのでしょう。なのであの場の暴言的なあれこれは水に流すことにします。まだ子供ですしね。
禅譲の書類にサインをして、手続き自体は終わりです。簡単に終わりました。
これでマーチ辺境伯アーシェロットです。一気に強そうになりました。
それと同時に、捕虜にしていた人たちは皆返すことになりました。どこの村が捕まえて、誰が帰ってきたかをちゃんと記録に取り、捕まえていた村には身代金? 支払いは麦なので身代麦ですかね、として人数に比例して一定の麦を渡す約束になっています。
もっともどの村もあまり余裕がありませんから、義父のライン男爵と辺境伯で支払いを保証している状況です。
ボクの辺境伯就任と同時に新しく子爵も任命されます。
カーク子爵のアランさんは領地もそのままで続投で、リルブ男爵のおじさまにどうにか許可をもらい、新しくセバスさんがキリル子爵に任命されます。逃げた子爵の代わりですね。もっとも領地はまだ相手が支配したままですからおいおい討伐しに行く必要があるでしょう。
領地持ち子爵はこの二人ですが、領地無しの子爵を3人さらに新規で任命しています。一人は義兄です。ボクの配偶者予定ですが、それだけだと夫というだけの無職になってしまうので、それっぽい肩書として子爵に任命です。名誉職ですねこれは。
後はエミリーも領地無し子爵に任命することになりました。まあボクの秘書みたいな立ち位置ですね。可愛い秘書が居てボクは満足ですし、現に結構役に立っています。今回簡易でボクの就任と子爵や男爵の任命を行いましたが、この辺りの儀式については全部彼女が手配してくれました。アルゥちゃんが言うように確かに優秀なようです。
最後の子爵は行商人のニキータさんにお願いしております。本人は遠慮していましたが、今回の戦でいろいろ手伝ってもらっている以上、恩賞は必要ですし、辺境伯の首都の街を差配する権限を渡してしまうことを考えています。具体的に何がどこまでお願いするかはまだ決まっていませんが、ひとまず都市子爵の肩書だけ渡すことになります。
後は戦争で亡くなって領主がいなくなった男爵領に関して、村々から推薦された嫡子以外の人たちをそれぞれ任命すればひとまず最低限の新辺境伯の体制は完成しました。
とはいえ今後やらなければならないことは山積みです。
まず、逃げた子爵は討伐して領地を奪わないといけないわけです。出兵しなかったにもかかわらず、土壇場で逃げだした子爵をボクとしても使いたいとは思いません。そのための討伐の準備は始める必要があります。
捕虜の復員を具体的に進める方法も大きな問題です。ひとまず全体のルールは決めましたが、バラバラに帰してしまうと道中の食糧のための略奪なんかも起きかねませんし、誰が捕まっていたかの把握もできなくなります。なので村々に一度この辺境伯首都まで捕虜を連れてきてもらわないといけないでしょう。その調整にも頭を悩ませます。
あとはうちの義父の村含めた、今まで非辺境伯領だった地域の辺境伯領編入の問題もあります。やはりトップが居た方が協力もスムーズになりますから、ボクの辺境伯就任後に皆辺境伯の傘下に入る予定です。もっとも、方向性として辺境伯領になろうということが決まっただけで、具体的にどういう条件で封建契約を締結するかなども決まっていないので、その調整からする必要があります。
他には、旧辺境伯領内の男爵との封建契約の見直しもあります。今回1000も動員できたのは、封建契約において上納金がほとんどない一方で、軍事力の提供を強く義務化している契約書だったのが大きな原因です。だって、100人規模の村で10人も兵士ださせられる契約なんですもん。そりゃ大量の兵士を準備できるに決まっています。ですが、軍事偏重すぎて、経済発展が明らかにおろそかになっていますし、もっと違う形にしたいところです。隣接の貴族たちとの関係がどれだけ悪いかわかりませんが、今回の戦で死者も結構出てしまっていますから、この規模の義務をさらに課すのは難しいですしね。人は大きくなるまで10年以上かかる生き物なのです。
「ひとまずどれから手を付けるべきかな」
「お披露目としての就任式と、捕虜返還が良いと思います。就任式で貴族を集めて、そこで同時に捕虜返還してしまえば手間が省けるでしょう」
「じゃあ招待状作るから、配達と会の手配をお願い」
「わかりました、一月後には行えるよう手配しておきます」
結局ボクの秘書のポジションに就いたエミリーがそう答えます。
辺境伯の儀式についての知識だとか、全体的な戦略構築とか、そういう点では確かに優秀なんですよね。
正直彼女が手伝ってくれていなければ非常に苦労していたと思います。
引きこもりで虐げられていた彼女ですが、どうやら引きこもっている間に辺境伯家にあった書籍を全部読みつくしていて、さらに記憶しているらしいのです。まさに動く図書館ですね。
なのになんであんなわけわからないプロポーズになってしまったのか。多分恋愛小説は辺境伯家に置いてなかったのでしょう。
「お義兄さまも、捕虜の皆さんをこちらに移送するように、男爵さんたちに連絡をお願いします」
「わかったよ」
基本、旧辺境伯についていた貴族たちはエミリーが、新しく入ってきたボク達の地元の貴族たちは義兄が連絡の役割を担っています。担当を分けて分業ですね。
アレンさんはエミリーの補佐で、セバスさんは義兄の補佐、ニキータさんは辺境伯の都市の運営と経理管理、という分業です。
大まかな指示を出せば、あとは任せることもできます。まあボクはボクで仕事があるのですが。
ひとまずは、貴族に配る大量の招待状を作るべく、ボクはペンを動かすのでした。
辺境伯のお仕事は事務作業だけではありません。
この世界、貴族こそ強くないといけないので鍛錬は欠かせなかったりします。
そして、辺境伯になったので、辺境伯に伝わる剣技を教えてもらえることになりました。
と言っても秘伝書みたいな本を読めるだけなんですけどね。引きこもりのエミリーは剣なんて触ったこともないらしいですし、使える人はみんな戦死しましたし。
そういった戦死した時用の秘伝書があると聞いて、早速読ませてもらいました。
内容は、そう多くはないし、抽象的な言い回しが多いし、剣の技自体は平凡すぎるものばかりでしたが、一つすさまじく役に立つものがありました。
身体強化です。前世的に言えば界○拳みたいな技ですね。
あの辺境伯のおじさんもおそらく使っていたのでしょう。ボクの両手の一撃を片手で受け止めていましたからね。
原理はそう難しくなく、空気中のマナを吸収し体内にめぐらせるという、魔法を使う前段階とそう違わないやり方でした。なので、習得自体は結構簡単にできたのですが……
「結構難しいですね、これ……」
集中が乱れるとマナが乱れ効果が下がるので、これを使いながら戦うのは慣れがかなり必要そうです。ですが慣れれば非常に有効な技だと思います。
身体能力をマナに応じていくらでも上昇させられます。あまり高めすぎると体が負担に耐え切れなさそうですが、効果量の調整自体は難しくありません。
感覚はつかめたので、秘伝書を仕舞って練習場へ練習のため素振りをしに行くと、アルゥちゃんが居ました。
アルゥちゃんも素振りをしています。片手剣を右手に持つだけというちょっと変わったスタイルです。片手剣ならもう片手は盾にするのが定番に思いますし、空いた手は戦いに使いようがなさそうな気がしますが……
「アルゥちゃん頑張ってるね」
「アーシェちゃんこんにちは。今から?」
「そそ、良ければ試合する?」
「やるやる」
ノリノリで応じるアルゥちゃん。
試合をすることになりましたので早速準備です。ボクの方は、この痴女服が防御力バッチリなので、着替える必要もなく武器だけです。アルゥちゃんも普段とそう変わらない服ですが、特に着替えないようです。戦闘用に工夫がしてあるのでしょう。
練習場の隅に置いてある木剣から大き目のモノをを持って早速アルゥちゃんと相対しながら構えます。
ボクの方は大きめの両手剣、アルゥちゃんの方は素振りをしていた時と同じ普通の片手剣です。
やはり盾がなく、左手の使い方がわかりませんが、ひとまず様子見で攻めてみましょう。
「いきますっ!! てりゃあああ!!」
「ぐっ!!」
勢いよく袈裟懸けで振り下ろしたボクの一撃をアルゥちゃんは受け止めます。どうやら流そうとしたみたいですが、ボクの一撃が重すぎたようで受け止める形になってしまっていました。
そのままボクは攻め続けずに、一度引きます。
新しい技のおかげもあり、全力の一撃を叩きこめばアルゥちゃんの防御は容易に崩せそうです。ですがそれでは練習として不適切ですし、次は身体強化を落として切りかかります。
「もう一回!!」
「くうぅぅぅぅ!!」
ぬるり、という感触とともに剣が逸らされます。
探りの一撃なので、態勢もあまり崩れておらずすぐにこちらも迎撃が可能です。
振り下ろした剣を戻そうとした瞬間……
「せりゃっ!!」
「おっと」
アルゥちゃんは左手の拳を繰り出してきました。
剣を切り返すより圧倒的に早い一撃です。
偶然反応出来て、左手を剣から手放して掌で受け止めましたが、戦場でこんな奇襲を受けたら対応できるかわかりません。
「えいっ!!」
「まだまだっ!!」
そのまま前蹴りまでしてきたアルゥちゃん。蹴りを足で防ぎつつ、右手の剣を力任せに振ると、アルゥちゃんは躱しながら間合いを開けました。
「これで最後っ!!!」
「あっ!!」
もう一度、袈裟斬りを仕掛けます。今度は全力に近い一撃で下から、アルゥちゃんの受け流しは上手くいかず、片手剣を模した木剣は容易に砕けました。
「アーシェちゃんやっぱり強いね」
「アルゥちゃんも格闘技なんて使うとは思わなかったですよ」
「うちの技だからね」
アルゥちゃんが胸を張る。その胸は豊満だった。
「でもすごいパワーだし、どうやって鍛えているか教えてほしいんだけど」
「一つは辺境伯の剣技にあったパワーアップの技術を使っているのもありますが、素の力の強さはトレーニングしてるからだと思います」
「どんなトレーニング?」
「こういうのですね」
木刀を置くと、腕立て伏せを始めます。
こういう基本的なトレーニングって、この時代だと全く誰もしてないんですよね。筋力トレーニングという発想自体がないのかもしれません。
「そのよくわからない動きでパワーがつくの?」
「つきますよ。なれるとこんな感じです」
そのまま逆立ちして、腕立て伏せを始めます。
肉食べて、筋トレすると前世よりも圧倒的に筋力の伸びが高いんですよね。
こんな曲芸じみたこともすぐできるようになりました。
「すごいね……」
「よろしければトレーニング、一緒にやりますか? 基本お義兄さまとも一緒ですが」
「時間が合えばぜひ」
こうして新技も覚えつつ、ボクもパワーアップを図り続けるのでした。