高校日常伝タフ   作:イッチー団長

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暖かくなってきたってことは……虫が活発になるってことやん!
虫は本当に苦手なんですよねぇ……


灘神影流VSゴキブリ

うあああああ

「親父っ! どないしたっ!?」

 あの強く逞しかった父が、女のような金切り声を上げている。これは只事ではないと、熹一は静虎の部屋に急行した。

 

「ご……ゴキやっ!」

「なにっ! ど……どこや!」

「その棚の後ろだ!」

 本棚の後ろに数cmの隙間があり、ゴキブリはそこへ逃げたらしい。

 棚の後ろは真っ暗闇だった。何も見えないという恐怖。熹一は、以前自分も出場した“暗黒武闘会”のことを思い出していた。

 

「しゃあっ! ゴキ“ジェット”! これでゴキも終わりやっ!」

 ゴキ“ジェット”スプレーを棚の後ろに噴射した熹一。後は弱ったゴキブリが出てくるのを待つだけだ……と思われたが。

 

「うぁぁぁ! ご……ゴキブリが壁を練り這ってる!」

 ゴキブリは死んではいなかった。それどころか、弱ってすらいないように見える。

 

 

 

「くっ……来るなぁぁぁ!」

 熹一達の大騒動を聞き付けたのか、ゴア博士が部屋に入ってきた。

「随分と騒がしいが……何かあったのか?」

「ゴキやっ! 何でか分からんが、スプレーでも死なんのや!」

「ほぅ、そんな強いゴキブリが……あっ!」

 ゴアの額に冷や汗が滲む。

 

「そう言えば……前造ったメカ・ゴキブリが逃げ出したんだった」

「お前のせいやったんかあーっ!」

 

 

 

────

 打倒メカ・ゴキブリのため、宮沢一家(+ゴア、トダー、デゴイチ)総出の家族会議が開かれた。

「フンッ! 虫ごときに何を臆している。それでも殺人術の継承者か?」

 鬼龍は両足を机の上に投げ出し、いつも通りの傲慢な態度を取っている。しかし、

「その割りに震えとるで」

「そ……そんなわけないだろう……これは武者震いだ」

「あっ、ゴキブリや!」

「ぬぉぉぉぉ! どこだぁ! どこにいるっ!」

 鬼龍の得意技“霞打ち”が炸裂していくが、無論、周囲にゴキブリの姿はない。そんな鬼龍の姿を見て、したり顔になる熹一なのだった。

 

 

 

「あのメカ・ゴキブリは偵察用に造られたもの。薬品や熱湯、ハエたたき程度では死なんし、ゴキブリホイホイも簡単に脱出出来る」

「何か手はないんか……!」

「物理的に破壊するしかないだろう。灘の打撃技を食らえば、流石のゴキブリも一溜りもないはず」

(なるべく触りたくないんやが……)

 

「台所ニ生体反応アリヤンケ!」

 トダーから真っ赤な警告のランプが発せられる。総員が身構え、台所へ向かった。

 

「あ……あれか……」

 物影からそっと覗くと、ゴキブリは台所を我が物顔で闊歩している。

「鬼龍、めっちゃ震えとるで。大丈夫か?」

「クク……これは武者震い……奴と闘ってみたいだけだっ!」

 目に見えぬ程の連打“霞打ち”がゴキブリ目掛けて炸裂していく。しかし、ゴキブリは全ての打撃を受け流してしまった。

 熹一達には、ゴキブリのこの動きに見覚えがあった。

「あ、あれは……灘神影流“弾丸(たま)すべり”!?」

 

「そう言えば、灘の技もインプットしてたんだった……」

 てへへと笑うゴア。

「ふざけんなやあーっ!」

 

「はぁ……はぁ……」

 疲れで動きが鈍る鬼龍。その隙にゴキブリは壁へ這い上がり、鬼龍の顔面目掛けて飛び掛かった。高い所から低い所へ滑空するという、ゴキブリの習性が忠実に再現されている。

 

うあああああ

「あっ……一発で鬼龍の心が折れたッ」

 

 

 

────

「つ、次はワシの番や……」

「親父、冷や汗ダラダラやけど大丈夫か?」

「争いを収めることこそ武道の真髄……自分の手を汚してでも守らなければならないものがある!」

 

「覚悟して下さい! 炎を打ち込みますッ!」

 幻魔拳の派生技“飛炎地獄”。強烈なイメージを刷り込むことで、あたかも自身の内部が発火したかのように思わせる技である。静虎は以前、この技で悪霊戦士を倒している。

 しかし……

 

「……幻魔拳はゴキブリには効かなかったよ」

「人間と虫じゃ脳の構造が違うんだから当たり前だろう」

 

 

 

「こうなったら頼れるのはお前しかいない。デゴイチ! 相手は人間じゃない、噛み殺せ!」

「ガルルル」

 最強の自律型兵器、デゴイチことD-51。時速250kmを超える圧倒的な機動力が、ゴキブリを追い詰めていく。

 

「流石にデゴイチなら大丈夫やろ。ゴキブリへの嫌悪感も無いやろうしな」

「そうですね。そう信じたいですね」

 だが熹一達の期待と裏腹に、デゴイチはゴキブリの目の前で停止し、伏せの体勢になってしまった。

 

「何や! どうなってるんや!」

「まさか……共鳴しているのか!」

『かつてD-51とメカ・ゴキブリは、バディを組んで任務にあたっていた戦友だった』

 ◇衝撃の真実……!

 

「嘘つけっ! 絶対後付け設定やろ!」

 

 

 

 どんな技もどんな兵器も通用しない。絶望的な状況に熹一と龍星は意気消沈していた。そんな二人へ向けて、ゴキブリは容赦なく襲い掛かる。

「うぉぉっ!?」

 間一髪の弾丸すべり。熹一はその状態から、究極の当身技“幻突”でカウンターを狙うも、

「チッ……!」

 かわされてしまった。

 

 ゴキブリは一旦体勢を立て直すと、その標的を熹一から龍星に切り替える。

「うあああああ! く……来るなぁっ!」

 龍星の危機に、龍星の心臓……ガルシアの心臓が覚醒する!

 超人的な身体能力を得た龍星は、ゴキブリの動きを読み、それを鷲掴みにした。

「えっ……」

 鷲掴みにした。

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か、龍星。ぐしゃって音がしたで」

「こ……この結果に一番驚いてるのは俺なんだよね」

 龍星の額には大量の冷や汗が伝っている。心臓がばくばくと激しく音を立てている。

 ゆっくりと……ゆっくりと手を広げると、そこには、

「うげぇぇぇ!」

 

 

 

────

「何はともあれ、これでゴキも終わりやな」

 熹一はホッと胸を撫で下ろす。しかし、

『終わりじゃない……これから始まるんだ』

「なにっ!」

 熹一は目の前の光景に目を疑った。

「う……ウソやろ! こんなことが……こんなことが許されていいのか!」

 

 そこにいたのは無数の黒い物体。人類が生まれる遥か昔から地上を闊歩していた生命体。

 DNAを残すことが優れた生命体の証であるなら、彼らこそが地上最強の生物と言えるだろう。

 

「うぁぁぁ! ご……ゴキブリが台所を練り歩いてる!」

 

 

 

「繁殖力は据え置きだからな。今頃一体何匹に増えてるんだろうな……」

「ええ加減にせぇよゴアぁ!!」

 

 熹一は膝からガックリと崩れ落ちた。もう人間がどうこう出来る状況ではない。所詮、人類はゴキブリに勝つことは出来ないのだ。

「熹一さん!」

「熹一!」

 

 

 

 熹一を襲うゴキブリの群れ。絶体絶命か……誰もがそう思った時、静かなる虎が動いた。

『全ては愛息熹一のため』

 

「お……親父っ!」

「まさかこれは……灘神影流“幻朧”!!」

 “闘わずして勝つ”ということ。それは武道における究極奥義。尊鷹も鬼龍ですらも辿り着けなかった境地に、今静虎は足を踏み入れようとしている。

 

「静虎さんが……慈愛に満ちた顔をしている」

「静虎は仏教における“悟りの境地”に達している……俺との死合の時と同じだ……」

 

 静虎の周囲のゴキブリ達が引き返していく。

 残されたのは熹一と、仏のように穏やかな表情をした静虎だった。

「親父……」

 熹一の脳裏には、静虎との思い出がおぼろげに浮かんでくるのだった……

 

 

 

────

 まだ熹一が高校生の時のことだった。

「えいしっ! えいしっ!」

 熹一はサンドバックを蹴っていた。もう500発は蹴っただろうか。体中から滝のような汗が流れ、脛は肉が削げ落ちたかのように痛んでいる。それでも静虎は、決して熹一を労わるような言葉は口にしなかった。

 

「体勢が崩れとるっ! 気持ちが入っとらん!」

「しゃあけど……500発は蹴り込んでるんやで……」

「数を誇るな。問題は質や!」

 そう言って静虎は、サンドバックの前で構えた。

「蹴りは……こうっ!」

 風を切るような蹴りだった。丸太のように太く頑強な脚がサンドバック目掛けて飛んでいく。数m先からでもはっきりと風圧を感じる。

 

 熹一は、静虎の蹴りでサンドバックが破裂するのではないかと思った。誇張抜きに、それ程の威力が静虎の蹴りにはある。

 しかし、その蹴りはサンドバックに到達する寸前でピタリと止められた。

 静虎が脚を離す。そこにいたのは……

「あはっ」

 一匹の黒い虫、ゴキブリだった。

 

「ホレ。ここに止まれ」

 熹一が手を差し出すが、ゴキブリはひらひらと宙を舞い続けている。

「ゴキブリは繊細で臆病や! 生きてる人間には止まらへん」

 

────

 

 

 

 とある病院にて、看護師に車椅子を押されている男性の姿があった。男は病人とは思えぬ程、身体は分厚くがっしりとしている。

「良いお天気ですねえ……宮沢さん」

 その男性は答えなかった。その澄んだ瞳は、どこか遠くを見つめている。

 色とりどりの花が並ぶ花畑の中で、一匹のゴキブリが、彼の頭にヒラリと舞い降りたのだった。




高校鉄拳伝のラストが好きだった
好きで好きで……どうしようもなく好きになったから
愚弄した

ここまで読んで頂きありがとうございました
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