期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
「姉様、また隠すの忘れてる」
フランはルナリアの波打つ白銀色の髪を一房取った。父親譲りの癖毛と母親譲りの白銀髪。瞳は王族しか持たないと言われる青だ。フランも珍しいがそれ以上にルナリアの方が珍しい。
「大丈夫よ。この家の中だから」
「それでもですよ」
ルナリアはフランに嗜められて「はいはい」と髪色と瞳の色を変えた。父と同じキャラメル色だ。
顔立ちは母親に似て美しく、髪や瞳の色は父そっくり。どこからどう見てもヴィッセ夫妻の血を引く娘の出来上がりである。ちなみに母は白銀というより燻んだ銀色だった。本人は「おばあちゃんみたいで嫌だから」と髪の色を魔法で変えていたが、瞳の色はフランと同じヘーゼル色。ルナリアの青い目は誰から受け継いだのか正直分からない。
今よりはるか1000年以上前の頃。ここ、アルゼリア大陸に月の女神が降りたった。
女神はある一人の人間の男性と恋に落ちる。そして二人は家族を作り一族を繁栄させた。月の女神の血を引く彼らは白銀色の髪と金色の瞳を持ち魔力量が多いことが特徴だと後の歴史書に記されているらしい。一族は血を増やし、やがて栄華を誇るものの、どの時代もいい扱いをされてこなかった。それは膨大な魔力を持つせいである。
あるときは兵士のように戦争の最前線に立たされ、またあるときはその美しい容姿から他国との友好の印とした生贄とされた。男は婿になり、女は妾や側室になり国と国の架け橋、もとい、人質として贈られた。やがて彼らの血は薄れ隠れて生きることになる。
”けして姿を見せてはいけない。女は売られる。男は国の奴隷に。歴史を繰り返してはならない。月の女神は、自らの血が静かに受け継いでいかれることを望むのだ”
そうして血は粛々と受け継がれていた。皆本性を隠し、隠れるように生きていた。血が薄くなるにつれて魔力量も弱まる。大陸全体が昔ほど魔法を必要としなくなったこともあり、一般的に持って生まれる魔力量自体も少なくなっていた。
だが、稀に先祖返りという人が生まれ落ちる。それがルナリアだ。
たった一度だけ、母がルナリアに話してくれたことがある。それは亡くなる一週間ほど前のことだった。唐突にその話されて少しだけ驚いた。それは、ルナリアの母の曾祖母が北の国ラヴィーニの出身だということだ。ラヴィーニは歴史書では女神が降り立った場所だと言われている。そして比較的国民の平均魔力量が高いと何かの本に書いていた。ルナリアは学院には行かなかったものの、屋敷にある本は読み漁っている。そして自分のルーツを調べたが、これ以上の情報はない。
(ルナちゃんは特別なのよ)
そしてこれは幼い頃からずっと母に言われたことがある。ルナリアは特別だと。だから髪も目も隠さないといけない、と。幼いルナリアはよくわからず首を傾げたが、母が言うことだからと素直に頷いた。そして18歳になった今も、外に出る時はもちろん、家の中にいる時もなるべく髪も瞳も魔法で色を変えている。
ちなみに母はシュレンダ王国の西側にあり、この大陸最強であり最大の国土を持つロシュ帝国との辺境にある男爵領の出身だ。薄い外国人の血を引いてはいるものの、生まれも育ちもれっきとしたシュレンダ王国の人である。王城で働いていた母に惚れた父が猛アピールして結婚にこぎつけたと聞いた。聞いた時は驚いたが、相手は父のように権力に興味がない人でよかったと思う。もし、母を利用しようと近づいた男なら彼女はきっとあまりいい扱いはされなかっただろう。
「姉様?もし何かあれば狙われるんですよ。わかっていますか?」
(ジェンが心配してくれてる。やだ嬉しい!可愛い!かっこいい!天使なのに騎士みたい…!)
表面上はしゅんとして見せたはいるものの内心は歓喜のワルツを舞った。たとえフランに白い目を向けられてもルナリアの心は痛まない。だって心配してくれているのだ。心配、すなわち愛である。
にやけないように口元を必死に閉じようとしているルナリアの頬は若干ヒクヒクしていた。むふーと鼻息が荒くなってしまうのも隠せていない。フランは呆れた目を向けていたがこれ以上姉に言っても仕方ないので話題を変えることにした。一応、父に入学金を使われて傷ついていたはずなのに、姉を見ているとどうでも良くなるのが解せない。
「お昼ご飯はなんですか?」
「何にしよう?材料を確認しようと思ってね」
この国の主食は小麦と芋だ。コンソメなど便利なものはないが、精肉店で骨を貰い、適当に野菜を入れて抽出したスープの元はある。ルナリアは前世の記憶を捻り出して、なんちゃってミネストローネやポトフ、クリームシチューなどを作った。砂糖も胡椒も存在するが、やはり前世のように気軽に買えるものではない。
(100円ショップにも胡椒とか一味とかあったものね)
そう思えばいかに前世は恵まれていただろうかと痛感する。魔法はないが、電子レンジも冷蔵庫も大変便利だ。
電化製品は言わずもがなだが、シャンプーや洗濯洗剤などもやはり前世と比べると月とすっぽんである。
もちろん今世はすっぽんの方だ。基本的にお金がないので貴族のご令嬢が使うようなものは使えない。つまりルナリアはせっかく美人に産んでもらったものの、その素材を活かせていないのである。
ルナリアは食糧庫の扉の前に掛けていたコートを羽織りながら扉に手をかけた。ジェンも同じように薄手のコートを羽織ると姉の後に続いて食糧庫に入る。
「寒いですね」
「ええ。本当は冷凍できる場所も欲しいのよね」
氷魔法を閉じ込めた魔石をたくさん食糧庫に置いている。これは、ルナリアが食品の保存状態をなるべく長く保つために考えた現段階で早く安くできる唯一の方法だ。
ルナリアはその食糧庫の中身を見て、昼食のメニューを考えながら弟の横顔をチラ見した。彼は朝はやく起きて自主勉強をした後、剣の鍛錬だ。そのまま剣の先生が来て指導をしてくれてつい先ほど帰られた。これから食事をして、午後は入試に向けて勉強をする。昔学院で教員をしていたというおじいちゃん先生が見てくれることになっていた。
ちなみに父も長兄も文官だ。ロイズはどちらかというと研究者向きではある。だが彼らもそれなりに剣は扱えた。騎士団に所属するという職業の選択もできる上、なにかあった時最低限自分の身は守れるだろう。しかし、「戦うのは嫌だ」というのがヴィッセ家男児の総意である。したがって職業としてペンは握るが剣は握らない。それにこの国はこの数百年大きな戦争はない。それはロシュ帝国が目を光らせているのと、どの国もそんな帝国に歯向かおうとする馬鹿が王ではないからだろう。もちろん国内でいざこざはあるが、無駄な血が流れるような戦いは起きていなかった。
「姉様。ポテトグラタンが食べたい」
「ベーコンもあるわね」
「厚切りにしてください」
フランの瞳が爛々と輝く。自分の入学金を使われたことにも文句を言わず、ベーコンは厚切りにしてくれと可愛いお願いをする。そんな健気な弟にルナリアは胸を打たれた。
(…優しい!かわいい!フランが天使すぎる!!)
ルナリアはたくさんベーコンを入れてあげようと思った。それぐらいなら父も許してくれるだろう。
さて。昼食のメニューは決まった。それならルナリアも一緒に食べよう。マシュウたちの分と、どうせ父も食べるだろう。さっきコーヒーを飲んだばかりなのに、とか言われてもルナリアは気にしない。父には芋を多めにして、ベーコンは少なめにする。そしてホクホクの芋で舌を火傷すればいいのだ。