霞色の空   作:R.RIU

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本編
【名前】


 

 今年の夏も熱い。

 地元の鹿児島も暑かったけれども、東京はコンクリートジャングルの名の通りもっと暑いのだ。

 特に一部分に汗が溜まり、汗疹になってしまうわ、なんて言っていたら古くからの親友に睨まれた。

 

 「霞ちゃんは贅沢なんですよー。

  あるだけマシなんです」

 

 「そうは言うけど、ここまで大きいと不便も多いのよ……。

  まともなブラもないし」

 

 「はいはい。皮肉ですかー。

  私なんてブラがなくても問題ないですよ。

  お小遣いを節約できてとっても嬉しいです!」

 

 プンプンと怒り始めた彼女に困ってしまう。

 霞からすれば本当に死活問題だ。

 この大きさの胸では下着や水着どころか、普通に生活するだけでも危ないときがある。

 しかし、初美からすればせめて年相応の体型が欲しい。とのことだ。

 幾度となく繰り返されたやりとりではあるが、話が平行線で進むことはない。

 

 「可愛いブラだって付けられないのよ。

  専用のオーダーメイドじゃないと」

 

 「なら作って貰えばいいじゃないですか。

  専用のオーダーメイドで可愛いやつ」

 

 「そんなお小遣いないわよ……」

 

 高校生として与えられているお小遣いなんてたかが知れている。

 霞は毎月5000円のお小遣いをもらっている。

 

 それはバイトが出来ない身分であるからこそ、親が渡してくれているものだ。

 他の女の子たちがバイトをして可愛い服や靴を買うことに憧れを抱いたことは一回や二回ではない。

 

 では霞もお小遣いを貯めて服を買えばいいのかといえば、そういうわけにはいかない。

 普通に買ってもらえる服などの分はいい。下着だって親に買ってもらえる。

 

 ――だが、女子高生が好きな『かわいいやつ』を買ってもらうのは些か難易度が高い。

 

 オーダーメイドで値段も張るし、なんと言って買って貰えばいいものやら、だ。 

 ため息をつき、諦めながらも初美の話に付き合う。

 

 「私だって霞ちゃんにないものがあるはずです!

  別の魅力で勝負するんですよー」

 

 「それにしても、その改造巫女服はやりすぎよ」

 

 「存在が18禁な霞ちゃんに言われたくないです」

 

 「それは酷くないかしら!?」

 

 うん。いつもこうだ。

 初美との言い合いに勝てた試しがない。

 女の子同士だから言える本音も、彼女となら言い合える。

 初美はギリギリアウト、いや思いっきりアウトな巫女服を着ている。

 それも彼女にとっては自分自信の魅力を探すための一つの行為なのかもしれない。

 それにしてもやりすぎなのではないか、数年後には後悔して頭を抱えるタイプかもしれない。

 果たしてこの痴女ルックを好きになってくれるような人はいるのだろうか?

 

 「もう、助けて巴ちゃん。

  あなたはどっち派?」

 

 「そんなの決まってますよねー。

  巴ちゃんもこっち派ですから!」

 

 「いきなりこっちに振らないで!?」

 

 先ほどから我関せずを貫いていた巴にも話を振る。

 こうして二人で何かを話して、巴を困らせるまでが一連のパターンだ。

 

 「だって巴ちゃんもない勢ですから!」

 

 「うっ、勝手に引き込まないでください!

  まだ成長途中なんです!」

 

 「ということは、私もまだ成長する可能性あるってことですかねー」

 

 「私はもういらないわ……」

 

 「「うぐぐっ」」

 

 心の底から吐露した。

 普通に大きいくらいならばステータスになると思うけれど、ここまで大きいと障害しかない。

 それに苦労していることは二人もわかっているから、これ以上は踏み込んでこない。

 私のいるところでは『可愛い下着を買いに行こう』、なんて話をしないように気を使ってくれているのはわかっている。

 どうせ買いに行ったところで霞用のサイズなんてないからだ。

 

 その辺り、何も言わずともわかってくれる。

 『六女仙』としてお役目を果たされた三人は同い年であり、仲が良い。

 何せ7歳の頃からの知り合いだ。永水女子に集まったのは遅かったとはいえ、気心しれた仲である。

 他の三人は年齢が離れているので、やはり気楽に話せる関係ともなるとこの三人になるのだ。

 古い時からの親友として一緒にいるからこそ、三人で気持ちを共有できる。

 お役目として側に使える『姫様』以上に、近しい仲を持っていた。

 

 

 ……

 …

 

 

 彼女の名前は、石戸霞。

 小さな頃から普通の子供とは離れた生活をしてきた。

 昔ながらのしきたりを今の世の中でも続けていくための生贄。

 昨今の巫女と言えば気軽にアルバイトで手伝える仕事なのだが、彼女の場合は本物の巫女だ。

 それも、『オカルト』を扱い、本物の神様をその身に卸すことができる。

 生まれた頃からそうして生きることを義務付けられてきた。

 

 ――しかし、彼女は『特別』ではあっても『一番』ではない。

 

 彼女はあくまで『一番』のための代理であり、身代わり。

 だからこそ、そのような意味を持って名付けられた。

 

 子供に名前をつける時ならば、『かすみ』とは『香澄』等の漢字を当てることが多い。

 その名前自体はよく聞く名前なのだから。

 それをあえて『霞』という漢字をつけた理由とはなんなのだろうか。

 この名前こそが、彼女が神代分家において重要な役割を担っていることを証明している。

 

 

 ――霞。

 

 儚く消えてしまう。沈み行くもの。

 

 

 霧島神社本家における『神代小蒔』のための天倪。

 いわば、石戸霞とは神代小蒔の身代わりだった。

 

 

 ……

 …

 

 

 今回、鹿児島からわざわざ東京までやってきたのには理由がある。

 自分たちが守るべき『姫様』が麻雀のインターハイ選手として東京に来ているからだ。

 

 「やっぱり東京は違うわよねぇ」

 

 「そうですねー。

  若者からのエネルギッシュなスタイルと、死んだ眼差しのサラリーマンの対比がこう……」

 

 「あっちでもサラリーマンはいるじゃない」

 

 「毎日毎日瞳孔をなくして満員電車に揉まれて出勤し、仕事をして帰宅するだけの生活」

 

 「それは……大変そうよねぇ」

 

 彼女たちにとってはそう言った一般の勤務とはかけ離れている。

 経験することもないだろう。

 

 「しかし! その満員電車の中の背中には霞ちゃんが!」

 

 「!?」

 

 「霞ちゃんが意図しないところで押し付けられるおっぱい。

  痴漢扱いになるんんじゃないかとビクビクするサラリーマン。

  ますます乗車率が上がる中、もはや押し付ける形になる霞ちゃん」

 

 「やめてー!」

 

 「隣の人が霞ちゃんを助ける目的で痴漢だと言い出す。

  ああ、霞ちゃんのおっぱいのせいで一人の男性の人生が!」

 

 「そんなわけないじゃないっ! もう!」

 

 「でも実際押し付けられる側は役得ですよねー。

  この前、膝枕してもらった時には命の危険すら覚えましたよー」

 

 「勝手に膝に乗ってきたのは初美ちゃんじゃない。

  それに、初美ちゃんだってその格好で電車に乗ったら大問題よ!」

 

 ビシッ! っと指をさして初美を指差す。

 

 「私は子供っぽく見えるからセーフです」

 

 「アウトよ!

  こんな時ばかり子供っぽさを利用しないの!」

 

 「むしろその言い分だと、霞ちゃんが私の母親……?

  子供にこんな格好をさせている母親と認識されて、お縄になっちゃうかもしれませんねー」

 

 「もう! そんなこと言うと酷いわよ!

  私だって母親なんて言われる年齢じゃありません!」

 

 「そーですかねー?」

 

 昔ではこのくらいの年齢で母親になるのは珍しいことではないと聞くが、乙女としては敏感だ。

 実の親からは聞いたことはないが、自分にも許嫁がいるだの高校卒業したら結婚するだの、おじいさま方から噂を聞くことはある。

 あまり、嬉しい噂ではない。

 

 霞としても、甘酸っぱい恋愛に憧れている。

 

 叶うことがないとしても、せめて男の人と普通に仲良くなりたいな、というのが細やかな夢だ。

 だが、それを考えてしまえば際限なく欲望が膨らむから考えないようにしている。

 

 「あのー、二人とも」

 

 「巴ちゃん」

 

 「ハッちゃんのお母さんが霞さんっていうのは無理だと思います。

  その……」

 

 巴は、何も言わずに胸を見比べた。

 悔しそうに歯ぎしりする初美と苦笑いする霞。

 やっぱりこの三人で話していることは、とても楽しい。

 

 「しかし東京と言ったら怖いところ、ってイメージがありますよー」

 

 「そうねぇ」

 

 「霞ちゃん、痴漢冤罪は起こさないでくださいねー」

 

 「まだその話は続くのかしら!?」

 

 ニヤニヤと話しかけてくるのも初美なりの愛情表現なのだろう。

 それを巴がたしなめる。

 

 「まぁまぁ。

  会場の方ならクーラーも効いていますよ」

 

 「それならいいけれど。

  春ちゃんと一緒に先に行った小蒔ちゃんが心配ねぇ」

 

 

 『姫様』は六女仙のもう一人、滝見春に任せて先に向かわせている。

 面倒な荷物や要件を片付けてから追いかけている形だ。

 だが、今思うと年長組が一人は残った方が良かったかもしれない。

 

 「はるるも子供じゃないんですから、姫様の面倒一人くらい見れますよー」

 

 「あはは……。姫様信頼されてないなぁ」

 

 「いきなりどこかで寝ちゃったら春ちゃんじゃどうしようもないから……」

 

 滝見春はお世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えない。

 そう考えれば、比較的その部分に優れているこの三人で行動しているのは失敗ではないか。

 

 「この組み合わせ分担をしたのは誰ですかー」

 

 「霞さん、です」

 

 「うぐっ」

 

 「霞ちゃんは本当に、ここぞって時にドジになるんですから」

 

 霞の体が萎縮し、その分初美が胸を張っても大きさが全く変わらない。

 そんな中、霞の携帯にメールが送られてきた。

 

 「あっ、春ちゃんからよ」

 

 「噂をすればなんとやら、ですねー」

 

 「どんな内容なの?」

 

 「ちょっと待って、えっと……」

 

 

 

 

 

 ――助けて

 

 

 

 

 

 携帯を使い慣れていないのか、一文だけの簡潔な文章。

 

 「……えっ」

 

 「ちょっ、何事ですかー!?」

 

 「これはただ事じゃないですよ!」

 

 今までのんびりとしていたのに慌ててしまう。

 この一文だけを読めば、滝見春は脅威に襲われていることになる。

 それも簡潔な文章でしか送れない内容かもしれない。

 普通ならば警察に連絡するなりするところだが、いかんせん彼女たちは『オカルト』に触れすぎていた。

 

 「今すぐ行きましょう!」

 

 霞の一言で、みんなで向かう流れとなった。

 下手に警察に連絡しても、『オカルト』が関わっていれば面倒な流れとなってしまう。

 何より、彼女たちには『姫様』を守るという使命があるのだから。

 

 「場所はどこですかー!?」

 

 「きっと会場の近くだと思うわ。

  姫様ともそこで合流する予定だったから」

 

 三人の脳裏に最悪の事態が想定される。

 いくら六女仙と言えどもその中身は女子高生。

 こういった詰めの甘さが出るのがまだまだ未熟なのかもしれない。

 護衛対象に何かがあれば『叱られる』では済まない。

 

 「とりあえず、バラバラに探しましょう」

 

 まずは合流して、携帯で連絡を取り合うことにした。

 

 

 

 ……

 …

 

 

 

 「メールの返信は、なし」

 

 霞は会場の近くを散策することにした。

 春に電話してもメールしても連絡が取れない。

 文明の利器を使わずに人と合流することがいかに難しいか、実感している。

 

 「小蒔ちゃんならどこに行くかしら」

 

 会場の周りは結構な数の人がいる。

 これならば攫われるということはないと思いたい。

 

 「あっ……」

 

 キョロキョロと周りを見渡していると、気づけば霞自身が不審に見られ始める。

 インターハイ事態は女性向けではあるが、場所が場所なので男性も多い。

 霞はとても目立つ容姿をしている。

 永水女子自体が巫女服ということで人目を惹くこともあるが、それ以上に目立つのはその大きな胸だ。

 ジロジロと見られる分にはまだいいが、舐め回すような目線が霞を這う。

 

 「(またこの視線)」

 

 地元でも変わらない、嫌らしい視線。

 体を蛇のように這われる感覚は好きではない。

 

 「(でもそれどころじゃないわ。

  今は小蒔ちゃんを……)」

 

 少し胸を隠すように手で抑える。

 そのままフラフラと歩きまわると、オカルトの気配のようなものを感じた。

 

 「小蒔ちゃん?」

 

 そのまま誘われるがままに歩いてみると、一つのベンチを見つけた。

 

 

 ――そこにいたのは、小蒔を膝枕する謎の男

 

 

 「?」

 

 「見つけたっ!」

 

 見つけたと同時に駆けつける。

 

 「知り合いですか?」

 

 「ええ。

  その、失礼ですが、貴方は?」

 

 ジロリ、と強い目線を向ける。

 金髪の青年。高身長に体格も良い。

 警戒心を強めると、彼は困ったように笑った。

 

 「インターハイ会場まで迷子になっちゃったみたいで、案内していたんです」

 

 「あら、そうなんですか。

  それにしては膝枕なんて……」

 

 「急に眠っちゃったんですよ。

  病院に連れて行こうかと思ったところに貴女が来たので」

 

 なるほど、ギリギリ間に合ったと言ったところだろうか。

 眠っている小蒔は神様が保護しているだろう。

 この場合の『間に合った』とは、彼が邪な思いを抱いた時に事件にならずに済んだ、というべきだ。

 

 「それじゃ、これで大丈夫です」

 

 「でも、この人眠っちゃってますよ?

  大丈夫なんですか」

 

 「大丈夫です。お構いなく」

 

 少し強めに拒絶した。

 本来なら礼を言うべき相手だとわかってはいるが、頭の中で『男性』を無意識に拒絶する。

 

 「このお礼はするので、良ければ名前と電話番号を教えてもらえますか?」

 

 「本当ですか!?

  いやー、なんか得しちゃったな。

  俺、清澄高校の須賀京太郎って言います」

 

 「では、電話番号を」

 

 お互いの連絡先を交換する。

 ちなみに、彼と交換したこの携帯電話は今回の東京行きように持たされた物で、個人用ではない。

 

 「それでは、ありがとうございました」

 

 「あ、あの、名前聞いてもいいっすか」

 

 そういえば名前も言っていなかったな、と気づく。

 

 「石戸霞と申します」

 

 

 ぺこりと頭を下げながら名乗る。

 

 彼はそれに魅入られたように呆然としていた。

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