霞色の空   作:R.RIU

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【夕焼け】

 

 

 あまり遅くならないように、ファミレスで時間を潰して解散することになった。

 他にも見てみたい場所はたくさんあったけれど、『それは友達と行った方が楽しめますよ』なんて言われてしまう。

 細やかな気遣いが大人っぽい。悔しい。

 最後には『またいつでも愚痴を聞きますよ』なんて言われてしまった。

 

 「ずーいぶんお楽しみだったみたいですねー」

 

 「そう、かしら?」

 

 「さっきから百面相してますよー」

 

 「あ、あらあら」

 

 自覚はなかった。

 気づけば1日のデートの振り返りばかりをしていたようだ。

 人混みに気を使って前を歩いてくれただとか、変な視線から守るように立ってくれただとか。

 きっと自意識過剰だ。そこまでやってくれているなんて思わない。

 しかし一度気にしてしまえば、『もしかしたら』という思いが霞の胸から消えていかない。

 

 「楽しかったですかー?」

 

 「そうね。

  とっても有意義なお話が出来たわ」

 

 「お話?」

 

 「それくらいしか、しなかったわよ」

 

 嘘だ。

 今まで思いつめていた愚痴を聞いてもらった。

 自分が選んだ美術館でも、話を盛り上げてくれた。

 

 「そもそも、会って3回目よ。

  それくらいしかないじゃない」

 

 「今時の若者は即ハボって聞きますよー」

 

 「ちょっと初美ちゃん!」

 

 「そういうことはなかったですよねー?」

 

 「もう……。

  あるわけないでしょ」

 

 「そうですか」

 

 初美の瞳に、薄暗い炎が灯っている。

 それが嘘のように消えた。……霞は気づかなかったようだ。

 

 「それにしても霞ちゃん。

  即ハボの意味なんてわかるんですかー?」

 

 「えっ」

 

 「エロエロですよー。

  これだから痴女は……」

 

 「初美ちゃんにだけは言われたくないわよ!

  そもそも言い出したのも……」

 

 「霞ちゃんは男性慣れしていないんですから」

 

 霞のツッコミを無理やり切る。

 いつものように語尾を伸ばさない喋り方。

 

 「気をつけなきゃダメですよ」

 

 「そう、ね」

 

 「これから姫様のための麻雀があるんです。

  忘れちゃダメですよー」

 

 「忘れてないわよ」

 

 「何か、変なことを聞かれませんでしたか?」

 

 「……逆に、麻雀の話なんて全くしなかったわ」

 

 これは本当だ。

 触りだけ話して、それで終わり。

 麻雀のインターハイで知り合ったというのに、そのことについては全く話さなかった。

 不自然な話だ。

 彼が麻雀が弱いから、話せることがなかっただけかもしれない。

 

 「そうなんですかー?」

 

 「ううん。

  それ以外、いっぱい楽しい話を教えてくれたもの」

 

 「そうですか」

 

 話が途切れる。

 親友とは思えない、微妙な距離感。

 霞は初美の態度に困惑する。

 初美は霞をじっと見据える。

 

 「霞ちゃんが辛い思いをするのは、よくないのです」

 

 「……」

 

 「清澄高校に手心を加えちゃいけませんよー」

 

 「それは別問題よ」

 

 霞の中で須賀京太郎=清澄高校の図式は非常に薄い。

 それが試合を左右することはないだろう。

 むしろ――

 

 「負けないわ」

 

 彼の近くにいる女の子に、負けたくなかった。

 

 

 ……

 …

 

 

 

 『清澄高校』

 

 

 激戦を制し、勝ち残ったのは彼のいる高校だった。

 手を抜いたつもりはない。

 それどころか、普段使わないオカルトまで使っての惜敗。

 

 「(悔しい)」

 

 巴と春に祓ってもらいながら、一人頭の中で考える。

 どうすれば勝てたのか。

 負けたくないと思っての真剣勝負は初めてかもしれない。

 

 今まではただ、守りについていれば良かった。

 麻雀も人生も、ただ守りに入っていれば良かった。

 ただ、いざ『攻撃モード』に入った結果がこれだ。

 

 「今日は本当にごめんなさいね。

  力及ばずで……」

 

 「それを言うなら私たちもですよー」

 

 みんなで反省会。

 インターハイ決勝を取るための『姫様ローテーション』もうまくいかず、次の個人戦まで時間が空いてしまう。

 みんなの曇る表情。

 自然と誰も喋らなくなり、運ばれた蕎麦を食べるのに集中する。

 

 「そうだ!」

 

 そんな時には、みんなのまとめ役のお仕事。

 

 「個人戦までの四日間、海水浴と温泉にでも行きましょうか」

 

 まるで『あの人』のように、暗い雰囲気なんか出させない。

 

 「泳ぎならおまかせですよー」

 

 「よかった」

 

 個人戦が残っている二人にも気を使わせない。

 そうだ、麻雀から離れてリラックスして、最高の環境で『姫様』が戦えればそれでいい。

 個人戦でさえ勝たせてしまえば、六女仙の目標は達成できるのだから。

 

 「(4日間……)」

 

 海水浴と温泉に行っても、まだ時間がある。

 そうなればみんなで東京観光をするのがいいだろうか。

 個人戦の対戦相手の牌譜を見直さなければいけないだろうか。

 ただ、どんなに見直しても神様が降りている状態の姫様に意味はあるのだろうか。

 

 空いた、時間

 

 

 ……

 …

 

 

 

 夜、寝る前に寝室を出て、電話をできる場所まで移動する。

 深呼吸を何度もして、呼吸を整える。

 意を決してコール。

 

 『もしもし』

 

 「あ、須賀さん?

  今大丈夫かしら」

 

 『平気っす。

  寝る前にボケーっとしていただけですよ』

 

 彼の声を聞いてほっとする。

 なんでこうも胸が温かくなるのだろうか。

 

 『どうしました?』

 

 「いえ、その……」

 

 困った。うまい理由が思いつかない。

 

 「こ、声が聞きたくて?」

 

 『ブホッ』

 

 「あっ、違うの違うの!」

 

 言いたいことは間違ってはいないのだけれども、誤解を招く。

 まるで恋人みたいなやりとりではないか。

 

 「その、今日負けちゃったから、また愚痴を聞いてもらえる?」

 

 『い、いいんですか?

  一応こっち、勝った側なんですよ』

 

 「あら、須賀くんは私に勝ったのかしら?」

 

 「……そういえば勝ってないですね」

 

 

 『むしろ負けっぱなしだな』なんて言われたけれど、よくわからない。

 

 

 「私は守る麻雀が得意なの」

 

 『ふむ』

 

 「でも今日は攻撃に転じてみたんだけれども、負けちゃった。

  ふふっ、清澄の大将さん。強いわね」

 

 『あいつなんてただのぽんこつですけどね』

 

 彼の声から親しい感じが出ていて気に入らない。

 胸をムカッとさせて続きを話す。

 

 「もう、最後の最後にあんな上がりなんて」

 

 『確かに、性格悪いっすよねー!

  接戦の接戦でボール回しでタイムアップ! みたいな!』

 

 「もちろん、そうすることが相手への全力だっていうのはわかるわよ」

 

 『わかります!

  でも感情は別なんですよね』

 

 「そうなのよ」

 

 点数で勝っているのだから最速で上がって終わらせる。

 麻雀の定石でしかないが、大会のあの場でやれる度胸は並ではない。

 

 『石戸さんって感情豊かですよね』

 

 「それ、褒めているのかしら?」

 

 『もちろんですよ。

  俺、話しててすごく楽しくて』

 

 カアっと頬が赤くなる。

 それは霞の方も同じだった。

 同時に、こんなに感情豊かになる相手も京太郎だけなのだ。

 

 「でも、これから個人戦まで暇になっちゃったわ」

 

 『石戸さんも個人戦に出るんですか?』

 

 「私は姫様の付き添いよ。

  みんなで海や温泉なんかに行こうと思っているの」

 

 『おおう……』

 

 「……何かエッチなこと考えた?」

 

 『考えてないっす! 考えてないっす!』

 

 「もう……」

 

 これだから男の子は、と思いながらも不快感はなかった。

 むしろ彼より上の立場になってからかえたことが嬉しい。

 

 『そ、その、石戸さん』

 

 「なにかしら?」

 

 『個人戦までの数日間、また遊びに行きませんか?』

 

 彼の言葉に頭がフリーズする。

 一瞬反応できなくて彼をあせらせる。

 

 『あっ、無理ならいいんです!

  あの時楽しかったから、また遊べたらなって!』

 

 「い、いえ、無理じゃないわ!

  もちろんOKよ」

 

 『よ、良かったァー。

  怒らせたかと思った……』

 

 「もう、そんなことで怒りませんよ」

 

 電話口でもわかる焦りに、可愛らしさを覚える。

 

 「清澄の試合はいいのかしら?」

 

 『合間合間に、って感じですね』

 

 「わかったわ。

  それじゃあ、また連絡してね」

 

 『はい!』

 

 ――今度は彼から電話が来る。

 

 その事実がとても嬉しい。

 思わず顔がにやけてしまう。

 いけない、帰るまでにはいつもの『石戸霞』に戻さないと。

 

 ――そう思って寝室に向かう途中に、巴がいた。

 

 ドキリと心臓がなる。

 

 

 「あっ、霞さん。

  外に出て行ったから心配して待っていたんです」

 

 「そ、そう。心配させてごめんなさいね」

 

 「いえ!

  その、霞さん……」

 

 言いづらそうに巴が顔を俯かせる。

 霞の心音が止まらない。

 

 「ちょっとだけ、羨ましいです」

 

 その時の巴は、今まで見たことがないような悪戯顔。

 人生で初めて霞に勝ったと言わんばかりの笑顔。

 それに対して、いつもと逆に顔を真っ赤にして反論することしか出来なかった。

 

 ――もう一つの気配には、誰も気づかなかった。

 

 

 ……

 …

 

 

 結局、全てが終わるまで細かい時間を見つけては二人で逢瀬を続けた。

 

 「今日は巫女服なんですね」

 

 「ううっ、まさか須賀さんと会うとは思わなかったのよ」

 

 「試合の時に巫女服だったのには理由があるんですか?」

 

 「ふふっ、麻雀をやる時には神聖な格好じゃないといけないのよ」

 

 「『オカルト』でしたっけ?」

 

 「そうね。

  詳しくは話せないけれども、私たちはそれに深く関わっている。

  ……こんなことを言って、信じてくれる?」

 

 「そりゃ信じますよ。

  目の前で何度も見ていますから」

 

 「ふふっ、ありがとう」

 

 今年のインターハイというオカルトが全面的に出てきている時代。

 すんなりと『オカルト』を受け入れてもらえたのが嬉しかった。

 

 「石戸さんって制服も似合ってましたけど、巫女服も凄く似合いますね」

 

 「そ、そうかしら」

 

 「この黒髪ロング!

  櫛で梳いても止まらなそうで綺麗です」

 

 「う、ううっ」

 

 今までストレートヘアーなことに感謝したことはなかったけれども、この瞬間大好きになった。

 

 「さ、触っちゃダメよ」

 

 「触りませんよ!?

  そんな、女の子の髪の毛においそれと触るなんて……」

 

 「あら、わかっているじゃない」

 

 「石戸さんのほんわかな雰囲気に落ち着いた髪型が揃って、とっても綺麗に見えるんだなァ」

 

 「ほ、褒めすぎじゃない!?」

 

 「あー、今のは素です……」

 

 京太郎も漏らすつもりはなかったのか、恥ずかしそうに頬を掻く。

 だが本当に恥ずかしいのは褒められている霞だ。

 そんなこと、言われたことはない。

 女の子同士で褒める時にはどこか褒めなきゃいけないと言う考えがある。

 もし京太郎に下心があったとしても、今の言葉がとても嬉しい。

 

 「(……でも)」

 

 内心、このままではいけないことに気づいていた。

 いずれ鹿児島に帰ってしまえば、彼も長野に帰るだろう。

 霞はもう二度とその地から離れることはないかもしれない。

 

 「(でも、今だけは……)」

 

 全てを忘れて、楽しみたい。

 こんな風に普通の女の子として楽しむ事なんて、考えたこともなかったから。

 

 

 ……

 …

 

 

 団体戦が終わって、個人戦が終われば二人の奇妙な関係は終わる。

 ほんの少しのきっかけで知り合って、話していてとっても楽しいから何度も遊んだ。

 彼と彼女の関係は友達? 親友? 恋人?

 きっと彼ら自身にもよくわかっていない。

 

 「(もうすぐ、終わる)」

 

 霞はカレンダーの日付を見て呆然とする。

 彼にも彼の日程がある。もう会うことは出来ないだろう。

 とても楽しかった。それだけに考えたくない。

 

 「(ダメね。ちゃんと切り替えないと)」

 

 ちゃんと切り替えて、霧島神宮の『石戸霞』に戻る。

 そうすることで昔のようにお勤めをして、姫様のために尽くす。

 自分の命全てを姫様のために費やすには、心なんて不要だ。

 

 「(私は、石戸霞)」

 

 鏡を見て、自分に言い聞かせる。

 少しずつ疎遠にしていけば心の傷も浅いはず。

 霞は恋をしているのだろうか。

 今までに経験がないから、それすらもわからない。

 

 「(わたし、は――)」

 

 

 ――携帯の着信音。

 

 体がびくりと反応して、急いで着信を見る。

 

 

 『須賀京太郎』

 

 

 その文字が霞の心をぐちゃぐちゃに織り混ぜる。

 今までに意識していたものが全て霧散していくのを感じる。

 

 「も、もしもし!」

 

 『あっ、石戸さん。

  京太郎っす。今時間ありますか?』

 

 「うん、大丈夫」

 

 高鳴る鼓動を抑えつつ、動揺を知られないように努める。

 

 『もう直ぐ、インターハイも終わりですね』

 

 「そう、ね」

 

 『俺、石戸さんと知り合えて良かった』

 

 「わ、わたしも」

 

 『それで、相談なんですけど……』

 

 一瞬間が空く。

 京太郎が大きく息を吸い込んで、次の言葉を言った。

 

 『地元に帰った後も、電話しませんか?』

 

 胸が高鳴る。

 ただ一言、それだけで救われた。

 

 「ええ、もちろんよ」

 

 『ありがとうございます!』

 

 「だって、私たち友達でしょう?」

 

 『はい!』

 

 恋人ではない。それはダメだ。

 

 『明日、見送りますね』

 

 「わざわざありがとう」

 

 その日はそれだけ言って電話を切った。

 通話を終わらせた後、ボフッと枕に顔を突っ伏す。

 霞の顔がにやけている。

 そのにやけを一生懸命抑えようとしているが、すぐには収まりそうになかった。

 

 

 ……

 …

 

 

 「それじゃ、石戸さん。

  また何かあったら電話してください」

 

 「そうね」

 

 「愚痴ならいつでも聞きますから!」

 

 「も、もう。それは忘れて?」

 

 場を和ませる軽いジョークのように言ってくれたようだが、他の誰かに聞かれたら大問題だ。

 しかし、何かあったら連絡できる。それだけでとてもうれしい。

 

 「京ちゃん、石戸さんと仲よかったんだ」

 

 「おう、咲。インターハイ中に、な」

 

 「ふーん」

 

 特に興味もなさそうに彼の近くを歩いているのは宮永咲。

 少し話して、すぐに他の清澄勢のところに向かってしまった。

 しかし、それが霞の心を濁らせる。

 

 『京ちゃん』 『咲』

 

 なんだかとっても悔しい。

 

 「もう、『京太郎さん』ったら、女の子は名前で呼ぶのね」

 

 「うぐっ!?

  いや確かに同年代は名前で呼ぶけど……」

 

 「これだけ仲が良くなったんだから、私のことも名前で呼んで?」

 

 「えっ、いいんですか?」

 

 「……うん」

 

 緊張の一瞬。

 先ほど当てつけのように名前呼びした時の熱も治まっていない。

 

 

 

 

 

 「霞さん」

 

 

 

 

 

 

 今度こそ心臓が破裂したかと思った。

 

 

 「なんだか恥ずかしいっすね」

 

 「京太郎さんには慣れていることじゃないの?」

 

 「そんな別に……」

 

 「ふふっ」

 

 少しリードを取れて、嬉しい。

 

 「あと、これからはこっちの携帯電話からかけるわ」

 

 「こっち?」

 

 「私用なの。

  前のは事情があって使えなくなるから……」

 

 「わかりました!」

 

 「その、京太郎さん」

 

 息を吸い込む。

 そうだ。初めて会った時からずっと言いたかった。

 

 「ありがとうございます」

 

 「へっ?」

 

 「あなたのおかげで、たくさんの楽しみを知りました」

 

 敬語になるのは、尊敬の証。

 どこかむず痒くてその場で別れを告げてしまったけれど、後悔はしていない。

 彼に会えて、本当に良かった。

 

 

 ……

 …

 

 

 「霞ちゃん、もういいんですか?」

 

 「ええ、小蒔ちゃん」

 

 「えへへ。霞ちゃんとこんなに仲良くなっていたなんて意外です」

 

 「ふふっ、私も意外だわ」

 

 思えば、小蒔が彼と出会ったことが全ての始まりだった。

 そう思えば、小蒔に感謝しないといけないかもしれない。

 

 「私も全国でいろんな人と知り合えました」

 

 「そうね。

  小蒔ちゃんもたくさんの友達が出来たみたいね」

 

 「離れ離れになっちゃいますけど、ずっと友達です」

 

 小蒔は嬉しそうに何人もの名前を挙げていく。

 その笑顔のまま、告げた。

 

 「霞ちゃんとは、ずっと一緒ですよね?」

 

 

 

 ――本来なら何も悪意のないその言葉が、霞の楔となる。

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