期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
「ルナリア!!」
馬車を降りたところで屋敷から兄のマルクスが飛び出してきた。記憶より随分と大人びた兄がヒシッとルナリアを抱きしめる。
「よく頑張ってくれたな。なかなか帰れずにすまなかった」
「いいえ、いいえ。兄様こそいつもありがとうございます」
ヴィッセ伯爵家の家計は少なくない金額を兄が出してくれている。そうすることで借金を返済していた。寄親に借りたものなのでそれほど利息があるわけではないが、返せるときに返さないといつどうなるか分からない。
「父上、お久しぶりです」
「あぁ。元気そうだな、マルクス」
(ぁあ…!眼福!)
兄と父がハグをする。家族の欲目があるからかもしれないが、ふたりはまあまあイケメンだ。
天使とイケメンとイケおじ。みんなかぞく。
(……ぅうう。鼻血がでそう)
ほわわわわとしていると「さあさあ中へ」と促された。中に入れば昔領地にいたメイドや執事がいる。マシュウとマーサの娘であるキキもいてルナリアは飛びついた。キキはルナリアのふたつ上だ。マルクスがいつかお嫁さんを連れてくることを考えて王都の屋敷に配置された。
しかし今のところ浮いた話はひとつもない。一応兄は父の後釜として職場に配属されたとは聞いていた。父はかつて宰相の右腕だったらしい。マルクスは現時点でそれほどまではいかなくとも将来は有望なポジションにいる。そしてこの見た目。モテないはずはないが、とルナリアが首を傾げていると上の弟ロイズが学院から帰宅した。
「ロイズ!」
「え、姉様?」
15歳になったロイズは背が伸びて顔付きも凛々しくなり少年から青年に姿を変えていた。いつの間にか声も低くなっている。手を繋いでフランと三人で川の字になって寝ていたあの頃が懐かしい。知らないうちに男になってしまったことにルナリアは嬉しさもあり寂しさも感じた。自分より大きくなった弟を抱きしめる。
家族が揃うのは年に一度あるかないかだ。兄も仕事が忙しくなかなか帰れない。領地まで片道2日なので、その旅費や仕事の休みのことなどを考えると気軽に帰られる距離でもない。ロイズも基本的にマルクスと一緒にしか帰ってこない。そして色々と事情があり、彼らと顔を合わせるのは随分と久しぶりだった。
「ロイズに会いたくて来たの」
「俺は?ルナリア、俺」
「もちろん兄様にも会いたくて来ました」
でた、シスコン!とマルクス以外の3人はきっと心が通じ合ったはず。しかし彼らおのおのシスコンでブラコンであるのでわざわざ声に出さない。強いて言えば重傷なのが長兄だというぐらいだ。
「それでね、お兄様」
「なんだい?なんでも言ってごらん」
「明日でいいのでふたりきりでお話ししたいの」
「…!な、ど、どこでそんな言葉を覚えたんだ!」
手をワナワナ震わせて兄が目を剥いた。「まだ早い!」や「覚えなくていい!」と喚く兄をルナリアは華麗にスルーする。ロイズとフランがやれやれと肩を竦めて歩き出したので弟たちに置いていかれぬようにそそくさと家の中に入った。
「おはよう、ルナリアにしては随分な寝坊じゃないか」
昨夜は皆で遅くまで語り明かす…ことはなく。移動で疲れたルナリアたちは早々に就寝した。兄は話したそうにしていたが、睡眠欲に勝てるものはない。
ルナリアはいつも通り早めに就寝し、朝の五時頃に目が覚めた。いつもなら掃除や洗濯など一通り家事をして、起きてきた父と朝食を食べる。しかし王都でルナリアの出番はない。よって二度寝をして見事にぐっすり。結果寝過ぎてしまった。
兄様に時間をもらっていたのにぃいいと慌てて身支度を終えて肝心の兄の部屋に向かった。
「おはようございます、お兄様。やることがなくてベッドでゴロゴロしていたら見事に二度寝してしまいました」
「それは仕方ない。ゆっくり眠れたらよかったよ。それで話って?」
昨日アポだけは入れていたので、こうして兄が待ってくれていた。ルナリアはホッとしつつ表情を引き締める。
「緊急事態ですわ」
「王都にルナリアがいることで緊急だとわかっているよ」
ただの観光じゃないんだろう?と兄が呆れている。シスコンで重傷なぐらいルナリアへの愛が重い兄だが馬鹿ではない。そのためいつもならすでに出勤している時間だが、後ろ倒しにしてくれた。この世界にも有給という概念があるらしい。ロイズは学院、フランは最後の追い込みで自室にこもっている。
「1ヶ月で金貨1枚稼ぐ方法ってありませんか?」
「……それは今の状況でってことかい?」
「そうですわね」
マルクスは腕を組んでうーん、と天井を見上げた。ないことはないが、妹には教えたくないものだ。父の爵位があり、ある程度役職のある仕事についていれば余裕でもらえる額だが、今のマルクスには少々厳しい。条件をまとめると肩書きやキャリアもなくまじめに働いて1ヶ月で給料が金貨1枚もらえる仕事。そんな仕事を探して妹ははるばる王都にきたのか、とマルクスはため息をついた。お金には割と細かい妹がなぜか切羽詰まっている。その思い詰めている理由を知りたかった。
「率直に言ってごらん」
「……フランの入学金が領地の道路整備費用に使われてしまいました。仕方ないこととはいえ、このままではフランを学院に入学させることができません。受かる受からない以前の問題です」
「………あンのクソ親父」
ちなみに父はすでに登城している。なんでも「ちょっと人に会いに」ということらしい。兄は「逃げたな」と目を眇めた。家にいればきっとルナリアから話を聞いたマルクスに責められると思ったのだろう。
「マルちゃん、お口が悪くてよ」
「久しぶりに聞いたな〜。マルちゃん。うん、悪くない。というか、ずっとマルちゃんで良いと思う」
伯爵位を持っていてもヴィッセ家は昔から貴族らしくなかった。言葉遣いも家族間であまり敬語を使わない。大人になり、そろそろちゃんとしないと、という年齢になったので表面上だけはちゃんとしてる。
しかし、ルナリアは兄をマルちゃんと呼ぶし、父をパパンと呼ぶ。いつボロがでるかわからないので最近は「お兄様」「お父様」と言うようになったが、それでも敬称をつけるのは口がむずむずしてしまう。今まで通りがいい。
それは兄も同じだったらしい。「マルちゃんって呼んでほしいなー」と上目遣いでいじけ始めた。
「とりあえず、仕事をしようと思います」
「仕事?!誰が!?」
「私ですけど」
「なななななっ?!」
キョトリと首を傾げるルナリアとは真逆に兄は驚きすぎてソファーから落ちてしまった。「大丈夫?!」とルナリアが心配するも兄は呆けて座り込んだままだ。180cmほどある大男が悲壮感漂わせた青い顔で「ルナリアが仕事。俺が不甲斐ないばかりに」とぶつぶつ言い始めた。
「駄目だ!」
「と言うと思ったのでこっそり探しにいきます」
「こっそりじゃないだろうが」
「マルちゃんがお仕事に行ってる間にこっそりです」
“ナンテコッタ!”と目を丸くさせて驚く兄にルナリアは「うふふふ♡」と不適な笑みを浮かべる。
「もちろん、危ないところは行きません」
「駄目だ!仕事なんて許せるわけないだろう?!もし、なんかあったら…」
兄がぐぅと黙り込む。言ったところでルナリアはきかない。それなら予め報告してくれるだけマシだろうか。借金以外の方法を考えたときに現状自由に働けるのはルナリアだけだ。つまりルナリア自身がなんとかしないといけない。
「仕事、探してるのかい?」
開いた扉をノックする音が聞こえる。「ルーウェン様!」と慌てたメイドの声が聞こえた。しかし、金に近い茶色い髪を肩まで伸ばした男がそのメイドに「大丈夫さ」と手で制すると兄の部屋に入ってきた。
(…な、な、な…!!)
ルナリアは電撃に打たれたように言葉を失ってしまった。
この世界に生きて18年。それなりにイケメンを見慣れていたが、これほど絵本の世界から飛び出てきたような男性を見たことがない。
「アレク。勝手に入るなと何度」
「ご機嫌よう、麗しいお嬢様。私はアレックス・ルーウェンだ。あなたのお名前を伺っても?」
右手を左胸に当て軽く一礼をした男は茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばした。薄い青い瞳が楽しげに細められる。ルナリアは目の前で優雅に微笑む男を見て頬をうっすらと赤くした。
「あ、あの。…ルナリア・ヴィッセと申します。このような格好で申し訳ございません」
ルナリアはいつもの着古した地味な茶色のワンピースを着ていた。まさか突然貴族がやってくるとは思ってなかったせいでアタフタしてしまう。いや、自分も貴族だが格が違うというかオーラがすごい。
(こんなイケメンに会うならもう少しマシな服を着ればよかった…!!)
新しい服が欲しい訳ではない。しかしこんなイケメンに会うならもう少し見栄えに気をつければ良かった。そう後悔してももう遅い。パウダーと眉をかいただけの最低限のメイクだけはしていたことがせめてもの救いだ。
「服装は気にしないさ。そして、きみがルナリア嬢だね。マルクスからいつも聞いていたよ。会えて嬉しい。私のことは気軽にアレクと呼んでくれ」
アレクはちょこんとカーテンシーをしたルナリアの右手を取ると、手の甲に軽く唇をのせた。貴族らしいその挨拶にふたたび顔を赤くしたルナリアにアレクが面白そうに笑う。そして悪戯心に火をつけられた彼は手を取ったままルナリアを見つめてフと微笑んだ。
ぐっ。な、なんて破壊力なの…!
イケメンの微笑みに…っ、不覚!!
ルナリアはガクッと膝から崩れ落ちた。