決闘クラブでは、習得した魔法を皆の前で披露することがある。魔法の難易度が高く失敗する可能性が高いとき、フリットウィック教授や上級生が魔法をフィニート(終息)させたり、対抗呪文を使うなどして事故を未然に防ぐためだ。
ハリーはフリットウィック教授やマクギリス、バナナージ、セドリックやリー·ジョーダンといった先輩たちが見守る中、集中して魔力を杖先に集める。リー·ジョーダンはハリーの魔法の成否をトトカルチョの対象にでもしているのか、盛んにハリーに声援を送っていた。
ハリーがこれから放つ魔法は、NEWTレベルの増幅魔法だ。魔力の増幅理論によって魔法の効果そのものを飛躍的に拡大させたうえ、増幅させた魔力に引っ張られないように制御することは難しい。増幅対象の魔法について習熟していなければ、暴走して自滅してしまう危険なものだった。
しかし、見守るフリットウィック教授の目に心配の色はない。ハリーは深く深呼吸をして、ひとつの魔法を唱えた。
「インセンディオ マキシマ(燃え尽きろ)」
ハリーの杖先から、とてつもない勢いで火が打ち上げられた。誰かがおお、と声をあげた。決闘クラブの温度が数度は上がった。
ハリーはインセンディオ マキシマ(燃え尽きろ)によって決闘クラブの天井に放出された白く輝く炎は球状となり、やがて円を描きながら拡散し、その火力を白から青へと落ち着かせていった。白く輝く特大の炎の火力は、プロテゴ·ディアボリカにも迫るかもしれない。ハリーの魔法を見たコリンは大喜びでハリーが出した炎を撮影しようとした。
「おい誰かクリーピーを止めろ」
「ほーい。エクスペリアームス」
ザビニの指示に迅速にしたがったのはルナだった。ルナによるエクスペリアームス(武装解除)によってカメラはコリンの手から離れた。コリンは悲しそうにルナに駆けよった。
「一枚くらいならいいじゃないか!返してよ!」
「コリンは全然懲りないねー。そういうのは、ハリーに許可取ってからにすれば?」
ハリーは漫才を繰り広げる後輩たちを見ながら、余裕を持って炎を操っていった。杖先と連動するように、拡大した炎は収束していき、やがてハリーがフィニート(終われ)と唱えると、ハリーの杖に吸い込まれるように炎が消えていく。ハリーはすべての炎を残らず消火させてから、観客たちにお辞儀をした。
(やった……!)
ハリーは笑い出しそうになるのを堪えた。マキシマの習得はハリーにとっても悲願だった。
闇の魔術であるプロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)や、セプティム インセンディオ(悪霊の炎)
ロンやザビニ、フリットウィック教授をはじめとした先輩たちは拍手と、よくやった、という労いの言葉でハリーを迎えた。フリットウィック教授はハリーに15点をくれた。
中でも、マクギリス·カローはハリーのことを大層気に入ったようだった。
「見事だよハリー。素晴らしい成長ぶりだ……!」
「ありがとうございます、マクギリス先輩」
「今や上級生でも君に勝てるものはそうはいないだろう。君には才能があるのかもしれないな」
ハリーはマクギリスのお世辞をお世辞として受け取った。
「僕にはそんな才能なんてないですよ。ハーマイオニーみたいに催涙ガスを作れるわけでもないし」
ハリーはそう言ってマクギリスを牽制した。事実、ハーマイオニーはハリーも使えない魔法を知っていた。
ハーマイオニーのみ使える魔法とは、麻酔効果のあるガスを噴射する魔法だ。まず麻酔効果のあるガスを無から精製するだけで、魔法薬やコンジュレーションの知識が必要となる上、ガスが自らに影響を及ぼさないよう常に風上に立たなければならない。その代わり、敵対者や敵対生物に直接当てる必要がないというメリットがある。ハーマイオニーは去年、バジリスクに遭遇したときから、直接当てずに敵対者を無力化するにはどうすればよいかと考え、闇の魔術ではない魔法の中でも難易度の高く、NEWTレベルに分類されるこの魔法を習得していた。
「ミスグレンジャーにはミスグレンジャーの、君には君の才能があるということだ。自信を持っておいてもよいのではないかな?」
「おいおいマクギリス。ハリーはまだまだ伸びるんだ。あんまり煽てるなよ」
「ふっ。そうだなバナナージ。……ハリー、何か使いたい魔法があれば私を頼って欲しい。父の人脈で、珍しい魔道書にはいくつか心当たりがあるのだよ。君ならば使いこなせるかもしれない」
「……ありがとうございます、マクギリス先輩」
ハリーは内心、マクギリスの称賛に対して満更でもない気分だった。闇の魔術に頼らず強くなったという実感があり、合法的な力を手にしたことでハリーは少し浮かれていた。
(今ならパトロナスも従うかもしれない)
と思えるくらい、ハリーは幸福感で満たされていた。
さらにマクギリスは巧みにハリーを誘導した。コリン·クリーピーに寛大な態度を取り、ハリーの撮影を許可してあげてもいいのではないかとハリーに取りなした。
「ほ、本当にいいんですか!?」
コリンは飛び上がって喜んだ。ハリーは苦笑しながら許可した。久々の成功体験で機嫌がよかったのもあるが、ハリーのなかで、自分もガーフィールやマクギリスのように後輩にはなるべく優しくしようという気持ちも芽生え始めていた。
(まぁ……一枚くらいならいいかな……)
「写真は絶対にばらまかないでね、コリン。杖に誓えるかい?」
「はい!誓います!!やったぁ!!」
ハリーはそう念を押して、マキシマで増大させた炎の撮影を許可した。コリンのきらきらと輝く目を見て、それは間違ってはいなかったと思った。
***
(うーん……ちょっと心配ですねぇ……僕の考えすぎなのかもしれませんが……)
アズラエルはそんなハリーのことを心配そうに見ていた。ハリーが笑顔なのはとてもいいことなのだが、マクギリスの態度のなかに良からぬものを感じ取っていたのだ。
(……純血主義者のマクギリス先輩が、マグル生まれであるコリンに対しても寛大で優しい態度を取るなんてただ事じゃありません。本気でハリーを懐柔する気なのでは!?)
アズラエルはハリーたちの中では、ハーマイオニーの次に頭が回る。今まで受けた教育の結果、政治という分野にも通じるアズラエルは、頭の中でマクギリスに対して警鐘を鳴らしていた。
その日、ハリーがマクギリスの誘いを受けて必要の部屋に向かうと言い出したとき、アズラエルはハーマイオニーを誘ってハリーに同行を申し出た。その時マクギリスが一瞬残念そうな顔をしたことを、アズラエルは見逃さなかった。
***
ハリーは浮かれた気分で、ハーマイオニーやアズラエル、バナナージ、マクギリスと必要の部屋を訪れていた。必要の部屋には、ハリーたちが望んだ沢山の書物があった。ハリーは、『無敵のアンドロス~巨人を呼び出した男』というエクスペクト パトローナムの達人についての伝記を手に取った。
「ほう。パトロナスの練習は順調なのかな、ハリー?」
マクギリスは『高校化学基礎』という教科書を、バナナージは『蒸気機関と産業革命』という資料をそれぞれ手にしていた。どちらもマグルの書いた書物であることにハリーは気付いた。
「ええ。先輩たちはどうしてその本を?」
「マグル学の課題さ。図書室には『魔法族の書いた書物』は一通りあるんだが、『マグルの書いた書物』は予算が足りないのかあんまり置いてなくてな。ここにあって助かったよ」
「スリザリン生として、マグルのことを大っぴらに称賛するわけにもいかないのでね。バナナージがここを教えてくれて私も非常に助かっているよ」
「あの、質問してもいいですか、カロー先輩?」
ハーマイオニーが丁寧に尋ねると、マクギリスは許可した。
「構わないよ。何かな?ミスグレンジャー。」
「どうして高校化学がマグル学の課題に必要なんですか?」
ハリーもアズラエルも、確かにと頷いた。マクギリスはその質問に対して嫌がることもなく、むしろ嬉しそうに言った。
「いい質問だね。私はチャリティー教授にマグルについての知識をいくつか指導して頂いたが、マグルの知識のなかに魔法族のコンジュレーションや魔法薬と似通ったものがあることに気がついた。化学反応とマグルの世界では言うらしいが」
「化学は錬金術を発展させたもので、マグルの世界でも昔から研究されていた学問だ……って、説明しなくても三人なら知ってるよな」
「ええ。……けれど、それがどうしてレポートになるんですか?」
ハリーは頷きながらもマクギリスに尋ねた。
「うむ。マグルの知恵というものもなかなか侮れないと思ってね。私たちが『肥らせ魔法』などの魔法があれば魔法生物の遺骸を肥料として加工して解決していた肥料の不足を、マグルは窒素と水素を合成することで解決した。ハーバー·ボッシュ法と呼ぶらしいが。私はこれは魔法にも劣らない発明だと思うのだ。これの何が優れているのか分かるかね、ハリー?」
バナナージはうんうんと頷きながらマクギリスのことを笑顔で見ていた。アズラエルはマクギリスが思ったよりずっとマグルの学問を調べていたことに圧倒され、ハーマイオニーはマクギリスのことを、尊敬したように見ていた。
「……一回限りじゃなくて、理論通りにやれば同じ質のものを大量に作ることが出来る。再現性があることですか?」
「ミスグレンジャー、アズラエル。君たちから見てどうかな?」
「そうですねえ……材料と設備があれば誰でも可能なところですかね?」
「私も同じ意見です。品質がバラバラだった魔法薬が工業化して、同一の性質のものを安価に大量生産できるようになったのは、マグルの工業化に影響を受けた結果だと『新時代の魔法薬』に書かれてありました」
マクギリスは満足そうに頷いた。
「そうなのだよ。君たちはやはりよく勉強しているようだ。スリザリンとグリフィンドールに十点と五点を加算したいのだが、構わないかな、バナナージ?」
「やっていいと思うぞ。明らかにNEWTクラスの知識だしな。正解できただけ大したもんだ」
マクギリスは少し微笑むと、杖を振って加点の信号を送った。監督生には、監督生以外の生徒を加点したり、減点したりする権利があるのだ。
「君たちもマグル学を受けているのだろう?どうかな、今の授業は?」
「正直なところ、簡単すぎて退屈なくらいですね。ハリーたちもそうでしょう?」
三人を代表してアズラエルが答えた。ハーマイオニーは明らかに不満そうな表情だった。
「私、チャリティー教授を批判したい訳じゃないんです。ただ、マグル学そのものがあまりにもマグルのことを下に見ているというか。あの内容なら、一年生でも理解できると思うんです。どうして必修にしないのかって……」
「それは……多分大人の事情があるんだよ」
ハリーは不満そうなハーマイオニーをなだめなければならなかった。
「なるほど。マグル生まれの君から見れば、マグル学は退屈な授業だったのか。しかし、だからこそ私のような生徒もついていけたのだよ」
そのマクギリスの意見はハーマイオニーには、新鮮なようだった。ハーマイオニーは真剣な目をしてマクギリスの言葉に聞き入っていた。
「どういうことですか?」
「私は無知でね。マグル学を受講した当時、マグルのことを正直に言って大したことがない存在だと思っていた」
ハーマイオニーは少し顔色を変えた。ハリーは内心でマクギリスのポーカーフェイスに感心しながら、マクギリスの言葉に聞き入った。
「……そんな私が、いきなりマグルの産み出した知識の洪水を浴びせられたところで半分も理解はできなかっただろう。『マグルたちは魔法使いより劣っている』という前提でなければ、とても授業を聞く気にはならなかったと断言できる」
「……『魔法使いにとって面白い授業』じゃないと、誰もマグルのことを学びたいとは思わないんだ、残念ながら」
バナナージの端的な補足は、ハーマイオニーを少し傷つけたようだった。ハリーは内心でバナナージに同意した。
「いや、もちろん大人たちはちゃんと自分でマグルのことを調べてるんだぞ?ただ、選択制にしておかないと色々と不都合なこともあって……」
(僕たちは魔法を学びに来てるんだ。マグルのことを学びたいなら、自分で学べばいいだけだ……)
ハリーはバナナージにフォローされるハーマイオニーの姿を、少しだけ可哀想に思ったがフォローはしなかった。マグルの世界やひいてはマグルに対する愛情の差が、ハリーとハーマイオニーのマグル学に対する受け取り方の差に繋がっていた。
「まー、どんな学問も最初は簡単で、退屈なものだよ。そのうち面白くなってくるさ、ハーマイオニー」
バナナージにそう慰められるハーマイオニーを尻目に、マクギリスはハリーに話しかけてきた。
「君のパトロナスの訓練はどうかな?実は最近、君が根を詰めすぎているのではないかと心配していたのだよ」
「まぁまぁです。僕のパトロナスは気難しくて、まだ形も分からないくらいですね」
ハリーは笑いながらそう誤魔化した。実際には無形かつ銀色のパトロナスどころか、ハリーを闇の魔法使いとみなして従わない最悪の状態だった。それでも、それを素直に打ち明けるほどにはハリーはマクギリスを信頼してはいなかった。
「今はそんなものだろう。しかし、君の努力が報われる日を願っているよ」
「ありがとうございます。今日のマキシマの成功体験を使って練習してみます」
「ははは、それはいい!君の才能ならばきっと成功するだろう。期待しているよ」
ハリーとマクギリスが親しげに会話していると、アズラエルがその間に割って入った。
「カロー先輩はどんなパトロナスをお持ちなんですか?僕、カロー先輩のパトロナスがどんなものか気になるんです」
「私がパトロナスを呼び出せるとは思わない。おそらく私には才能がないのだよ」
「そんなご謙遜を。カロー先輩もDADAのOWLを突破されたじゃないですか」
(どうしたんだアズラエル。今日はやけにマクギリス先輩に親しげだけど)
ハリーはアズラエルが何を考えているのか気になった。アズラエルはハリーには耳が痛くなるほど、マクギリスに気を付けろと忠告していたからだ。
「勉強の楽しさを知ったからこそ出来たことだが……今でも思うよ。一年生の頃から頑張っていれば、他の科目でももう少しよい成績を残すことができたとね。君たちは幸い、一年生の頃から努力を重ねている。この調子で進んでくれたまえ」
「もちろんです。ご期待に沿えるよう頑張ります」
ハリーがそう言うと、マクギリスはうむ、と頷いた。ハリーは内心、そう、それで間違いはないはずだと思った。
(……知識と魔法の技術を磨いて力をつける。そう、必要なのは力だ。まずそれがあってはじめて、生き残ることが出来るし、誰かを守ることも出来るはずだ)
ハリーはパトロナスに失敗して以来、自分の歩んできた道のりは間違っていたのかと思った。パトロナスに嫌われた原因についてハリーなりに考え、突き詰めると、闇の魔術に手を出したことが失敗の原因だとハリーは認識した。
(闇の魔術から手を引いて、それ以上の強さを身に付ける。間違っていないはずだ)
ハリーが内心でそう考えていると、マクギリスは、席を離れて必要の部屋を回りながらバナナージから六年生のマグル学について説明を受けているハーマイオニーをチラリと見て、ついでハリーを見た。
「君たちは本当によい友人を持っているね、ハリー、アズラエル」
「はい。自慢の友達です」
「……え、ええ。ありがとうございます、カロー先輩」
間をおかずに即答したハリーに対して、アズラエルは返答が遅れた。純血主義者のマクギリスがハリーたちをテストするためにかまをかけてきたのだと思った。
「私は君たちの友情をとても素晴らしいと思うよ。しかし、今のままでよいのかとも思うのだよ」
マクギリスが切り込んできた、とハリーは思った。受けて立とうと、ハリーは真っ直ぐな目でマクギリスを見た。
「仰っている意味が分かりません、マクギリス先輩」
「……ふ、余計な言葉だったね。いや、実はね。君に力を借りたいと思っているのだ。ミス·グレンジャーの能力もね」
「……え?」
アズラエルは目をぱちぱちと見開き、ポカンと大口を開けてマクギリスを見た。ハリーは冷静さを装いながら、内心ではアズラエルよりもずっと動揺していた。
(一体どうしたんだ。何があったんだマクギリス先輩に)
ハーマイオニーの力を認めて助力を請うなど、ただ事ではない。非公式の場面ではマクギリスもハーマイオニーに寛大な態度を取っているが、純血主義者であるということは崩していなかった。
「お話を、詳しく聞かせて頂いても宜しいですか、マクギリス先輩。その内容によってハーマイオニーに話すかどうかや僕がご協力出来るかどうかを決めます。最終的には、ハーマイオニーの意志にもよります」
「ち、ちょっと待ってくださいハリー!」
ハリーはアズラエルからの非難の目を受けて、アズラエルを説得しなければならなかった。
「アズラエル。寮の先輩がここまで言ってくれてるのに話しも聞かずに断るなんて出来ないよ。僕は話は聞くべきだと思う」
「いや……ハリー、君はちょっと人が良すぎですよ。もう少し人を疑ってください。本当の本当に、よく考えて決めてくださいよ!」
「ありがとう、ハリー。……実は、私は密漁者たちの噂を掴んだのだ」
「密漁者、ですか?」
「ああ。あれはホグズミードでの出来事だったのだが……」
マクギリスはそれから、ホグズミードで遭遇したという密漁者たちについて話した。彼らは五人でホッグズ·ヘッドというパブに集まり、ホグワーツの禁じられた森を襲撃する計画を立てているのだという。マクギリスは密漁の決行日まで掴んでいた。
「私が気付けたのは僥倖であり、不幸だった。だが私には……残念ながら社会的な信用がない。君も知っているとは思うが、私は親戚にデスイーターの親族を持つ身だ。通報も一笑に付されてしまった」
「マクギリス先輩。そんなことがあったんですか……」
(この人、相当危ない橋を渡ってるんじゃないか……?)
ハリーはマクギリスが偶然それを知ったという部分は嘘ではないかと思った。マクギリスは、闇の魔術に関する知識を求めていた。闇の魔術について調べる最中にそういった反社会的勢力と遭遇し、なし崩し的に関わってしまったのではないかと思った。
そしてマクギリスに信用がないのはある意味では自業自得だった。シリウスはマクギリスを逮捕こそしなかったが、同僚や闇祓いに要注意人物として話くらいはしたはずだからだ。
(……)
ハリーはマクギリスを見捨てようかどうか迷って、マクギリスがハリーとあまり変わらないことに気がついた。マクギリスは、闇の魔術に対して興味があった。そのせいで、自分の身の丈を超えた闇にぶつかってしまったのだ。
「じ、じゃあダンブルドア!ダンブルドアに報告しましょう!それが一番安全で確実です!」
「それは出来ない」
「どうしてですか?ダンブルドアなら、適切な対応をしてくれると思いますけど」
マクギリスはそう断言した。ハリーは当然の疑問をぶつけた。
「ダンブルドアは我々純血主義者にとっては敵も同然だ。あの人に対して借りを作るということは、純血主義者にとっては死を意味する」
そんなことに拘っている場合ですか、という罵倒をハリーは飲み込んだ。マクギリスの瞳には、確かな恐怖があったからだ。
「……それは、ダンブルドアが例のあの人と敵対しているからですか?」
「……そうだ。私の一存で、カロー家を傾ける訳にはいかない」
ハリーもアズラエルも何も言わなかった。ハリーはマクギリスに対して同情する気持ちになりながらも、なら僕はどうなんだという言葉を飲み込んだ。
(一応……僕はスリザリン生だ。カロー先輩にとっても家族……みたいなものだ)
ハリーを尻目に、マクギリスは己の内心を吐露した。
「このホグワーツを、私は守りたい。ホグワーツの禁じられた森には、過去の歴史の遺物と稀少な魔法生物がそのままの姿で存在しているのだ。それを荒らされることは、ホグワーツにとっては大きな損失だ」
「遺物、ですか?」
「うむ。密漁者たちによると、古代魔法が祀られた遺跡や、聖石が納められた聖堂があるというのだ」
それからマクギリスは、古代魔法や聖石についていくつかの説明をしてくれた。曰く、現代の魔法では再現できない魔法がそこにあるのだという。
「歴史には残っていないが、古代魔法はおよそ百年前のゴブリンの反乱で解き放たれ、多くの災いをもらたしたとカロー家の書物に記載があった。聖石は獅子戦争の際に使用され、何人かの死者をこの世に呼び戻したという伝説がある。私は、聖石は俗に言う『死の秘宝』の一つではないかと思うがね」
「死の秘宝?」
「おとぎ話で出てくる伝説のアイテムです。まぁ与太話ですよ」
ハリーは一気に話が胡散臭くなったことに頭が痛くなった。マクギリスはそのどちらも、密漁者に渡ってはならないと主張した。
「それらは、ゴブリンですら並みの魔法使いを凌駕する魔法力をもたらすだろう。三流とはいえ魔法使いが手にすれば、手のつけられない厄災となるかもしれない」
「だが、君ならば。バジリスクを打ち倒した実績がある君ならば、連中を倒すことも~」
「自分の都合だけでバカ言っちゃいけませんよ!よりによってハリーに殺人をさせようと言うんですか、貴方は!」
アズラエルが激怒してテーブルにこぶしを打ち付けた。バナナージとハーマイオニーが、驚いてテーブルへと集まってきた。
「おい、一体……何があったんだ?」
「……これは……」
ハリーは、アズラエルを抑えながらバナナージとハーマイオニーに説明をせねばならなかった。すべての説明を終えたとき、衝撃を受けたハーマイオニーと、腕を組んで話を咀嚼していたバナナージの姿があった。
***
「あの話、お前らは聞かなかったことにしろ」
バナナージはすべての説明を聞き終えたあと、ハリーたちにそう言った。アズラエルはバナナージを見て、ダンブルドアに話してくれるんですよね、と尋ねた。
「マクギリス先輩から言うことは駄目ですけど、先輩から伝えるなら問題ないですよね、バナナージ先輩」
「勿論だ。……ただ、マクギリスの話の信憑性は正直疑わしい。そもそも森に遺物があるってこと自体、密漁者たちの推測に過ぎないからな。むしろ、森で密漁者たちが死なないように手を尽くさないといけないかもしれない」
「……?」
ハリーはバナナージの意味深な言葉に疑問符を浮かべたが、ひとまずバナナージに従って、アズラエルやマクギリスと共にスリザリンの談話室に戻った。談話室に戻るまで、マクギリスは無言だった。そんなマクギリスに、ハリーから話しかけた。
「どうして僕を誘ったんですか、マクギリス先輩」
「ハリー、君ねえ……」
呆れたような怒ったような声をあげるアズラエルをよそに、マクギリスは重々しく口を開いた。
「君に、手を汚させるつもりはなかった。私は君に、箔をつけたかったのだ」
「……箔?」
「密漁者たちは私の目から見ても大した連中ではなかった。成人してから腕を錆び付かせたのか、私でも潜り込める程度だ。ステューピファイはおろか、プロテゴも瞬間移動も満足に使えない連中だ。これ以上ない噛ませ犬になると思ったのだ」
「ハリーを引き込んで、純血主義者として祭り上げたかったんでしょう」
アズラエルが軽蔑した言葉をかけたが、ハリーはそうではないという気がした。
「待ってください。それなら、ハーマイオニーを誘ったのはおかしい。先輩は何がしたかったんですか?」
「最初はグレンジャーを誘う気はなかった。しかし」
「……気がついたら、私は君だけではなく、ミスグレンジャーも魔法界に必要な人材だと思っていたのだよ。勤勉で、未熟だが、彼女には魔法に対する愛がある。魔法界で生きようという意志がある。だからマグル学について学んだ上で、その是非を真剣に議論できる。グリフィンドールにそれが可能な人材がどれだけいると思う?彼らの大半はマグルのことを知ろうともしないで、仲良く出来るはずだという思い込みだけで生きている」
ハリーはマクギリスの言葉に、少なからず心を動かされた。マグルのことを知った上でマグルと仲良くなろうとする。それは、否定できるものではない筈だった。
「私がミスグレンジャーを誘ったのは……彼女が優れた魔女であったからかもしれないな。マグル生まれと、純血主義者の魔法界の英雄。これが手を取り合って密漁者を捕らえたと喧伝されれば」
マクギリスは重々しく言った。
「……純血主義者に対する風当たりも、少しは良くなるのではないか……と、儚い夢を抱いた」
ハリーは暫く無言だった。アズラエルは複雑そうな顔で、マクギリスを見ていた。マクギリスの言葉の意味をよく考えて、ハリーは言った。
「失礼だと思いますけど、先輩には純血主義は向いていないと思います」
マクギリスはその言葉を否定しなかった。代わりに、ポーカーフェイスでハリーに微笑んだ。
「私にはカロー家の次期当主としての義務がある。個人の意志では変えられないものがあるのだよ、ハリー」
それから、マクギリスはハリーと、そしてアズラエルを見て、二人に警告した。
「君たちのスタンスは、私たち純血主義者にとっても都合がいいものだった。マグル生まれと親しくはすれど、それを強要はしない。それはこのスリザリンで生活するならば、最も優れた選択だろう」
だが、とマクギリスは言った。
「……その考えがスリザリンの内部で根付くには、君たち自身が権力を持ち、後輩たちにその考えを伝えていかなければならない。純血主義者を否定してでも。そうでなければ、君たちの意志はスリザリン内の変わり者、という扱いで終わってしまう。それだけは理解しておくべきだ」
「ご忠告、痛み入ります」
アズラエルは、最終的にはマクギリスに礼儀正しく対応した。そこにマクギリスへの怒りと、僅かな敬意を込めて。
ハリーはマクギリスの言った、密漁者たちの密漁決行日を心に刻んでいた。ハリーの心は既に決まっていた。
(……純血主義とマグル生まれの和解なんてあり得ない)
それがあり得ないことだとしても。
(一瞬でも成立すればそれは、嘘じゃなくなる)
ハリーの心に、スリザリンらしくはないが、スリザリン以上に荒唐無稽な野望が灯った。
ハリー・ポッター世界は誰も傷付かなくていい優しい世界、じゃあないんだけど。
このときのハリーやマクギリスはそれを求めてしまったんですねえ。若い。