TS竜人は平和に暮らしたかっただけなのにいつの間にか天下統一をしなければならなくなりました 作:雅媛
公爵側と一度会談をするため、事前交渉をすることになりました。
捕虜の方から一人を選び手紙を届けてもらいます。ボクが書いたものと、伯爵さんに書いてもらった添え状です。
ボクからの手紙の内容は、端的に言えばご用事なあに? です。今更かよという手紙の内容ですね。伯爵さんから聞きはしましたが、公爵自身の考えはまた分かりませんし。
ちなみに伯爵さんからの添え状にはエミリーが可愛いという話ばかり書いてありました。結構キモいレベルです。単純に攫われたり人質になるのを防ぐ目的もありますが、キモいのでエミリーを遠ざけるため、本部建物接近禁止にしました。
手紙はすぐに返ってきました。
目の前ですからね。一度会談をしたい、という内容ですので、明日の正午に、村と駐屯地の中間地点あたりで2人ずつ出して会うのでどうかと提案します。
承諾の手紙が来ましたので、会談の準備を始めることにします。
近いと手紙のやり取りが早くていいですね。
ひとまず野外で使えそうな机と椅子、あとピクニックセットにサンドイッチとお茶を籠に詰めて用意します。
正午は失敗だったかもしれません。お昼ご飯の時間でした。
義兄と二人、机と椅子を担いでえっちらおっちらと目的の場所あたりに向かうと、向こうからも二人、大きなものを担いでこちらに向かってきます。酒樽二つ、ですね。何を考えているんでしょうか。
一人は背の高い男性です。金髪の中性的な顔で、王子様っぽい外見の人で、軍服をきっちり着ています。かなりイケメンですね。正直近寄りたくないです。
もう一人はメイド服を着た女性で、こちらの人が酒樽を二つ担いでいます。やばいですね。男性の方は敷物らしきものを持っているので、酒盛り気分がすごいです。
多分男性の方が公爵様だと思いますが…… エミリーはお兄さまって言ってましたし。
ひとまずこちらは机と椅子2脚を置きます。
公爵の方は、粗末な藁製っぽい御座を敷き、その上に酒樽を置きました。
お互い相手のモノを使ってトラブルが起きたら大変なので、それぞれ準備したものを使うのです。
最初に口を開いたのはメイドさんでした。
「我こそはノルン公爵マリオンである!!!」
外見と一切一致しない野太い声でそう彼女と思っていた彼は述べました。
いやお前が公爵なのかよ!?
思わず反射的にツッコみそうになるのを必死に堪えます。
首までしっかり締まったロングスカートのエプロンドレスを着た彼は、なかなか美人です。ですがメイドにしては髪が長く腰ぐらいまであるのは気になっていたのは確かでした。普通メイドは仕事のため、髪はまとめていますからね。
声は思いっきり男性のモノですが。首が見えないから喉仏もわかりませんし、声を聴いても外見は女性っぽいなと思います。
「そして私は前ノルン公爵夫人リリスです。初めましてお二方」
「あ、はい、はじめまして」
公爵家、変態しかいない説。
前公爵夫人って、母親ですよね多分。母親同伴で戦争とか…… いやボクも義父同伴ですから同じでした。義父にもう少し配慮がありそうなら確かに義父の方を連れて来てましたから、おかしくはないですね。その恰好以外は。
まあ確かにこちらは腰回りが丸いですから、女性っぽさが隠し切れているわけではないですね。ただ遠目から見ればわからない程度でした。
なんというか、完全に場の空気に飲まれてしまっていますが、ひとまずこちらも名乗りましょう。
「マーチ辺境伯アーシェロットです」
「クロン子爵クリスです」
義兄とともに簡潔に名乗ります。キャラが強すぎてもうついていけないので、張り合うのは止めましょう。
「早速今回のこの戦いについて、公爵にお聞きしたいこともありましてこうして機会を設けたわけです」
「たしかに、行き違いがいろいろありそうだからな。意思疎通しても損はないだろう」
そう言いながら、御座の上に正座でちょこんと座る公爵。外見と行動の貞淑さと言葉の尊大さがかみ合ってなくて頭がバグりそうです。
義兄は特に気にせずに椅子に座りました。こういう時の義兄のメンタルの強さは素直にすごいと思います。
「そもそも公爵の今回の目的は何なのでしょうか。残念ながら宣戦文はこちらに届いていませんので」
「ふむ、それを聞くか。端的に言えばエミリーの救出だ」
「彼女が旗頭に欲しい、ということですか?」
エミリーは前辺境伯唯一の生き残った子供です。
カーク子爵とキリル子爵も辺境伯家の分家らしいですが、血としてはかなり遠く、近い血縁はいないという話を聞いていますから、エミリーの旗頭としての存在価値は本来非常に高いです。
とはいえそんな彼女が大々的に禅譲を宣言してますから、今更彼女についていく人は多くないと思います。そもそも彼女自体に辺境伯への思い入れを感じませんし。将来の夢は図書館に住むことな女は伊達じゃないですよ。
「いや、違う。単にエミリーを嫁にもらいに来たのだ」
「へー、なるほど」
ちょっと方向性が違った。内心で何を企んでいるかわからないですが、公爵はエミリーを嫁として欲しているようです。
最初の理由に比べれば条件交渉の余地があるでしょうが、それでもいろいろ面倒な部分が残ります。
「まずエミリーが了承しないのに引き渡すことはできません。条件としてはエミリーの了承があることが大前提です」
「それなら構わない。エミリーは私ことが好きだからな」
公爵は堂々と言い放ちました。どうしてそこまで自信があるか不明ですが…… まあエミリーはどちらかというと女性が好きなタイプですから、男性らしい人間より女装の変態野郎の公爵の方が好みかもしれません。
「ボク個人としてはエミリーを幸せにしてくれるならそれ以上は構わないのですが辺境伯ですからそうも言えないわけです」
「まあ、わからなくもない。旧辺境伯領は全部返還するのはお約束しよう」
「それはありがたいですが、それじゃ足りないのもお判りでしょう?」
正直ボクはエミリーを個人的に気に入っていますし、彼女の知的能力は買っています。
だが、彼女の政治的能力や政治的立場は正直あまり評価できる状態ではないと思います。なのでボク個人としては、最初からあえて辺境伯位を狙ってきているのでなければ、脅威とは感じません。トップに立てるには政治的なものが苦手過ぎますし、神輿に担ぐには彼女は賢すぎます。
ですのでエミリーが幸せになれるなら公爵のところに行くのを止めようとは思いません。公爵とエミリーは知り合い同士のようですし、相手から求められているわけですし、エミリーもまんざらではないのではないかと思います。
ですが、エミリーの血統的価値を考えるとおいそれと送り出すと周りにどんな評価をされるかわかりません。ですので、それなりに公爵が譲歩した、という形を作ってもらう必要があるわけです。もしくはこちらが譲歩せざるを得なかった状況を作るか、です。
公爵側だって、先遣隊が負けただけでそこまで譲歩はできないでしょう。なので、何かしら勝ち負けの形を作り、それで条件を決める必要があります。
「ということで、決闘ですかね」
「そうだね。こちらは私が出るが、そちらは辺境伯殿が出るかね?」
「いや、私が出よう」
「お義兄さま?」
今まで黙っていた義兄がすすっと前に出ました。
基本あまり戦いは好まない義兄にしては珍しい態度です。まあ、強さだけで言えばボクと同等なので、義兄がやりたいというなら止める必要もないでしょう。
「では、公爵である私が勝ったら、エミリーとそうだね、撤退までの食糧を無償でいただこう」
「じゃあこちらは、20年の港湾の無関税使用権と国境沿いの山の鉱山資源使用権を認めていただきます。あと、食料は有償ならば譲りますよ」
「ふむ…… まあそれなら構わないだろう」
港湾の無関税使用権というのは、こちらから出した船が公爵領の港に着いた時に公爵側は関税がかけられないという話です。戦争の賠償として認められる場合もありますが、基本は2つの領の友好と経済交流の促進を目的にされることが多いですから、旧辺境伯が嫁ぐときの実家への援助としての外形もつくでしょう。
故郷のライン村の港の整備も順調で来年ぐらいから使えると聞いていますからこの権利を手に入れられればそれなりに利益が出るはずです。
国境沿いの山というのは、辺境伯領と公爵領の境目の話です。キリル子爵領の周辺以外は基本山が連なる山脈が国境にそびえたっていますので、行き来が非常に面倒だったりします。そしてその間の山の帰属は、まあ、揉める可能性が将来的にあったりします。現状はただの山で鉱山も何もないのですが、将来的にもしかしたら役に立つかも、程度の期待です。まあ権利関係が確定すれば調査もしやすいですから。
この程度譲歩させれば、まあ形だけはつくでしょう。これ以上戦争を続けて人を消耗したくないのが一番です。寝返った男爵4家には領地を返せますし、3家分の領地が空きますから最低限の恩賞は出せるでしょう。
何にしろ公爵とこと構えたくないです。潜在的な兵力に差がありすぎるので最終的に負けるのはこちらである可能性が高いですから。
「日時は明日の正午、場所はこの辺りでいいですか」
「ああ、構わん」
こうして、大体の方針は決まりました。
あとは決闘の結果で決まるでしょう。正式に行われる決闘というのは重いものです。ウチを攻めてきた辺境伯は勝手な宣言でしたし思いっきりボクが勝ったので問題にはなりませんでしたが、負けたり、生かしておいたりしたら正式じゃないとしてもどう使われていたかわからない程度には重んじられます。
公爵も決まったと判断したのでしょう。
二人で酒樽から酒を直接飲み始めました。豪快過ぎるでしょ……
「飲むか?」
「いえ、お酒はお義兄さまに禁止されているので」
「ふむ、ならしょうがないな」
アルハラされるかと思いましたが、案外簡単に引き下がりました。
ただ、ここにこのままいるといつアルハラされるかわかりませんし、ボク達はさっさと村へと戻るのでした。