期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
ルナリアはマシュウに怒られている父を見て少しだけ溜飲を下げた。やれやれと溜息をつき、肩を落とす。しかし、問題が解決したわけではない。
貯めていた、144枚の銀貨のうち、140枚が道の修繕費に使われてしまった。残りは当日の移動費やなんやらで消えてしまう。ちなみにこの国の金貨1枚は日本円にして100万円。銀貨1枚は1万円だ。半銀貨1枚が1000円でその下に銅貨、半銅貨と続き、それぞれ1枚100円、10円である。
ルナリアは静かにリビングを後にして食糧庫に向かった。材料がどれだけ食糧庫に残っているのかの確認だ。
普通の貴族の家なら料理人がいる。しかし、彼らを雇うにはやはり人件費がかかる。よってルナリアが自分で作っていた。貴族子女が自ら料理するなんて、とこの世界では誉められたことではない。しかし、自分で作らないと生きていけないのだ。なのでマーサとルナリアの作れる方が料理を作るルールになっていた。
(小麦はあったはず。根菜と葉物の野菜もあったかしら)
無ければ買い物に行かないといけない。幸か不幸かラフロイが使ったお金はフランの入学金。食費には手を付けられていないが先のことを考えると無駄遣いはできない。いや、もうゼロからあの金額を貯めるには時間がなさすぎる。
(キューブ状のコンソメとかトマトの缶詰がほしいわ)
ルナリアには前世の記憶があった。
とは言っても、それほど細かく覚えてはいない。
幼いころ両親を事故で亡くし、頼るところがなかったため施設で暮らした。同じ施設で長く共に過ごしたひとつ年上の男性と20代半ばで結婚。一男一女をもうけ、晩年は孫も抱き、普通のどこにでもいるおばあちゃんになって生涯をまっとうした。
記憶を思い出したのは、奇しくも母が同じく事故で亡くなったことが原因だった。報告を受けたルナリアはショックのあまり倒れた。一週間近く熱に魘され、その間に母の葬儀も済んでしまいお別れも言えなかった。
当時下の弟フランはまだ5歳で母の死を理解できずにいた。ロイズは8歳。母の死はちゃんと理解はできていた。ただ、いつもいるはずの母がおらず、その頃父は王城で働いていたこともあり、家にはいない。長兄のマルクスも王都の学院に戻ってしまったので、ロイズは小さな弟をあやしながら、倒れた姉を心配し、いっぱいいっぱいだった。
そして目を覚ましたルナリアは弟たちの母になることを決めた。ルナリアだって11歳でまだまだ甘えたかった。でも、それが許される状況じゃないうえ、運が良かったのか前世の記憶を思い出した。見た目は子ども、心は70歳を過ぎたおばあちゃん。それが新生ルナリアが誕生した経緯である。
王都にいる父に『学院には行きません。弟たちの面倒は見るのでしっかり働いて稼いでください』と手紙を送りつけた。父は王城勤めを辞め、領地に戻る算段をつけていたが、ルナリアの手紙を読み、兄マルクスと大慌てで領地に舞い戻った。
それから顔を突き合わせて喧嘩だ。貴族の令嬢は良い嫁ぎ先を探すためにも学院に行く。今後の人脈作りにも必須である。しかし、ルナリアは何がなんで首を縦に振らなかった。自分の将来より、今ルナリアを頼る小さな手を取ることを選んだ。
『学院には行きません。結婚もいたしません。領地でお母様の仕事をしながらフランとロイズの傍にいます。その代わり、お父様はしっかり働いて稼いでください。なるべく地位をあげてお兄様と交代するのです』
つまり、兄のマルクスが学院を卒業するまで今の仕事を続けろ。しっかり稼いで養え。少しでも出世して引退しろ。それまでの領地のことは心配するな。とルナリアは言い切った。
これにはラフロイもマルクスも驚いたが、ルナリアが絶対に譲らないと意思を曲げなかったので渋々頷くしかなかった。
現実問題、弟たちの学院への入学のことを考えればこれからまだまだお金は稼がないといけなかった。ヴィッセ伯爵領は目立った資源もなく、観光地もないため、領地収入はそれほど見込めない。毎年ギリギリだ。その分荒れることも荒らされることもないため平和ではある。
領民も穏やかで争いごとを好まず気さくな人が多かった。そんな彼らの生活を脅かすように税率を上げるのは話が違う。つまり、父が別収入源を持たないとルナリアたち家族は貴族としてのある程度のステータスを維持できなかった。
前世を思い出したせいか庶民の感覚が強くなってしまったルナリアからすれば、王都の邸を売り払い、兄を学院の寮へ入れればまだなんとかなりそうだった。それならば父が領地に戻ってきても大丈夫だと。建物の維持費や人件費、やれパーティーだなんだという方が実はお金がかかったりするからだ。
だがこの世界では見栄が何よりも優先される。「見栄で飯は食えねえ」と思っているが、残念ながら見栄で飯が食えなくなることはある。できるなら爵位はいらないし、家ももう少し狭くてもいい。しかし、どんな屋敷に住み、調度品を置くのかは貴族にとって大切なことだ。自領がどれだけ潤っているのか示すためのも必要である。ただし、無駄に広いので掃除が大変だ。微妙にインテリアが嵩張るし物が無さすぎると貧乏に見える。
(いやいや、その通りだし、いまさら取り繕う必要もないけれど)
それに加え、ヴィッセ家は古くから貴族としてこの国を陰で支えてきた。どの領主の時代も特段目立った功績などがない。おかげで伯爵位から陞爵することはこれまでなかったものの、いつの時代も堅実で、領民のために人智を尽くす愛情深い領主が代々この土地を受け継いでいる。
そしてルナリアもこの領地が好きだった。自然豊かではあるが、生活に困らない程度には街も発展している。前世の日本のように、ゲームセンターや映画館など娯楽施設があるわけではないが、飲食店があり、服屋があり、装飾店があり、となかなか見ごたえのある街並みだった。