「それで、電話番号を交換してきたわけですかー」
「ホント、小蒔ちゃんに何もなくてよかったわ」
「あうう……」
あの後は全員で合流し、何とかホテルまでたどり着いた。
春からメールが来た時には心臓が止まるかと思ったが、何とかなって良かった。
「それで、何であんなメール送ったんですかー?」
「……気づいたら姫様がいなくなってた」
「わ、私も気づいたら春がいなくなってて……」
「二人とも両成敗です!」
「「あうう」」
霞が軽くコツン、と額を叩く。
全く、本当に焦らせてくれたものだ。
「まぁでも、霞ちゃんは得したんじゃないですかー?」
「?」
「男の人と出会えたんですよねー?」
「ああ、それね」
またこの話か、と少し面倒になる。
大した話ではないのに、やけに首を突っ込んでくる。
男子禁制の場所で育てば興味も持つ。
「本当に少し話しただけよ」
「はい。とってもいい人でした」
「あら、小蒔ちゃんも寝ちゃう前に話したの?」
「えへへ、春を探して泣きそうになっていたら話しかけてくれたんです」
純粋に人の好意に触れて嬉しそうな表情を浮かべている。
人を疑うことを知らないように育てられているのが羨ましい。
「『とりあえず会場に行きましょう、後はスタッフさんに任せます』って」
「あら、紳士ね」
自分で案内するだとか、ホテルの場所を聞かないのは好印象だ。
今多いと聞く草食系男子というものだろうか。
もっとも、彼の見た目からはもっと肉食系かと思われたが。
「でもそこから先は覚えていないんです……」
「寝ちゃったのね」
「霞ちゃんはどんな感じでした?」
彼の顔を思い浮かべる。
正直、状況を聞いて名乗っただけだ。
「特に何もなかったわよ」
「なんだー。つまらないですねー」
「もう、どんな展開を期待していたの」
「いいじゃないですかー。
ちょっとくらい、女の子トークしたって……」
霞には初美の気持ちがよくわかる。
いずれ見たこともない誰かとの婚約が決められているとはいえ、年相応の女の子らしくしたい。
その気持ちは同じだった。
「それに、何かあっても困るじゃないの」
「相手の人が何かしてきたらボコボコですよー」
「あら、でも結構体格がよかったし、初美ちゃんじゃ勝てるかしら?」
当然、六女仙は身を守るための護身術を学んでいるが、それを過信するのは禁物だ。
「体が小さいからこそ出来ることもありますしー」
「もう、無理しちゃダメよ」
「ところで、霞ちゃんはガタイがいい方が好みなんですかー?」
思わず吹き出しそうになる霞。
危うくいつものお姉さんキャラの維持が出来なくなるところだ。
「な、な、何を言っているのかしら」
「えっ、霞ちゃんって男らしい人が好みなんですよねー。
知ってますよー」
「そ、そういう初美ちゃんはどうなのよ!」
「私は草食系が好みですよー。
かかあ天下になる予定ですし、男の好きにはさせませんよー」
シャドーボクシングの真似をして牽制する初美。
そういった気の強い部分は相変わらずだといつも変わらないと呆れてしまう。
「ほらほら、好みを言っちゃってください。
私だって言ったんですよー?」
「初美ちゃんが勝手に言ったんじゃない!」
「さあさあ! これ以上粘るのはなしですよー」
霞が顔を真っ赤にする。
観念したようにポツポツと話し出す。
「その、確かに男らしいガッシリとした人が好み、かも」
「続けて続けて」
「体は筋肉質な方が好みかしら……。
私の体全身をギュってしてもらいたいわ」
「霞ちゃんの天然由来のものをギュッとしたら男性は幸せで死んじゃいそうですねー」
「もう! からかうならこれで終わりよ!」
「霞ちゃんも乗ってきてるじゃないですかー。
もうちょっとどうぞ」
「もう……。
男らしく引っ張ってくれて、優しい人がいい、かしら」
霞はもう首筋まで真っ赤だ。
初美はそれを見てニヤニヤしている。
「『みんなのまとめ役』の意外な一面ですよー」
周りでこっそり聞いていた他のみんなが顔をそらす。
それに気づいた霞がパタパタと腕を振りながら初美に詰め寄る。
「初美ちゃんの番よ!」
「えー、私ですかー?
さっきも言いましたが草食系の男の子がいいですねー。
私の言うことを何でも聞いてくれるといいです」
「他には?」
「終わりですよー」
「なんでよ!」
「むしろ霞ちゃんが相手に求めすぎなんですよー」
「もう!」
しばらく追いかけ回してみたが、どうやら無駄そうだ。
いつものことだが、初美にはかなわない。
「そんな相手だといいですね」
「……そうね」
彼女たちに選ぶ権利があるのだろうか。
――最後の一言には、同意できなかった。
……
…
インターハイ会場。
全国から集まった雀士たちが青春を込めて戦う会場。
そんな中、霞は飲み物を買いに来ていた。
歩いていると、見覚えのある姿。
「あら」
「あっ、昨日ぶりですね。
石戸霞さん」
「須賀京太郎さんも選手なんですか?」
「いやァ、俺は応援っす……」
少し居心地が悪そうに呟いている。
霞にはその仕草まではわからなかった。
――少し悲しかったのは、彼の視線が霞の胸に向いていたこと。
先ほどまでの女子トークを思い出し、理想の王子様なんて考えていたから、勝手に落胆してしまった。
「ところで、ちょっと相談があるんですけれど……」
「あら、何かしら」
「実は、うちの高校の大将が迷子になっちゃいまして」
「あ、あらあら」
つい先日、同じことで彼に助けてもらった。
この頼みは断れなそうだ。
「見かけたら電話してくれると嬉しいっす」
「でも、私はその人がどんな人なのか知らないわ」
「あっそうか。
ええと、小動物みたいなやつで、コミュ症で、本が好きで……。
ってこれじゃわかんねーよ!」
「ふふっ」
ノリツッコミをこなす彼を見て思わず笑ってしまう。
先ほどまでの彼に対する悪いイメージが少し晴れたようだ。
もちろん、それだけで気を許すほど単純ではない。
「そうだと、一人で探したほうが効率がいいのかもしれないわね」
「あー、じゃあせめて『宮永咲』って奴とだけ覚えておいてください。
もしかしたら出会えるかもしれないんで」
「……『宮永』?」
その苗字は聞いたことがある。
この二年間インターハイを無双する化け物、『宮永照』と同じだ。
京太郎がスッと霞の前に出て、彼女がいそうな場所に向かい始める。
その自然な仕草に、霞は思わずドキッとした。
「(我ながら男性耐性がなさすぎじゃないかしら)」
女の子は男の子らしい動作を見るだけで少しだけ反応するものだと言い聞かせる。
やっぱり、この人は女の子慣れしている気がすると思う。
今まで同年代の男性と話したことなど数回しかなかったが、こんなにスムーズに話が進んだことはなかった。
その、霞の胸を見て俯いてまともに話してくれないタイプばかりか、単純に女の子と話すのが慣れていないようなタイプ。
彼はそのどちらにも当てはまらないと、霞は感じていた。
「(気を引き締めないといけないわね)」
相手は二回戦で当たる予定の清澄高校。
余計なことを漏らさないように、最低限の会話だけすればいい。
そう、これはあくまで姫様を救ってくれたお礼なのだから……。
……
…
「清澄の大将さん、どんな方なのかしら」
情報を引き出せないか、なんて考えながら発言する。
漏らしてくれれば儲け物程度に考えていたら、彼は嬉しそうに話し始めた。
「そんな大層なやつじゃないっすよ!
確かに麻雀は上手いんですけど、それだけっす」
「それだけ?」
「今みたいに迷子になるし、道端で木に寄りかかって寝始めるし、ご飯も食べずに読書に熱中するし……」
「あらあら」
「それで中学時代についたあだ名が『ぽんこつ』ですよ。
高校で麻雀を始めるまで、ずっとそうだったし、今も根本は変わらないっす」
『アイツはどこかずれてんだよな』などと呟く彼に対し、安易に探りを入れた自分に後悔した。
いつもこう言った面倒ごとや厄介ごとを引き受ける身分だからと、今回もやってしまった。
楽しそうに話す彼に失礼だ。
「石戸さんはどうなんですか?」
「どうって?」
「意外とぽんこつだったり?」
「失礼ね。これでもみんなのまとめ役、って呼ばれているんだから」
「マジっすか! すげー!」
ふふん、と少し自慢してみせる。
ここに初実がいれば『このドジ霞が何言ってるんですかー』などとも言われそうだが、今は忘れよう。
「確かにそうですよね!
石戸さんってなんか何でも出来そうなイメージありますし、知的って感じ?」
「あら、褒め倒してどうする気?」
「いや、実際そうじゃないですか。
迷子探しに付き合ってくれるなんて、優しいですし!」
霞が閉口した。
迷子探しに付き合っているのは、借りを返すためと少しの打算。
霞が喋らなくなったことにより、一瞬だけ気まずさが生まれる。
そもそも親しい仲でもないのだから。
しかしそれを察した京太郎がすぐに新しい話題を提供する。
「あっ、そういえば石戸さんって東京観光はしました?」
「えっ?」
「ほら、麻雀麻雀って考えてたら頭いっぱいになっちゃうし。
別のこと考えましょーよ」
「ふふっ、宮永さんはいいのかしら?」
「アイツを探してくれている石戸さん優先っす」
「ありがとう。
東京観光……、少しだけ考えていますね」
「東京って言うとどこですかね」
「海に行こうと思うの」
「……う、海?」
「あっ、今のは忘れて」
「うっす(帰り道に寄るのかな?)
泳ぐのいいっすよねー。俺も好きです」
「私はあまり得意じゃないのだけれどもね……。
須賀さんは泳ぎが得意なのかしら」
「へっへー、これでも体育系全般得意なんです。
中学時代にはハンドボールで県予選決勝までいきました!」
「あら、そうなの。
……それって、すごいじゃない」
「ははは、まぁハンドボール自体の規模が小さいから微妙なんですけど」
それでも結果を残しているのならば十分だ。
最初に見たとおり、体格が良いというのは間違っていなかった。
「それじゃあ、なんで麻雀部に?」
「ホント、なんでなんですかね?」
京太郎的には笑いのポイントにしようと思ったようだが、深入りされたくないと感じた。
それでもこちらを飽きさせないように会話を続ける京太郎は非常にコミュニケーション能力が高いのだろう。
下心があって露骨にこちらを褒め倒すわけでなく、話の聞き手に徹するわけでもなく、単純にお互いの理解を深めていく。
それでいて一定の距離を保っている。
なぜか、非常に安心できた。
「麻雀もお強いのね」
「それがもー……。
恥ずかしいほどに弱いんです。初心者なんです」
「あら、そうなの?」
「きっと石戸さんとやったらボッコボコですよー」
「ふふっ、運動じゃ勝てなくても、麻雀なら負けないわ」
「ぐえー」
オーバーなリアクションをとってやられモーションを演出する京太郎。
「実際、どうやったら上手くなるんですかねー。
やっぱり経験っすか」
「そう、ね」
違う。
強くなるために必要なものは『才能』つまり『オカルト』だ。
凡人が100回やっても才能には勝てない世界、それが現実だ。
「須賀さんはまだまだ始めたばかりなのよね?」
「うっす」
「それなら、とにかく打つことが重要よ。
出来れば上手い人に指導してもらいながら打てれば効率も上がるわ。
何も考えないで打っても成長しないから」
「あーっ、だから毎回負けちゃうのか。
俺、頭使うの苦手なんで同じことやっちゃうんですよ。
今度先輩たちに見てもらおう」
「今までは我流で?」
「一応」
「確かに、それだと辛いわね。
教えてもらえなかったの?」
「ほら、一年生なんて雑用バッチこいですよ。体育会系よりマシマシです。
ハンドボールなんて一年間球拾いと筋トレでしたし、それに比べりゃやる気十分!
美人の先輩方のために男京太郎は尽くします!」
「ふーん……」
「な、なんですか?」
「それはちょっと外しちゃったかも?」
「うげっ、やりすぎた」
ネタのやりすぎのフォローをしてあげると、彼は尻尾を振るかのように喜んだ。
短時間でこれだけ仲良くなれた人なんていないかもしれない。
だから、ちょっと冗談を言う気になったのだ。
「じゃあ、美人の私のために東京案内をしてくれる?」
「はっ、……マジで!?
やりますやります! 全力でやります!」
「その、デートが姫様を助けてくれたお礼、じゃダメかしら」
「最高です!」
思わずテンションが上がってとんでも無いことを言い始めていることに気づいていない。
自分のことを美人。
自分からデートのお誘い。
自分とのデートがお礼。
たまたまテンションが上がりすぎてしまったのだ、そうに違い無い。
迷子探しを忘れて話し込んでいた二人。
数分後に原村和から宮永咲が見つかったと連絡があった模様。
……
…
「それでデートすることになったんですかー」
「い、言わないで。自分が信じられないんだから」
「これが清楚系を装った尻軽ビッチ女ですよー」
「それはいくらなんでも酷いわよ!」
ジト目でこちらを見てくる初美に対し、何も言い返せない。
からかってくると言うよりかは、呆れているといったところだ。
「だいたい霞ちゃんはいつも……」
初美が続きを言おうとしたところで、電話が入る。
霞が慌てて着信を確認すると、そこには須賀京太郎の文字。
焦ってその場で着信を受け取ってしまう。
『あっ、石戸さんですか?』
『は、はい』
『えーっと、昼間のあれって、本気ってことでいいんですか?』
今ならば冗談のノリで済ませられると、彼は伝えてくれたのだ。
でも、異性とあれだけ楽しく話せたのは初めてだった。
それに、彼を悲しませたくない。
「ええ、本気よ」
『了解です!
じゃ明日、集合しましょう!』
「ふふっ、デートコース、期待しているわよ」
自分はあくまで大人のお姉さん。
そんなちょっと嬉しい気分。
電話を切った横で、幼馴染に今まで見たことがないようなゴミ虫を見るような目で見られていた。