TS竜人は平和に暮らしたかっただけなのにいつの間にか天下統一をしなければならなくなりました 作:雅媛
辺境伯の領の政治は意外とスムーズに動き出しました。
「予算は…… 案外足りていますね」
「アーシェ様は質素ですからね」
捕虜として捕まっていた、アランさんのところの人たちが戻ってきたので行政自体は特に目立った問題は起きていません。
就任式でバカ騒ぎしたことや、捕虜関係の問題で財政状況も火の車かと思いきや、意外と現状でもぎりぎり回っています。まあ辺境伯の費用が全然掛かっていませんからね。正直食費だけですし、食費だって大してかかりません。肉が食べたくなったら時々近くの森で肉を狩ってくるので、タダどころか毛皮代などでプラスですしね。
珍味とか興味ないし…… 紅茶と砂糖は欲しくなりますが、現状では我慢です。あまり質素倹約すると経済が停滞してしまいますが、現状大規模な消費活動である戦争をした以上は、しばらく質素でいいでしょう。
「ということでセバスさん、道づくり、お願いします」
「万難を排して行います」
辺境伯首都のアーチの街からうちのライン村までの道の整備は、キリル子爵になったセバスさんが早速始めてくれました。予算は、魔の森辺境地域、ボクの村とかがある地域の税収があてられます。
辺境伯と主従関係になりましたから、それぞれの村には税を上納する義務が発生するようになったわけですが、それをガッツリ回収し始めると反発が出る可能性が懸念されました。なので、税を分かりやすく地元に還元したわけです。それが道の整備です。
魔の森辺境地域の税収をガッツリ全額道の整備につぎ込んでいるので、整備はかなり急ピッチで進んでいます。秋ごろには馬車が余裕ですれ違える程度の立派な道ができる予定です。
税収が本体に入ってこなくて困らないか、という点についてはあまり困らなかったりします。なんせ、今までの辺境伯の地域ではないので、今まで通りやれば新領地の税収なくても回るんですよ。魔の森辺境地域のトラブルについても、セバスさんが税収内で対応してくれる予定ですから、持ち出しは本当に0です。
まあ、一部家臣が離脱してますから、多少マイナスなわけですが、それもどうにかなるレベルみたいですし。
一方でメリットはいろいろあります。一つは辺境伯側の軍事的負担が軽くなったことです。今までの魔の森辺境地域と辺境伯との関係は交流はあるが悪い、といった状況だったので、警戒のための軍事的負担が重かったわけです。それが一気に軽くなりましたから、かなり楽になったと聞いています。軍役負担を大幅に減らして、その分少し租税を増やしましたが、全く反発が出ないレベルです。その純増した租税分だけでも大勝利です。
さらに、何かがあった場合に魔の森辺境地域からの援軍も期待できます。なんせ、軍役の約束もしてますから、命令すればそっちから兵士を持ってこれるわけです。動員すれば食料その他辺境伯側の負担も増えますから、早々連れては来れませんが、何かあったときに動員できるというメリットは非常に大きいです。
他にも、流通が活発化すれば辺境伯首都での税収が上がります。この辺りでの大規模な市は辺境伯首都にしかありませんから、余剰物資は全部ここに集まります。そして取引が起きれば都市の税収も増えるわけですし、商人たちも潤います。魔の森辺境地域では比較的単純な穀物なんかが余っていましたが、輸送が大変で、それぞれの村で安酒になっていました。それを辺境伯首都に持ってくれば、もっといいお酒に交換できますし、他にもいろいろ購入できるでしょう。安価な穀物が入ってくる旧辺境伯領の人たちにも利益はあるでしょう。そういった交易・流通のためにも、道は重要なわけです。
西側である魔の森辺境地域はこんな感じで平和ですが、反対の東側地域は結構面倒な状況になっています。前キリル子爵が敵対姿勢を崩さないためです。
「前キリル子爵から返事はない?」
「何もありません。厚顔無恥に就任式に出てくると思っていましたが、当てが外れましたね」
この前の就任式の時、前キリル子爵やその周辺のいくつかの男爵は、本人も来なければ代理も送ってきませんでした。皆先の戦いで出兵していないところですね。捕虜もいないため送る必要性もなかったのでしょう。
一応キリル子爵には、子爵位自体ははく奪で男爵になるが、領土も削らないから戻ってこないかという妥協案は送っています。ですが、応じてくれる気配はまったくありません。
とはいえ、離反しているのは前キリル子爵と、その取り巻きの男爵7家です。キリル子爵管轄の男爵が20家以上ありましたから、自分の実質的傘下であった家の半分も切り崩せていません。
このままだとじり貧でしょう。このまま反応がないなら、こちらもある程度準備が出来次第攻め込む予定ですし。
というか、さらに東側には公爵領が広がっていますし、そちらとマーチ辺境伯の仲はあまり良くないと聞いていますが大丈夫なんですかね。
前キリル子爵との境界地域については、アランさんとエミリーが地元の男爵たちと協力しながら監視網を作っています。現状は動きがないと聞いていますし、ひとまずは大丈夫でしょう。
他に始めたことは、剣術道場もあったりします。
この世界、剣術一強で、剣が使えると無茶苦茶強いというなんかよくわからない法則があったりします。実際槍のほうが射程あるし、障害物が多いとかなければ強いと思うのですが実際にやってみると剣に一瞬にして切り落とされるので弱かったりします。
貴族騎兵に槍衾が全然効果的じゃないんですよね。
そんな剣術一強の世界で、各地の貴族が技術を相伝していたりします。
剣の技術は結構機密情報です。あえて全部使わずに見せないとかいう選択肢が命の取り合いの場ですら考えられるレベルの機密情報です。それを共有しようなんて言ってもそうそう応じてもらえないでしょう。なので餌として、辺境伯の剣の技術を教えることにしました。
ボクとしては、義父から教えてもらった剣術の方が使い勝手が良かったりします。力技の地の剣、受けの水の剣、躱す風の剣、魔力を利用する火の剣の4つが組み合わさり、非常に複雑ですが万能な剣術です。まあ、まだ未熟ものなので全部使いこなせないんですが…… 義父のレベルは遠いです。
これは義父からの受取ものですから、義父の許可なく第三者に教えることはできません。
一方で辺境伯の剣技は正直棚ぼたでもらったものなので、別に交渉材料に使うのに抵抗感がないんですよね。実際身体強化は素晴らしいですが、それ以外は普通ですし。
外聞的にも辺境伯の剣技が教えてもらえるといわれた方が人気が出ますからね。代わりに自分の剣術を教えるか、お金をもらうことにしています。
そんな剣術道場を始めたら、それなりの人が集まりました。
まずは首都周辺の貴族関係者ですね。辺境伯はやっぱり強かったので、技術を教えてもらう方が価値が高いと判断したようです。
また、魔の森辺境地域の貴族関係者の人たちもそこそこ来ました。もっともこの人たちの目的は、義父の剣術の方だったようです。義父、無茶苦茶強いですからね…… 家の中では親バカで母の尻に敷かれていますが。こちらは教えられないといったのですが、辺境伯の剣技で我慢してくれました。
最後に町に住んでいる裕福な家の子供たちです。商人の関係者ですね。剣術を覚えて手柄を立てれば貴族になれるかもしれませんし、普段の物品輸送でも自身に武力があれば護衛費を節約したり、荷物を奪われるのを阻止できるでしょう。高めの水準で授業料設定したのですが、それでもそれなりに集まるあたり、需要が高いのでしょう。
ひとまず辺境伯の秘伝書を義兄に預け、ボクと義兄とアティちゃんが教える体制になっています。アティちゃんは初心者向きで教える係ですね。商家出身の人たちに基礎トレーニングとかをやっています。
「うおおおおお!!」
「ぐっ、力が、暴走する!!」
「ぐわあああああ!!!」
今、暑苦しく叫んでいるのは貴族の皆さんです。自分のところの剣術を治めているレベルになれば、辺境伯の身体強化も使えるだろうと思って教えたのですが、なかなかうまくいきません。
すぐに平静の状態で使えるようになっていますから、全くできないわけではないのですが、動くとその状態を維持できず、すぐに暴走します。暴走して爆発するので、慣れるまで屋内での使用は禁止になりました。
クレーターの中で倒れ伏すみなさんに、駆け寄るのは母です。この前の就任式以降、母はこちらにとどまっています。義父はもう村に帰ったのに、可愛そう……
薬と回復魔法がつかえる母は、怪我が絶えない剣術道場で非常に役に立っています。
美人で優しい母は、道場のアイドルです。通っている子供たちの初恋を6割奪っていきます。経産婦なのに。
大人もべた惚れですね。といってもちゃんとわかっているので、皆お姫様に仕える騎士みたいなムーブしかしません。段差などで手を取るレベルが許される接触の最高ランクです。不届き者が居たら義父が黙っていませんし、ボクも権力と実力ですりつぶして生まれてきたことを後悔させるに決まっているので、変な気は起こさないでほしいと思っています。
治療された人たちが騎士の礼を取ると再度練習を始めました。母を一人で道場に出せないな、と思いました。
ちなみに4割はアティちゃんです。子供向けに教えているからね…… そしてボクは全然、全くモテません。なぜだ。若くておっぱい大きくて美人なのに。
「なんでお母様ばかりモテるんでしょうね」
「うふふ」
母に愚痴ったら母は意味深な笑いを浮かべました。
いや別にモテたいわけでもないんですけどね。男衆に囲まれても楽しくないし。ただ、人気投票的なもので負けてる気持ちになって悔しいだけです。
母の反応を疑問に思っていると、肩を叩かれます。義兄が、いつの間にか後ろにいました。
「アーシェ? 他の男に目移りするなんて、いけない子だね」
「ちょ、ちょっとまってお義兄さま。話せばわかるから!!」
「夜が楽しみだね」
明日は起き上がれなくなることが確定した瞬間でした。
母も義兄に気づいていたら教えてくれればいいのに。いや、気づいていたからあの意味深な笑いだったのでしょう。
閑話休題、剣術道場によって、腕の立つ剣士がそれなりに生まれ始めています。技術の問題もありますが、単純に鍛えているので身体能力が上がってそれだけでも強くなるんですよね。
ボクの方も、色々な技術を教えてもらって、自分の剣術の精度が上がっている気がします。力任せ気味なので、抑えるよりもそれをうまく使える技術をいくつか教えてもらったので助かっています。
そんな感じで、辺境伯になった後の日常は、意外と順調に流れていくのでした。