期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
昼食を食べた後、ルナリアは洗濯物を畳みながらフランの入学金について考えた。今頃父が何かしら手を打ってくれているはずではあるが、結局のところ借金をするしかないだろう。150万も即金が出せるならそもそもフランの入学金に手をつけていないはずだ。
「なにか良い方法はないのかな」
猶予はまだ3ヶ月ある。3ヶ月で金貨1枚と銀貨50枚稼ぐ方法はないだろうか。経験上即金で大金は危ない匂いがプンプンするので要注意だが、この時代では、貴族をターゲットにすれば大きな金額が見込める。もちろんその分リスクも付きまとうので、決して安全とは言い難い。
「大丈夫ですよ。旦那様にはお考えがありますから」
「そうだといいけれど」
隣で縫い物をしていたマーサは悶々と頭を悩ませているルナリアを宥めた。本当ならルナリアは弟の入学金に悩む必要はない。今頃学院に通い卒業後の進路に悩む時期だろう。結婚相手を見つけるのもよし、王城勤めをするのもよし、の1番楽しい時期かもしれない。
それなのにルナリアは学院にも通っていなければ婚約者もいない。友人と呼べる人もいなかった。そもそも成人である16歳のデビュタントにも参加しなかったので貴族としての繋がりが作れていない。
デビュタント用の白いドレスは貴族の女性なら誰もが憧れである。そのドレスを着て、ダンスを踊ったり、おしゃべりしたり、と王城の広間でパーティーが始まる。前世でいう成人式なようなものだ。振袖ではなく白いドレス。レンタルなど便利なものもない上、見栄があるので誰かのお古など着れない。
そしてルナリアは「ドレスを仕立てる費用がもったいない」という建前で面倒ごとを回避した。本音はただ「成人式?友人もいないし面倒くさいしなんのために出るか分からないし(面倒くさいし)お金勿体無いし(そんなのにかけるならマシュウとマーサにボーナス出すわ)そんなの出ない一択!(面倒くさい!)」だ。
「でもパパンは考えているようで考えていないのよね。興味の範囲が狭いというか。雑なのよ」
「お嬢様」
「マーサだってそう思うでしょ?」
それはお嬢様だって同じじゃないですか。
マーサは喉まで出かかった言葉を寸出で飲み込んだ。顰めっ面の割にニヤニヤとなにか楽しそうな顔を見てやれやれと諦めたのだった。
「お父様、私もフランと一緒に王都に行きます」
その夜、食事中にルナリアは声高らかに宣誓した。表情はキリッとしているが、唇の端にトマトソースがついていて全然格好がつかない。弟はひっそりと笑った。ラフロイも「かわいいなあ」と目を細めて「コホン」と咳払いする。
「…姉様も行くの?やったあ!」
「急にどうしたんだい?」
弟が大喜びする一方、父が不思議そうな顔をしている。これまでルナリアはほとんど領地を出たことがなかった。母が亡くなる数年前に、王都の屋敷へ父に会いに母と行ったことはあるが、ただ王都が遠くて馬車が面白くなかった記憶しかなく、それ以降王都どころかヴィッセ領以外に出ることもなかった。
「私だって人並みに王都に興味がありますぅ。それに、一旦子育てが終わるからこの機会にと思ったのよ」
「子育て…」
「フランは私にとって子どもみたいなものですから」
フランは姉と父の会話に目をぱちくりとさせる。そして自分が子どものように思われていたのかと思うとなんだかくすぐったい。フランの中には実の母よりも姉との思い出の方が多い。母は優しくいつも寄り添ってくれていたが、姉はいつも太陽のように笑ってくれた。どこに行くのも一緒でロイズと一緒に夜三人で手を繋いで寝た。おかげで母がいなくなっても寂しくはなかった。その心細さを埋めてくれたのはいつだって天真爛漫でちょっと危なっかしい姉だ。
「フランの試験を王都の屋敷で応援します。あとは、兄様に頑張ったご褒美に美味しいものを食べさせてもらうの。あぁ、そうね。フランが合格したら盛大にお祝いしましょう!パーティーよ、パーティ!美味しいもの食べて家族でお祝いするの。ね、いいでしょ?パパン」
兄マルクスはきっと大喜びで案内してくれるだろう。自他ともに認めるぐらい兄はルナリアに甘い。重度のシスコンだ。そんなシスコンの兄と一日お出かけはちょっとどころかだいぶ面倒くさいかもしれないが、そこは弟たちを召喚して、みんなで王都を歩いてみたい。そして美味しいものを食べたい。
「お祝い…!嬉しいです!絶対合格してみせます!!」
フランはヘーゼル色の瞳をキラキラと輝かせると頬をほのかに赤くさせた。フンスと両手を握りしめている。
(ほっぺが赤い。かわいい…!天使!!)
ルナリアは左胸を抑えて俯いた。
「合格したら、お肉たっぷりのハンバーグが食べたいです!」
「美味しいお店に食べに行くのよ?」
「姉様が作るご飯がいい。だって……しばらく食べられないもん」
悲しげに伏せられた目にルナリアはハッとした。お行儀悪くも食事中に椅子から降りてフランの元に向かう。カラーンと音を立ててスプーンやフォークが落ちても気にしない。ルナリアは弟をヒシッと抱きしめるとサラサラの髪に頬ずりした。
「姉様が腕によりをかけてお肉たっぷりのハンバーグを作るわ。そうですね。牛さんのお肉100%で作りましょう。肉汁ブッシャーでお口の中がしあわせよ」
「本当ですか?」
「ええ。本当です」
姉様は嘘はつきません。
上目遣いで真意を問う弟をルナリアはきっぱりはっきり言い切った。
今世で牛100%のハンバーグなど食べたことはない。が、売っていることは知っている。尚、合挽肉の方が美味しかったような気がするが、若いし一度ぐらい贅沢してもいいんじゃないかというルナリアの独断と偏見だ。
この家でハンバーグを作ることもあるが、半分芋で残りの半分の半分、つまり1/4がパン。もしくは豚肉で誤魔化したり、鶏肉で誤魔化したりして、コロッケなのかつくねなのかよくわからないものになってしまっている。それでも自称なんちゃってハンバーグだ。だってコロッケよりつくねよりハンバーグの方がテンションが上がる。
ルナリアはチラッと父を見た。材料費はもちろん父の財布から頂くつもりである。父はルナリアの言いたいことを理解したのだろう苦笑しつつも「わかってるよ」と頷いたのだった。