蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ハリー·ポッターと賢者の石編
蛇に憑かれた子


 

 グルニングズの社長であるダーズリー夫妻は、普通であることを生き甲斐としている英国の一般家庭であった。しかし当人たちにとって不幸なことに、彼らの周囲では度々不思議なことが起きるので、ご近所からは、少しおかしな一家だと思われていた。

 

 彼らが周囲の家庭から内心そう思われながらも、ご近所と友好的な付き合いを維持できていたのはひとえに家長であるバーノンの社会的地位と、普通の主婦たらんと周囲の主婦たちとの付き合いを続けていたペチュニアの努力の賜物だった。

 

 しかし彼らの努力も虚しく、彼らが家に住まわせている親戚の少年、ハリー・ポッターに対する虐待じみた扱いと、ハリーの周辺で起きる様々な不思議な出来事。動物園から蛇が脱走したり、いつの間にか運動場から屋根へと移動したりといった出来事のせいで、周囲の家庭からは、あの家は少しおかしいと思われているのだった。

 

 

 そして、ダーズリー家の評判を落としている張本人であるハリー・ポッター少年は。

 

 

(……こんな扱いは不当だ)

 

 と、いつも不満に思っていた。だが、それを口に出すことはできず、鬱屈とした日々を送っていた。

 それは自分に対して養父であるバーノンやペチュニアから向けられる、汚物を見るような視線が原因だった。

 

 ハリー自身、自分の周囲で起こる不思議な出来事を面白がる気持ちはあった。蛇が抜け出した際、自分を殴ってくる義理の兄が腰を抜かしたときは胸がすく思いだった。

 だが、その罰として階段下の物置に閉じ込められ、勉強で気をまぎらわせる時にもダドリーの愚かな妨害を受けつづければ、最高だった気分はたちまちのうちに消え去り、惨めな気持ちで一杯になる。

 

(まともになれってバーノンおじさんは言うけどじゃあどうすればいいんだよ?)

 

 蛇が抜け出した時もダドリーから逃げた時も、確かにハリーはそうなって欲しいと思った。

 だが、だからといってそう思っただけでそれが実現するなんてことがあるはずがない。

 

 ハリー自身、バーノンとペチュニアが自分を育ててくれたことには感謝しなければいけないという義務感はある。だから、自分の衣類がダドリーのお下がりなのも、お小遣いがないのも、家事を手伝うのも当たり前だと思っている。同年代の子供に比べてハリーが痩せっぽちなのは、食べ物があまり与えられないせいだ。

 

 それでも、子供は大人や周囲の顔色を敏感に感じ取る。どれだけ見て見ぬふりをしようとも、バーノンやペチュニアが内心で、自分を愛してはいないことに気付いていたし、ハリーにとってはそれが一番辛いことだった。

 

 ハリーの本当の両親は、自動車事故で死んだと夫妻から聞かされていた。それが本当か嘘かはともかく、ハリーにとっての親はバーノンであり、ペチュニアなのだった。

 

 だが、それを口に出すことはできない。バーノンとペチュニアにとってはハリーはあくまでも、義務感で預かった親戚の子供でしかないのだ。

 

 

 その日は、ダーズリー家の一人息子、ダドリーの誕生日だった。

 義理の兄のようなものであるダドリーの誕生日を祝うためにポタージュを作り上げ、スクランブルエッグにしっかりと火を通す。家事の一部がハリーの仕事であるのにはもう慣れていたが、勉強のための学習時間が削られるのだけは困り者だ。

 新学期から、ハリーは金のかからない公立の学校に行くことになっている。自分の進路をつかみとり、この環境から抜け出すためには学力がいる。

 

 が、主にダドリーのせいでハリーの学習時間は削られていた。ハリーが将来のために勉強すればするほど、年相応の子供でしかないダドリーとの溝は深まる。ダドリー自身、勉強よりも周囲の友達と遊ぶ方を優先するガキ大将だからだ。勉強をしているハリーが目障りなようだった。

 

 あるいは、そんなダドリーに合わせて自分ももっと遊んだりすべきだったのかもしれない。だがそのダドリーの遊びが、周囲の気にくわない人間への暴力になったとき、ハリーはダドリーと仲良くする気がなくなった。

 口でやめろと言えば、暴力の対象は周囲の子供からハリーへと切り替わった。だから、ハリーとダドリーはお互いにとって不倶戴天の敵になり、二人が二人とも、和解するのは不可能だと思っていた。

 

 

 

 そんなハリーの生活に、転機が訪れようとしていた。

 

 生まれてはじめて、ハリー宛に手紙が届いたのである。

 ハリー宛に手紙が届いたときの、ペチュニアやバーノンの動揺は目を見張るものがあった。とりわけバーノンの動揺はすさまじく、大事な会社を放り出してでも、ハリーに手紙を見せまいと手を尽くし、しまいハリーを外れのあばら小屋に閉じ込めるありさまだった。

 

(狂ってる)

 

 ハリーはそう思ったが、バーノンに対してか、それとも増え続ける手紙に対してそう思ったのかはハリー自身にもわからない。

 

(もしかすると本当に、僕はまともじゃないのか?)

 

 毛布も与えられず、嵐の中ですきま風をその身に受けていたハリーは、その日が自分の誕生日だということを忘れていた。

 

 そんなハリーにも、誕生日のプレゼントは与えられた。

 

 今にも崩れ落ちそうな古小屋の扉が轟音と共に蹴破られ、大男が入ってきた。その大男の身長は明らかにハリーが見た誰よりも高く、横幅もダドリーやバーノンとは比較にならない。

 

(まともじゃない)

 

 ハリーは興奮とも諦めともつかない視線で男を見ていた。男の黒曜石のような瞳は、純真な子供のように輝いていて、暗く濁ったハリーの緑色の瞳とはまるで違う。

 

 なのに、ハリーは一目で男に対していい印象を持った。その理由が分からず、困惑するばかりのハリーに、男から衝撃的な事実が告げられた。

 

「ハリー。お前さんは魔法使いだ。それも、そんじょそこらの魔法使いじゃあねえぞ。魔法使いのなかでも、一番優秀で立派な魔法使いの、ジェームズとリリーの子供だ!!」

 

 銃まで持ち出して大男を撃退しようとしたバーノンの努力は虚しく、ハリーにその衝撃的な事実が告げられたとき、ハリーの内心はぐちゃぐちゃになった。

 

 バーノンとペチュニアは、今の今まで自分を騙していたのだ。

 

 それも、犯罪者に立ち向かった立派な両親を散々貶めて!!

 

(許さない……!!)

 

 ハリーはその時、バーノンとペチュニアからは自分は愛されていなかったのだと確信した。まがりなりにもハリーのなかにあった、今まで育てられた感謝の気持ちは、騙されていたという怒りで塗り替えられ、

小屋の一部を吹き飛ばすという形で発露された。

 

 その時ハリーに向けられた視線を見て、ハリーは自分のやったことを後悔した。バーノンとペチュニアの瞳には、ハリーに対する恐怖しかなかった。

 

 

(あ、もう駄目だ……)

 

 本当に取り返しのつかない出来事があるとすれば、この時、この瞬間だ。後になって思い返す度に、ハリーはやり過ぎたことを悔やみ続けた。ハリーは三人に謝るべきだったのだろう。だが、そんな心の余裕はその時のハリーにはなく、大男のハグリッドが優しい言葉でハリーをなだめ、ぐちゃぐちゃになった小屋を少し乱雑に傘を振り回すことで(どう見ても魔法だった)元に戻し、逃げるように小屋を後にした。

 

 その時ハリーが抱いたバーノンとペチュニアに対する諦めの感情は、ハグリッドというハリーにとってはじめての友達を得ても消えることはなかった。

 

 

「……すまんかったのう、ハリー。お前さんには辛い思いをさせちまった。もう少し早くに気付いてやれてれば……まさか、ダーズリー家がお前さんにあんなことをしとるとは思わんかった」

 

 空飛ぶバイクに乗りながら、ハグリッドはハリーを慰めた。

 

 ぐちゃぐちゃになった小屋を見ても自分を気遣ってくれたことが嬉しく、ハリーはいいよ、と言ってハグリッドの背中にしがみついた。

 

「ねぇハグリッド。僕は魔法をちゃんと、コントロールできるかな?」

 

「できる。さっきお前さんがやったことは、子供の魔法使いなら誰にでもあることだ。気にするんじゃねえぞ、ハリー」

 

 わしゃわしゃとハグリッドに頭を撫でられ、脳みそをシェイクしながら、ハリーは少し冷静になることができた。

 

(あれはまずかったなぁ……)

 

 魔法使いが通うという学校でまた同じことをしてしまえば、ハリーに友達なんて出来ないだろう。ハリーは何とかして、自分の魔法という力を制御したいと思った。

 

「出来るとも!オリバンダーの杖がありゃあ、お前さんも立派な魔法使いだ。オリバンダーの店にゃあ英国一の杖があるんだぞ?」

 

 そしてハリーは、ギャリック・オリバンダーなる老人の店で杖を与えられた。老人の営業トークは非常にうまく、ハリーの購入した杖が、今世紀最大の闇の魔法使いが持つ杖の兄弟杖であると言われたとき、ハリーは自分が、特別な魔法使いになれるのではないかという期待を持った。

 

(僕はもう……マグルの世界には戻れないんだ)

 

 

 なら、両親のように立派で偉大な魔法使いになるしかない。ハリーははじめての魔法界で自分に向けられる期待を込めた視線を見て、強くそう思うようになった。

 

 赤ん坊の頃に自分が闇の魔法使いに勝った、なんてことが普通に考えてあるはずがない。あるとすれば、自分の両親が物凄く頑張って、悪い魔法使いを追い払ってくれたのだろう。

 

 そんな、まだ見ぬ本当の両親に恥じないような立派な魔法使いになろう。ハリーはそう心に決め、ハグリッドと一緒に次の店に向かった。

 

「そういやあ、今日はお前さんの誕生日だったなあ、ハリー」

 

「うん、そうだよハグリッド」

 

 ハリーはきょとんとした。なんでそんなどうでもいいことを気にするのかわからない。

 

「ワシからハリーに何かプレゼントしてえんだが……ワシならカッチョいい魔法生物を飼うんだが、お前さんは何か欲しい生き物とかねえか?」

 

「ペットって校則でダメだって決まってるんじゃないの?」

 

 ハリーは手元の入学許可を見る。そのなかに、ハリーが飼いたいと思えるような生き物はなかった。

 フクロウを飼っても、手紙を送る相手が居ない。ダーズリー家のまわりで飛び回らせれば、ペチュニアから要らぬ反感を買うことは分かりきっていた。

 

 

「ヒトに迷惑をかけねえなら、寮の先生も管理人もうるさくは言わねえ。何でも言ってエエぞ?」

 

「じゃあ……蛇をお願い。小さくて、なるべく長生きしそうな子がいいな」

 

 この時ハリーは、動物園で蛇の声が聞こえたような気がしたことを思い出していた。生き物の世話ははじめてだが、会話できるならうまく世話することもできるかもしれない。

 何より、ホグワーツに行くまでの間、まともな話し相手も居ない生活を送ることは耐えられなかった。あれがもし幻聴だったらと思うような余裕はハリーにはない。

 

 

「おお、ハリーは蛇が好きか?蛇はええぞ、ドラゴンやサラマンダーと同じ爬虫類じゃし、魔法界の蛇は長生きじゃからな!ええのを見つけてくるぞ!」

 

「小さくて大人しそうな子を頼むよ、ハグリッド!」

 

 ハグリッドが自分に蛇をプレゼントしてくれるのを待っている間、ハリーはマダム・マルキンの洋装店で時間を潰していた。

 

 そこで出会ったのは、金髪でいかにも金持ちの息子ですといったような雰囲気を持つ同年代の子供だった。ダドリーのお下がりでみすぼらしいハリーとは違い、衣服に困ったことはなさそうだった。ハリーはその子の、何かにつけてハリーを見下すような雰囲気にあまり好意を持たなかったが、ハリーの両親が死んだことや、ハリーがマグルの家で暮らしていること、そのマグルのせいでみすぼらしい格好をしていることを伝えると、その男の子は憤慨した。

 

「やっぱりマグルなんてろくなものじゃあないね!もしホグワーツで君がスリザリンに入ったら、僕は君の力になってあげるよ」

 

 少年は魔法使いの名家の生まれらしく、魔法が使えない人間を強く見下しているようだった。共通の話題ができたことで、二人の間の距離感はほんの少しだけ縮まっていた。

 ハリー自身、初対面の子供に今まで溜め込んだバーノンやペチュニア、ダドリーへの恨みつらみを打ち明けることに対する不安もあったが、今は話し相手が欲しかった。

 

 孤独は心を腐らせる。

 

 それをまぎらわせるために、人は時としてそれを打ち明ける相手を欲するのである。

 

 

「……でも、スリザリンには純血じゃないと入れないんじゃないの?」

 

 少年は自分の家や両親の寮をことさらに自慢した。四つの寮のなかでも一番強く偉大な魔法使いを生んだというスリザリンは、ハリーでも知っている魔法使い、アーサー王伝説のマーリンを生んだ寮でもあるらしい。

 そして、そのなかに入れるのは、魔法使いとの間に生まれた、純血の魔法使いだけなのだと、ドラコは言った。

 

「身のほどを弁えれば、スリザリンは君を歓迎するよ。僕が君の後ろ楯になってあげてもいい。ところで、君の名前を教えてくれないかな?じゃないと、忘れてしまいそうだ。僕はもちろん純血の、それも最高の家の魔法使いで、両親の言いつけでやってる習い事とかで大変でさ」

 

(ドラコは単に嫌なやつってだけでもないかな?)

 

 ハリーの中で、ドラコへの嫌悪感や苦手意識が少しだけ緩和されていた。そもそも最初にハリーに話しかけたのもドラコのほうで、それはつまり引っ込み思案なハリーよりも社交性を持っているということだ。

 

「ハリー・ポッターだよ。じゃあ、ホグワーツでまた会おうねドラコ。出来ればスリザリンで会えるといいね」

 

 ハリーはドラコの言葉を全て信じたわけではなかったが、スリザリンは偉大な魔法使いを輩出しているという情報は、ハリーの心に強く残った。

 

 衝撃で固まったドラコに気付くことなく、マダム・マルキンの洋装店を後にし、ハグリッドが連れてきてくれた外国産のクスシヘビに対してハリーは自己紹介をした。

 

『こんにちは、蛇さん。ぼくは、えーと、ハリー・ポッターです。……えっと、君が良ければだけど、僕と仲良くしてくれないかな?』

 

 ハリーはじっとクスシヘビの目を見て語りかけた。何となく、通じているような気がしていた。

 少しの間があって、クスシヘビはハリーに返事をくれた。

 

『……へえ。人間の癖に俺の言葉をしゃべれんのか?

いいぜ。お前に飼われてやるよ。いい名前を貰えるんだろうな?』

 

『え?なんで?魔法使いならみんな話せるんじゃないの?』

 

 そう言ってハリーはハグリッドの方を見た。ハグリッドは、どこか懐かしそうな、ハリーではない別の何かを見るような、複雑そうな表情をしていた。

 

「ハリー、お前さんは蛇語が話せるんか……?」

 

「ど、どういう意味?」

 

「何かまずかった?」

 

 ハリーは不安になってそうハグリッドに聞いたが、ハグリッドはそんなハリーの言葉を笑い飛ばした。

 

「いやぁ、なんの心配もねえぞ!蛇語が使えるやつはダンブルドアとか、ダンブルドアの知り合いだとクラウチみてえな超一流の魔法使いだけでそう多くねえ。蛇を飼う上で話が出来るんなんていいことずくめだ。出来るんならワシが欲しいくれえだ」

 

 ただ、とハグリッドは言葉を付け加えた。

 

「ト……いや、イギリスで一番有名な蛇語使いがな……

最悪の闇の魔法使いだったんで、ちーと良くねえ印象をもたれちょる」

 

「そんな……ヴォルデモートが?僕と同じ?」

 

「その名を呼ぶんじゃあねえ!」

 

「ごめん、ハグリッド」

 

「いや、怒鳴ってすまんかったな。じゃけども、蛇語が使えるっちゅうのはあまり見せびらかさん方がいい。どうしても、今の時代は蛇語によくねえ誤解がつきまとうからなあ……」

 

 ハリーはクスシヘビにアスクレピオスと名付け、そのまま飼うことにした。

 闇の魔法使いには、蛇語使いが多い、と、言外にハグリッドの態度が示していた。

 

 (じゃあ僕は……僕が進むべき寮は……)

 

 ハリーはこの時、自分が行くべき寮がどこなのか、はっきりと確信した。

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