セカンドライフの世界を舞台とした、セクシャルマイノリティの人のお話です。

結城あやさんの小説「Over Sexuals」の二次創作小説ですが、あやさんの世界をそのまま使うのではなくて、わたしが感じた世界に置き換えて話を作ってみました。
原作を知らなくても楽しめるようにしてみたつもりです。

この作品を書いたのは2015年で、まだメタバースもVRChatも話題になっていなかった頃です。
その頃でも、こういうことを考えている人たちはセカンドライフに実際にいました。
そういう内容を小説にしたものです。

わたしの作品では、身の回りに実際にいた人をある程度モデルにしてる部分がありますので、完全な空想話では無い感じです。

ここに書かれているようなことはメタバースと呼ばれるようになった今でもあると思いますので、8年くらい前の作品ですけどこちらに掲載することにしました。

この作品はわたしが初めて書いた小説です。

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Over Sexuals - Sakura version

■プロローグ

 

「これでいいわ」

 

深紅に染まった唇からそっと口紅を離すと、彼女はそうつぶやいた。

 

見渡す限り真っ白な空間にポツンと置かれた、真っ白な鏡台。

その椅子に座り、鏡を見つめる一人の女性。

 

西洋人形のように真っ白な柔らかな肌

見つめられると吸い込まれてしまいそうなほど妖艶に輝く瑠璃色の瞳

おぼろげに光を放つ細くやわらかな金色の長い髪

素肌が透けて見えそうなほど薄い生地で出来たドレス

 

鏡に映る彼女の姿は、絶世の美女…とまではいかないにしても、女性としての美しさを追求した結果そこに具現化しているような、そんな姿だった。

 

多くの男性を虜にするのはもちろん、多くの女性をも魅了するその姿は、彼女自身にとっても十分満足出来る姿だった。

 

それでも、悩みは尽きない。

 

「もう少し胸があった方がいいかしら?」

 

胸元を覗き込みながらそうつぶやくと、彼女は“パラメータ”を調整し始めた。

その値に応じて、彼女の胸のサイズは少しずつ変化していく。

 

「これでいいわ」

 

さきほどより少し大きくなった胸を見つめながら、彼女は再びそう呟いた。

 

その表情には、心から満足をしているという感情があふれた笑みが浮かんでいる。

 

 

「そう、なれたのよ。女性に」

 

彼女は、心の中でそうつぶやいた。

まるで何かを確認するかのように。

 

 

「エリカ、着替え終わった?」

 

遠くから、彼女に向かって問いかける声が聞こえる。

 

 “エリカ”

 

彼女は、この世界ではそう呼ばれている。

 

「ええ、準備出来たわ。さあ、はじめましょう」

 

彼女はゆっくりと立ち上がると、声の主の方へと歩き始めた。

 

彼女の脇にあった鏡台は、音も無くスッと消えていく。

 

二人は並んで、光が差し込む方へと歩いていく。

まるで、新しい世界へと歩みだすかのように…

 

■第二の人生

 

−1年後−

 

電機メーカーの看板が並ぶビル

萌えキャラクターが看板に描かれたメイド喫茶

コスプレ衣装のような洋服が並ぶ衣料店

 

 “アキバ”

 

と呼ばれるその場所は、現実世界の秋葉原とは違うものの、その要素を持った様々な建物が建ち並ぶ町である。

 

現実世界とは違う世界、人々はその世界を、

 

 “セカンドライフ”

 

と呼んでいる。

 

SF 映画に出てくるようなコンピューターの中に構築された架空の世界、それがセカンドライフである。

 

架空の世界であるので、そこには生身の人間は存在していない。かわりに、

 

 “アバター”

 

と呼ばれる人を表すものを介して、現実世界の人々はセカンドライフの世界へとアクセスをする。

 

アバターは自由にカスタマイズすることが出来る。

そのため、現実世界であこがれの姿になっている人も少なくない。

アバターは、セカンドライフの世界の中で、最初に“第二の人生”を感じられる要素である。

 

仮想の世界であるにも関わらず、アバターを操作しているのは生身の人間であるため、そこには人間の心が色濃く反映されている。

 

アバターだけでなく、現実世界の秋葉原のような町が構築されているのも、そのひとつである。

また、そこに生活をしている人同士も、現実の世界と同じように生活を行なっている。

 

 

「こんにちは」

 

腰の辺りまで伸びた黒髪

花柄のドレス

水色のスカート

 

さわやかで清楚な印象の女性は、町中を見回していた大柄の女性へと声を掛けた。

 

「あら、ジェーンちゃん、こんにちは。元気だった?」

 

牛乳瓶眼鏡

赤いジャージ

サンダル

 

華やかな町とは似つかわしくない雰囲気の女性は、彼女を見ると笑顔でそう答えた。

 

「ええ、元気です。お仕事は忙しかったですけれど、もう落ち着きましたので。女将さん今日もお元気そうですね」

 

「元気、元気。元気だけが取り柄だから!あはははは。ところで今日はどうしたんだい?」

 

ジェーンはバッグから地図を取り出し、それを広げると、

 

「これから、モン・サン=ミシェルへ行こうと思いましたので、お誘いに来ました」

 

笑顔でそう答えた。

 

モン・サン=ミシェル

フランス西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ小島である。

 

しかしジェーンが言ったのは、現実世界のモン・サン=ミシェルのことではなく、セカンドライフの世界の中に作られたモン・サン=ミシェルを模した場所のことである。

セカンドライフの世界の中には、アキバのような町だけでなく、世界の名所などのような場所も数多く存在している。

現実世界ではとても気軽に行けそうにない場所へも、セカンドライフでは簡単に旅をすることが出来る。

ジェーンは、そこへ行こうと誘っているのであった。

 

「まあそれはうれしいねえ。でも、これからRLで洗濯なのよ。ほら、最近雨続きで全然干せなかったでしょ?もう洗濯物がたまっちゃってて。なので、今はいけないねえ」

 

女将は少し残念そうな表情で、そう答えた。

 

“RL”というのは、「リアルライフ=現実の生活」のことである。

 

セカンドライフの世界の中では、雨は降ることは無い。

なので洗濯物を干すという習慣も、そういうシチュエーションの景色を作らない限りは、存在しない。

 

なのにそういう会話が出てくるのは、アバターの向こう側には、現実世界の生活がある“人”がいるからである。

 

仮想の世界なのに現実世界の会話が混在する。

セカンドライフはそんな不思議な空間なのである。

 

「あ、洗濯終わって、お昼の準備が出来たら行けるよ。あとで行くね!」

 

女将のその言葉に、一瞬曇りかけたジェーンの表情がパッと明るくなった。

 

「わかりました。では先に行ってますね!」

 

「はいよ」

 

次の瞬間、ジェーンは光に包まれ、その姿は煙のように消えてしまった。

 

セカンドライフでは、“テレポート”という方法で、別の場所へと一瞬で移動することが出来る。

ジェーンはその方法で移動したのだった。

 

今ごろは、ジェーンの眼前にはモン・サン=ミシェルの景色が広がっていることだろう。

 

そういう情景を頭に浮かべていた女将であったが、現実世界で山積みの作業のことを思い出すと、

 

「ああ、やんなっちゃうねえ。こっちの世界なら、こんな苦労しなくていいのに。いっそ、こっちに永住したいよ」

 

そう言いながら、画面内のログアウトボタンを押した。

 

女将の姿も、スッと消えていく。

 

ただジェーンの場合とは違い、女将のアバターはこの世界から消えてしまった。

次にログインするまで、この世界には女将のアバターは存在しない。

 

彼女は現実世界の用事を済ませたあと、再びこの世界へ戻ってくるだろう。

なぜなら彼女にとってこの世界は、現実世界の“主婦業”という日常の悩みを忘れることが出来る、理想の空間なのだから。

 

 

彼女だけでは無い。

 

ここは誰もがみな、なりたい自分になれる世界。

自分好みの場所を作れる世界。

現実では得られない。楽しみや安らぎを得られる世界。

そしてそれが一過性のゲームでは無く、日々の生活として存在する世界。

 

 セカンドライフ=第二の人生

 

まさに文字通りの世界なのである。

 

 

■ゲンジツトウヒ

 

タバコとお酒の匂いが鼻をつき、周りの人々のざわめきがガンガンと頭に響いてくる。

 

ハイボール

サワー

ビール

ウーロン茶

 

壁に掛けられたメニューの木の札で、ここが居酒屋であることを思い出す。

 

「そうだ、今日は会社の飲み会だった」

 

わたしはお酒が飲めない。

飲めないにも関わらず飲まされて、酔いが回って意識が飛んでしまっていたのだった。

 

セカンドライフの世界では、お酒に酔うということは無い。

ここは、現実の世界である。

 

「ふう」

 

ため息をつくと、のどの奥からアルコールの匂いが口の中にあふれだし、外に吐き出されていく。

その匂いに、また酔ってしまいそうになり、あわてて目の前にあったコップの水を飲み干す。

 

「はあ」

 

アルコールの匂いが消え、ようやく頭が回り始めたところで、周りの会話が頭に入ってくる。

 

「今日入ってきた新人の子、若々しくていいね」

 

目の前の、髪の毛がバーコードのようになっていて、おでこは脂ぎっている、あきらかに中年という感じの50代後半の雰囲気の男性は、周りのお客さんにも聞こえるような大声でそう言った。

 

「そうですね。部長のおっしゃる通りです」

「うんうん」

 

周りの男性がそれに合わせて相づちを打つ。

 

「胸は大きいし、太ももはムチムチだし、たまらないよ」

 

部長と呼ばれている男性は、興奮しながらそう叫んだ。その内容と大声に、周りのお客さんは一瞬びっくりして静まり返る。

しかしここの人たちは、周りのお客さんのことなどはお構いなしのようだ。

 

「彼氏いるんですかね?」

 

部長の隣の男性、20代前半のまだ若い青年が、そう部長へ尋ねた。

 

「その辺は聞いてないな。今度聞いてみるか」

 

「そうですね!」

 

部長の隣の男の前、わたしの右隣に座っている30代後半の雰囲気の男性が、そう相づちを打った。

彼はさっきも、部長の太鼓持ちのような相づちをしていた。

実際、会社の中でも、部長の後ろをついて回る太鼓持ちである。

 

「あんな子が彼女になってくれたら、たまりませんね」

 

青年は興奮している。

 

「青葉くんもそう思うか。わしも、あと10年若かったらものにしてたんだけどな。あははははははは」

 

部長はさらに大声で大笑いをした。

周りのお客さんは、もう彼のことを気にしていない。

 

「部長でしたら、今でも十分いけますよ。大人の魅力で彼女を落としてください」

 

「ぬはははは。大場くん、ありがとう、ありがとう。うん、わしもまだまだ頑張らないとな。あははは」

 

太鼓持ちにのせられて、部長のテンションはさらに上がる。

 

 

「きみはどうなのかね?」

 

部長がわたしに対して尋ねてきた。

 

「え…」

 

酔いで頭が回らない頭では、すぐに答えが出てこない。

いや、酔っていなくても、この質問にはなかなか答えが出せない。

 

「彼は、こういうのは弱いんですよ」

 

“太鼓持ち”の大場は、部長にそう言った。

 

「そうなのか。ダメだな、もっと男らしくならないと。男なんだろ?」

 

部長は再び私に尋ねてくる。

 

「もちろん、男です」

 

そういう回答を求めて…

 

 

でも、わたしはそうは言えない。

なぜなら、わたしの心は女性だからだ。

 

男性として生まれ、男の子として育てられていたにも関わらず、わたしは物心ついた頃から、自分の中の性に違和感を感じていた。

 

なぜ、女の子と一緒に遊んじゃいけないの?

なぜ、女の子と同じ服を着ちゃいけないの?

なぜ、男として生きなきゃいけないの?

 

周りは当然、男としてのわたしを求めてくるけれど、わたしの中にはいつも、女性としての気持ちしかそこには無かった。

 

その気持ちは、体が成長すればするほど、わたしの中でどんどん大きくなっていった。

 

しかし、そういう気持ちを出すことは、親はもちろん、お友達や周りの人には奇異に写ってしまうかもしれない。

悲しませてしまうかもしれない。

だから、心の中に封印したまま、大人を迎えてしまった。

 

それでも、

 

町中ですれ違う女性

ショーウィンドウの中の美しいマネキン

テレビで放送されている女性向けの番組

 

などを見ていると、そういう思いはふつふつと湧き上がっていたのだった。

 

そして、今のように、“男”を求められてしまうときも…

 

 

「は…、はい」

 

か細い声で、そう呟くのが精いっぱいだった。

 

「だよね。じゃあ、もっとガツンといかないと。もっと男らしく!」

 

「そ…、そうですね…」

 

なんとかそう答えたものの、もちろんそれは本心では無かった。

 

 

「男なんて、男なんて…」

 

酔いが回ってボーッとした意識の中でも、その葛藤はふつふつと湧き上がってくるのだった。

 

「早く家に帰って、

 そして、セカンドライフにインしたい。

 エリカに戻りたい…」

 

“エリカに戻る”

 

そうわたしは、セカンドライフの世界では、エリカなのである。

 

現実世界で女性として生きられないわたしは、性別の垣根を越えて生活をすることが出来る仮想空間「セカンドライフ」の世界に魅了され、エリカという名前の女性アバターとしてそこで日々の生活を送っている。

 

そこでは、わたしは女性として受け入れられている。

 

 “男だから”

 

そう言われることは無い。

それはわたしにとって、心から安らげる世界である。

そのためわたしは、セカンドライフでの生活をもう1年も続けている。

 

 

 “現実逃避”

 

ある意味そうかもしれない。

しかしその場所があるからこそ、直視したくない現実世界でも、生きていけるのかもしれない。

 

直視したくない現実…

それはまさに、今。

 

今すぐにでも、この場から逃げだしたい。

しかし現実は、それを許してくれなかった。

 

 

「がははははははは」

 

部長の高笑いが響き渡る。

 

三人で何かを話しているのは分かるが、もうその会話は頭に入ってこない。

 

頭をすっきりさせようと、わたしは脇にあったグラスを取って、その中の透明な液体を一気に飲み干した。

次の瞬間、体中からアルコールの匂いがあふれだしたかのような、そんな感触に襲われた。

 

「しまった。これは焼酎…」

 

そう呟きながら、彼の体は畳の上へとゆっくりと倒れていった。

 

周りで叫んでいる声が頭の中に響いていく。でもそれが何を言っているのかは、もう理解が出来ない。

 

ゆっくりと瞼が降りていき、世界は闇に包まれていった。

 

 

■もうひとつの日常

 

「大丈夫?」

 

カウンターの椅子に座っている女性は、そう尋ねた。

 

「ええ、なんとか。まだ頭は少し重いけど…」

 

エリカは、手に持った濡れたお皿を拭きながら、そう答えた。

うっかり滑って落としてしまわないかと、冷や冷やしながら。

 

「まったく。飲めないのに焼酎を一気飲みしちゃうなんてね」

 

「だってえ…」

 

カウンターの女性は、二日酔いで頭を抱えているエリカを楽しそうに見ながらそう言った。

 

銀髪に黒い肌、背はすらりと高くスタイル抜群で、まるで外国のモデルさんのような雰囲気。

でも、アバターをそういう雰囲気に作っているだけで、彼女も“中の人”は生粋の日本人である。

その姿は、セカンドライフを始めるエリカに声をかけた、あの時の声の主だった。

 

「ミミナさんはお酒強そうだもんね」

 

少しむすっとした表情をしながらも、エリカはカウンターの女性にそう尋ねた。

 

「うん、強いよ。ガンガン飲んでも大丈夫」

 

「いいなー」

 

エリカは、少し飲んだだけで酔いが回ってしまうほど、お酒が弱いのである。

それなのに、昨日は飲み過ぎてしまった。

その影響は、セカンドライフのアバターにも影響しているのである。

 

「リアルのことまでは見てあげられないから、そこは自分で注意するのよ」

 

黒い人…、もといミミナは、少し母親のような感情も持ちながら、そうエリカに言った。

先ほどの楽しんでいる表情とは違って、どこかやさしげな雰囲気である。

 

「うん。ありがとう」

 

エリカの表情も、少し和らいだ。

 

 

ここは海辺にある木造のカフェバー。

建物は、築数十年という雰囲気のクラシックな佇まい。

5席あるカウンターの他にテーブル席が3席ある、町中のどこにでもあるような規模のこじんまりとしたお店である。

海の香りと木の香りが心地よく、照明のランプやカウンターの上のキャンドルの光がゆらゆら揺らめいて、何時間でもいられそうな心地よさのある、そんな雰囲気の場所である。

 

「それで、リアルの方は大丈夫なの?」

 

ミミナはエリカの顔を見つめ、そう尋ねた。

 

「うん。男でいないといけないことはつらいけど、、、そうしないと生活出来ないしね。家族的にも、仕事的にも…」

 

そう呟いた時のエリカの目は、現実に悲観しているようなそんなまなざしだった。

 

それでも続けて、

 

「でも…、今はここがあるから、大丈夫。うん、大丈夫」

 

そう答えたときの瞳は、少し希望の光があるようにミミナには見えた。

 

「そっか。それならいいね」

 

ミミナはエリカに微笑みかけた。

 

エリカもその表情を見て安堵した。

 

自分のことを理解してくれる人がいることがこんなに心強いということを、エリカは感じていた。

それも、彼女がここに来たいと強く願う理由の一つだった。

 

ミミナのグラスの氷が、カランカランという音とともに揺れる。

カウンターの上のキャンドルの光が、それを優しく照らしている。

 

セカンドライフでも、まるで現実の世界のカフェバーでドリンクを飲んでいるかのような雰囲気を味わうことが出来る。

もちろん仮想世界のオブジェクトなので、いくらおいしそうでも、それを現実に飲むことは出来ないのだが…

 

 

「あのね」

 

「うん?」

 

「ミミナさんに、実はお願いがあって…」

 

「ほう」

 

エリカがそう話しかけたとき、入り口の向こうに緑色の光が見える。

誰かがテレポートしてきたという合図だ。

 

 

緑色の光が消え、姿を現したのは、女将だった。

 

女将はドアを開ける。ドアに取り付けられた鈴がカランカランと音を立てる。

 

「いらっしゃいませ」

 

エリカは、女将に挨拶をした。

 

女将は店内に入ってくると、大きな茶封筒をエリカに差し出した。

 

「エリカちゃん、この間頼まれてた物件の件だけど、大家さんのオッケー貰えたよ。はい、これ契約書」

 

「ほんとうですか?ありがとうございます」

 

エリカは満面の笑みで、そう答えた。

飛び上がって、今にもはしゃぎだしそうなほどの笑みである。

 

ミミナは驚いた。

エリカがこんなにうれしそうにするのは、セカンドライフを始めて初めてのことだからである。

ただ、エリカがうれしそうにしているということは、彼女にとってプラスのことのはずなので、そこはやさしく見守ってあげよう…ミミナはそう思い、エリカに対して祝福の笑顔を与えた。

 

 

「ただし、この物件ではアダルトはダメだからね」

 

女将は、注意事項の文書を読み上げた。

 

「はい、大丈夫です!」

 

「この子、着替えと言ってよく裸になるから、アダルトじゃないとダメかもよ」

 

ミミナは意地悪そうにそう言った。

 

「だ…、だいじょうぶですよ。たぶん。。」

 

エリカは、少しだけ口をとがらせた。

エリカがよくそういう行動をしてしまうことは事実だったので、完全に否定することは出来なかった。

 

「ふふ、冗談よ」

 

ミミナは笑顔でそう答えた。

エリカもそれを聞いて、安堵の表情に戻った。

 

 

「よし。じゃあ、大家さんに連絡しておくね。手続きは大家さんに直接お願いね!」

 

そう言うと、女将はドアから外へ出ていった。

 

「女将さん、ありがとうございます!」

 

エリカは女将に深々と頭を下げる。

 

「じゃあね!」

 

女将は光に包まれ、テレポートしていった。

 

 

あたりを静寂が包み込む。

エリカは満面の笑みで、封筒を抱きしめている。

ミミナはそれを、やさしげな表情で見守っている。

 

少し落ち着いたところで、エリカはミミナに対して、話の続きを始めた。

 

「あ、ミミナさん。それでね、、、」

 

「うん?」

 

「実は…。わたしみたいな人が集まれる場所を作ろうと思うんです。このセカンドライフに。マイノリティーの人のためのコミュニティーを」

 

「ほう」

 

「それで、ミミナさんにもお手伝いしてもらえたらなって、そう思ったんですけれど…」

 

「なるほど」

 

「場所は、女将さんが見つけてくださったので大丈夫です。スタッフも、落ち着いたら募集したりしようと思うんですけれど…」

 

「ふむふむ」

 

「ミミナさんには、そこのサブオーナーになってもらえないかなって、思ったんですけれど…」

 

「ほう、サブオーナーねえ」

 

「どうですか?」

 

エリカはミミナの顔をじっと見つめた。

その表情は今までにないほどの真剣な表情で、エリカの気持ちはすぐに理解することが出来た。

 

 

ミミナは、一瞬エリカの視線から目をそらす。

 

グラスの氷がまた音を立てる。

先ほどから手を付けていないので、グラスには水滴がたくさんついている。

その様子をしばらく見つめ、その後もう一度エリカに視線を移すと、さっきとはうってかわって、不安そうな表情でじっとミミナを見つめている。

 

 

ミミナはやさしく微笑むと、

 

「いいわよ」

 

そう答えた。

 

エリカの表情は、また一瞬で満面の笑みに戻る。

そして今度はほんとうに、飛び上がってしまった。

 

「やったあ。ありがとう、ミミナさん!」

 

飛び上がった勢いで茶封筒も飛ばしてしまったのだが、エリカはそれに気付かずに、ミミナの手を握り、何度も何度もお礼を言った。

 

「ありがとう。ほんとうにありがとう!」

 

「ううん、いいのよ。わたしとエリカの仲だもんね。あと、わたしもエリカのようなマイノリティーの人を支援したいと思っていたところだったし」

 

ミミナはエリカの手をぎゅっと握りしめ、そう言った。

エリカもそれに応えて、ぎゅっと握りしめた。

 

 

「サブオーナーか。お給料は…、エリカの身体で払ってもらおうかな」

 

「え!?」

 

エリカは目を丸くして、はしゃいでいた動きをピタリと止める。

 

「冗談よ」

 

ミミナは意地悪そうな表情に戻って、そう言った。

 

「そ、それでもいいけど…」

 

エリカは顔を赤らめ、恥ずかしそうにしながらそう呟いた。

 

「いいんだ」

 

「あ、いえ。それは…」

 

「冗談、冗談」

 

ミミナはそう言うと、握っていた手を放し、グラスを持ってその中の飲み物を飲み始めた。

 

「この子、ほんとに身体で払ったりしそうだからね。気をつけないと」

 

ミミナはそう思いながら、飲み物を飲み干した。

 

グラスをカウンターに置くとその向こう側では、エリカが拾った茶封筒をしっかり抱きしめながら、満面の笑みで身体を揺らしていた。

 

 

現実の世界ではなかなか出すことが出来ない心に秘めた内なる想いも、セカンドライフではアバターというもう一つの自分を介して、表現することが出来る。

エリカもそうして、前に進もうとしているのだった。

 

自分自身を再認識し、自分が本当に望む姿を追い求めながら…

 

 

■エピローグ

 

−数年後−

 

「アバターはこれでよし…と。男性に…なれたよね。うん」

 

見渡す限り真っ白な空間にポツンと置かれた、真っ白な姿見。

その前に立つ男性は自分の姿に見とれながら、そう呟いた。

 

「えっと、検索は…」

 

そう言うと男性は、検索ウインドウを目の前に表示し、そこに文字を入力し始めた。

 

入力した文字列は、“マイノリティー”。

 

検索結果は1件。

 

 “マイノリティーの交流場 オーナー:エリカ”

 

「うん、ここだ。さあ行こう。あたらしいわたし」

 

男性はそう言うと、検索結果にある「テレポート」のボタンを押した。

男性は光に包まれ、テレポートしていく。

 

男性の姿が消えたあと、姿見も消え、空間には静寂が訪れる。

 

 To Be Continued...




「To Be Continued…」と書いていますけれど、この作品の続きはありません。

作品としては続いていないですけれど、この世界の物語も、現実世界の同様の物語も、たぶん今も続いていると思いますので、そこはあえて執筆時オリジナルのままにしてます。

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