蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ファルカスのタロット占い

バナナージ……力
ガフガリオン……正義


Believe in yourself

 

 ハリーはパトロナスの訓練の後、なかなか寝付くことができなかった。やっと意識を失ったとき、ハリーの目の前にギルデロイ·ロックハートとクィリナス·クィレルがいた。彼らはハリーのことを、闇の魔法に手を出した人間の屑だと罵っていた。

 

「あなたたちにそんなことを言われるのは納得できない!」

 

 夢の中でハリーはそう反論した。クィレル教授は、ハリーを見て、どこか悲しそうに言った。

 

「み、見なさい……ギルデロイ。わ、私の言った通りでした。この世には力あるものと、力を持つには弱すぎるものの二種類しかない。ポ、ポッターは後者だったのです」

 

「先生は僕を殺そうとしたくせに!僕がいなければ」

 

「わ、私は生きたかった。生きるために手を汚す必要があった。あ、あの時命の水を手に出来なければ、私はユニコーンの呪いで死ぬより辛い苦痛を味わっていた」

 

「自業自得だ」

 

 ハリーがそう言ったとき、ハリーの右手が割れるように傷んだ。

 

「そ、その通り……自業自得……全く、馬鹿馬鹿しい。今の君と同じように……自分の行いが帰ってきたに過ぎない……」

 

 でも、とクィレル教授は続けた。

 

「力を持たなければあまりにも惨めだった。力をくれた相手がたまたま闇の帝王だっただけ。貴方と何が違ったのでしょうか?」

 

 ハリーは反論しようとして、できなかった。

 

 ハリーは生き残る、ただそれだけのために力を求めた。力を求めて強くなれば生き残れる。そう思っていたのに、ディメンターによって死にそうになっていた。

 今のハリーは闇の魔法使いにすぎない。クィレル教授や、ロックハート先生と同じ存在なのだ。

 

「お言葉ですが。私は自分が持つ力は選びましたよ。あなたやポッターとは違ってね」

 

 ギルデロイ·ロックハートは空虚な笑みを浮かべ、白い歯を輝かせてハリーに笑いかけた。

 

「あなたは闇の魔術以上にひどいことをしてきたじゃないか……!」

 

「ええ。大人になってからはね」

 

 ロックハートには全く反省の色というものがなかった。それはそうだとハリーは気がついた。これは夢なのだと、夢の中ではっきりと自覚した。

 

「私ですら学生時代は闇の魔術には手を出しませんでしたし、清く正しく生きていましたよ。少なくとも学生時代はね。ああ、どうして君に負けてしまったのか!!闇の魔法使いを打倒するという本当の功績が本物の名誉が、後一歩のところで手に入ったというのに!!」

 

 ハリーにとっての本当の悪夢は、そんな支離滅裂な夢から覚めた後の現実だった。

 

 次の日の授業では、ハリーはほとんどの魔法を一回、酷いときは何回も失敗した。杖はハリーに愛想を尽かしたというわけでもなく、ハリーが正しく振れば魔法を発動させたが、痛む右手は思うように動いてはくれなかった。

 

「ハリー。今日は調子が悪かったね。……ポンフリー校医のところに行く?」

 

 ファルカスはハリーを心配してそう言ってくれたので、ハリーは大事を取ってその日のクラブ活動を休んだ。

 

「ん……いや。ちょっと疲れが溜まってるみたいなんだ。休めば治ると思う。ファルカス、今日は決闘クラブは休ませて貰うよ」

 

 ハリーはザビニの背中を見送って、複雑な思いに囚われた。

 

(……どうすればいいんだ……)

 

 ザビニがパトロナスを出せるという事実を思う度に、胸のなかで後悔が広がった。闇の魔法使いがパトロナスを出せたという資料は、図書館にも必要の部屋にも存在しなかった。ハリーは、大切なものを取りこぼしてしまったのだと思った。

 

***

 

「おー、今日はポッターは休みか。調子悪いのか?」

 

 黒髪の六年生であるバナナージ·ビストは、ファルカス·サダルファスから欠席者の名前を聞いて、すぐに受け入れた。

 

 もともと決闘クラブは強制ではない。授業で学んだ魔法や予習した魔法、ちょっと試したい魔法を気楽に、かつ教師の監督下で安全に楽しむためのクラブだ。クィディッチなどの部活と掛け持ちしている部員も多い。そのため、なにも言わずに欠席して、何も言わずに参加する部員たちがほとんどだ。

 

(マメな奴だな)

 

 バナナージはハリーのことを高く評価している。だからこそ、気になるところもあった。

 

「……そう言えば、ポッターは昨日パトロナスの訓練を受けたんだったな。様子はどうだった?」

 

「普段と変わりませんでしたよ?」

 

「そうか、なら大丈夫だなー。ファルカスももう少ししたらパトロナスの訓練をやってみてもいいかもな!」

 

 バナナージはファルカスに笑って魔法を教えていたが、内心では事態を重く見ていた。

 

(……パーシー先輩の言う通り闇の魔法を使ったんだとしたらまぁ……)

 

 バナナージはそもそも、闇の魔法使いがパトロナスを使った姿を見たわけではない。そもそも、自覚のある闇の魔法使いはパトロナスを使ったりはしない。バナナージは内心でハリーのことを心配しながら、クラブに戻ってきたらちょっと遊んでやろうと思った。

 

 

(できれば杞憂であってくれよ、ポッター。……まぁ、立ち直れるようにフォローはしてやるけど)

 

 バナナージは内心でそう決めた。この先、ハリーがバナナージの遠い親戚になる可能性だってあるのだから。

 

***

 

 ハリーがスリザリンの談話室に戻ったとき、談話室のソファ-にはガーフィール先輩と七年生の男子生徒がいた。ガーフィールは男子生徒から、面接についての愚痴をこぼされ辟易した様子だった。

 

「で、その面接官が何て言ったと思うよ!?『多種多彩な人種のお客様が訪れます』だ!純血以外は訪れないっての謳い文句の店がだぞ!?信じられるか!?」

 

「ガリオンを出すなら血筋は問わねえ。世の中はガリオンってこったな」

 

「僕はあんな品性のない職場だとは思わなかったね。ガーフはどうだったんだ?最終面接だったんだろ?」

 

 男子生徒はガーフィールからさかんに話を聞きたがっていた。漏れ聞こえる話では、男子生徒は二十社ほど受けて二次面接や三次面接に落とされ、就職活動に苦戦しているらしい。ハリーはスリザリンらしい差別意識がお祈りの原因なのではないかと思いながら、男子生徒から離れたソファーに腰掛けた。

 

(うわぁ……関わらないようにしよう)

 

 ハリーはぱらぱらと図書室から借りてきたパトロナスの資料をめくった。ハリーは今日は魔法の練習はできないものの、パトロナスについての改善策を考えることにした。

 

(昨日失敗したのは、僕が闇の魔法使いだったから……でも、ルーピン先生は続けるべきだと言った)

 

 

 ハリーは思案に耽っていた。

 

(闇の魔法使いはパトロナスを召喚できない。けれど、ルーピン先生は僕にやらせようとしている。スネイプ教授とは違って、僕を見捨てていない。まだパトロナスを召喚できる可能性があるから、指導してくれるんだ。きっとそうだ)

 

 ハリーはマイナス思考を脇に置いて、前向きに考えるようにした。自分にとって都合のいい考えかもしれないが、パトロナスの召喚において、ネガティブになるよりはよほど建設的だ。ハリーは昨日のことを思い返し、失敗の原因を自分なりに考えた。

(バジリスクの殺害は絶対に必要なことだった。けど……)

 

 ハリーは、ハリーが闇の魔術に手を出したと知ったときのロンやハーマイオニーの嘆きを思い出した。記憶のなかに閉じ込めたそれは、ハリーを最悪な気分へと誘ってくれる。友達やシリウスに対する罪悪感がないわけではない。

 

 それでも、ハリーにとってバジリスク打倒の瞬間は間違いなく幸福だった。一歩間違えば、ハリーから大切なものを殺して奪っていたものを殺した。ハリーにとって間違いなく幸福な記憶だと断言できる。

 

(……駄目だったのは……生き物を『殺した』記憶だからか……?)

 

 ハリーのなかで思い当たる節があるとすれば、そこだった。間違いなく誇らしい記憶をパトロナスが嫌がるのは。どうしてだろうか。

 

(僕がリドルの被害者でしかない生き物を殺したからか)

 

 あの場面を冷静に思い返す。ハリーはプロテゴ·ディアボリカやエクススパルソを使い、バジリスクを殺した。それしかないと思っての行動で、後悔はない。しかしパトロナスのお気には召さなかった。

 

(もしパーシーさんが来なかったら、日記に殺されていた……いや。それ以前に。本当にどうしようもなくなったら、僕はどうした?ジニーを殺して日記を破滅させようとしたか?)

 

 それは恐ろしい仮定だった。ハリーの心は夢の中のクィレル教授に引っ張られていた。ハリーは親友の妹を殺してまで、生き延びようとしただろうか。

 

(違う。絶対にそれだけはしない)

 

 パトロナスの専門書に映る銀色の動物たちを見ながら、ハリーはそう思った。たとえ闇の魔法使いに過ぎなかったとしても、そこだけは越えてはいけない一線だった。

 

 

 ハリーがそう思ったとき、ハリーの前に人が座った。

 

「随分と悩んでるみてえだな、ポッター」

 

 

 プラチナブロンドに長身の七年生。

「ガーフィール先輩?そう見えましたか?」

 

「ああ。わかりやすかったぜ。しかめっ面で……何だ?パトロナスの専門書だと?」

 

 ガーフィールはハリーが手に持った専門書を見て、呆れた声をあげた。

 

「今度はこれに挑戦か……随分と背伸びをしてやがるな」

 

「先輩の仰る通りです。……でも、これを覚えないとディメンターに勝てませんから」

 

 ハリーはそう虚勢を張ったが、ガーフィールは杖でハリーの頭をくしゃくしゃに撫でた。

 

「真面目か、てめぇは。身の丈に合わねえ魔法を覚える前に、体調を管理するところから始めろ。目の下に隈ができてるじゃねぇか」

 

「そんなことは……」

 

 ハリーはガーフィールから差し出された手鏡を見て押し黙った。手鏡のなかのハリーは、目の下に隈取りをつけて寝不足であると主張している。

 

 

「いいから俺についてこい。監督生室に眠り薬がある」

 

「ありがとうございます」

 

 ハリーは素直にガーフィールに従うことにした。人の厚意をあまりにも無碍にすることは、流石のハリーであってもよくないと気がついた。これがマクギリス·カローであれば断ったかもしれないが、ガーフィール·ガフガリオンはカローよりは穏健派で、純血主義者ではないのだから。

 

***

 

 

「ほらよ、マーリン印の眠り薬だ。寝る10分前にコップ一杯の水で流せばグッスリだぜ」

 

「何から何までありがとうございます、ガーフィール先輩」

 

 ガーフィールは監督生室にあった救急箱から睡眠薬を取り出し、ハリーに手渡した。

 

 寮生活を送るホグワーツ生、特に1年生に多いのが、ストレスに由来する自律神経の乱れと睡眠不足だ。ホグワーツの監督生には、自寮の生徒を観察して体調不良の生徒がいれば、魔法薬を与える権限がある。睡眠不足で医務室を訪れる生徒はあまりおらず、医務室に来ないことが多いからだ。

 

 そういう生徒が魔法で致命的なミスを犯す前に休ませ、事故を未然に予防する。地味だがこれも重要な仕事なのである。実際、今年はグリーングラス家の一年生が頻繁に監督生たちの世話になっていた。

 

「……で、ポッター。お前、パトロナスで何かミスったか?」

 

 ガーフィールはハリーに対して遠慮せず、あえてストレートに言った。ハリーは隈ができた目を泳がせた。

 

「ええ、まぁ」

 

「そりゃあそうだろうな」

 

 ガーフィールはハリーに何があったのかを察した。ハリーは知らないが、ガーフィールはハリーが闇の魔術を行使したことを知っている。パーシー·ウィーズリーから特別に情報を貰ったからだ。

 

「どうだ、NEWTレベルの魔法の感想は?」

 

 ガーフィールはにやにやと微笑みながら言った。ハリーが呪文の失敗を深く考えていることは明らかで、気に病んで引きずる前に吐き出させるつもりだった。

 

「何ていうか……理不尽、だと思いました」

 

 ハリーはいつになく素直にガーフィールに心情を吐露した。

 

「理不尽?」

 

「僕は間違いなく幸せな記憶を使いました。けれど、パトロナスはそれを受け入れなくて。パトロナスも僕の一部の筈なのに……」

 

(マジでそういうこともあるのか……)

 

 ガーフィール自身、暴走したパトロナスというのはお目にかかったことがない。それだけにハリーのことを哀れに思う気持ちが沸いてきた。

 

(入れ込みすぎんな)

 

 ガーフィールは監督生として、後輩のメンタルケアに努めた。

 

「そりゃあそうだ。だれでも使える簡単な魔法なら、NEWTレベルに指定されねぇンだ。パトロナスの好きな記憶じゃなかった理由?そりゃあパトロナスに聞かねえと分からねえが、パトロナスにそれを聞けるやつはいねえ。パトロナスを出せねえからな。だからこそのNEWTレベルだ。考え方を変えねえと出来ねえような魔法ってことなンだよ」

 

「何か……パトロナスの好きそうな幸福を思い浮かべるのがいいんでしょうか」

 

「ああ。ポッターが本当の本当に心の底から幸せだって断言できる記憶でも駄目な理由は、それが不幸や悪徳と結び付いているからだろう」

 

 ガーフィールの言葉に思い当たる節があるのか、ハリーはうっと言葉を詰まらせた。

 

「だがな、ポッター。焦る必要はねえ筈だぞ。パトロナスなんて、七年生でも大半のやつが使えねえ。俺も使えねえしな」

 

 最後の台詞は、後輩を励ますためのガーフィールの嘘である。しかし、七年生の大半が使えないというのは本当だった。たとえ授業で学んでも、実用性に乏しいパトロナスの訓練をして覚えようという物好きは少ないからだ。

 

 ガーフィールが貴重な時間を割いてパトロナスを覚えたのは、パーシーに一つでも勝てる魔法を覚えたかったからだ。結局パトロナスもパーシーの方が先に習得したのだが。

 

「ええ……無茶をしてるのは分かってます」

 

「お前は焦る必要はねえだろ、ポッター。付き合ってるやつとのデートだの、クリスマスだのでこの先楽しいことはいくらでもある。俺はパトロナスは使えねえが、そういう記憶を重ねていけば、パトロナスはお前に微笑むさ」

 

 ガーフィールは冗談を交えながら己の体験に基づいてアドバイスをしたが、ハリーは微妙な顔をした。

 

 

「いや、ダフネはそういうのじゃなくて……」

 

「何だ、まだ告白してねえのか?」

 

(つーことはあの噂は単なる噂か。まぁポッターにゃあ早いか……)

 

ハリーはガーフィールの言葉を聞いて悩んでいたようだったが、やがて口を開いた。

 

「なんていうか……大切な友人との記憶を使うというのは気がひけるというか。道具にしているみたいじゃないですか」

 

「マジメガネかお前は」

 

 ハリーの言葉にガーフィールは呆れた。

 

「だってもしそれでもパトロナスが使えなかったら、友達のことが大切じゃなかったみたいで」

 

 ハリーの中には、前に踏み出すことへの恐怖があった。己の大切なものが否定されてしまう気がするのだろう。その姿を見て、ガーフィールはハリーらしくはないと思った。

 

(まだ早いとは思う。思うが……)

 

 ハリーのそんな姿が見るに堪えず、ガーフィールは監督生として、ハリーに言葉をかけた。

 

「それこそパトロナスを基準に友情を量ってるってことじゃねえか。いいか、ポッター」

 

 ガーフィールはハリーと目線を合わせて、ハリーに言った。ハリーは正面からそれを受け止めた。ハリーの緑色の瞳を見ながら、ガーフィールは言葉をかけるだけの価値があると思った。

 

 

(真っ正面から受け止める奴だから、言うんだよ、ポッター)

 

「たかがパトロナスの失敗一つで自分の人生が変わるなンて思うんじゃねえ。お前の人生はそんな安くはねえだろうが。魔法使いならな、それも含めて俺自身だって言えるくらいになってみろ。下らねえ理屈に拘って雁字搦めになる前に、お前自身が一番大切だと思えるものを見つけてみろよ」

 

 ハリーの緑色の瞳にはまだ迷いがあった。緑色の瞳の中に、ガーフィールは闇を感じた。その中の光がまだ消えていないことをガーフィールは願った。

 

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