死の支配者が新たな出会いを求めるのは間違っているだろうか   作:全ての道はところてんに通ず

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お待たせしました、難産です。


はじめての出会い(ファーストコンタクト)

モモンガが彼女の意識回復を待って数十分が経過しただろうか。

彼はすでにルービックキューブをそろえ終わっており、アイテムボックスに入っていたさまざまなアイテムの点検を行っていた。

 

「これはドラゴンの血、これは何かのイベントアイテム、これはガチャの外れアイテム、これは…ゴミアイテムだな、よし」

 

モモンガはボックスからアイテムを取り出してはそれを少しの間眺め戻す作業を繰り返していく。ちなみに最後に彼が乱雑に放り投げたそれは、怒っているのか笑っているのかわからない表情が彫り込まれた嫉妬マスクと呼ばれる装備品である。

この装備品だが、クリスマスのある特定の期間ユグドラシルにログインしていると強制的に手に入ってしまういわば呪われた武器なのである。ちなみにたっち・みーは持っていなかった。みんなで囲んで3回PKした。

そんな過去のバカ騒ぎを思い出し、モモンガに小さい笑みがこぼれる。

しかし、それと同時にモモンガの胸の中に現れたのは決して小さくない不安感だった。

現在モモンガが遭遇しているこの転移だが、当然のことながら不確定な部分が多すぎる。現状では転移の目的やその方法、そして帰還する方法が存在するのかすら分かっていないのだ。

まず先んじて行わなくてはならないのは、この未知の世界についての情報獲得である。

 

「そのためにも、とりあえずはこの迷宮(ダンジョン)から脱出しないとな」

 

道にたびたび転がっている人間らしき死体の服装を見たところ、一番近いところで言うなら中世を思わせるような装飾の施された服装をしていた。ならば、マップメモに書いていない一階層より上はそれ相応の加工技術を持っている都市があるのだろう。そこなら人も情報も多くあるはずだ。

モモンガがそう思い、迷宮(ダンジョン)から安全に、そして多くの情報を持って地上に到着するプランを構築していると、後ろから布がこすれるような音が聞こえる。察するに後ろで寝かせていたエルフの少女が目覚めたのだろう。

 

「ああ、目覚めたのか。生きていたようで何より。どうだ、どこか痛むところはないか?」

 

モモンガは少女のほうに振り返り、できる限り警戒心を与えず、それでいて違和感を持たせないように『鈴木悟』ではなく『モモンガ』としての仮面(ロール)をかぶり話しかける。

彼女はこの死体が多い迷宮(ダンジョン)の中でも貴重な生存者だ。できる限り多くの情報を仕入れ、有効にコミュニケーションを行いたい。敵対関係なんてまっぴら御免だ。

しかし、モモンガが最大限慎重に言葉を選んだにもかかわらず、エルフの少女からの返答はない。起きたばかりだからまだ意識が回復しきっていないのかもしれない。

 

「どうしたのだ。まだあまり本調子ではないならまだ寝ていても構わないぞ」

 

そう言ってモモンガは少女を再び寝かしつけるために彼女に近づいていく。しかし、彼が少女と顔を合わせたとき、その様子が明らかにおかしいことに気づく。

少女の顔は恐怖と絶望に染まっており、身体は凍傷にあった人のようにガタガタと震えている。そしてモモンガが彼女に近づいていくごとに、彼女の目が早回しのビデオのように急速に色を失っていくのだ。

 

ーーもしかして、あのモンスターには呪いを付与する効果もあったのだろうか。

 

万が一のことも考え、モモンガは少女に向けて手を伸ばし思いつく限りの探知魔法をかけてみるが、それらしき負荷効果(バッドステータス)の痕跡はない。

そしてその瞬間、モモンガは自身が犯した致命的な過ちを自覚する。

ユグドラシルというゲーム内において、アインズのこの姿は恐怖の対象ではなかった。むしろアバターのクオリティが高いと賞賛の対象だった。

しかし、転移したこの世界ではどうだろう。おそらく人間が地上で暮らしており、その命を奪うためモンスターが襲ってくる。さらに死んだらそれで終わりというこの世界において自分はどう映るだろうか。答えは当然、『邪悪な化物』である。

モモンガはその事実にたどり着いた瞬間、瞬時にユグドラシル時代にキャラ作りのため付与していたあらゆるエフェクトをオフにする。ついでに接触時にダメージを与えてしまう可能性を考えて、特殊能力の中にある負の接触(ネガティブタッチ)を解除する。

さて、これからどうする。

少女はすでに自分の骸骨の顔を見てしまっている。今更顔や手を隠しても意味はないだろう。

記憶操作(コントロール・アムネジア)を使うか?いや、事前情報も無しに記憶を改ざんするのはあまりにも危険だ。

いっそのこと殺してしまえば…

 

「…馬鹿か俺は。それじゃあ本当に化け物じゃないか」

 

数多くの考えが浮かんでは消えていく。

しかし、元の世界では他人の感情の機微などほとんど考えなくてもよかったモモンガにとって、今直面している状況はまったくの未知である。有効打になりそうな打開策はなかなか出てこない。

なんにせよ、まずは会話を成立させなければならない。モモンガは少女に手をかざし、一つの魔法を発動させる。

 

感情の炎(ファイアー・オブ・アフェクション)

 

すると、空中にさまざまな色彩を放ちながら煌々と灯る炎が現れる。そしてその炎が少女の体へと入っていくと、先ほどまでは死体のようであった彼女の顔に色が戻っていく。

この魔法は、対象に任意の感情状態を付与できる炎を生み出すという魔法であり、味方にバフとしてかけてもよし、相手にデバフとしてかけてもいいという一度に二度おいしい魔法なのである。

しかし、ユグドラシル内で感情バフ・デバフを大きく受けるのは踊り子などといった後衛職がほとんどであり、射程距離が意外に短いこの魔法は正直使えない魔法だと思っていたのだが…わからないものだ。

 

「今、魔法で君の精神に防御をかけておいた。これで喋れるようにはなっただろう」

 

少女はしばらくの間何が起こったのか分からないかのように放心していたが、やっとモモンガの声が届いたのか目を見開くと、近くにあった杖を取り瞬時に距離を取る。その瞳には確かな敵意が見えていた。

まずはこれで一歩前進、問題はここからどうしていくかである。

彼女がこちらに向かいほぼ無意識にも敵意をむき出しにしている以上、この世界でいうモンスターというものはユグドラシルでいうところのアクティブモンスターと同じような存在なのだろう。

全種族魅了(チャームスピーシーズ)を使う手もあるが、そんなことをすればあとで記憶操作(コントロール・アムネジア)をおこなう手間もかかるし、万が一彼女の仲間に魔法を探知できる存在が居た場合、要らない禍根の材料となる。

それにこれはピンチでもあり、チャンスでもある。もし仮に、モンスターが言葉を交わすことがこの世界の常識であった場合、モモンガはいつもの敵認定されて戦闘待ったなしというところだろう。

しかし現状はどうだろうか。確かに少女は敵意を向けてはいるが、その敵意の中には困惑や未知への恐怖が見え隠れしている。だとしたら付け入るスキはいくらでもある。

 

「待て、落ち着くんだ。言っておくが私は他のモンスターのように君を殺しに来たのではない。自己の知性でもって君を助けたんだ」

 

「…モンスターが喋るなんてあり得ない。というか、その言葉を信用するほど私が愚かだとでも?」

 

彼女は、持っていた杖を先ほどよりも高く上げその先端をモモンガに突きつける。

メモに書いてあった文字が読めたところから何となく予想はしていたが、やはり言葉が通じている。

この世界においてモモンガが重要視していた言語という問題がなくなったことに小躍りしたい気分だが、状況が状況なのでローブの下でこぶしを握り締める程度に留める。

 

「もし仮に、あなたが本当に私を助けてくれていたのだとしたら感謝しなきゃいけません…だけど、私は冒険者で、あなたは倒すべきモンスターなんです!」

 

「状況を整理してみてくれ。私が今まで君が遭遇してきたモンスターと同じだったなら、気絶していた君はとっくに死んでいるはずだろう?」

 

「それはっ…!そうでしょうけど…でも!」

 

「それに、殺すのが目的なら君の精神に守りをかけたりなんてしない。今必要なのは暴力ではない。理解、そして会話なんだ」

 

この世に無償の施しを容認する者は少ない。人に親切にした者は心のどこかでその恩に報いてくれることを期待する。しかし、人に親切にされた人間もまたその恩に名に返せるものがないか考えるもの。それが心優しい人間であるのならなおさらだ。

そして短いコミュニケーションの中でも理解できた。この少女は善人である。こんな理解のできない怪物に対し言葉を交わし、攻撃に躊躇を見せている。

 

「なにも友人になろうってわけじゃない。私が要求するのはここでは襲わないという約束たった一つ、そして提供できるのは君の身の絶対安全、そして私が持ちうる情報だ」

 

契約書作成(クリエイト・コントラクト)

 

モモンガはそう言い終わると、空中に指で四角形を描き一枚の紙を作り出す。そしてその紙を彼女に差し出した。

 

「この契約書には、私が君に提供できる身の安全と情報の提供についての記載がされている。君が約束を破ってもなんら問題はないが、私がこの契約を破れば私の四肢はもげ、爆散するようになっている。これで、この場は納めてもらえないだろうか」

 

「四肢が…爆散…?」

 

少女は今なお震える手で契約書をつかみながら、契約書とモモンガの顔を交互になんども見つめる。

もちろん、そんな魔法はユグドラシルには存在しない。モモンガが行ったのは道具創造(クリエイト・アイテム)を使った何の力もない紙切れの作成である。

得体の知れない化け物が、化け物自身が作り出した契約書で明らかに自分側に有利な取引を持ち掛けている。通常の判断なら相手の考えを警戒し取引を断るだろう。誰だってそうする。モモンガだってそうする。

しかし、モモンガにはこの少女が自分の取引を受けるだろうという確信があった。

少女を観察してみればわかることだが、彼女の装備は一人で来たというには異常なほど少ない。おそらく荷物持ちのような要員が居たのだろう。さらにその少ない装備もひびが入っていたり、破損しているものがほとんどだ。

彼女は間違いなく疲労している。肉体は回復薬(ポーション)で回復したとしても、精神はモモンガとの一件もあって限界に近いだろう。

だからこそ、そこに一本の糸を垂らす。身の安全という糸を。

本来であれば吹けば飛ぶような嘘。しかし、人間は堕落を正当化できるなら怪しいウソにも簡単に引っかかる。

 

「本当に…本当に保障してくれるんですね。私の安全を」

 

少女は震える手で契約書の欄に名前を書き、モモンガに向かいそれを差し出してくる。その眼にはもはや警戒心は残っておらず、ただ自らの安全を切望する少女の顔がそこにはあった。

モモンガは、一介の営業マンである自分の立てた計画が非常に良い結果でもって終結したことに喜びを感じながらも、あくまで契約が結ばれたことに安堵するような様子を演じる。

 

「ああ、約束するとも。この私、モモンガの名に懸けてな」

 

そして少女から受け取った契約書を懐に入れると、しゃがむことで目線をあわせつつ笑みを隠しながらそう宣言するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あらためて自己紹介から。私はモモンガ、見ての通りアンデッドの魔法使いだ」

 

「…レフィーヤです」

 

迷宮(ダンジョン)の19階層にダンジョンの中とは思えないほどの静けさが広がる。

現在、モモンガとレフィーヤはモモンガが出現させた丸テーブルに向かい合うように座っている。そしてレフィーヤの方にはまだほのかに湯気を立てている紅茶が添えられていた。まだ少し警戒しているのか、飲む様子はない。

確かにモモンガは情報の入手のために彼女を生かした。だが、『鈴木悟』として死にゆく人間を助けたかったという気持ちがないわけではないのだ。そこまで警戒されると少し傷ついてしまう。

それに、そろそろ『モモンガ』の演技にも疲れてきたところだ。早いとこ友好関係を築いて素で話したい。

モモンガは与えてもよい情報と、よくない情報を頭の中で整理しながら話題を考える。

 

「そう、だな。まずは誤解を解くことから始めよう。私は君たちがいつも相対している迷宮(ダンジョン)の壁から生じたモンスターではないんだ」

 

迷宮(ダンジョン)産のモンスターではないってことは…もしかしてオラリオの外から来たんですか!?いったいどうやって!」

 

レフィーヤは興奮のあまり椅子から立ち上がる。

やはり、この迷宮(ダンジョン)の上には都市、もしくは国のようなものがあるらしい。

 

「そうだな、説明したい気持ちはもちろんあるが残念ながらそれは難しい。なぜなら私も気が付いたらユグドラシルという場所からこの迷宮(ダンジョン)の中にいて、状況が把握しきれていないんだ」

 

「そのユグドラシルって国はわかりませんが…魔法でここまで飛ばされたのであれば呪文を唱えた術者が近くにいたはずです。そういった人に心当たりは?」

 

「…申し訳ないが、見当がつかない」

 

ユグドラシルの中であればワールドアイテムによる転移も考えられたのだが、今回はゲームであるユグドラシルから現実の世界である異世界に転移が行われている。ワールドアイテムにしてはあまりにも力のベクトルが違いすぎる。

 

「念のため、君の思う魔法と私が思う魔法について擦り合わせをしておきたい。もちろん違いは少ないと思うが、万が一違いがあった場合それが犯人の特定に繋がるかもしれないしな」

 

そしてモモンガは、先程のレフィーヤの発言の中にあった相違点について追求する。

レフィーヤは呪文を唱えた者はいたかと質問してきたが、もしこの世界の魔法がユグドラシルのものと遜色がないならそんな質問はしないだろう。

なぜなら、ユグドラシルの魔法を使う自分は異世界に転生してもなお魔法の詠唱行為を必要としていないからである。そしてそこから推察できるのは、この世界にはこちらとは違う独自の魔法のルールがあるということだ。

 

「えっと、私が思うっていうか、魔法っていうのは自分の中にある魔力を使って呪文を唱えることでその人ごとにいろいろなことができるっていう感じなんですけど…あ、レベルが上がったり、魔導書を読んだりすると手に入ることが多いみたいですよ。それからエルフは魔法の扱いに長けている方が多い傾向があるんですけど一説によっては恩恵がなくても魔法を行使できる同胞が居たという話があって…」

 

レフィーヤは最初こそ遠慮したような話し方をしていたが、徐々にそのペースを上げていく。声色もこころなしか高くなっていく。

杖を持っているところからして魔法使いのようだし、やはり自分の得意分野の話をするのは楽しいのだろうか。

 

「なるほど…やはり、私の思っている魔法とあまり遜色は無いようだ。時間を奪ってしまって申し訳ない」

 

「あ、いえ!私こそ関係のない話をしてしまってごめんなさい!」

 

「いやいや、レフィーヤが謝ることは何もない。それに、私は君の話に非常に価値を感じている。情報が多ければ多いほど、私は真実に近づく可能性を高めることができるんだ。もし君が良ければだが、いろいろな話を聞かせてくれないか?」

 

「は、はい!わかりました!」

 

モモンガの問いかけに対し花のような笑顔を浮かべたレフィーヤは堰を切ったかのように話しだし、モモンガはその話を驚きや感嘆、時には笑いをもって受け止めていく。

さらにモモンガはその話の中に出てくる神、恩恵(ファルナ)、ステイタス、それ以外にも多くのこの世界独自の情報を整理していく。

当初、モモンガはこの世界は元の世界の読み物のような異世界であると考えていた。しかし、この世界にステイタスやスキル、エンチャントといったゲーム用語が存在している以上、自分以外にもユグドラシルから転移してきた者たちがいるのかもしれない。彼らを見つけ出すことができれば、この世界の理解に大きな進展を与えるだろう。

当面の目標を固めそのためにすべき行動を組み立てていると、モモンガの脳裏に鈴のような音色が鳴るとともに、いくつかの光景が映し出される。どうやら、周囲を偵察していた隻眼の屍(アイボール・コープス)から伝言(メッセージ)のようなものが届いたらしい。

 

「…なるほど。分かった、では引き続き監視を続けてくれ」

 

モモンガは脳内のそれらを確認すると隻眼の屍(アイボール・コープス)に再び命令を出し、モモンガの突然の発言に目を白黒させているレフィーヤの方へと向き直る。

 

「どうやらこの先の安全地帯(セーフティーゾーン)に、周りの冒険者とはレベルの違う大部隊が接近しているらしい。ピエロのようなエンブレムの書かれた旗を背負っていたらしい。もしかしたら君の仲間なんじゃないか?」

 

「確かにそのエンブレムは私たちロキファミリアの物です。リヴィラの街の人たちより強いってことは…もしかしてアイズさん!?私、行かないと!」

 

レフィーヤはそう言って飛び上がるように椅子から立ち上がると、上に繋がる道へと走っていこうとする。しかし、彼女の傷は完全には回復しきってはいなかったのだろう。彼女は数歩進んだ後に苦し気に声を上げるとその場にうずくまってしまう。

 

「はやる気持ちは分かるが無理はしない方がいい。それに、君が上に行くというなら私も同行しよう。契約に基づき君の安全を確保しなければならないからな」

 

「それは助かりますが…あなたはモンスターですから、アイズさんたちに出会ったら攻撃されちゃいますよ?」

 

「なんだ、私のことを心配してくれるのか?」

 

「ち、違います!私はただあなたと一緒にいるところをファミリアの仲間に見られるといろいろと面倒なことになるなと思っただけです!」

 

「そうだな。だが安心してほしい、私が同行するのは安全地帯(セーフティーゾーン)の手前までさ。そこまでいけば契約も成立させられるだろうしな」

 

モモンガは椅子から立ち上がり、出していた椅子とテーブルをストレージの中にしまう。

その瞬間、迷宮(ダンジョン)が地響きとともに鉄の軋むような唸り声が響き渡る。

迷宮(ダンジョン)の怒号であろうそれは数十秒に渡り響き続け、それが収まったかと思うと今度はこのフロアの壁全体に亀裂が走る。

おそらくこの現象は迷宮(ダンジョン)におけるモンスターの誕生、それもこの数は異常事態(イレギュラー)と呼ばれるものなのだろう。広場の奥に続く道にまで亀裂が入っていないところを見るに、異常事態(イレギュラー)はこの場所のみで発生しているらしい。

しかし、なぜこんなことが起きているのだろう。レフィーヤの話によればこのような異常事態(イレギュラー)は冒険者が疲弊していたり、モンスターが出てこないよう長時間壁を傷つけたりしなければ発生しないはずーー

そこまで考えたあたりで、モモンガはとあることを思い出す。

たしか先ほどまで使っていた椅子とテーブルは『静謐の茶会』というアイテムで、その効果は設置した場所から半径50メートルのモンスターのポップを封じるというもの。もし仮にその効果が迷宮(ダンジョン)にも適応されたのであれば、それは異常事態(イレギュラー)発生のトリガーにはならないだろうか。

 

「も、モモンガさん敵が!それにあんなにいっぱい!早く逃げましょう!」

 

レフィーヤは全滅のトラウマを刺激されたことで多少混乱してはいたが、すぐに正気を取り戻すとモモンガに向かいそう叫びモモンガの袖を引っ張る。

しかし、モモンガはその腕をそっと引きはがすとモンスターの群れへ向かっていく。

 

「そんな、何をするつもりですか!あの量のモンスターを相手にするなんて無茶です!戻ってきてください!」

 

「そのダメージでは十分に逃げることはできないだろう。それに、勝算なら十分にある。安心してそこで見ているといい」

 

モモンガはそう言い終わった後、壁から這い出てきた何十ものモンスターを見据える。

複雑な心境だ。これだけのモンスターを前にしているのに恐怖が一切湧いてこない。それより先に出てくるのは傷を回復できる手段があるにもかかわらず、マッチポンプまがいのことをしていることへの罪悪感だ。

どうやら、精神の非人間化は依然として進行しているらしい。今回はプラスに働いているようだが、いつかその変化が大きな失敗を招くのではないかと不安に駆られる。

しかし、いつまでもそんな感傷に浸っているわけにもいかない。壁から這いずり出たさまざまな外見のモンスターたちはモモンガの姿を見つけると、まるでターゲットを見つけたかのような速さで一直線にこちらへと向かってくる。

どうやら迷宮(ダンジョン)はモモンガを排除すべき異物と認識したらしい。

 

「まぁどのみち彼女を助けた時点でどこかの組織と敵対することは覚悟していたんだ…悪いが蹴散らさせてもらうぞ」

 

モモンガは左手を振るい、杖を地面に突き立てると魔法を発動させる。

 

負の爆裂(ネガティブ・バースト)

 

大気が震える。

爆裂するかのような重低音とともに、漆黒の光の波動がモモンガを中心とした周囲を一気に飲み尽くす。漆黒の波動に飲み込まれたモンスターたちは瞬く間に粒子状に飛散し、魔石を残すことなく消滅していく。

そして、数刻の衝撃の後に残されたのはモモンガとレフィーヤ、そして平地となった地面だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18階層、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

平時であれば迷宮(ダンジョン)の中でも比較的和やかに時間が進むその場所では現在、戦場もかくやという空気間で中継地点の設営が行われている。

そして、そのテントにはピエロのようなイラストが記載されたロキファミリアの旗が高々と張られていた。

 

「のうフィン。いくら将来有望な団員の捜索とはいえ、やはり19階層あたりにこんな大部隊は過剰なんじゃないか?」

 

そしてその中心であるひときわ大きなテントで、二人の幹部が顔を向き合わせる。

一人はがっちりとした体格に、背中に背負った戦斧が特徴的なドワーフ。

そしてもう一人は先ほどの男とはまったくの真逆な小さな体躯の小人族であった。

 

「別の任務中だったワシまで連れ出しおって、これが終わったら一杯おごってもらうぞ!」

 

「いいとも、なんならこの仕事が終わった後のガレスの酒代は僕持ちでも構わないよ」

 

「そりゃあいい!…で、どうなんだ。おぬしがここまでの大部隊を編成したということは何かあるんだろう?」

 

そうガレスが尋ねると、フィンは少し悩むような様子を見せる。

 

「…いや、今のところは何の確証もないただの勘だ。しかし、今回はそのレベルが尋常じゃなくてね」

 

そう言って、フィンはガレスに自身の親指を見せる。

その指は誰が見ても顔をゆがめるほど痛々しくねじ曲がっており、根元の部分には血がしみ込んで真っ赤になった包帯が巻かれていた。

 

「エリクサーをかけてもすぐまたこうなってしまう。命の危機でも疼く程度だったこの指がこんなことになるということは、この局面は僕たちファミリアの、いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

フィンは右手の槍を握り締め、一筋の冷や汗を流しながらそう呟くのであった。




ロキファミリアの人たちの喋り方がこれでいいのか分からない…

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