……元旦から何でこんなもん書いてんだよえーっ!
辰年ってことは……今年は鬼龍が活躍するってことやん!
時間は誰にでも平等に訪れる。長いような短いような一年が過ぎ、人々は2024年を迎える準備をしていた。
灘神影流の宮沢一家もまた、年越しのカウントダウンを始めていたのだった。
「はあー、今年も色々あったなぁ」
「そう言えば、熹一さんって来年何歳になるんですか?」
「年齢のことは言うな……ワシは今、滅茶苦茶機嫌が悪いんじゃ」
「キー坊、龍星、年越し蕎麦が出来たから皆で食べよう」
優希が持ってきたお椀から、ほの甘い蕎麦の香りが漂う。
しんと静かな大晦日の空気に、ずるずると蕎麦を啜る音だけが響いていく。平和な年越しであった。
しかし、灘にとってそんな平和は長くは続かない。
「ふんっ、年越し蕎麦で“細く長い人生”を願うか……何とも俗っぽい風習だな」
突如現れたのは、悪魔のような肉体を有した巨漢であった。
この世にある道徳に背反し恬然としている不羈奔放の武人、宮沢鬼龍!
「何や鬼龍、喧嘩売りに来たんか?」
「いいや、挨拶をしに来ただけだ。何といっても来年は辰年……“龍”の年だからな」
「だから何やねん!?」
熹一が突っかかると、鬼龍は口の端をニカッと吊り上げ、悪魔のような笑いを見せた。
「つまり来年は俺の年ということ! はーっ滾る! 血が滾るぞ!」
「テンション高過ぎやろ、このおっさん!!」
……と、そんなこんなで時は過ぎ、遂に元旦を迎えた。と同時に静虎の携帯が鳴り響く。
(親父の着信音、松田聖子なんか……)
「もしもし」
『尊鷹だ。皆で〇〇神社に来てくれ』
「いきなりやな……」
電話を静虎の隣で聞きながら、熹一は言った。
『初詣に行きたい衝動に駆られてな』
「それ別に普通のことやろ……」
「初詣か……俺は神など信じない。神が人間を創ったのではなく、人間が神を創ったんだ」
鬼龍はそう言って背を向けた。
(その割に荷物をまとめてる……付いてくる気満々だな)
────
「神社に着いたで!」
熹一、静虎、龍星、そして鬼龍。宮沢一家総出の初詣が始まった。
まだ日も昇っていない早朝だというのに、神社には多くの参拝客が列をなしている。
その人込みの中を、静虎はキョロキョロと見回したが、尊鷹の姿が見当たらなかった。
「鷹兄はどこにいるんや……?」
「どうせ尊鷹のことやから、あの狛犬にでも化けてるんやないか?」
熹一がそう言って神社の入り口にある狛犬を指差すと、狛犬はバキバキと変形し始め、その中からは……
「……何故バレた?」
宮沢兄弟の偉大なる長兄、宮沢尊鷹が現れたのだった。
「ホンマやったんかあーっ!」
「あっ、我が名は尊鷹」
「いちいちリアル・フェイスで自己紹介せんでええわっ!!」
────
お参りを無事済ませ、熹一達は売店の前に並んでいた。目的は、正月恒例の『おみくじ』の購入である。
「だ、大吉やと……!?」
おみくじを開いた途端、静虎は目玉が飛び出る程に驚いた。思わず眼鏡を外して二度見してしまうが、『大吉』の二文字が変わることはない。
「良かったのぉ、親父」
「日頃の行いもあるのかも知れませんね」
「ワシは吉やった。龍ちゃんは?」
「俺は中吉でしたね」
(どっちが良いんや……)
と、おみくじの結果に一喜一憂する熹一達。鬼龍はそんな彼らを鼻で笑っていた。
「フンッ、おみくじなんかでそんなに楽しめるとは……幸せな連中だな。あっ、おみくじ一枚下さい」
(自分でも買っとるやん……)
「へっ、どうせ鬼龍なんて日頃の行いも悪いし、大凶に決まっとるわ」
「まぁ、俺は運勢など信じないがね。信じられるのは自分の力だけだ」
(じゃあ何で買ったんや……)
二つ折りのおみくじをペリッと剥がし、結果を確認する鬼龍。そこには……
『消えろ』
「えっ」
鬼龍は思わずおみくじを閉じてしまう。
「何や? 何が書いてあったんや?」
「……吉とか凶以外のことが書いてあった気がしたんだが……俺もそろそろ老眼かな……」
執拗に目頭をぐりぐり擦り、もう一度おみくじを開く鬼龍。
『消えろ』
「えっ」
「なんでやー! 何で俺だけ運勢以外が書いてあるんじゃあ!」
あまりの怒りに、ついつい関西弁になってしまう鬼龍なのだった。
「お、落ち着きましょう……取り敢えず内容を見てみませんか?」
『お前は羅睺星の生まれ。厄災を招きたくないのであれば家族の前から消えることだ。それしか方法はない。これはもう前世から定まっている“宿命”というものだ』
「うああああ!」
「鬼龍っ!?」
突然走り去った鬼龍を追いかけていくと、神社の裏の人通りの無い場所へ出た。
そこで鬼龍は、右手におみくじを、左手にナイフを持っていた。
「なにをするつもりや、鬼龍!」
「こ……こうするしかないんや……」
鬼龍はおみくじを手のひらに乗せると、自分の手ごとそれをナイフで切り刻んでしまった。
「ああああああ!」
「ホンマになにやってんやあーっ!」
「はははは! これでええんや……これで俺の運命も変わるはずや」
「鬼龍……」
鬼龍の奇行にドン引きする一行。しかし、一人だけ彼を憐れんでいる者がいた。鬼龍の双子の弟、静虎である。
『鬼龍は自分の運勢が向上するようにおみくじを切り刻んだが……静虎は全ての悪運が自分に来るように大吉を切り刻んだ』
「お、親父の大吉がーっ!」
「静虎……俺は兄としてお前のことを……」
────
静虎のおかげで何とか落ち着きを取り戻した鬼龍。しかし未だ釈然としない思いは抱えたままであった。
「何か嫌な予感がする……誰かに呪われているような……」
「呪いなんてないやろー。そんなんじゃ“悪魔を超えた悪魔”の名が泣くで」
「ぐぬぬ……」
そんな熹一達の前に、一人の男が現れた。
『終わりじゃない……2024年はこれから始まるんだ』
灘神影流と流祖を一にする流派、覇生流の武術家……そして鬼龍の弟子にもなったことのある男であった。
「あんたは……風のミノル! ミノルさんやないか!」
「ようっ、久しぶりだなキー坊」
「しかしホンマに久しぶりやなぁ。今までどこにおったんや?」
「猿空か……いや、俺は“風のミノル”だろ? 海外とか色んな所を風のように気まぐれに歩いてきたんだよ」
思い出を噛み締めるようにほくそ笑むミノル。その後、鬼龍の方をチラリと見た。
「鬼龍のおっさんよ、あんたも歳を取ったな。身体も精神も随分と老いたように見えるぜ」
「フンッ」
鬼龍はそれだけ言って、ミノルから顔を背けた。
ミノルが熹一達に会ったのはただの偶然ではない。勿論、久しぶりに彼らの顔を見たいという理由もあるにはあったが……
(聞こえる……)
ミノルの耳に……いや、どちらかというと直接脳内に響いてきた。それは彼が元々所属していた流派、覇生流の面々が放つ呪詛であった。
『臨兵闘者皆陣烈在前! ナウマクサンダバサラダセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン! 鬼龍よ死ね!』
(笑ってしまう。自分達は安全な所にいて相手を呪詛するしか能がないのか。トダーとか開発された時代に、本気で人間を呪い殺せると思っているのか? というか流石にしつこ過ぎるだろ。あれから何十年経ってると思ってるんだ)
元師匠達に呆れと失望を抱きながら、ミノルは再び鬼龍の方を見た。
(まぁ、呪詛なんかあの“鬼”に効くはずはないよな……)
そう。ミノルは覇生流の呪詛の気配を察知し、鬼龍の様子を見に来たのだった。勿論、“悪魔を超えた悪魔”鬼龍に、そんなまやかしは効くはずはない。ミノルはそう確信していた。
しかし、
「うぐっ!」
「どうしたんや、鬼龍?」
「はぁ……はぁ……何か急に胸が苦しく……ぐおぉ……!」
よろける鬼龍。その足元には……
「あっ……犬のウ〇コ踏んだッ!」
鬼龍はその場から飛び退いた。しかし、飛び退いた先には、中年女性が居た。
「ちょっとアンタ、邪魔だよ。そんなデカい図体して」
「あっ、すみません……」
(笑ってしまう。今の鬼龍には普通に効くのか……)
ミノルは鬼龍にも若干失望してしまったのだった。
────
一方その頃、覇生流総本山では。
「効いてる! 効いてるぞっ!」
呪詛の効果を確信し、御狐四人衆は更に気合を入れて呪いを発していく。その時である。
「うぐ……うあああ!!」
弟子の一人がうめき声を上げ始めた。
身体を丸めてうずくまる弟子。その身体から、バキバキと骨の軋む音が鳴り響く。
「な……なんだあっ!?」
骨格が完全に変形し、姿を現したのは……
「我が名は尊鷹」
「うあああああ! 灘神影流の宮沢尊鷹だあ!!」
(決まった……! 熹一達相手には不発だったからな……)
尊鷹は心の中でガッツポーズをした。
「覇生流の方々、弟の無礼は改めてお詫びします……ですが呪詛は止めて頂きたい」
「わ、分かりました……呪詛は止めます……」
(尊鷹怖い……)
こうして、鬼龍に掛けられていた呪いは解かれることになったのだった。
────
「……ん?」
呪詛が消えた瞬間、鬼龍は己の中に満ちてくる力に気が付いた。
それは静虎との死合の時に感じた、“あの力”に似ていた。
「おおおおっ!」
鬼の慟哭……。
硬い皮膚に稲妻のような血管が走るっ。筋肉が踊るっ!
「おおっ! 鬼龍の頭髪が抜けていく! ……なんでや?」
「はーっ滾るっ! 血が滾るぞ!! 肉体の奥底から充満したエネルギーが衝き上がってくるわっ!」
困惑する熹一達をよそに、鬼龍は……
『獲物を前にし鎖から解き放たれた肉食獣のように疾走する』
「どこ行くね~ん!!」
神社を飛び出し、鬼龍が向かった先は動物園であった。その中の、ゴリラが居る檻の中に、鬼龍は飛び込んでいく。
「この姿でコイツと戦ってみたかっただけだ!」
血を滾らせた鬼龍の凄まじい蹴りがゴリラに炸裂……
「あっ……一発で折れたッ!」
する前に、ゴリラのパンチが鬼龍の腕をへし折ったのだった。
「何がしたかったんやあーっ!」
「結局滾っても肉体が全盛期に戻るわけじゃありませんし……」
(俺、あんな奴に弟子入りしてたのか……)
鬼龍の醜態をまじまじと見せつけられたミノル。そのショックに打ちひしがれながら、再び風のように去っていくのだった……。
この話を書くのに鉄拳伝ラストを読み返したら、ボロ泣きしたのは俺なんだよね。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。