期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
ルナリアは前世で小さな会社の事務員だった。子どもがある程度大きくなって以降もパートで事務のおばちゃんをしていたので、領地を改革するなど壮大なことはできない。かつて孫が「ちいとだ、魔法だ」と色々話をしてくれた気がするが、ただ聞き流してしまった。あの時もっとしっかり聞いておけばよかった、と後悔しても遅い。記憶を取り戻し、この世界には当たり前のように魔法が存在することを知っておったまげた。
働かざるもの食べるべからず。
これはルナリアのモットーである。この世界では貴族の女性が働くことはあまり良しとしないが領地運営をする貴族の夫人は何人かいた。なので、父が不在でマシュウ一人では手が回らない状況の運営をルナリアが助けることになった。
とはいえ、いくら前世で事務員をしていても領地運営とは話が違う。マシュウに色々と教えてもらいながらなんとか覚えた。今はラフロイが領地に戻ってきているので、簡単な書類仕事は手伝うが、下手に首を突っ込むこともしない。そんな使命感も責任感もない。面倒なことは嫌いだ。そしてルナリアは家族が大切なので「家計を守る」ことにした。
きっと母の本意ではなかったはずだ。母はルナリアのためにこっそりと学費を貯めてくれていた。なのでルナリアは学院に入学しようと思えばできたし、父も兄もルナリアに学院へ通って欲しかった。だけどルナリアは受け入れなかった。その下の弟たちが気になったからだ。
この世界でも男尊女卑の傾向が強い。今の国王になってだいぶ緩和し、能力主義の傾向が強くなったが、まだまだ仕事は男性贔屓だ。つまり男に生まれ、学がなければいくら貴族籍とはいえ、いい仕事に就くのは難しい。もっといえば、長兄は時期伯爵位を継ぐだろうが、弟たちふたりは自分達で食べていかなければならない。それを考えると「学院に入学して卒業する」ことは必須条件である。
それもあり、ルナリアは学院に行くことを諦め、母が準備してくれていたお金をロイズにスイッチした。ロイズが入学するときにお金に困らなかったのは母のおかげである。何か予感をしていたわけではないが、母がつけていた帳簿を見て、改めて領地は貧乏であることを知った。その中で学費を捻出することが非常に難しいと早々に頭を抱えた。
ただし、ルナリアの場合学院に行かない理由はそれだけじゃない。
表向きは経済的な懸念であるのは間違いない。特に女性はパーティーに行くたびにドレスを買ったり装飾品を買ったりするので、学費以上に出費が嵩張る。それ以上に「お金をかけて行きたくないパーティーに行く」ことや「あんなフリフリでコルセットぎゅうぎゅうのしんどそうな服を着る」ことに強い拒否反応が出た。できればゴムがゆるゆるの色褪せたスウェットがほしい。うにクロさんはこの世界にないので誰が着心地の良い楽ちんな服を作ってくれないか他人任せだ。
見た目は10代だが中身は70代のおばあちゃんだ。そんなお婆ちゃんの本音は「今更学校って面倒くさい」だ。
貴族に生まれただけでも面倒くさいのに、お茶会、パーティー、派閥云々という白目を剥きたくなるようなイベントが目白押し。ダメ押しに学院にはテストがある。当たり前と言えば当たり前だが、テストなど受けたくない。勉強は苦手ではないが好きでもない。前世は就職や昇給のため必要に迫られて勉強はした。だが、この世界でする必要はない。
何より女が前に出ると煙たがられる。アホなふりをしておく方が賢い。
だからルナリアは学院にも行かなかったし、行かなくてよかったと思う。友人はいないけど、家族がいるので寂しくない。
「姉様!」
後ろから呼ばれてルナリアは振り返った。彼はもう12歳。ずっと母を探して泣いていた彼はもういない。でもまだまだ声は甘えていた。かわいいなあ、と思いながら天使の如くキラキラ眩しい弟フラン(姉馬鹿フィルター)に微笑んだ。
「どこに行かれるのですか?」
「食糧庫よ」
「お供します」
きっと外で鍛錬をしていたのだろう。フランは額に滲む汗を拭いながらついてくる。この国の男の子たちはある一定の年齢になると剣を習う。当然フランも習っていた。もちろん家庭教師代がかかっている。しかしこれも学院に入るには必要な教育だ。将来の道は選択肢が多い方がいい。ただし、無事学院に入れたら、の話だ。
「姉様」
「なあに?」
「僕も学院に行かなくていいですよ」
「あら駄目よ。学院に行って頑張って稼いでもらわないといけないんだから」
「姉様の老後のためですか?」
「ええそうよ。ロイズとフランがいつか大きくなってマルクス兄様のようにたくさん稼げるようになったらそのお金で姉様はのんびり過ごすのよ」
うふふふ、とルナリアは笑った。
弟たちには学院に行く明確な理由が必要だった。ロイズにも同じように伝えている。
そのうえ、マルクスが領地を継がない場合、ロイズが継ぐことになる。マルクスは王城で文官をしており、今の所ラフロイからいつか領地を継ぐ予定ではあるが、必ずしも長男が継がないといけない理由はない。つまりフランでも構わない。もちろん、お互いに話し合ったうえで領主は決められる。
「でも実際問題、僕は入れるかわかりませんよね」
「入れるわよ」
「お父様が僕の入学金を使ったんでしょ?」
「……なんとかするって言ったわ」
聞いてたのね、とルナリアが苦笑した。
「仕方ないですよ。その道を通るすべての人が困ります。小さな子どもが転けて怪我をするかもしれません。お年寄りが躓くかもしれない。道が通れなくて商売ができなければ意味もありませんからね。それでも姉様が怒ってくれたので少しだけスッキリしました」
ありがとうございます、とフランがヘーゼル色の目を細めて笑う。ルナリアは「どういたしまして」と返しながら隣を歩く大きくなった弟に視線を向けた。昔は腰にまとわりついていつもどこに行くのもひっついていた。でも今はもう十分大人になった。貴族の子どもたちは早く大人にならないといけない。それが少し可哀想だと思うのはルナリアに前世の記憶があるからだろうか。
「また背が伸びたの?」
「最近はミシミシいいます」
ルナリアだってそれほど背が低いわけではない。160cmほどではあるがこの世界でも平均より少し高いぐらいだ。
しかし、12歳の弟はこの一年で急激に成長している。かろうじて抜かされてはいないものの、目線の高さが変わらない。時間の問題だ。あれだけ小さくて天使だったのに、とルナリアは懐かしくなる。
まあ天使なのは今も変わらないか。
サラサラの黄土色の髪にヘーゼル色の瞳。この国の人々はほとんど茶髪茶色の瞳をしている。そんな中、フランの髪色や瞳の色は少し明るい方だった。目の色は亡き母譲りだ。目立つほどではないが、それでも見栄えもいいので大人になったフランはきっと女性たちにモテモテに違いない。どんな子を彼女にするのか今から楽しみではあるが寂しくもある。
「ロイズも急に伸びたのよね」
「ロイズ兄様には負けたくないですね」
「あら。まだまだ二人とも伸びそうよ」
ちなみにロイズは現在15歳で学院の3年生だ。この間会ったときは、もうルナリアは見上げていたので、今さら何センチか正直どうでもいい。多分170cmは超えている。長兄と父も180cmほどあるのできっとフランも大きくなるだろう。
「でもフランにはまだまだ小さいままでいてほしいな」
「いやですよ。これ以上姉様におんぶに抱っこは」
「心配しなくてもこれから姉様がおんぶに抱っこされてあげますわ」
ルナリアから見れば、ロイズは非常に親孝行息子だ。学費を半額で済ませてくれているため、その浮いた分を彼らの交際費や将来への投資として賄える。そして、その投資は10年後20年後、領地に、ひいてはヴィッセ家に返ってくるはずだ。もちろんロイズにもきちんとその話をしている。クールで口数の少ない弟だが心根は家族思いで優しい子なのだ。前世では一人っ子であったが、血のつながらない弟や妹はたくさんいた。もちろん兄も姉もおり、母親代わりのおばちゃんもいた。
だけど今世は血のつながった家族がいる。
母を亡くしてはしまったが、母と共に生きた11年はルナリアにとって宝物だった。母は貴族の女性にして珍しく、乳母を雇わずに自ら世話をしてくれた。もちろん、マーサやマシュウがいてこそできたことではある。その当時はもう少し使用人もいたのできっと今よりも賑やかだったに違いない。今は当時のほとんどを王都の屋敷や他家のお屋敷に働きに出した。ひとえに経済的な困窮とルナリアのとある事情のせいである。