TS竜人は平和に暮らしたかっただけなのにいつの間にか天下統一をしなければならなくなりました   作:雅媛

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10 戦の風が吹き始める

 順調な日々を送りながら、戦争の準備をするのは少し気が重いですが手は抜けません。前キリル子爵の討伐は、秋の収穫期の後に行われる予定です。この時期が一番食糧の余剰があるので、兵の食糧調達が楽なんですよね。

 進撃路も決め、途中の村には備蓄庫を作ってもらっています。また、泊る場所としてテントなんかも準備していますから、準備は着々と進んでいます。あとは収穫期に上納される税の麦をそこに入れてもらえば準備万端です。

 こういった動きは隠しもせずに派手に行っています。前キリル子爵に降伏してほしいんですよね。戦争は人が死にますから、出来るだけやりたくないですし、男爵領に空きができても埋める人材を用意することが大変なのです。この前の戦争ですでに余剰の良さそうな人員はすべて男爵か子爵に就けてしまっていますから、これ以上はつらいところです。

 

 さすがに子爵には戻せませんが、それ以外は何も変えないという破格の条件を出しているにもかかわらず、向こうは何も返答してきません。これ以上こちらも譲歩する余地がないんだけど……

 

 

「ユーノは辺境伯位が欲しかったのかもしれないな」

「引き継げるんですか?」

「カーク子爵もキリル子爵も、辺境伯の分家だからぎりぎりできなくはない」

 

 

 でもそれなら、ボク達が来た時に逃げちゃダメだったでしょう。

 エミリーが辺境伯に身体能力的に不適格だったのは明らかですし、あそこで踏ん張れば可能性はあったと思います。

 

 

「では何で逃げたのでしょう?」

「キリル子爵の軍は丸侭(まるごと)残っていたから、それを率いて反撃すればどうにかなると考えたのかもしれないな」

「戦略的センスなさすぎでしょう」

 

 

 兵力的には正しい判断だったかもしれませんが、それにより周りにどう思われるかわかっていないのが致命的です。貴族は武力で食っている商売ですから、戦わずに逃げたといわれたときのデメリットが重すぎるんです。

 それが今の結果です。

 辺境伯傘下49家中、前キリル子爵に付いてきたのは前キリル子爵含めて8家だけでした。辺境伯に勝ったボクと、戦わずに逃げた前キリル子爵のどちらに頼りがいがあるかと言われれば、そうなるでしょう。

 更に現状、調略が進んでおり、近隣の男爵の説得により、前キリル子爵傘下の男爵家のうち2家がすでにこちらに付くことを約束しています。男爵家に関しては現状維持ですからね。多少労役などでペナルティを課しますがその程度ですから、裏切りが加速するのは間違いありません。さらに2家ほど揺らいでいますし。

 

 こういう裏切った家は信用できない、という考えもあるでしょう。確かに信用はできませんが、男爵家に求めるのは村の適切な統治と主従関係に基づく義務の履行だけで、それ以上何か任せたりしませんので特に信用できなくても問題なかったりします。少数の家で反乱とかしてもたかが知れていますからね。

 

 そんなこんなでどんどん追い込まれている前キリル子爵ですが、それでも強硬姿勢を崩しません。どうやら隣接するノルン公爵に助けを求めているという話も流れてきますが、動くとは思えないんですよね……

 動いたとして、ノルン公爵が得られるのは男爵領いくつかですし、辺境伯と全面戦争ですから、労力に比して得られるものがなさすぎると思います。

 

 しかし、戦うつもりなら逃げることはできません。この時は、ボクも消化試合の一種だろうと油断していました。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「ノルン公爵軍が前キリル子爵領に侵入!! 占領地を拡大していると連絡が来ました!!」

 

 

 そんな連絡が来たのは、こちらの出撃準備が整いつつあった時期でした。既に動員もかなり終わっており、すでにカーク子爵代行としてアルゥちゃんが先遣隊を率いて現地に到着している頃のことでした。

 どういう手練手管を使ったかわかりませんが、前キリル子爵は上手く公爵を味方に付けたようです。おそらく公爵軍も収獲により兵糧の確保ができたので進軍を始めたのでしょう。

 

 

「早馬でカーク子爵代行に連絡。防衛線まで撤退してください。こちらに付く予定の4男爵家の人たちは受け入れるように伝えて」

 

 

 前キリル子爵の支配地域とこちらの支配地域の境界には野戦築城による陣地が張り巡らされています。空堀と土塁だけですが、その防御力は前の戦いで示された通りです。

 前の戦いでその恐ろしさを感じている人は捕虜の中にもたくさんいましたから、マネして作ったと聞いています。発想はまだしも、作るのには人手以上のものは不要ですからね。

 

 こちらに付く予定のところは、こちらの本隊が到着すれば前キリル子爵を裏切る予定でしたが、それまでは裏切りがばれないようにそういった防御施設は作っていませんでした。なので、このままだと数に押されて簡単に負けてしまうでしょう。

 一応万が一があったら逃げて来ても構わないということは伝えていますから、逃げてくる可能性があります。なので逃げてきた受け入れをするように連絡をしました。

 

 

「本隊の出発を早めますか?」

「いえ、先遣隊をもう一つ出しますが、ボク達は予定通り出発しましょう」

 

 

 既に旧辺境伯領の軍は集まっており、あとは魔の森辺境地域の軍を待っている状況です。

 なので、旧辺境伯領の軍を先遣隊として出して、魔の森辺境地域の軍はボクが待つことにします。みんな行ってしまうと、あとからついた人たちがどうしていいかわからずに帰ってしまう可能性もありますから。

 

 

「カーク子爵代行と、第二先遣隊には、連絡を密にするように伝えてください。馬は主にそちらに割くようにと」

「騎兵が不足しませんか?」

「防御陣地での戦いに騎兵の出番はないですよ」

 

 

 平原でのガチの戦いなら騎兵の数は重要ですが、防衛線では騎兵はあまり使わないでしょう。状況が急変した時に情報が入らないほうが今の状況ではヤバいので、伝令を重視します。

 

 第二先遣隊は義兄に任せます。

 アランさんにお任せすることも考えましたが、アランさんとアルゥちゃんは祖父孫の関係で親族なので、さすがに役割の偏りが大きすぎます。

 義兄なら卒なくまとめてくれるでしょう。

 

 

「で、公爵について全然情報がないんだけどエミリーは何か知ってる?」

「はい、ある程度は…… 現公爵様とはお付き合いがありましたし」

「どんな人?」

 

 

 現状、公爵とは全く交流がありません。

 なんせ主要な街道がキリル子爵領のど真ん中を通っていますから、碌な連絡ができませんでした。

 海路で交流を図ることも考えましたが、マーチの街の港は非常に小さい漁港ですし、ライン村に今作っている港はまだまだ完成まで程遠い状況です。

 

 なので情報がなかったので、うちで一番博識なエミリーに聞きましたが、どうやら知人のようです。もう少し早く知っていればそれを伝手に連絡を取っていたのですが、しょうがないです。

 

 

「優しい方でしたよ。私もお兄様なんて呼んで慕っていましたし。あとはちょっと思い込みが激しくて、自分は勇者なんだ、なんて言っていたのが記憶にありますね」

「ふむ……」

 

 

 何とも言い難い人物評です。これだけではどうして攻めてきたかがわかりません。

 実質的に支配地域ではないにしても、形式的には辺境伯の傘下なわけですから、何かしら宣戦文が届くでしょう。全軍集結を待ちながら、そう言った連絡が来るのを待ちますか。

 

 

 

 残念ながら全軍が集結したタイミングまででは、公爵側からの連絡はありませんでした。降伏予定だった男爵の人たちはすでに逃げてきて保護できていて、現状は陣地で小競り合いが始まっているようです。

 遠距離攻撃で公爵側の嫌がらせをしていますから、状況はこちらに有利だという連絡が来ています。

 そろそろ第二先遣隊も到着するでしょうからこちらの戦線が崩壊するということもなさそうです。

 

 

 調べた限り、公爵領の人口から考えられる全兵力の数は1万程度と考えられます。

 ちなみに辺境伯領の全兵力は2000程度、魔の森の方の兵力は1000程度です。

 もちろん根こそぎ兵士を出せば、という仮定の数字であり、現地の治安のためや、他の敵対的勢力への備えのためにかなりの数を残す必要があります。前回で全兵力の半分もつぎ込んだ辺境伯は頭がおかしいレベルでしょう。

 

 現在の辺境伯領は、魔の森と海、あと公爵領にしか接していません。魔の森は常に魔物が居ますからある程度の兵力を置く必要がありますが、侵略などしてくるわけではないのでそう多くの兵を取られるわけでもなく、ほとんどの兵力を公爵方面に向けられます。

 一方公爵領は、いくつかの他の公爵の領に接していますから、早々兵力を出せるわけがありません。広いですから治安維持の兵力だってそれなりに必要だと思います。なので、辺境伯方面の全兵力は2000程度と考えられ、辺境伯と軍事力にそこまで差があるわけではありません。

 推定で出てくるのは500程度ではないかと考えられています。

 

 こちらの軍の編成は、最初の先遣隊は、アルゥちゃんと剣術道場のうち希望者をまとめ、アルゥちゃんの傘下の兵士と前線に近い貴族たちの現地集合でおよそ100弱。

 第二先遣隊は辺境伯領内の貴族連合軍で、数は絞りましたからおよそ200強。

 本隊は新辺境伯領内である、魔の森辺境地域の軍200弱です。

 

 総勢500弱で、子爵たちには数でも圧倒的に有利でしたが、公爵軍の数次第では追加派兵も必要でしょう。

 もっとも防御に専念すれば推定の2倍の兵力が居ても、どうにかなりそうです。

 

 ひとまず現地に着いてから詳細な戦略は考えましょう。

 ボクは、本隊を率いて前線へと向かうのでした。

 




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