Encounter-佐為の目覚め-   作:鈴木_

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11 俺の後に、佐為がいる

「進藤、どこかに行ってたのか?」

 

自分の部屋に戻ろうして、部屋の前で鍵をポケットから探しているヒカルの姿をアキラが見つけ声をかけてくる。

 

「塔矢!?」

 

まさかこんな時間にアキラが外を出歩いているとは思ってもいなかった。見られたくなかったところを見られてしまったような居心地の悪さでヒカルはアキラからつい視線をそらす。

 

「お前こそ、どうしたんだよ。こんな時間」

 

しどろもどろな態度でヒカルは話をそらす。

 

「ボクは喉が渇いたから飲み物をと思って」

 

「そ、そうか」

 

「進藤は?」

 

「おっ、俺はちょっと寝付けなくて、気分転換に外の空気を吸いに……」

 

そう言ったヒカルの言葉を嘘だとアキラは直感で思う。元々ウソが下手な性質で視線を合わせようとしないのは、後ろめたいことがある証。そして明日は大会本番だというのに12時過ぎた時間に外へ出てまでヒカルが会おうとしていたのは、恐らく一人だろう。

 

「じゃ、塔矢も早く寝ろよ!」

 

慌ててヒカルは部屋に入りアキラが追って来れないよう鍵を閉める。

すると、体からイッキに力が抜け、ヒカルはその場にへたりこんだ。

アキラもだが、さきほど佐為の部屋から出てきた緒方を見かけたときは、本当に心臓が飛び出るかと思うほど驚き、咄嗟に身を隠してしまった。

 

(緒方先生、佐為に対局申し込みに行ったのかな?)

 

確証は無かったけれど、緒方が佐為の部屋に行くのにそんな理由しか思いつかない。行洋が入院していた病院で、ヒカルに佐為との対局を迫ったときは本当に鬼気迫るものがあった。

だが、佐為の部屋から出てきた緒方の表情は、遠目からも沈んでいて、決して良いものではなかったように思う。

恐らく佐為に対局を断られたのだろうと推測できた。

 

「佐為だって緒方先生と打ちたいはずなのに……」

 

今の佐為が幽霊だった頃の佐為と完全に同じではないことはヒカルとて重々承知している。今まで囲碁と無縁の生き方をしてきたのに、いきなり幽霊だった頃の記憶が戻った時の混乱は他人のヒカルにも想像に容易い。

 

それでも佐為はヒカルに再び会いに来てくれた。もう二度と会えないと涙した佐為が戻ってきてくれただけでも十分過ぎるのに、あれもこれもと欲を出すのは望みすぎだろう。

それでも佐為が決して緒方と対局したくないと思っていないことだけは確信があった。

 

 

 

北斗杯、大会初日。日本対中国。

 

「おはよう、塔矢」

 

身支度を整え廊下に出たところで隣部屋のアキラと鉢合わせし、ヒカルは声をかける。昨夜の気まずさが一瞬蘇ったが、これから対局だというのにいつまでも引き摺っているわけにはいかない。

 

「おはよう」

 

その抑揚の失せた声から、すでにアキラが対局モードに入っているのだとヒカルは察した。

社はまだ出てこない。部屋で準備をしているのか、それとも先に着替えてロビーでヒカルたちを待っているのだろうか。

二人揃って集合場所のロビーに向かう道すがら、

 

「塔矢、なんで佐為のこと、何も聞かないんだ?」

 

ネットのsaiだけでなく『藤原佐為』が現れてもアキラはヒカルに対して、問いかけるような視線を向けるだけで何も言ってこなかった。

佐為の言う通り、相手が北斗杯スポンサーということで、出場する選手であるアキラも勢いに任せて問い詰めることを控えたのかもしれない。

 

しかし、尋ねる機会は今日までいくらでもあったのに何も言ってこないのは、ずっとアキラを見てきたヒカルからしても不自然で怪しく映った。アキラらしくないのだ。

碁に関することなら、どこまでも純粋に強い意思で意思を曲げたりしないアキラが、ネットのsaiかもしれない人物が現れても静かで何も言ってこない。

間違いなく、アキラもまた緒方と同じようにsaiを求めているはずなのに。

しかし

 

「聞けば、君は答えるのか?」

 

逆に問われてヒカルは押し黙る。

ヒカルが用意していたのは、いかに佐為をただの友人として誤魔化すかだけの嘘ばかりだ。それをアキラは最初から求めていないから、佐為のことを聞かなかっただけに過ぎなかったのだと、ヒカルは今初めてアキラの考えに気づかされた。

無言で黙りこくってしまったヒカルに、

 

「なら、聞く意味なんてないだろう。それより今日の対局が、去年のような無残な一局にならないようにすることだけに集中しろ」

 

ヒカルを置いて先に行こうとするアキラの背中を、ハッとしてヒカルも足早に追いかける。

その背中が無言でヒカルを責めているように感じられた。

ロビーに着けば、すでに社の姿があり、

 

「よう、二人とも……ってまたなんかあったな、お前ら」

 

アキラとヒカルの間に漂う険悪な雰囲気に気づき、社は大きなため息をつく。

去年はヒカルが韓国の高永夏に噛み付き、今年は同じチーム内で何やら嫌な気配が漂っている。昨日までは普通だったはずなのに、と思おうとして、すぐにそうじゃなかったと考え直す。

普通だったらきっと今年の大会も団長は倉田だったはずだ。

 

それがいきなり緒方が団長になり、昨日のレセプションでも会場が何か浮ついて落ち着きがない。そして今日は今朝からチーム内で問題発生だ。

そんな社の心中を知ってか知らずか、

 

「何を言っている?あとは……」

 

アキラは残る一人の姿を探した。

 

「揃ってるな、お前ら。いくぞ」

 

頭数を確認して、緒方が現れる。一瞬ヒカルの脳裏に昨夜の緒方が思い浮かんだが、クイと首を対局場の方へ振ったのを合図に、四人は対局会場へと向かう。

対局会場となる会場に入れば、去年とおなじようにテレビ中継のカメラ配置などの最終確認や準備をしているスタッフが忙しそうに動いている。

そんな中、団長である緒方が係員に日本のメンバー表を渡す。

 

それを受けてボードに張られていく今日の対戦カードは、アキラが大将、ヒカルが副将、そして社が三将で出場し、ヒカルの対戦相手は去年と同じ王世振だった。

席に着けば、対戦相手である王がヒカルにじっと視線を向けてきた。

前回は初め、手の縮んでしまったヒカルが驚異的な追い上げで、あと一歩のところまで追い詰めた経験がある。王も当然覚えているから最後まで気を抜かずヒカルに勝とうとしてくるだろう。

 

(これから俺が打つ対局を佐為が見ている)

 

今日はまだヒカルは一度も佐為の姿を見ていない。

しかし、会場のどこかで佐為は対局中継を必ず見ている。

 

(俺の後に、佐為がいる)

 

3年前までごく普通で当たり前であり、一度は失ってしまった感覚が、ヒカルの中に再び広がっていく。

 

 

 

 

北斗杯各対局の大盤解説が行われている大部屋で、佐為は壁にもたれながら腕を組み、一人端の方でじっと対局中継されているテレビ画面を見つめていた。

ひたすら見守っていると言った方が表現として相応しいかもしれない。

大会を運営するスポンサーの責任者として佐為が会場にいること自体は何らおかしくはなかったが、中継されているテレビ画面を見る眼差しは、仕事命で碁を全く打ったことが無い者の眼差しではなかった。

 

碁を打たずルールだけ理解している者もいるだろうが、プロ同士の対局はルールを理解しているだけでは、決して盤面の正確な形勢判断は出来ない。

佐為は今行われている中国対日本の三つの対局形勢がどうなっているのか、プロ棋士の説明や解説無しに理解している。

 

『どうにも碁を全く打ったことがない人間の目じゃないんだけどなぁ』

 

大盤解説の会場前を偶然通りかかり、廊下側から視界に入った人物に、安太善は立ち止まった。

昨日のレセプションで、韓国選手団団長としてスポンサー企業に挨拶した折、それとなく『藤原佐為』という印象的な容姿をした人物に碁は打つのかと尋ねてみたが、にこやかに打たないと否定された。

もし可能なら、『藤原佐為』を大会関係者の検討室へ連れて行き、共に対局を検討できればと思うが、相手は質問したときと同様に首を横に振るだろう。

 

『安先生、どうかされましたか?』

 

一緒にいた通訳の係りが、急に大盤解説会場の入り口前で立ち止まった安太善に、どうしたのかと首を斜めに傾げた。

 

『いえ、何でもありません。検討室へ戻りましょう』

 

明日は中国、そして最終日である明後日は対日本戦が控えている。

対局はまだ序盤が始まったばかりだ。

今日の中国対日本の対局をしっかり見て、対戦国の実力をチェックしておかなくてはならない。

 

「安太善君?」

 

安太善は日本語が分からない。例え名前を呼ばれたとしてもイントネーションが違うため、自分の名前とは認識できず、名を呼ばれたのだという自覚はなかった。それなのに声に反応して振り向いたのは、聞き覚えのある声だったからだ。

 

『塔矢先生!お久しぶりです!今年もいらっしゃったのですね!』

 

声の主が塔矢行洋であることに気づき、慌てて安太善が歩み寄る。

去年もだが、今年はさらに行洋は海外での対局が増え、あまり日本にはいないと聞いていたのだ。

だから、いくら息子の塔矢アキラが出場する北斗杯でも、今年は北斗杯に顔を出さないかもしれないと考えていた。北斗杯の新しいスポンサー関係者に『藤原佐為』という名前の人物がいることを知るまでは。

けれど、そんなことはおくびにも出さず、

 

『日本に来て驚きました。北斗杯は去年より日本国内での注目度が上がってるみたいですね。運営側も前回より広い会場を用意したようですが、もう一般客の見学席がほとんど埋まっている』

 

それとなく行洋の視線を大盤解説会場の方へ向けさせる。

この位置からなら、行洋からも壁際に立ち中継画面を見ている『藤原佐為』が見えるだろうと考えてのことだった。

安太善の言葉を通訳者が通訳し行洋へ伝える。

しかし、そんな安太善の思惑をいくらも介することなく、

 

「よかった。対局はまだ始まったばかりだな。前回は初日の中国対日本戦を見ることが出来なかったから、帰国する飛行機を一本早めたんだ」

 

行洋は対局中継画面を見ながら、日本に帰ってきたばかりだと無難な返事を返す。

『藤原佐為』の姿が見えなかったのか、それともネットのsaiと連絡手段を持っているだけでsai本人と会ったことがなく、視界に入ってもsaiと気づかなかっただけなのか。

『藤原佐為』について何の反応も得られなかったが、とにかくこれ以上行洋を引き止め立ったまま会話するわけにはいかない。

 

『そうだったのですね。検討室はこちらです』

 

行洋を皆のいる検討室へと安太善は案内する。

 

「塔矢先生!」

 

今日の対局がない韓国代表選手である3人を含め、中国団長の楊海など関係者が集まっている検討室で、部屋に入ってきた行洋に一番に驚きの声を上げたのは、日本代表の団長であり、門下の弟子でもある緒方だった。

台湾に行っていると聞かされていた行洋が、会場に来るとはアキラから何も聞かされていなかったからである。対する行洋の方も、なぜ緒方がここにいるのかと片眉を上げた。

 

「緒方君がなぜここに?」

 

「急だったのですが、当初団長だった倉田のスケジュールが合わず、自分が代わりに日本の団長になったんです」

 

緒方がテレビ前の席を行洋に譲り隣の席へ移動する。

 

「そうか、君が団長なら選手たちも心強いだろう。もしや北斗杯の合宿に緒方君も参加を?」

 

すでに日本のプロ棋士ではない行洋にそこまで詳しい情報は伝わらない。

だから、今年も去年同様、団長は倉田だろうと行洋は思っていた。

そしてすぐに、行洋と明子が家にいないことを丁度いいと、アキラの提案で始まったという北斗杯合宿が頭を過ぎったのだ。

去年は倉田も対局の合間を縫って合宿に参加し、選手たちを指導したのだと聞いていたから、もしかすると緒方も同じように参加したのではという考えに思い当たったのである。

 

「ええ。若い3人と囲碁漬けになるのもなかなか面白かったですよ」

 

「それは世話になった。ありがとう」

 

弟子に礼を言いながら、行洋は対局中の石を並べた目の前の盤上を見やる。

その内心、緒方が団長になっていたという事実に、緒方も佐為のことに気づいているのだろうと推測できた。

もしかすると、すでに緒方は佐為と何かしら接触をしようと試みた後なのかもしれない。それは緒方だけでなく、この場にいてネットのsaiを知る者であれば、皆何かしら同様に。

さきほど廊下で偶然安太善と鉢合わせたとき、世間話のように大盤解説会場の話題を安太善が振ってきた。

 

別に話題として不自然な話ではないが、その話題を振ってきた本当の目的は、大盤解説会場の様子ではなく、あの会場の壁際にいた佐為の姿を自分に気づかせるためだったのかもしれないと思い当たる。

一瞬だったが、佐為は隅の方で対局中継画面をじっと見ていた。佐為の本当の実力があれば、この場で検討の中心に座っても決しておかしくないだろう。

なのに佐為はヒカルを守るために、決してそれを良しとはしない。

 

先日のsaiとのネット碁で、行洋がsaiと何かしらの繋がりを持っていると多くの者たちが勘ぐっていることは承知している。

だからと言って、どんなに詮索されようと行洋はsaiについて約束通り誰にも何一つ話すつもりはなかった。対局が中断してしまいそれ以上続けることが出来ないと分かって、家に帰りアキラに追及されたときも、知らぬ存ぜぬを押し通した。

だが、碁を打ち高みを目指す者なら、決して誰もsaiという存在を無視できないだろう。

本因坊秀策の棋譜が今も多くの棋士たちを魅了して止まないように。

 

対局が進み中盤も終わりに近づけば、対局の形勢が次第にハッキリしてくる。

大将戦の盤面は互角のまま進んでいた。そして社も予想以上に趙石に食らいつき、まだまだ勝敗は分からない。

対して副将戦はというと、中盤にあって形勢は一目瞭然だった。

 

『進藤君が、すごいな。去年と比べてたった一年で遥かに強くなっている。去年が緊張で気負って実力を出し切れなかっただけ……いや、永夏と打ったときは気負いなんてなかったはずだ。けど……』

 

安太善がヒカルと王の対局盤面に注目しつつ、低く唸る。

対戦相手が、去年と同じ王だったことが、余計にヒカルの成長を浮き彫りにしていた。同じ一年。

その一年で二人がどれだけ成長したかは、歴然だった。

 

『落ち着いてる。それに冷静だ』

 

『ギリギリのところを見極めて容赦なく踏み込んでくる』

 

秀英と永夏が交互にヒカルの対局に対して的確な意見を述べてくる。

想定外の副将戦に楊海もただ驚きで唖然とするしかなかった。

 

「こりゃあ、一年で大化けしたな」

 

前回は2位。今年こそはと本気で優勝を狙っていたのだ。楊海もアキラの強さは認めている。大将戦は負けるかもしれないが、残りの副将・三将戦を勝てば中国チームの勝ちだ。

それなのにアキラと共にヒカルが対局に勝ち、チームそのものが日本戦で負けてしまえば優勝は難しくなる。

それにも増して

 

「今年は塔矢アキラと高永夏の対局が見られればと思っていたが、こんなの見せ付けられたら、今年も進藤君との対局を見たくなるな」

 

興奮気味に楊海は呟く。

もっと言えば、高永夏ではなく自分がヒカルと打ってみたいと言葉の端々から楊海の本音が伝わってくる。

去年叶わなかったアキラと永夏の対局も当然見てみたいが、ここまで成長したヒカルがどこまで永夏とやりあうのか。考えるだけでもわくわくしてくる。

 

「さきほど緒方先生が北斗杯のために合宿されたと仰ってましたが、まさか緒方先生がここまで進藤君を鍛えられたんですか?」

 

「まさか。俺は好き嫌いの激しい子供を優しく窘めたくらいですよ」

 

楊海に話を振られた緒方が、平静を装い無難に受け流す。

緒方自身、顔に出さないだけで内心は驚いているのだ。

ヒカルが打ち、記録に残っている対局の棋譜は全て目を通している。いずれ遠からず下から追い上げてくるだろう相手として、欠かさずチェックを入れていた。

 

しかし、棋譜でみたヒカルより、合宿で打ったときより、今対局室で王と打っているヒカルは強くなっている。今日のヒカルがヒカルではない別人だったと言われても、信じてしまうかもしれない。

それくらい今日のヒカルは別格に強い。

検討室で誰もがヒカルの成長に目を見張る中、

 

(佐為が見ているから、か)

 

副将戦の対局画面を見つめたまま、行洋は心の中だけで先ほど見た佐為の視線の先は、ヒカルの対局を見ていたのだと思う。

もちろんアキラや社の対局もそれなりに見ていただろうが、その中で一番にヒカルの対局を見ている。

もちろんヒカルも、佐為が己の対局を見ていることを、部屋の違う対局室で分かっている。それが絶対の自信となって今のヒカルを支えているのだろう。

 

『負けました』

 

王が自分の負けを宣言した。

中国語は分からなかったが、相手が頭を下げたことで、ヒカルも相手が負けを認めたのだと察した。

 

「ありがとうございました」

 

一礼し、とたんにヒカルの緊張が解ける。

 

(勝った、佐為ッ!)

 

ばっとヒカルは後を振り返った。

ヒカルの後では、まだ大将戦をしているアキラがいたが、構わず周囲を見渡す。そしてちょうど対局会場に入ってきた目的の人物の姿を見つける。

 

ヒカルと視線が合い佐為がフワリとヒカルに微笑む。

それだけで十分だった。

幽霊だった頃の佐為が、ヒカルが対局に勝つと微笑んでくれた笑顔と同じモノ。

ヒカルもまた佐為に微笑んだ。

 




■修正
感想でのご指摘で今さらなのですがルーリィ君の年齢が第二回北斗杯の段階で19歳となっていることに気づき、ルーリィ君の名前が出てくる部分を削除いたしました。

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