期限付きの偽婚約者ですがなぜか国王陛下(代理)に懐かれてます。 作:咲吉
「あぁ、心配しなくてもドレスも装飾品もすべてこちらで準備する。これぐらい気にしなくていい。いつもマルクスには世話になってるんだし、ルーウェン家は寄親じゃないか」
見た目だけじゃなくて心までイケメン…!!
パーティー用のドレスの価格帯はミニマムで銀貨10枚はする。だけど生地に凝り、デザインに凝り、色々とオプションをつけると純粋に考えて3倍に跳ね上がる。
そこに加えてジュエリーだ。ジャラジャラつける必要ははないが、髪飾りから指先、首元、胸元、飾るところはたくさんある。それに小さな石ひとつで目が飛び出しそうなぐらいの金額なはずだ。
今世ではまだ誰にももらったことはないけど、前世は自分へのご褒美に一粒大のダイヤモンドのネックレスを買ったことがある。小指の爪の1/4以下の小さなダイヤモンドで諭吉様が片手では足りないぐらい高かった。
そんなものを簡単に、それも初対面の相手に簡単に与えるなんて。
なんという太っ腹。いや、紳士!!
ルナリアはアレックスに羨望の眼差しを向けていた。「これぐらい当然だよ」なんて優雅に紅茶を飲む姿に兄が顔を顰める。それは友人が妹をパーティーに誘った理由に気がついたからだった。
「妹を女避けに使うんじゃない」
「え?何か言ったかい?」
「虫除けに使うな、と言ったんだ!」
「女避けって言ったよね?」
「聞こえていないふりするな!!」
つまりまとめると、アレックスは非常にモテるためパートナーになりたい女性は多いようだ。しかし派閥のことを考えたり、将来的なことを考えると迂闊に選べない。
これまでも当たり障りない相手を選んできたらしく、そもそも必要最低限のパーティーしか出席しなかったので事足りた。
アレクは一見細身に見えるが体躯はしっかりしている。なぜなら王都の騎士団に所属しているし肩書は副団長。マルクスと同じ年の22歳でこの肩書きは歴代最速である。
普段はダンスパーティーなら警備する側として駆り出されることの方が多いが、今回はシフトも上手く組み合わされて強制的に休みにさせられた。そしてルナリアなら寄子のヴィッセ伯爵家からパートナーを伴うことであり、それほど面倒なことにならない。寄親の務めだとも言い通せる。
「報酬はそうだね。1回銀貨10枚でどうだろう?着替えに準備がかかるだろうから、長時間拘束されてしまうが悪い話ではないと思うよ?」
1回パーティーに出るだけで10万…!
その上ドレスも装飾品も準備してくれるなんて…!!
「…パーティーは何時間ぐらいあるのでしょうか」
「夜六時開始で九時には送り届けるよ。じゃないとマルクスに怒られそうだからね」
兄を見れば大変遺憾だと顔を顰めていた。しかし、兄はその日も仕事である。実は約一ヶ月後に各国の代表がシュレンダ王国に集まる国際的なイベントが開催される。
ここアルゼリア大陸は七カ国から成るが、今回は初めて大陸の東の海を隔てた島国であるコトノハ国も参加するという。マルクスはアレックスの兄でありこの国の宰相であるヴェルドの秘書官だ。簡単にいえば小間使いだが、一応立派な文官である。その宰相も国王も一ヶ月後に向けたイベントの準備で忙しい。つまり、兄も忙しい。
「午後三時に迎えを寄越すから我が家で準備をしよう。もちろんルナリア嬢はなんの準備もいらない。身体ひとつで何も持たずに来てくれればいいさ」
ルナリアはすぐに頭の中で計算した。約6時間拘束で10銀貨。
「どうかな?」
「ぜひお願いします!」
前のめりで返事をしたルナリアにアレクはよかった、と頷いた。貴族の女性なら基本的に扇子で口元を隠す。決してルナリアのように大口を開けて驚いたり、悶絶したり、など表情をくるくる変えたりしない。人によって褒められたものではないが、人間には感情があり、それを素直に出せるルナリアをアレックスは気に入ってしまった。もちろんオモチャとしてだ。
一方マルクスは頭を抱えたものの、ルナリアの事情を理解していた。そして金貨1枚など自分の懐からポンと出せる金額ではない。
つまり今マルクスにできることはパーティーの同伴というアルバイトを認めるしかない。それに認めたくないがアレックスなら任せらるという理由も大きい。
もうひとつ。これは兄心だが、年頃の妹を一度ぐらい綺麗に着飾らせパーティーに出してあげたかった。
母が亡くなった後、ロイズとフランの母親代わりだった。王都で安心して学べたのはルナリアが弟達を支えてくれたからだ。
そして母が担っていた領地の仕事を引き継いだマシュウの手伝いもした。父は妻の死に憔悴し、王城勤めを辞めて領地に戻ることも考えていた。
しかし。
『パパンは働くの!働いてなるべく良い地位に着いてマルちゃんに引き継いで!それまでは領地に戻ってこないで!お金がなくなっちゃうからっ』
それはルナリアなりの喝だった。ただでさえ領地経営はカツカツだった。ルナリアの下にはふたり弟がいる。ルナリアは母が貯めてくれていた学費を簡単に弟ロイズに譲った。マシュウについて経営を学び、マーサと共に家事をした。学院を諦め、オシャレも諦め、デビュタントも諦めた。それなのにいつも楽しそうに笑っている。
昔は髪も瞳も隠し続けることに怒っていた。母のグレイヘアが好きで「同じ色がいい」と可愛らしいわがままを言いよく拗ねていた。その都度母が言いくるめていたが、今ではもうその魔法を使うことがごく当たり前だ。父に似た髪色に染め、その偽りの姿も受け入れている。いろんなものを我慢させている妹には申し訳なく思いながらも兄としてできることはただ家族としてありのままの妹を受け入れることしかできない。
本来の姿である白銀色の髪にラピスラズリのような深い青い瞳で通常のデビュタントで着る純白のドレスを着た妹はきっと美しかっただろう。
できればその姿を見てみたかった。幸か不幸かルナリアは嫁ぐことにも興味はない。兄としてはずっと面倒見てもいいと思っているが、一人の女性として幸せになってほしいとも思う。
だからこそ、アレックスの申し出は有難くもあり複雑だった。妹の着飾った姿を見られるのは嬉しいが、それがアルバイトであり、純粋にパーティーに参加させてやれないことを申し訳なく思った。