アストリア→太陽(正位置)
誰にとっての太陽なんでしょうねぇ。
「………本当に、危ないところを助けて頂きありがとうございました。感謝いたしますわ、ルーピン先生、ポンフリー校医」
アストリア·グリーングラスは、倒れてから丸々2日もの間こんこんと眠り続けた。アストリアが倒れたその瞬間、ルーピン教授が石化魔法でアストリアの肉体を一時的に石に変えて肉体へのダメージと病気の進行を最小限に抑え、ポンフリー校医のもとへ駆け込んだ。ポンフリー校医の迅速な治癒魔法が功を奏し、目覚めたアストリアには倒れた瞬間に感じた胸の痛みや目眩、全身を覆っていた疲労感もなかった。
目覚めたアストリアは心の底からの感謝を込めてルーピン先生とポンフリー校医へとお礼を言った。せめて純血の令嬢として振る舞おうと出た言葉には覇気もなく、アストリアの顔色は蒼白だった。呪いの影響で、呼吸の度に心臓にもかすかな痛みが感じられる。
医務室には、アストリアとポンフリー校医、ルーピン先生、そして姉のダフネがいた。ルーピン先生の手には、何かの薬品と思わしき包みが握られていた。
アストリアは、申し訳なさを感じた。授業中に倒れてしまい姉をはじめとして心配や迷惑をかけたこともそうだが、アストリアには、倒れた原因が自分にあると理解していたからだ。
「あ、あの……私……倒れた原因に心当たりがありますわ……」
アストリアが倒れてしまったのは、ひとえにアストリア自身の過失によるものだった。倒れた日の朝、アストリアは薬を飲み忘れていたのだ。必ず服用するようにと言われていた三種類の薬のうちの一種類を、である。アストリアは自分の愚かさを責めた。
「私…ポンフリー校医から頂いたおくすりを飲み忘れて……それであの日は、調子が悪かったのですわ……」
その事実が発覚したとき、ポンフリー校医やルーピン先生、そして姉のダフネから責められるとアストリアは思った。当たり前のことだ。アストリアは病のために蒼白な顔で不安そうに集まった人たちを見た。
(…お姉様が何とおっしゃるか……)
重い病を患っているアストリアがホグワーツに入ることを、父も母も深く心配していた。それでも校医のマダム·ポンフリーに事前に話を通し、アストリアのための薬品を送り届けてホグワーツに通うことを認めてくれたのは、ひとえにアストリアへの愛があったからに他ならない。姉もそうだ。アストリアのことを気にかけてくれている。その介入が煩わしく感じることも多いのだが。
アストリアは自分が愛されているという自覚はある。しかしだからこそ、それを失うかもしれないという恐怖は深かった。
アストリアは瞬きしてから、チラリとダフネを見た。ダフネの無表情を確認し、アストリアは泣き出しそうになる。
(ご立腹ですわ……当たり前ですわ……)
事実、ダフネは今にも怒鳴り出しそうなほどに怒っている。何も普段と変わらないように見えても、9年もの間一緒に過ごした姉の機嫌くらいはアストリアにも分かる。
しかし、アストリアの懸念は半分しか当たっていなかった。ダフネが責めていたのは、アストリアではなく自分自身だった。
(……どうして……どうして私は朝食の時に妹を見てあげなかったの?一言確認するだけでよかったのに……!!)
たとえ幼少期から長い年月を過ごした姉妹であろうと、その心の中まで全て理解できるわけではない。ダフネが自分自身を責めているとも知らず、アストリアはダフネに嫌われてしまったのだと思った。
ポンフリー校医は、アストリアを責めなかった。彼女はアストリアの手を取って脈をはかり、安定してきているとアストリアに告げた。
「この先、いついかなる時であっても、三度の食後には必ず薬を飲み続けることです、ミス·アストリア。あなたやあなたのお姉さまや、ご両親のためにも。約束してくれますか?」
アストリアは、ポンフリー校医が驚くほど優しげにそう言ってくれたことに驚いた。ポンフリー校医の手から伝わる熱が、そのままアストリアに元気を与えてくれるような気がした。
ポンフリー校医がアストリアに比較的甘い対応となったのは、アストリアが重い病から目覚めたばかりの寝起きで、まだまだ本調子ではなかったからだ。授業に復帰できるまでアストリアが快復したあとは、きつくお灸を据えるつもりだった。
「……はい。誓いますわ」
「私も側にいてアストリアを支えます。必ずクスリを飲ませます、ポンフリー校医」
(ううっ!?)
ダフネはポンフリー校医に強く宣言した。アストリアの内心は、アストリアへの怒りで燃えているであろうダフネを恐れていた。
思春期の少女にとって姉という存在は、常に己の前を歩く存在であり、己をおさえつける一種の理不尽でもある。アストリアからダフネへ向ける感情は、複雑だった。
自分より二歳早く産まれただけで、健康な体の姉。
姉より二歳遅く産まれただけで、不健康そのものな自分。
それだけではなく、ダフネは健康なくせに、最近は良くない人間と交際しているという噂が立っていた。スリザリンの純血主義の裏切者で、不倶戴天の敵である人間と、デートしていたという噂を上級生たちが談話室で口に出すのを、アストリアは屈辱的な思いで聞いていた。
アストリアがダフネのように健康であれば。
血の呪いなんてものがなければ。
ポッターなんかではなくて、純血主義の、しかるべき人間を選んで付き合うのに、と。
自分自身がユニコーンの子供が森番のところにいるという噂に魅了されて、
ダフネが嫌いではない。姉のことはむしろ大好きだ。アストリアは、自分が姉から愛されていることは嫌というほど理解できる。
それなのにどうして、という思いが、アストリアからはぬぐえないのだ。尊敬や思慕の念と、嫉妬心は両立するのである。
アストリアは、両親がダフネにハリーと交遊を深めるよう圧力をかけていることは知らない。姉と妹の認識の食い違いがそこにあった。ダフネは、自分がハリーと友人関係にあり、それが端から見れば恋愛関係に近いことをアストリアが嫌っているとは思いもしなかったのだ。
その時、アストリアの腹部から猫の鳴き声のような音が鳴った。アストリアの蒼白な頬に、仄かに赤みがさした。
眠り続けたアストリアの体は、何らかのエネルギーを欲していた。
「何か欲しいものはあるかな、アストリア」
ルーピン先生がアストリアにそう問いかけた。アストリアは即座に答えた。
「……お菓子を頂けますか?できればハニーデュークスの最高級品を」
「ダメよ(です)!」
アストリアは羞恥心のままに破れかぶれでそう冗談を言ったが、ポンフリー校医とダフネは病人に菓子を投与するほど間抜けではなかった。結局、アストリアには、ルーピン教授が魔法でペースト状にした林檎がプレゼントされた。
***
数日後も、アストリアの体調の快復は緩やかだった。一度活性化した血の呪いが沈静化するまではしばらくかかる。アストリアの内心には授業についていけなくなるという焦りが込み上げるが、学友たちが届けてくれたノートを見て気持ちを落ち着かせ、体力の回復を待った。
血の呪いによる体調の悪化は厄介で、一度呪いが沈静化しても、低下した体力が戻るまでは安静にしていなければならない。肉体の免疫力も低下しているため、感染症や、血の呪いと相乗効果のある合併症を併発する恐れがあるからだ。ポンフリー校医の指導のもと、簡単なリハビリをこなしながらアストリアは学業に復帰する日を夢見た。
アストリアに与えられた薬は、血の呪いの働きを抑制してくれる優れた薬だ。それでも、一度血の呪いが牙を向けば、呪いは容赦なくアストリアの体を蝕む。呪いによる倦怠感や全身を覆う痛みはこれまで何度もあったことだ。呪いのせいで社交界の付き合いに参加できなかったことだって一度や二度ではなく、それを揶揄するような心ない視線や中傷にも耐えてきた。それが自分を守ってくれているグリーングラス家や、純血主義に対する恩返しだからだ。
両親のアストリアへの態度は溺愛と言っても過言ではなかった。両親は病弱なアストリアには純血主義を叩き込み、健康な姉のダフネに対しては純血主義はさほど熱心に教えなかった。そこにどのような思惑があったのか、子供のアストリアやダフネには察することが出来ない。しかし姉妹の間には、姉妹として互いに愛し合っていても、思想面での隔たりがあった。
アストリアは、姉と共に訪れたハリー·ポッターの見舞いを拒んだ。大好きな姉が純血主義の裏切者と一緒にいるなんて、アストリアにとっては考えたくもないことだった。自分がポッターの見舞いを受け入れるなんて、純血主義の学友たちに申し訳が立たない。一方、アストリアは敵視しているハリー以外のスリザリンの友人たちの見舞いには感謝したし、自分を助けたルーピン教授の見舞いにも感謝した。
アストリアは、両親から貧乏人や純血ではない人間は信用してはいけないと教え込まれている。病弱で世間というものを知らないアストリアは、当初ルーピン先生のことも見下していたし、教師として認めていなかった。しかし、スリザリンの先輩たちはアストリアが思っていたよりもっと柔軟で、優秀な教師としてルーピン先生に一定の敬意を払っていた。
教わった思想と現実との差異に戸惑っているうちにアストリアは倒れ、ルーピン先生に命を救われた。
外の世界を一つ知ったアストリアは、自分の中でルーピン先生を恩人として扱うことにした。純血主義であっても、恩人に対しては礼を持って対応しなければならないことは、アストリアにだって分かるのだ。
ルーピン先生がアストリアの見舞いに来ることに、姉のダフネが複雑な思いを抱いていることなど露知らず、アストリアは見舞いに来たルーピン先生に悩みを相談していた。
「先生。わたくし、皆様の見ている前で倒れてしまいました」
それは弱音だった。早く授業に戻りたいと思う反面、アストリアのこころを満たす不安を打ち明けた。
「皆の前に姿を見せるのが恥ずかしいですわ……」
ダフネに相談すれば、甘ったれるなとアストリアを叱っただろう。早く治して、復帰することだけを考えなさいと言ったかもしれない。だからアストリアは姉ではなく、優しそうな教師に己の悩みを打ち明けた。
「……学校を休んでしまったんですもの…きっと、わたくしのことを軽蔑していますわ…」
「ミス アストリア。気休めかもしれないが」
ルーピン先生は穏やかな声でアストリアを励ました。落ち着いた声には、人の不安を和らげる効果がある。
「ミス マープルをはじめとして、スリザリンには君の帰りを心待ちにしている友人たちが大勢いる。不安がることはないと思う」
事実、マープルをはじめとしたスリザリンの同級生たちはアストリアの見舞いに医務室を訪れていた。
「……そんなことはありませんわ」
しかし、マープルの名を聞いてアストリアは微かに不満げな顔になった。マープルのことが、アストリアはあまり好きではない。アストリアが同い年の男子、ハロルド·ブルストロードと家同士の付き合いで親しいことに嫉妬して、何かと突っかかってくるからだ。
女子同士の関係というのは複雑だ。男子、その中でも人当たりのいいハロルドと親しい女子というのはやっかみを買いやすい。アストリアはグリーングラス家で、ハロルドとは幼少期からの付き合いがある。復帰した後で嫌な時間が待ち受けていることは確実で、復帰目前になってアストリアの心は弱気に負けそうになっていた。
「それでも復帰して欲しいと彼女が言ってきたのならば、それは君がミス·マープルと信頼関係を構築できていたということではないかな」
「…………」
(そういうことではないのですわ……そもそもマープルとは友人と言えるかどうかすら……)
アストリアはルーピン先生に言い返そうかと思って躊躇った。面倒な人間関係まで相談することは憚られた。アストリアが欲していたのは建設的な意見ではなく、アストリアへの同意だった。
「……私が贅沢を言っていたということなのですね」
(大人に相談したのが間違いだったのですわ……)
アストリアが大人に自分のような子供の気持ちは分からないと諦めかけた頃、ルーピン先生は口を開いた。
「アストリア。君の考えは贅沢ではないよ。休んだ人間が陥る当然の心の動きだ」
「そんなことありませんわ。わたくしは軟弱者です」
「いいや、君は自分で思っているよりも心が強い」
「何がですの?……心?わたくしの?」
困惑するアストリアに対して、ルーピン先生は穏やかな微笑みを崩さずに言った。アストリアはその言葉の意味を尋ね返した。
「人間関係に悩めるというのは、それだけ君がミスマープルや、友人たちに向き合っている証拠だ。休むことで周囲から奇異の視線でみられると考えることも、無理もないことだ」
「ですが、姉様は私がそういう甘えた考えでいると怒りますわ」
「それは君を大切に思っているからだろう。君を大切に思えばこそ、君に強くあって欲しいと思っている」
「……はい。その通りですわ」
アストリアは大きく頷いた。姉であるダフネに対して嫉妬しているし、恐怖も持っている。しかし、尊敬していない訳ではない。
「だがね」
ルーピン先生は、視線を自分の持っている包みに落とした。アストリアもルーピン先生の視線に誘導されて、それに視線を注いだ。
それは、ポンフリー校医からルーピン先生が受け取った薬だった。ルーピン先生が持病を抱えていることは明白で、それに触れないように、アストリアは監督生のジェマやイザベラからきつく言い含められていた。
「病で休みを取るということは、自分自身の命を守るためにも必要なことだ。君は、何も恥じるべきではない」
ルーピン先生の言葉を認めたいという気持ちが自分の中にあることに、アストリアは気がついていた。しかし、それを認めるのがなんとなく釈然とせず、アストリアは拗ねたように目を伏せた。
ルーピン先生にも何かの病があるように、自分にも血の呪いがある。だが、アストリアは堂々と振る舞える自信がない。前のように、呪いへの不安を高慢な態度で取り繕い、純血主義者として高慢に振る舞うということが、今のアストリアにはとても難しいことのように思えたのだ。
そんなことをしても、周囲の生徒の目には滑稽に写るだけだから。
(私、そんなに強くありませんわ……)
「……気休めを言う」
アストリアは視線をあげた。ルーピン先生の穏やかな顔に、影が見えたような気がした。
「周囲の『みんな』は、君のことをからかうかもしれない。だが君の友達は、君が復帰したことを喜ぶだろう。スリザリンの同級生たちを信じることだ、アストリア」
(…マープルは、私のことが好きではありませんの)
アストリアはそう沈黙で返した。ルーピン先生にアストリアの内心は分からなかっただろうが、最後にこうアドバイスをした。
「友達には心を開いてみてもいいと私は思う。君の見舞いに来た子達は、たとえそれが……君にとって重荷に思えるような君への心配であったとしても、君と仲良くなりたいと思っているのだから」
リーマス·ルーピン先生のくたびれた背中に頭を下げて、アストリアはぎゅっとこぶしを握りしめた。
「私に友達なんて……きっといませんわ……」
アストリアの心には、いまだに不安が燻っていた。呪いの倦怠感が、アストリアから自信を剥ぎ取ってしまったかのようだった。
***
その日、ハリーはアストリアから見舞いを断られ、談話室への帰路についていた。ハリーの顔色は優れない。ハリーの手には、受け取りを拒否された見舞いの花があった。ハリーを励ますように、ファルカスがハリーに話しかけていた。
「アストリアのことは心配ないよ。そうだろう?ダフネが見舞いに行ってくれているし、少しずつ体調もよくなってるそうじゃないか」
「そうだね……」
「見舞いを断られるのはまぁ仕方ないと諦めましょう。ダフネとは友人でも、君とアストリアにはなんの接点もありませんし」
「……何より、病気の時に元気に振る舞うのって体力が必要できついじゃないですか。安静にさせてあげましょうよ」
アズラエルはそういう問題ではないことをなんとなくハリーの雰囲気から察していたが、あえてそう言った。血の呪いという病を抱えたアストリアに下手に関わることは、かえってアストリアを傷つけるのではないかと配慮したからだ。
「……ハリー。お前さ、そろそろなにを考えてるのか打ち明けろよ」
ザビニはハリーにそうせっついた。
「何も考えてないよ。…………いい考えがないから困っているんだ」
アストリアの病について知った次の日、ハリーは決闘クラブにも行かずどこかへと行っていた。さらにその次の日から、ハリーは図書館に籠りきりになっていた。ここ最近のハリーが毎日のように決闘クラブに参加したことを考えれば、これはとてつもない異常事態だった。ついにザビニがハリーに問いただしたとき、ハリーはその問いをはぐらかしたように見えた。
「……あのよー、お前がすべきなのは」
ザビニがハリーに対してアドバイスを試みようとしたとき、ハリーに嘲るような声が投げ掛けられた。
「やぁポッター。医務室からのお帰りかな?アストリアはどうだったんだい?」
「……ドラコ。見ての通り、アストリアとは会えなかったよ」
ダフネの妹が倒れたという異常事態は、ドラコとハリーとの間にあった溝を、ほんの少しではあるが埋めていた。ドラコにとっては、それこそ物心ついた頃からの知人の妹なのだ。心配に思うのは無理もないだろう。
「俺たちとは話したくねーんだとよ。そういうお前は、後輩の見舞いとかするような奴だったか?見直したぜ」
「ちょっとザビニ。今は喧嘩なんてしてる時じゃないでしょう」
ザビニが煽るような言葉を口に出すと、アズラエルがザビニを止める。クラブとゴイルは失礼だという顔をした。ドラコはそんなザビニを鼻で笑った。
「ふん。純血には純血主義を同士の交流というものがある。君たちに分かってもらおうとも思わないね」
「……君にはアストリアと面会できる権利があるって言いたいのか、ドラコ」
ハリーは多少の苛立ちを感じながら言った。ハリーがそう言わなければ、ファルカスが言っていただろう。
険悪な雰囲気など意に介さず、ドラコは高慢な態度でハリーたちに告げる。ドラコの後ろに控えているクラブとゴイルはひたすら気まずそうにハリーたちから視線をそらしていた。
「ああ、そうだね。僕は純血だ。純血の一族の面倒を見る義務はこの僕にある。君たちがでしゃばる必要はないんだよ。余計なお世話というものだ」
「そう言われることは慣れてるよ」
ハリーはドラコの皮肉を聞き流した。
「さぁ、分かったならそこを退くんだポッター。君に出来ることは何もない。邪魔だぞ」
(……!)
ハリーは自分への苛立ちのままに声をあらげようとして、それを抑えた。本当にドラコの言う通りだったからだ。
そもそもの話、当人のアストリアに拒否されている以上はハリーの出る幕はない。ハリーが純血主義ではないということで、アストリアからは嫌われているのだから。
「……だったら、ダフネの妹を元気付けてやってくれ」
「!?」
「ハリー!?」
ハリーにできたことは、その場でドラコに道を譲ることだけだった。このときハリーは、はじめてドラコに頭を下げた。頭を下げていたハリーからは、ドラコが目を見開いて驚いていたことは分からなかった。
「……当たり前だろう?ポッターに言われるまでもない。……行くぞ、クラブ、ゴイル。廊下でうろうろしていたら管理人が煩いからな」
ドラコを見送ったハリーは、自分自身に対する苛立ちを抱えたまま肩を落とした。談話室に戻ったあと、重苦しい雰囲気の中でファルカスが口を開いた。
「……あれでよかったんだと思うよ、僕は」
「どうしてそう言えるんだい?自分は何もしていないのに??」
ハリーは少し刺々しく言った。
「純血主義の子のことは、純血主義の人間にしか分からないよ」
「そういう問題じゃない。友達の妹が倒れたのに、何も支援せずのうのうとしてることの何がよかったんだ」
ハリーは自分への苛立ちを交えて言った。ハリーは全くの役立たずで、友達が困っているときになんの役にも立てない自分を呪っていた。
「今はドラコを信じましょう、ハリー。君だってそう思ったからドラコに託したんでしょう」
アズラエルが宥めるようにそう言った。ザビニは、ハリーがアストリアに入れ込みすぎていることを怪訝に思ってこう言った。
「そもそもお前さ、ダフネの妹が倒れてから何やってたんだよ。部屋に籠りきりでよ」
「……タイムターナーを使って、アストリアが倒れないようにしようとした」
「!?ちょっと待って下さいハリー!それは機密ですって!」
ハリーの言葉に、アズラエルは青ざめて言った。
「暗黙の了承で皆気がついてるだろ?僕がタイムターナーを借りてることは。それに、皆が他の誰かに口外するなんてことはあり得ない」
ハリーがそう断言すると、アズラエルは口をつぐんだ。
「……だけど、止めようがなかった。僕はダフネの妹が薬品を飲んだことを確認して、安心してここに戻ったけど、アストリアは変わらずに倒れていた。アストリアが飲んだのは複数ある薬品の中の数種類だけだったみたいだ」
「…………全部飲み忘れた、よりはマシだ。そうだよね?」
「僕は全部飲み忘れたらどうなるのかまでは知らないけど、そうなんだろうね」
ハリーは投げやりになってそう言った。
「……それで、図書館で血の呪いに関する書物を漁っていたんですね」
「どうして君がそれを知ってるんだ、アズラエル。決闘クラブにいた筈だろう」
「さぁ、どうしてでしょうね」
「君の友達がいたのかい?」
ハリーの疑問に対してアズラエルは微笑んではぐらかした。たまたまアズラエルと交遊関係のあるスリザリン生が図書室にいたからだが、そのスリザリン生が誰なのかをハリーに明かす気はないようだった。
「血の呪いに関して、何か有効な対処法方はあったの?」
「そんな都合のいいもんがあったら呪いとして残ってねーよ」
ファルカスはハリーがアズラエルを問い詰める前に話題を逸らそうとした。そこに、ザビニのもっともらしい指摘が入る。
「……それはそうだよね……」
「いや、ある。……『あった』んだ」
「マジか!?」
「どんな方法なんです!?」
ファルカスが納得しかけたとき、ハリーは真実を告げた。そのハリーの言葉にザビニは驚愕し、アズラエルの顔が輝く。
「『血の呪い』による痛みや倦怠感を打ち消す都合のいい薬は、昔はあった。何だと思う?」
ハリーは苛立ったまま言った。真っ先にアズラエルが答えた。
「……?不死鳥の涙とか、仙薬の水銀とかですか?」
不死鳥の涙は、バジリスクの毒にすら効果のある代物だ。仙薬の水銀とは、かつて中国のマグルの皇帝が求めた長寿を約束する秘宝である。どちらも貴重だが、大抵の病に対して効果が期待できそうな上、後者に関しては英国では手に入らないものだから、アズラエルの推測も間違いではなかった。だが、ハリーの心当たりはそれではなかった。
「不死鳥の涙に効果があるなら、アルバス·ダンブルドアが試している。あの人は……善人らしいからね」
ハリーはそう皮肉って言った。しかしハリーの顔には笑みはない。ただフロバーワームを噛み潰したような、苦渋の表情がそこにあった。
「……図書館で血の呪いの患者に対して施されていた治療法方は、それじゃなかった。賢者の石で精製できる、命の水だ」
「……それは……」
アズラエルが絶句する。
賢者の石は、もうこの世には存在しない。何故ならば
「……もうこの世にはない。……命の水も」
二年前、クィレル教授に取り憑いたヴォルデモートが、賢者の石がホグワーツに存在するということを確認してしまった。それを知ったダンブルドアが、石を破壊してしまったのだ。
「……あの時、僕があの場にいなければ、ヴォルデモートが石を見つけることはなかった。あれさえなければ今頃」
「その名前を呼ぶなっ!!」
ハリーが思わず例のあの人の名を口にしたことで、ザビニが怒った。ハリーはザビニに謝った。
「……ごめん」
ハリー自身、それが無駄な考えであることは分かっていた。だからこそ、せめてもの償いにアストリアの見舞いに行きたかったがそれも叶わない。
ハリーの心は鬱屈していた。そんなハリーを諭すように、アズラエルが口を開く。
「ハリーにしては後ろ向きな考えですね。だからといってあの時君がいなければ、例の鏡ごと盗まれていたでしょう。あの人がグリーングラス家を都合よく支援してくれたわけもない。石が破壊されていなければ、今もあの人の介入でホグワーツが荒れていたかもしれない。あの場に君がいるべきだったし、石は壊されておくべきだった。そうでしょう?」
アズラエルは理路整然と語り、ファルカスもうんうんと頷いた。ハリーは深いため息をついて、アスクレピオスにマウスを与えた。ハリー自身は、アズラエルの言葉には同意できなかった。
石を壊すべきではなかった。石そのものは、持っておくべきだったのだとハリーは思っていた。ハリーの中で、ダンブルドアへの逆恨みのような感情が膨れ上がっていた。
「ハリー。お前まだ何か隠してるだろ。それだけのことを調べるためだけに数日もかけるわけねえしな」
「……何もないよ、ザビニ」
ハリーの脳内にはある考えがあった。
賢者の石が存在しないのであれば、今、作ることは出来ないのだろうか。
ダンブルドアにその作成を依頼することは出来ないのだろうか、と。
しかし、ダンブルドアに対して頼むという行為そのものがハリーには耐えられなかった。だから、ハリーは賢者の石についての論文を探し、自分でその作り方を学ぼうとしていたのだ。
賢者の石に関する論文は閲覧禁止棚にある。ルーピン先生の厚意によって閲覧を許可され手に取ったその論文の内容は、今のハリーでは到底理解できなかった。それも当然のことだった。今のハリーは、錬金術の初歩すら学んでいないのだから。
ホグワーツで錬金術を学ぶためには、変身魔法のOWLでOを取ることは必須で、更に12科目全てで優秀な成績を修める必要がある。錬金術という科目を選択する生徒はここ十年はおらず、あのパーシー·ウィーズリーですら受講していないのだ。それはひとえに錬金術という学問が、現代の魔法使いたちにとっては高度で、割に合わない学問であるからに他ならない。
ハリーが錬金術を学ぶためには、更に深く勉強した上でOWLを優秀な成績で突破する必要があった。そのために、ハリーは学問により一層打ち込まなければならないと思っていた。
そしてその考えは、あまりにも遠大で悠長に過ぎた。
時間をかけて勉強に励み、錬金術を習得し、更に賢者の石を作れるようになるまでにどれ程の時間がかかることか。もしかしたら、一生かかるかもしれないほどの難事だ。何故ならば錬金術師のなかで賢者の石を作ったのは、ニコラス・フラメルとアルバス·ダンブルドアだけ。その間にも、アストリア·グリーングラスというダフネの妹は、病に苦しむことになるのだ。
ハリーは元々、ダンブルドアを超えたいと思っていた。賢者の石だって、その存在を知って作れるようになりたいとは考えていた。しかし、目の前で苦しんでいる人間がいるという事実が、ハリーを焦らせていた。
そんなハリーの苦悩を察したわけではないだろうが、腕を組んでいたザビニは、重々しくハリーに言った。
「……それなら言わなくていい。話したいときに話せよ。けどよ、最近のお前はズレてるぞ」
「具体的にどこが?」
ザビニが続けた言葉は、全くもって正論だった。
「友達だってんならまずはお前はダフネの方を気遣えよ。あいつは妹が倒れてからみるみるうちにやつれてるじゃねえか。……妹を気にかけるのはマルフォイの奴にも出来る。癪だけどよ。ダフネを気にかけて、ダフネを励ませるのはお前だけだろ?」
「……………!」
「俺らはダフネとはクラスメートでも、そこまで親しく会話してるわけでもねーかんな」
ハリーが今すべきことは、遠大な将来に向けての勉強ではなかった。今苦しんでいる一人の友人をまずは支えろとザビニは言った。
「……何つってな」
ザビニは少し照れたようにそっぽを向いた。アズラエルはニコニコとザビニに微笑んだ。
「ザビニも成長しましたねえ」
「ああ。…………?……いやちょっと待てよ!今まで俺がやらかしたことはなかったろ!何様だアズラエル!?」
ぎゃあぎゃあとやかましく口喧嘩を繰り広げるアズラエルとザビニを眺めながら、ハリーとファルカスは顔を見合わせた。
とにかく、気持ちが落ち込んでいるとき、誰かがいるということは大切なのだ。たとえ何が出来るという訳ではなくても。それを教えられたハリーは、己の不明を恥じてザビニたちに小さく礼を言った。
「……そうだね。……本当に、その通りだ。
……ありがとう」
***
アストリアは、病に犯された蒼白な顔に、ほんの少しだけの生気を蘇らせていた。頬が少しだけ赤らみ、自分の容姿が整えられていないことを悔やんだ。そして心拍数の増加に伴って、心臓に鈍い痛みがぶり返した。
「ご足労下さりありがとうございます、マルフォ」
「挨拶はいい。難儀だったようだね、アストリア」
「……そ、そんなことはありませんわ。お越しくださりありがとうございます、マルフォイ先輩、クラブ先輩、ゴイル先輩」
アストリアは慌てて眼前の男子の言葉を否定した。アストリアの目の前には、スリザリンの女子たちの憧れの的が座っていた。アストリアの眼中には、その後ろに控えるトロルのような二人の男子はいない。
少し痩せたプラチナブロンドの三年生は、アストリアにとっては憧れの先輩だった。同年代の友人であるハロルドもクラスに一人はいる人気者だが、ドラコの人気は桁が違う。
何せドラコは、あのハリー·ポッターを下してシーカーの座を勝ち取ったスリザリンのヒーローだった。裕福な純血の家の時期当主として生まれ、本人も純血主義であり、スリザリンにとって余計な思想に浸かっているわけでもない。まさしくスリザリンらしい理想の先輩だというのが、アストリアや純血主義の女子たちの意見だった。
(う……嬉しい……けれど落ち着かなければいけませんわ……!舞い上がってしまってはいけません。わたくしを……いえ、グリーングラス家を心配して来てくれたかたですもの)
アストリアは、ドラコが純血主義の家の一員として、グリーングラス家の一員のアストリアを見舞いに来てくれたのだと思った。ならば礼を欠くわけにはいかないと、アストリアはなけなしの体力を振り絞って笑顔を浮かべた。
その笑みは、アストリアがこれまで浮かべた中でも最上級のものだった。上品な花のように淑やかに見えるよう、穏やかに微笑むアストリアを見て、ドラコは満足そうに足を組んだ。
「調子はどうなんだい?ここは君をきちんと扱っているのかい?粗末な扱いをしていないだろうね。もしそうであれば僕に言うといい。父上に相談して、別の優れたヒーラーを派遣してくれる」
「リハビリは順調ですわ。ポンフリー校医によれば、あと数日もあれば退院できますの」
「それは朗報だ。君の姉も喜ぶだろうね。だが、少しでも不安を覚えたら相談するといい。ホグワーツの教員たちは信用ならないからね」
ドラコはアストリアに対して微笑んだ。ドラコの性格が悪くとも、相手が自分を尊重する態度を見せれば優しく接することはある。それが交流のある同級生の妹ならば尚更だ。
一方、アストリアはドラコの冗談に嬉しさを覚えつつも、冷や汗をかいていた。権力を持つドラコならば本当にポンフリー校医をクビにしかねないと思ったからだ。
実際には、ドラコの父のルシウスは前学期にホグワーツの理事を降ろされている。したがって、アストリアの懸念は的外れだった。ダンブルドアは、ルシウスが秘密の部屋の首謀者だと認識することは出来なかったものの、秘密の部屋事件の際にルシウスが他の理事に工作し、ダンブルドアを校長の地位から降ろそうとしたことには気付いた。そんなダンブルドアが反撃を試みないわけもなく、ルシウスはかつてのデスイーターという経歴と、教育者としてあるまじき普段の数々の差別的言動、大衆が見守る書店で生徒の保護者と乱闘騒ぎを起こしたことなどを理由に理事を解任されていたのである。
「あのう、信用ならないというのは?森番のことでしょうか?」
「……ふん。あの森番も問題だが、それ以下の人材もホグワーツには多い。去年のロックハートや一昨年のクィレルがいい例だ。しかし。最たるものは校長のダンブルドアだね。父上はいつもそう仰っているよ」
「まぁ……!」
アストリアは、何て勇敢なのだろうという思いでドラコを見た。後ろのクラブが少しだけあきれた視線をドラコとアストリアに向けていることには気付かない。クラブの隣のゴイルは、気を付けの姿勢で立ったまますやすやと寝息を立てていた。
アストリアにとって楽しく、そして奇妙な時間が続いた。ドラコはアストリアに、アストリアがダフネを通して断片的に知っていた去年と一昨年のホグワーツの出来事を語って聞かせてくれた。ドラコはあのポッターと共に森に入り、怪物に遭遇したり、あのポッターに協力して秘密の部屋事件を解決したことを自慢げに語っていた。
アストリアは、ドラコがポッターのことを自慢げに語ったことに衝撃を受けた。アストリアは恐る恐る尋ねた。
「けれどマルフォイ先輩は、そのポッターを倒してシーカーになったのでしょう?素晴らしいご活躍ですわ!」
「……ああ。当然のことだとも」
ドラコはそのアストリアの言葉に、少しトーンダウンした。
(ど、どうしてですの……?いいえ。余計なことを言うべきではありませんでしたわ。……何か話題を変えなくてはいけませんわ)
アストリアには分からなかった。ドラコは随分と、純血主義の裏切り者であるハリーと親しいように見えたからだ。
ドラコとの会話で動揺するアストリアは、己の悩みであるクラスに馴染めるかどうかという相談をすることにした。アストリアにとって理想の先輩であるドラコならば、アストリアの望む答えをくれると思ったからだ。
「マルフォイ先輩。わたくしは復帰しても、クラスに馴染めるでしょうか……とても不安ですわ……」
アストリアは少し目尻を下げて見上げるようにドラコに問いかける。ドラコの返答はあまりにもぶっ飛んでいた。
「何を気にする必要がある?授業に出席すればいい。あれこれと揶揄してくるような輩は蹴飛ばしてやればいい。何なら、君の学友にそれをさせてみろ」
あまりにもあんまりな言い種に、アストリアはまじまじとドラコを見た。色白の肌とプラチナブロンドのスリザリンのシーカーは、高慢な笑みを浮かべてアストリアに微笑みかけている。ドラコの(アストリアにとって)美しい瞳が、アストリアの瞳を覗き込む
(め、目が合った……!)
アストリアは、ドラコの次の言葉に、全身を襲う倦怠感や痛みを忘れるほどにドラコに夢中になった。
それは。純血主義のアストリアにとって理想的な激励だった。
「きみは一体、何を恐れているんだい?君は由緒ある家の末裔だ。口さがない混血たちにあれこれと言われたとして、それを踏みつけてそれが君の価値を下げるとでもいうのかい?」
下げる。
それはもう確実に、アストリアの評判は下がる。
常識的に考えてそんなことをすれば、三寮生からのアストリアの評価は地に落ちるだろう。スリザリン内部ですら、アストリアへの同情心は吹き飛ぶ。スリザリンにも品性は必要だし、純血主義であっても排他主義ではない生徒も少なからず存在するからだ。
……しかし、アストリアにとってドラコの言葉は励みになった。それは天啓に思えた。元々高飛車な上に堂々と純血主義者であることを公言していたアストリアは、他所の寮生たちからは嫌われていたからだ。実際にそんな風に振る舞うわけではない。そんなことはアストリアには出来ない。
しかし、自分に出来ないことをやってくれそうなドラコの言動に、アストリアは魅了されていた。
もしもポンフリー校医がこの場にいれば、ドラコも言葉を選んだだろう。しかし、ポンフリー校医の配慮によって、この場にはアストリアとドラコしかいなかった。それが仇となった。
「わかりましたわ!!ありがとうございます!」
アストリアの頬には、生気が戻っていた。この時点でドラコの目的は達成されていた。
アストリアは、もっとドラコと会話がしたかった。しかし、ドラコはアストリアに生気が戻ったことを確認すると、満足そうに席を立とうとした。
「……あの。お待ちくださいな」
「うん?……何だい?」
ドラコに少しだけ面倒くさそうな雰囲気が漂ったことにアストリアは緊張しながらも、ドラコに気になっていたことを聞くことにした。今を逃せば、次はいつドラコと会話できるか分からないのだから。
「……その、もうひとつ、聞いても構いませんか?」
「友人から……噂を聞きましたの。お姉さまと……ポッターが……付き合っていると」
「……ふん。誰が流したのかは知らないが。随分と暇な人間もいたものだね?」
「全くもってその通りですわ!それで、マルフォイ先輩から見てお姉さまは大丈夫ですの……?ポッターはお姉さまに、何か良からぬことを吹き込むのでは?穢れた血と交流する、とか」
アストリアの差別用語をドラコは咎めなかった。それこそが、スリザリンの腐敗と純血主義の限界を象徴していた。
「…………ポッターは、裏のない奴だ」
ドラコの表情に、なんとも言えない雰囲気が出ていた。歯と歯の間に何かが刺さったような物言いだ。
「ポッターは途轍もない愚か者だ。自分がどこにいるのかも無視して、自分勝手なことばかりをする。とんでもない奴だよ」
「では!…………っ」
アストリアは興奮して、少し胸に痛みを感じ顔を伏せた。痛みに苦しむ顔をドラコに見せたくなかったからだ。
ドラコはこの時アストリアの表情の変化に気がつかなかったが、クラブは確認していた。クラブはそっとその場を離れ、ポンフリー校医を呼びに行った。
「……だが、友人をどうこうするようなことだけはないと断言できる」
「……そんなわけはありませんわ。だってポッターは『穢れた血』と付き合っているんですもの!」
「あいつは平等主義者でね。魔法族であれば、僕たちとそれ以外とに差はない……いや、友達であるのならば、そこに差を設けない。あいつの基準は友人か、それ以外かだ」
ドラコは自分の中でハリーのこれまでの行動を観察して得た結論はそれだった。
ハリーは純血主義者でもなければ、差別主義者でもない。
ただただ自分にとって『いい人』か、そうではないか。それがハリーの判断基準なのだとドラコは語った。
「君の姉はポッターと良好な関係を構築している。あいつにとっての友人だ。ならばポッターが君の姉を害することはない」
(……むしろ、ダフネの方がポッターには……)
続く言葉をドラコは飲み込んだ。
「……マルフォイ先輩がそう言われるのであればわたくし、マルフォイ先輩を信じてみますわ」
「そうするといい。姉のことは、この僕が必ず支援すると約束する。きみは自分のことだけ考えているといい」
アストリアの心臓は、ハリーへの怒りで激しく高鳴った。まだ完全に治りきっていない体で、あまりにも感情が昂りすぎた。高揚した感情に呼応するようにまだまだ治りきらない体が躍動し、脳がブレーキをかける。アストリアは胸に激しい痛みを抱えたものの、それを表情に出すまいとした。
苦しみの代わりに、アストリアはありったけの笑顔を浮かべて、ドラコにお礼を言った。ドラコにとって理想的な、純血主義の後輩だと思ってもらうために。
「本日はありがとうございました、マルフォイ先輩。わたくし、先輩とお話ができてとても楽しかったですわ」
満面の笑みでドラコたちを見送ったあと、アストリアはベッドへと倒れこんだ。アストリアの中に授業への恐れは消しとんでいたものの、ポンフリー校医の判断によって、アストリアは退院するまでにさらに2日間のリハビリをすることになった。
作者的にはハリーが責任を感じる必要は無いしダンブルドアが責められる謂れもないと思います。
グリーングラス家は純血主義の家としてリベラル筆頭と目されているダンブルドアに命の水を下さいと頼むことはしなかったからです。ダンブルドアは冷酷でも残酷でもありませんし、望まぬものに手を差しのべて余計な混乱を招くほど愚かではありません。