期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
そしてあっという間に出発の日を迎えた。ルナリアは父と弟と馬車に乗り込んだ。御者には雇った冒険者が座っていた。
彼らは父が贔屓にしている。この領地で生まれ育った若者でもあるからだ。年齢は兄マルクスと同じで昔はルナリアも一緒になって遊んだ記憶がある。とはいえ、今は貴族と平民。手を振れば軽く頭を下げられるだけだ。寂しい。
「荷物は…それだけかい?」
「ええそうよ?」
普通なら貴族子女であるルナリアの荷物が一番多くなるはずだ。だが、ボストンバッグひとつ。洋服は3パターンでいつも着ているものと同じだ。下着類は多めに持っているが、それほど嵩張るものではない。それに今は春。シュレンダ国は比較的温暖な地域で冬でも厚手のコートを必要としない。季節は一応あるもののそれほど気温の変化が大きくはなく非常に住みやすい国だ。よって洋服のバリエーションは前世ほど必要がなかった。
しかし、ラフロイは愛娘の荷物の少なさに言葉を失った。そしてそうなってしまった自分の不甲斐なさに落ち込む。シュンとしてしまった父にルナリアは慌てて弁明した。だが墓穴を掘っただけで余計にラフロイの背中が小さくなる。
「ぱ、パーティーに出るわけじゃないし」
「そうだが」
「それに拵える時間とお金もないし」
この1ヶ月はカツカツだった。
おかげで少しは入学金に回せそうだが、全額は無理だ。支払い期限にはまだ2ヶ月ほど猶予がある。とはいえ、2ヶ月で稼げる額などたかが知れている。
しかしルナリアは諦めるつもりはなかった。いつもならマシュウとマーサとフランと領地で留守番だが、今回はフランにずっと付き添うつもりだ。そして父はきっとなんだかんだお金の工面をするためにも動くだろう。したがって家にはいない。
(こっそりアルバイトするわよ)
ルナリアは燃えていた。そして楽しみだった。この世界に来てアルバイトはしたことがない。
本当なら領地でできればいいのだが、ルナリアを知る領民が雇ってくれるはずがない。気さくに話はしてくれるし、それほど恐れられていないとはいえ、やはり貴族である。敬うべき存在のルナリアを雇ったところで何をさせていいのか判断が難しい。むしろ邪魔だ。営業妨害である。いない方が仕事が捗る存在ならルナリアだって無理は言わない。
よって自分の顔が割れていない王都で平民としてアルバイトをしようと企んでいた。できれば給金が多い方がいいけどそれは難しいとはわかっている。精々頑張って1ヶ月銀貨20〜30枚。1ヶ月で100万以上稼ぐのは正直無理だ。だけどだからと言って何もしないままではいたくなかった。
(懐かしいわね)
施設で育った前世はバイトばかりしてた。学費を稼がないといけないので仕方がない。でもなんだかんだ楽しく働けた。飲食店もスーパーも経験した。結局事務員が長かったが、わいわいとした職場だったのでたとえ給料がすこーしばかり少なくても文句はない。
(期間限定で働ける場所があればいいな。でも、もし可能ならそのまま続けてもいいかもしれない。もう領地にいる必要はないんだし。マーサがいればご飯も出てくる。パパンはちょっと寂しいかもしれないけど昔は一人で王都にいたんだし大丈夫よ、きっと)
貴族のご令嬢として自ら働くことはあるまじき行為である。しかし、前世は庶民で今世も貧乏貴族だ。働かざる者食うべからずはモットーである。
おまけに学院も通っていないので学はない。デビュタントもしていないし、世間的には認知もされていないだろう。友達もいないのでいわばボッチだ。でも家族はいるし、マシュウとマーサもいる。同年代のお友達はいないけど、いたところでパーティーを催したりする懐の余裕もない。平民のお友達が欲しいところだけど、領地では無理だ。
それに、母がまだ生きていたころはきちんと家庭教師をつけ、マナーなども習っていた。そこに前世の記憶があるので読み書き計算はお手のもの。魔法の使い方は母やマシュウたちに教えてもらったので、最低限は使える。
(こんな平民いても大丈夫よね)
事実こんな平民はいないし、いれば相当目立つはず。でもルナリアは
「姉様、眠いです」
「どうぞ」
馬車に揺られること数時間。朝早かったこともありフランが大きなあくびをした。 ぽんぽん、とルナリアが自身の膝を叩けばフランは嬉しそうにポテンと寝転がる。対面に座る父が半目だが知ったこっちゃない。父よりも明るい色の髪を撫でながらルナリアは子守唄を歌う。旅はまだまだ始まったばかり。即席で作ったクッションがおしりの痛みを和らげてくれていた。
「ようやくね」
「長かったー」
それから馬車に揺られて2日目の昼。朝早くに出たおかげでやっと目の前に王都の門が見えた。「うーん」と伸びをするルナリアの隣でフランが「ふぁあ」とおおあくびしている。
一方父はまだぐっすりとおやすみ中だ。昨夜は寄親でもあるルーウェン侯爵領の領都で宿を取った。ちょうどヴィッセ領と王都の真ん中に位置し旅が順調に進んだ証だ。ルナリアは父の制止も振り切りフランとお忍びで街にも出かけた。もちろん護衛の冒険者と一緒だ。屋台で食べ歩きをして楽しんだ。
父は侯爵家へ挨拶に行くとのことで帰ってきたのは遅かったようだ。それゆえ、朝からずっと馬車で寝ている。道中特に何もなくて良かったのが幸いだ。
「パパ…お父様、起きてください」
つい癖で「パパン」と呼びそうになった。一応外では「お父様」と呼ぶようにしているがあまり「外」に出なかったのでルナリアは慌てて言い直した。前世を思い出す前はきちんと「お父様」と呼んでいたが父に敬称をつけることが少々むず痒い。それになんだか距離を感じてしまう。ただでさえ、父が領地に戻ってきたのは三年ほど前のこと。ほとんど初めまして状態な父と娘が距離を縮めるためにも何かしら工夫が必要だった。
「パパン!」
そして思いついたのが呼び方だ。「パパ」というのもどうだろうかと思い、勝手に「パパン」と呼び始めたことがきっかけだ。なんだかお馬鹿な、ゲフンゲフン、親しみやすい響きのおかげで父と娘の距離はすぐに縮んだ。そしてラフロイ自身が厳格な性格ではなく、それを受け入れてくれたおかげである。
父は気だるそうに起きると「ふぁあー」とあくびをした。フランそっくりで少しだけ和む。
「もうすぐ検問ですよ」
「もうか」
父は寝たりないと顔には出さなかったが言葉のニュアンスから伝わった。フランと目を合わせてルナリアは小さく笑う。
それからまもなく王都に入った。王都はやはり人が多かった。馬車の窓から眺めれば、色んな人が行き交っている。エリアによっても店の並びが違うようなので、働けそうな店があるエリアを後でこっそりリサーチしようと決めた。