霞色の空   作:R.RIU

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【清い心】

 

 

 鹿児島から長野までの長い距離。

 最初は不安でいっぱいだった霞も、時間をかけることで覚悟することが出来た。

 全てを敵に回す覚悟。

 皮肉にも、それは巫女としての修行で培われた精神力によるものだった。

 

 「(京太郎さんが私を受け入れてくれたなら)」

 

 もちろん、彼に迷惑をかけることだけはしたくない。

 でも、少しのわがままを言ってしまうかもしれないな、などと笑う。

 

 親から受け取った手帳を愛しげに開く。

 

 『自分の生きたいように生きなさい』

 

 この一文を書くのに、両親がどれだけの覚悟を決めたのかわからない。

 だが、霞はこの一文から溢れ出る『愛』を感じた。

 手帳を胸に抱く。

 

 「(父上、母上)」

 

 もう見られないかもしれない両親の顔を思い浮かべる。

 

 「お父さん、お母さん」

 

 常に厳格だった父と、優しくもあり厳しくもあった母。

 名前にコンプレックスを持っていた霞は親の愛情に不安を覚えたこともあった。

 でも、今はもう大丈夫。

 

 「私の名前は『霞』」

 

 ぼそりと呟いて、自分に言い聞かせる。

 両親がつけてくれて、京太郎が教えてくれたたくさんの意味。

 両親は『幸福』を願ってつけてくれたのか、『清い心』を願ってつけたのか。

 後半ならば困ってしまう。

 

 「私、悪い子になっちゃった」

 

 嬉しそうに霞は笑った。

 長野まではあと少しだ。

 

 

 ……

 …

 

 

 長野に着いたのはいいが、京太郎の家がわからない。

 そもそもいきなり押しかけていいものか、どう事情を説明していいかもわからない。

 

 「こ、公衆電話……」

 

 携帯は没収されている。

 公衆電話を探すしても見つからない。

 

 「もう、清澄高校まで行っちゃおうかしら」

 

 ふんふむ、と頷く。

 これは案外妙案かもしれない。

 授業が終わって一緒に帰るところを想像するだけで楽しい。

 

 「……そんなことを考えながら着いちゃったんだけど」

 

 恋する乙女は一直線。

 細かいことを考える前に行動するのは今までの霞にはない傾向だ。

 そんな自分も嫌いじゃないと、誇らしくなる。

 

 「(他の学校の生徒を入れてもらえるかしら?)」

 

 校門の前にまでたどり着く。

 下校時間と重なっているため。何人かの生徒が帰っていくのを見られる。

 

 「(やってみるしかないわね)」

 

 ここまで来たら行動あるのみだ。

 思い切って警備員さんに話しかけて麻雀部とのコンタクトを試みる。

 

 「あの、永水女子から来た石戸霞と申します。

  清澄高校麻雀部さんに用があるのですが……」

 

 「あら、うちに何か用があるのかしら?」

 

 警備員と話していると、後ろから女性の声がした。

 振り返ってみると見覚えのある女子高生。

 

 「あら、あなたは……」

 

 「久しぶりね、石戸霞さん?」

 

 清澄高校麻雀部部長、竹井久。

 

 「私も引退したから元関係者だけどね」

 

 「お久しぶりです」

 

 「おひさー」

 

 手をフラフラと振りながら軽く近づいてくる。

 そうやって誰かと親しんで様々な人脈を築いているのは彼女の強みだろう。

 

 「何、愛しの彼に会いに来たのかしら?」

 

 「い、愛しの……!?」

 

 「純情ねぇ」

 

 京太郎の比ではない悪戯顔。

 初美と親しい霞にはわかる。

 あれは面白いおもちゃを見つけた顔だ。

 

 「そ、そんな竹井さんは男性経験が豊富なんですか?」

 

 「いいっ!?」

 

 「?」

 

 「そ、そうねー?

  私くらいともなれば男が寄ってくるしー?」

 

 「あら、それなら今度いろいろと教えて欲しいわ!

  そ、その、デートの時どうしたらいいか、とか」

 

 「(と、とんでもない嘘をついちゃった!?)」

 

 焦り始める久に気づかずに、『普通の女の子』を教えてもらえると思って嬉しそうな霞。

 若干の温度差はあるものの、霞の目的は達することが出来そうだ。

 

 「……あっ」

 

 「どうしたの?」

 

 「ううっ」

 

 そこで霞は大事なことに気づいてしまう。

 

 「(こ、こんな格好で京太郎さんに会えないわ……)」

 

 両親公認の家出のような形で飛び出してきた霞。

 恋人に会いに行くには心もとない。

 

 「そ、その、失礼ですが……」

 

 「なにー?

  同年齢なんだからタメ口でいいわよ」

 

 「それなら……。

  その、少し身だしなみを整えるものを借りられれば……」

 

 顔を真っ赤にしながら懇願する。

 最初は呆然としていた久だが、頭で理解が追いついてくるとニヤニヤと霞を見直した。

 

 「彼氏に会うんだもんねー」

 

 「ううっ」

 

 「(なにこれかわいい。胸も大きいし反則じゃない)」

 

 京太郎の方も含めて一通りからかうことに決めたが、しっかりと身だしなみを整える手伝いをするあたりはしっかりしている。

 霞は準備を整えて、京太郎へ会いに行くことにした。

 

 

 ……

 …

 

 

 「ほら須賀君、特別ゲストを連れてきたわよー」

 

 「霞さん!?」

 

 「きょ、京太郎さん……」

 

 麻雀部にたどり着くとずっと会いたかった金髪の少年。

 前に見たときと変わっていない。

 それだけで霞の心は温かくなる。

 

 「どうしたんですか?

  言ってくれれば予定を合わせたり迎えに行ったりするのに」

 

 「そ、その……」

 

 どうしよう。

 最初に何を言うかなんて決めてなかった。

 

 「きょ、京太郎さんに会いたくて」

 

 結局思いの丈をそのまま伝えることにする。

 それを聞いて京太郎は顔を真っ赤にするし、言ってしまった霞も顔を真っ赤にする。

 少し冷静になって横を見てみれば目の前でラブシーンを見せられた女性陣も顔を赤くしている。

 

 「まぁまぁ、何やら話したいこともあるだろうし、二人でゆっくり話しなさいな」

 

 「ちょっと、部長!?」

 

 「元部長、でしょ?

  鍵は自分で返しておいてねー」

 

 「えっ、えっ!?」

 

 「ほら、女性陣は私と一緒にケーキバイキングにでも行きましょう?

  須賀君は愛しの彼女がいるみたいだし!」

 

 そう言いながら霞にウインクする久。

 どうやら、彼女なりに霞に何かがあったことを察知したらしい。

 

 「……ありがとう」

 「何のことやら。これは貸しよー」

 

 最初に会った時のように手をフラフラと振りながら撤退する久。

 『今日の麻雀部は中止じゃな』などと理解を示すまこ。

 何が何やらわかっていないうちに引きずられていく一年生三人組。

 

 「あー、気を遣わせちゃったみたいですね」

 

 「そ、そうね」

 

 ついに京太郎と二人きり、それも他の誰もいない空間にいることによって緊張する。

 

 「その、麻雀の練習中だったらごめんなさい」

 

 「霞さんが来るなら霞さん優先ですよ!

  か、か、彼女ですから」

 

 「そ、そうよね。

  か、彼女だもん」

 

 自信を持って言い直す。

 うん、京太郎の彼女なんだから優先してもらってもいいはずだと、言い聞かせる。

 

 「……何かありましたね」

 

 「……うん」

 

 「霞さんの話、聞かせてください」

 

 そう言って京太郎は霞をベッドに腰掛ける。

 京太郎は向かい合って椅子にでも座ろうと思ったところを、霞がギュッと袖を掴む。

 最初は固まっていたが、男としての覚悟を決めたようで霞の隣に座る。

 

 「……」

 

 「……」

 

 部室に静寂が訪れる。

 ベッドの上で若い男女が二人並んで座っている。

 京太郎としては気が気でない。

 だが、これから様々なことを話さなければならない霞にとっても心労だ。

 

 「家出してきちゃった」

 

 「……えっ!?」

 

 やっとの思いで口に出した言葉は、やはり京太郎を驚かせたようだった。

 

 「前にも話したと思うけれど、私はお家のために人生を捧げる義務があったの」

 

 「……聞きました」

 

 「それでね。

  京太郎さんと会っていることがバレちゃって……」

 

 バレた経緯を思い出し、胸が詰まる。

 六女仙に、誰かに裏切られたと考えるだけで辛いものだ。

 

 「霞さん。ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

 「ありがとう」

 

 普段ならば『大丈夫』と言っていただろうが、京太郎の前では言わない。

 思う存分甘やかしてもらう。

 

 「祖母が決めていた許嫁がいたの」

 

 「えっ!?」

 

 「実は家の電話から京太郎さんに通話していた時にはほとんどの行動を制限されていて……」

 

 「あ、だから携帯が使えなかったんですね」

 

 「うん。

  常に誰かが私の側についている状況で、もう京太郎さんに会えない状況だった」

 

 あの時のことを思い出すだけで胸が詰まる。

 

 「それでも、どうしても会いたくて……」

 

 顔を伏せる。

 京太郎の顔を見ることができない。

 こんな重い女、どう思われているだろうかと不安になる。

 

 「両親に後押しされて、会いに来ました」

 

 「……」

 

 それでも、霞は折れない。

 しっかりと顔を上げ、京太郎を真っ直ぐ見据える。

 京太郎もまた、霞を真っ直ぐと見返す。

 

 「私は全てを捨てて、何も残っていません。

  もし、重い女と思われたなら拒絶してください。

  それでも、良いというならば、私でよければ……」

 

 霞がそこから先の言葉を言うことは出来なかった。

 京太郎が霞に抱きついて霞の顔を胸に抱き寄せたからだ。

 

 「……!!」

 

 「いいに決まってるじゃないですか、そんなの」

 

 「きょ、京太郎さ」

 

 「ここまで想われて、突き放せる奴なんて男じゃない。

  どんなことをしたって一緒にいます。

  霞さんが覚悟を決めてここまで来てくれた。それなら――」

 

 

 「ずっと一緒にいよう」

 

 「はい……っ!」

 

 

 霞が想像していたよりもがっしりとした京太郎の腕の中。

 ゴツゴツしていて感触がいいとは言えないはずだが、霞はとても心地よかった。

 

 「京太郎さん、もう少し、このままで――」

 

 「霞さんが満足するまで、いつまでも」

 

 「ふふっ、そんなこと言ったらずっと満足しないわよ」

 

 「それは、困っちゃいますね」

 

 「困るの?」

 

 「困らないですけど、家に説明しないといけないですし」

 

 「あっ……」

 

 霞の顔が真っ赤になる。

 これから京太郎の家に向かうのだろうか。

 それとも――

 

 ――今腰掛けているベッドの感触

 

 「きょ、京太郎さんが望むなら!」

 

 「いやいやいや!

  そ、その、いくらなんでもこの勢いじゃダメです」

 

 「う、うう」

 

 「事情が事情なんですから、ちゃんと責任取りますから」

 

 「責任、取ってくれるの?」

 

 「うぐっ……。

  そ、それはもちろんです」

 

 「……嬉しいわっ!」

 

 やっと霞が笑顔になって京太郎に抱きつき返した。

 

 「わわっ」

 

 「京太郎さん、いい匂い」

 

 「(こっちのセリフだよチクショー!

  やわらけー! なんだこれやわらけー! 反則だろ!

  耐えろ! 耐えろぉー!!)」

 

 「私、幸せです」

 

 「(俺も幸せです)」

 

 霞の女性的な匂いと至高の肢体を全身で味わう京太郎。

 下半身に血液が集まるのを感じるが、必死に耐える。

 

 「(さすがに、この件が片付くまではっ!)」

 

 須賀京太郎。今まで生きてきて一番の精神力を発揮しているようだ。

 霞が満足するまで、京太郎にとっての天国と地獄は続いた……。

 

 

 ……

 …

 

 

 

 京太郎の家に帰る。

 霞はそれだけで胸がときめいた。

 チラチラと横目でアピールしたら手までつないでくれた。

 霞は今、幸せだ。

 

 だが京太郎は、親を前にして人生最大の窮地に陥っていた。

 京太郎の父も母も硬さは少なく、割と緩い性格をしている。

 それは京太郎のコミュニケーション能力からも見て取れる。

 中流・上流階級ゆえの余裕とも言えるだろうか。

 だが、そんな両親が氷の目線で京太郎を見据える。

 負けじと京太郎も睨み返すが、本物の眼光の前に萎縮する。

 

 それでもなんとか事情を説明。

 

 固まった空気を崩すべく、京太郎が自分の意見を述べる。

 

 「俺、石戸霞さんと一緒になる。

  もしかしたらその神代一族が何かしてくるかもしれない。

  親父たちに迷惑をかけるなら家を出るから……」

 

 ――ぶん殴られた。

 

 京太郎も小さな頃に殴られたことはあるが、ここまで本気で殴られたことはなかった。

 霞が大慌てで京太郎に駆け寄るが、京太郎の母は何事もなかったかのように治療用具を用意している。

 

 「どうぞ」

 

 「あっ、はい……」

 

 「これでポイント稼げるわね」

 

 「そ、そんな……」

 

 自分の息子が派手に吹っ飛んでおいてにっこりと霞に笑いかける。

 それどころか友好的な態度に霞は困惑する。

 殴られるようなことを言ったならば、本当に叱られるべきは自分であると霞は思う。

 

 「その年で自立してどうするつもりだ」

 

 京太郎は殴られてなお、父親を睨み返す。

 その程度の覚悟じゃない。

 

 「高校はどうする。

  今から働くのか。

  それで本当に彼女に対して責任は取れるのか、考えたのか」

 

 「考えたよ!」

 

 「それなら、するべきことがあるだろう」

 

 「何をすればいいんだよ!!」

 

 もう一発殴るのか、父親が構える。

 京太郎はあえて受けようと歯を食いしばる。

 

 ――京太郎にとっての両親は尊敬の対象だ。

 

 何不自由なくここまで暮らせてきたのは両親のおかげだと思っている。

 だからこそ勘当される覚悟もあったし、こんな親不孝をするならば抵抗せずに殴られる気だった。

 

 だが、父親の手のひらは京太郎の頭に乗せられる。

 

 撫で方を知らないようで、ぐしゃぐしゃと雑に京太郎の頭を撫でられる。

 

 「親に迷惑をかけなさい」

 

 「……!!」

 

 「まずは自分の恋人を匿ってくれと相談しなさい。

  話はそこからだろう」

 

 「でも、それじゃ迷惑が……」

 

 「子供が親に迷惑をかけるのは当たり前だ」

 

 そう断言して父親は座り直した。

 

 「石戸霞さん。

  こんな親心もわからない馬鹿でよろしければ、よろしくお願いします」

 

 「は、はい。

  い、いえ、でもご迷惑が……」

 

 「馬鹿息子を貰ってくれるならば、君も私たちの娘だ。

  存分に迷惑をかければいい」

 

 「そんな……!」

 

 「それに、そう頼まれているんだ」

 

 「えっ?」

 

 全て読めていたと言わんばかりに笑う父親。

 

 母親は嬉しそうに霞に笑いかける。

 

 「君の両親から、よろしく頼むと連絡はもらっているよ」

 

 「……!!」

 

 「言っただろう。

  子供は素直に親に迷惑をかければいい。

  それを受け止めるのが親の仕事だ」

 

 霞がポロポロと涙を流す。

 京太郎が慌てて近くに寄る。

 

 「もし、神代一族が何かするようなら……」

 

 「なぁに、アテはあるさ。

  それなりに大きい家であるつもりだ。

  それでもダメなら海外にでも送ろう。

  京太郎、わかっているな」

 

 「……うん。

  十分見つめ直したつもりだし、覚悟だってしてるよ」

 

 「それならいい。

  堅苦しいのは終わりー。母さん、飯」

 

 「はぁい。

  霞ちゃん! 一緒にご飯作りましょ!」

 

 「は、はい!」

 

 「嬉しいわー!

  私ね、娘とこうやって一緒に料理するのが夢だったの!」

 

 京太郎の母親も随分とコミュニケーション能力が高いようで、霞をグイグイと引っ張っていく。

 霞は急展開についていけなくなりつつも、ただ感謝の言葉を述べた。

 

 「ありがとう、ございます」

 

 「いえいえー!」

 

 そんな霞を見送りつつ、京太郎も見つめ直す。

 

 「海外、か」

 

 その可能性があるのならばと、覚悟を決めた。

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