蛇寮の獅子   作:捨独楽

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光明

 

 

 ブルーム·アズラエルは、ハリーのタイムターナー私的利用についてダンブルドアに報告すべきかどうか迷った。

 

 ハリーの言動によれば、結局ハリーはアストリアを助けられなかった、らしい。タイムターナーによる過去への介入と、それによる過去の改編は、タイムターナーを使うことすら本来の歴史として組み込まれているというわけではない。改編前の世界を認識できる人間はタイムターナーを使ったハリーただ一人であり、改編によってアストリアに重大な影響を与えた可能性も否定できない。ハリーは途轍もなく危ない橋を渡ったのである。

 

(身内のために手段を選ばずに頑張るのことはスリザリンらしいことです。ハリーらしい良いところで、美点ではある。あるんですけど……)

 

 

 

 アズラエルの理性は、タイムターナーの無断使用をダンブルドアに報告すべきだ、と告げていた。スネイプ教授には告げる気はない。ダンブルドアならば、ハリーにとって悪くない形で取り計らってくれるはずだ、と期待して。

 

 

 ザビニやファルカスは、ハリーがタイムターナーを使ったことを問題視してはいない。人助けのために使うのならば別にいいだろうというのがザビニの主張で、ファルカスはスリザリンの後輩のためにやったことなのだからと甘い目で見ていた。

 

 しかしアズラエルは違う。タイムターナーをハリーが持っているのは、12科目という無茶苦茶なカリキュラムを成立させるためのもので、それ以外の目的で使うためではないはずだと推測できた。ハリーのためにも、どこかでブレーキをかけなければならないとアズラエルの理性が告げていた。

 

(……すみませんね、ハリー。だけど、ちょっと僕たちの手には余ると思うんです……)

 

 友を裏切ることに対する罪悪感がアズラエルを襲う。

 

 

 ハリーは、アルバス·ダンブルドア校長のことを何故か嫌っている。それはアズラエルも知っていた。確かに、ダンブルドア校長が学校を私的利用したことで賢者の石騒動が起き、秘密の部屋に気がつかなかったせいでハリーたちがバジリスクと戦うことになった。無関係の他人ならともかく、アズラエルから見て事件の最中さんざん不利益を被った当事者のハリーにはダンブルドアを嫌う筋合いはあると言える。

 

 しかし、アズラエルは客観視できる人間だった。はたしてダンブルドア以外の校長だったとき、ハリーはホグワーツに居続けられただろうかと。

 

 ハリーは闇の魔術に手を染めている生徒なのだ。はっきり言って、退学になっていないのがおかしい位にはハリーは奔放に行動している。アズラエル自身、秘密の部屋事件の時はハリーを支持したのでハリーに悪感情はないが、闇の魔法使いというものがどれだけ世間から嫌悪されるかは理解している。もしもダンブルドアが『見て見ぬふり』をして闇の魔術について黙認してくれていなければ、ハリーは魔法省に一連の事件の犯人として逮捕され、退学になっていたかもしれない。ルビウス·ハグリッドがそうなったようにだ。

 

 アズラエルは、自分がダンブルドアに報告したことを知ったとき、ハリーから嫌われるのではないかという思いに苛まれていた。ハリーとは友情を感じていたからだ。今回のハリーの法律違反である、『友達の妹のためにタイムターナーを利用すること』は、闇の魔術に手を染めたり怪しい先輩についていくことよりはよほど健全で、いい意味で身内を大切にするスリザリン生らしい行為ではある。ハリーの法律違反も、うまく行けば誰にも知られることなく、アストリアは元気に学校生活を送れていただろうから。

 

 

 寮生活で同じ部屋の友人と対立するということは、はっきり言ってストレスしかない。アズラエルは何も聞かなかったことにしてしまおうかと何度も迷った末に、ハリーからタイムターナーの無断使用を打ち明けられた三日後に、ダンブルドアへと手紙を出した。

 

***

 

 アストリア·グリーングラスは医務室への入院生活を終え、再びスリザリンの談話室に舞い戻った。ハリーから見てアストリアは入院前と変わらないほどに回復しているように見えたが、姉のダフネ·グリーングラスはそうは思わないようだった。ハリーはダフネがアストリアの食事の時も、それこそアフタヌーンティーの時ですらつきっきりになっている光景を目にした。それに対して口を挟む人間は暗黙の了承でスリザリンにはいなかったものの、アストリアは目に見えて萎縮しきっていた。

 

(ううん……)

 

 ハリーはアストリアの一件でダフネにあれこれと口を挟むべきではないと分かっていた。アストリアが入院している間、ハリーはダフネを気遣ってあれこれと話しかけたり、いい加減になっているダフネの宿題を見たりもしたが、ハリーが思っているよりもずっとダフネは頑固で、頑ななところがあった。

 

「差し出がましいようだけど。アストリアの居心地が悪そうだよ、ダフネ」

 

 ハリーがようやくダフネにそう言ったのは、アストリアが退院してから一週間も過ぎた頃だった。一週間も経過すれば、過保護な姉に付き添われてアフタヌーンティーの後で薬を飲むアストリアの姿は風景の一部となっていたが、アストリア恥ずかしそうにしているのは明らかだった。学校でまで姉にベッタリとくっつかれるというのは恥ずかしいなんてものではないだろう。

 

「二度とあんなことを起こしてはいけないもの。あの子は昔からちょっと抜けているの。私がついていなくちゃいけないわ」

 

 と、ダフネはハリーに言った。ダフネの手には魔法薬の書物が握られていた。元々ダフネは魔法薬が得意ではなかったが、アストリアの入院以来、魔法薬についてハリーに尋ねてくることが多くなっていた。

 

「……わかった。それなら、図書館で一緒に魔法薬の課題をやらないか。僕はいい薬を思い付いたんだけど、君のアドバイスも聞きたい」

 

 ハリーはダフネの妹思いな姿勢に敬意を持つことにした。アストリアには悪いが、命には代えられない。ダフネ本人がいいと言うまでは、ダフネを支えることが自分に必要な役目だとハリーは思った。

 

(……きょうだいっていうのはこういうものなのかな。大切に思ってるからこそ厳しくなるけれど、行動の底には相手への気遣いがある)

 

 弟として兄たちの『教育』を受けてきたロンに聞けば、そんないいものじゃない、過保護すぎるという答えが返ってきただろうことをハリーは思った。ハリーにとって兄と言うべき存在はダドリーで、ダドリーはハリーをただ殴り、痛め付けて虐げるだけの存在だった。しかし一般的な同姓のきょうだいは、ロンとパーシーのように普段仲が悪くてもいざというときには兄弟のために何かをしようとするものなのだ。

 

 ハリーとダドリーとの関係は、客観的に見ても健全な関係ではなかったな、とハリーは結論付けていた。ホグワーツで、普通のきょうだいというものを目にしたハリーは、ますますダーズリー家への嫌悪感を強くしていた。

 

(……マグルと魔法使いだからとか、僕が他所の子だったとか色々と理由はあると思うけどやっぱりダーズリー家はおかしかったよな……)

 

 ハリーはそんな内心を振り払って、ハリーはダフネと共にスネイプ教授の課題である『特製点眼薬』のレポートを書き上げた。ダフネは一時的に瞳の色を変える魔法の目薬について熱心に書き上げたのに対して、ハリーは夜目がきくようになる薬について書き上げた。

 

「つまらないわね」

 

 と、ダフネはハリーのレポートを酷評した。ハリーのレポートは新規性はなく無難な仕上がりだった。

 

「そうかな?実用的でいいと思うんだけどな。……そりゃ、長時間使いすぎると眠れなくなる副作用はあるけれど、ルーモスを使わないから他人に気付かれる可能性もなくなる」

 

 光一つない夜の暗闇でも昼間と変わらないように周囲を見渡すことができる魔法薬は便利だとハリーは主張した。

 

「夜に出歩く必要があるというの?おかしなことを言うわね。それより、瞳の色を藍色に変えられる薬の方がよっぽど素晴らしいわ。私、使用者のイメージに応じて色彩を変えられるよう調整してみたの」

 

「確かに、面白そうな薬だね。スネイプ教授はそっちを高く評価するかもしれない。ただ、視力低下のリスクとかが心配だね」

 

 ハリーはダフネのレポートに記載されていた調合リストを見て言った。成功するかどうかは別として、試してみたら面白そうなのは真新しさのないハリーのレポートより、ダフネのレポートに違いない。

 

 ダフネは気分しだいで自由自在に容姿を変えられることに魔法族の素晴らしさがあるのだと熱弁した。

 

「質のよい薬品には視力低下のリスクもないわ。スネイプ教授が仰っているリスクは、調合に使用する素材を正規の店以外で流れている粗悪品を使ってしまったり、資格を持たない闇の魔法薬師が作ったクスリを使ったことによるものよ。きちんと実験を重ねていけば問題ないはずよ」

 

 実際のところ、ダフネのレポートの理論そのものは面白味があった。特定の色に瞳の色を変化させる既存の目薬と、あらゆる人間の姿に変化するポリジュース薬の理論とを組み合わせることで、特定部位の容姿を自在に変化させるというものだ。それを実現するために用意する素材の手間、実際の調合によって目的の魔法薬を生み出す難易度はダフネが想像している数十倍は大変なのだが。

 

 

「そもそも魔法薬を正規店以外で買うなって話だけどね……」

 

 ハリーはノクターン横丁の違法薬品を思い浮かべた。あそこまで危険なものではなくても、資格を持たない人間が調合した薬品を使うというのは正気の沙汰ではないだろう。

 

(っていうか逆に、粗悪品のリスクを分かっていてもそれを使わざるを得ないほど困窮している人がいるということでもあるのかな……)

 

 シリウスたち大人がノクターン横丁の店を取り締まらず野放しにしているのも、困窮している人がいてそこに需要があるためか。

 

「ダフネはどうして違法取引が横行するんだと思う?……僕はシリウスから、ノクターン横丁ってところの噂を聞いたんだ。違法なアイテムや麻薬が流通してるって……」

 

(……あ)

 

 ハリーはダフネの雰囲気が微かに変わるのを見て、しまったと思った。夏休みに、ダフネはノクターン横丁を訪れている。

 

 ダフネは澄ました顔でレポートを書くふりをしているのがわかった。ハリーはつとめてポーカーフェイスを装った。ノクターン横丁にダフネやその父親が居たことを思い出させてしまったのはハリーのミスだったが、ダフネはあの場にハリーとザビニが居たことを知らないのだ。

 

「そ、そう。……私にも難しいことは分からないわ」

 

「だよねぇ」

 

 ぎこちないダフネに対して、ハリーは普段通りに言った。

 

「けれど……その方が管理しやすいのではないかしら。店側も役人側も」

 

 ダフネは伊達に生まれた頃から英国魔法界に育っていない。ノクターン横丁の歴史を絡めて、ダフネはその方がメリットが多いと言った。

 

「どうしても薬品を入手したい人間にしてみれば、取引の場所がころころと変わるのは都合が悪いのよ、きっと。いかがわしい薬でも法の許可が降りていないだけの薬品でも、それを探す手間だけで労力になるでしょう?」

 

「だからノクターン横丁で取引する?」

 

「私はそういう下賎な人間なんて興味はないけれどね。あそこは元々、ダイアゴンやホグズミードのような一等地から外れた掃き溜めよ。『そこにいけば何でもある、ただし品質は保証しない』というのが、あそこの最大のメリットなのよ、きっとね」

 

「シリウスはノクターン横丁ごと潰したいだろうね。そういう場所があるから仕事が減らない」

 

 ハリーは安易にさっさと一掃してしまえばいいのではないかと思い、冗談交じりにそう言った。

 

「けれど、そこを潰しても違法取引の需要はなくならないわ。かえって統制が取れなくなる」

 

 ダフネは思ったよりもハリーに対して胸襟を開いていたようで、きっぱりとそう断言した。

 

「統制か。ノクターン横丁を残す方がメリットが大きいってこと?」

 

「あくまでも仮説だけれど。『ノクターン横丁』という場所を見張れば違法な取り引きがあると分かっているのなら、そこを残す方が楽よ。潰せば短期的には大規模な取引はなくなるでしょうけど、別の場所で新しいノクターン横丁が生まれることになる。それが分かっているから、ノクターン横丁そのものを一掃しようという動きがないのよ。……ない、のよね?」

 

 ダフネは最後に、少しだけ不安そうにハリーに尋ねた。事情を知っているハリーから見ると、父親の違法取引の件が発覚するのを恐れているのは明白だった。

 

 或いは、ハリーが偶然目撃した取引以外にもダフネの父親はなにか後ろ暗い取引をしていたのかもしれない。しかし、ハリーはそう邪推しそうになる自分を戒めた。

 

「さぁ、僕にはそこまでは。シリウスも局内で出世してるって訳でもないし。ただ、最近のシリウスは暇みたいだよ、シリウスは。去年よりも手紙の回数が増えているし」

 

「そう。それは良いことね。……いえ、ブラックさんにとっては悪いことかしら?」

 

「良いことだと思うよ。僕もシリウスには無茶をしてほしくないし」

 

「……そうね」

 

 ダフネがほっと胸を撫で下ろすのを見て、ハリーはダフネへの埋め合わせをしたいと思った。ダフネの事情は把握していたのに、意図せず地雷を踏んでしまったのはハリーのミスだった。

 

「……今度、ホグズミードのドラッグストアとか化粧品店でも見て回ろうか。合法で良い薬もあるだろうし。ここのところ根を詰めすぎているし、息抜きくらいはいいだろう?」

 

「……そうね。アストリアへの退院祝いを買っても良いかもしれないわね。それにルーピン先生への見舞い薬も。ルーピン先生、ここのところ体調が思わしくないみたいだし…」

 

 ダフネはそう快諾した。ハリーはルーピン先生の『病気』について察しがついていたので、ダフネが無駄な薬を購入しないよう彼女を誘導しなければならなかった。

 

 そして週末に化粧品店やドラッグストアを訪れることになったハリーは、若干それを後悔した。ハリーはダフネの趣味にあわせ、ダフネの勧めで購入した目薬で瞳の色を翡翠色から碧へと変化させていたが、その目薬は一時的な瞳の色の変化だけではなく一時的な視力強化というハリーにとって嬉しくない恩恵もあった。

 

 ついにハリーのアイデンティティである眼鏡すら外させるという暴挙に出たダフネは笑い、眼鏡を外さなければならなくなったハリーはひたすら困った。ハリーは目の前の女子が狡猾なスリザリン生だという事実を改めて認識しなければならなかった。

 

***

 

 アントニン・ドロホフとフィーナは、ただひたすらに無為な時間を過ごしていた。密漁者を扇動した古代魔法奪取計画も、ハリー・ポッター暗殺計画もまったく進まなかったためだ。

 

 密漁者たちは、フィーナの伝手でその存在を把握した。衰えたドロホフから見ても有象無象のチンピラの集まりで、そんなものでホグワーツの守りを突破できるならば苦労はしない。最初から失敗する前提で、防衛の内容を把握するために送り込んだのだ。

 

 が、密漁者たちは全滅。フィーナとドロホフが思っていた以上に、密漁者たちは杜撰だった。あるいは、ホグワーツの防衛能力を甘く見ていた、というべきだろうか。

 

 古代魔法の奪取が潰えた時点で、ドロホフは撤退を考えた。闇の帝王への合流を優先すべきだとフィーナに言った。しかし、フィーナは強硬にハリー・ポッターの暗殺を主張した。

 

『ポッターを殺害し、その死体をホグズミードに晒せば、闇の帝王も私たちを信頼し重用していただけるはずです』

 

 ドロホフからすれば、フィーナのその考えは甘い見通しだった。帝王復活の助けとなるかもしれない古代魔法とは異なり、ポッターを殺害することは帝王の利益に直結しないからだ。しかし、ドロホフは相談の末、最終的にはフィーナにこう言った。

 

『やってみろ。なんなら俺を上手く使ってみるか?』

 

と。

 

 闇の帝王への忠誠こそ、ドロホフにとっての最優先事項である。しかし、ドロホフは前回の戦争の終盤に、仲間同士で意見を違え、それが原因で捕縛されてしまった。帝王の捜索を主張したドロホフと復讐戦を主張したベラトリクスとで対立し、協力できなかったからである。

 

 その経験が、ドロホフを慎重で寛大にさせていた。フィーナという若い闇の魔法使いはドロホフにとって恩義のある相手でもある。受けた恩義の分だけは、フィーナに尽くすのもやぶさかではなかった。

 

 しかし、週末にホグズミードに居る筈のハリー・ポッターは見つからない。ハリーの容姿の情報はジェームズ·ポッターのような丸い眼鏡をかけた、緑色の瞳の子供だった。しかし、ホグズミードをどれだけ眺めても、そんな少年は見つからなかった。ディメンターに見つからぬよう隠蔽魔法を駆使して確認するハリー・ポッター探索は、まったく効果がなかったのである。

 

 標的であるハリーは別に、ドロホフたちへの防衛意識が高じて変装をしていたわけではなかった。

 

 街を歩く度に生き残った男の子だという視線を浴びるのが億劫で、ザビニからもらったフェイスクリームで額の稲妻形の傷を消して出歩いたこと。

 

 ダフネの好みを尊重して、瞳の色を目薬で一時的に変化させて出歩いたこと。

 

 それらのお陰で、フィーナとドロホフはハリーを発見できずにいたのである。12月の冷えた外気を感じながら、貴重なポリジュース薬と変身魔法を駆使してホグズミードを歩き回ったが、それだけの時間をかけてもなおハリーと思わしき人物を見つけることは出来なかったのだ。

 

 ハリーを強引にでも見つける方法はいくつかある。その辺の子供にポリジュース薬で変装し、ホグズミードで聞き込みをすればいい。しかしポリジュース薬には限りがあり、ハリーを知る人間を見つけることはできなかった。

 

 その日、ドロホフが魔法の研鑽をしてかつての実力の一端を取り戻しながらマグルの殺戮を繰り返して衣食住を満たしていた時、フィーナは一つの提案をした。

 

『ホグズミードでインペリオを使いましょう、アントニン。あれならばポッターを見つけられる筈です』

 

 インペリオ(支配)によって手当たり次第にホグワーツの生徒、あるいは学生に人気のある店の店員を支配し、ハリーを探させるというものだった。しかし、隠蔽が困難だという理由でドロホフはこれを却下した。

 

『それはいかん。それは最後の手段だ、フィーナ。支配した記憶の忘却には精緻な腕が必要だが、俺にもフィーナにもそこまでの腕はない』

 

『支配した後、その魔法使いを殺害してエバネスコ(消去)するのは?行方不明になれば発覚は遅れます』

 

『マグルならばいざ知らず、魔法族が突然居なくなれば闇祓いが動く。次の日には俺たちは大量の闇祓いに囲まれているだろうよ』

 

 死の魔法を行使してから殺した遺体を消去すれば、そのものは容易い。しかし、ホグズミードでホグワーツ生や店の店員が行方不明になれば、警戒レベルが上昇するのは必然だ。マグルならばともかく、魔法族相手においそれと闇の魔術を行使するわけにはいかないとドロホフは言った。

 

 本来ならそういう時のために、犯罪に手を染めた阿呆な子悪党や密漁者を使うのだ。だが、フィーナがホグワーツに送り込んだ密漁者たちは全員が取っ捕まってしまった。使い捨てにできる手駒が残っていないのである。ドロホフのかつての部下はアズカバンで発狂死しており、人手のあてはなかった。

 

 闇の魔術の一つ、インペリオ(支配)は万能だ。しかし、使用後はチャームの一つ、オブリビエイト(忘却)によって支配されたという記憶を忘却させるのが推奨される。操られて本来しない行動を取った人間は、そのときの記憶を覚えている。当然、誰がインペリオをかけたのかも。しかし、今のドロホフもフィーナも、オブリビエイトに秀でているわけではなかった。

 

 闇の魔術に秀でる人間には、闇の魔術に精通するあまり他の魔術が疎かになるという欠点がある。単純に闇の魔術の使用難易度が高いためにそれの修練に時間を取られ、変身呪文や各種チャームを忘れていくことも理由の一つだが、あまりの闇の魔術の強力さに慢心し、無意識で他の魔法を見下すこともその理由の一つだ。

 

 ドロホフ自身は、闇の魔法使いの中では闇の魔術だけではなく他の魔法にも精通している方である。正しくは、かつては精通していた。アズカバンでの十年という無為な歳月は、アントニン・ドロホフから魔法の精密さを奪い去っていた。簡単なオブリビエイトならば成功することはマグルで人体実験し確認済みだが、魔法族相手に通用するような精度ではなかった。現在の腕では、オブリビエイトで忘却させたとしても、必ず後から記憶の欠落があると気付かれてしまう程度の腕しかない。

 

 フィーナはもっと悲惨だった。ドロホフは錆びた腕を取り戻すためにフィーナに胸を借りるつもりで何度か手合わせしたが、フィーナの魔法の腕は十年アズカバンで過ごしたドロホフ未満でしかなく、ドロホフがフィーナを指導しなければならなかった。

 

 フィーナによれば、彼女はDADAのNEWTをEで通過したとのことだった。しかし、そんなことは何の自慢にもならなかった。ドロホフから見て、フィーナはたまたま闇の魔術の才能があっただけの凡人でしかなかった。帝王全盛期の時代にフィーナがいたとしても、闇の印は与えられなかっただろう。

 

(……仕方あるまい。娑婆に出られたのはこの娘のお陰でもある。もう少し付き合ってやるとするか……)

 

 

 ドロホフがそう判断したのは、闇の帝王の居所に関する手掛かりがなかったからでもある。本当ならばすぐにでも主君に合流したいところなのだが、錆び付いた腕のまま帝王と合流し、挙げ句帝王の足手まといになったのでは牢獄にいる同僚にも帝王にも申し訳が立たないし、恩義のあるフィーナの後見人になってやることすら出来ないのだから。

 

 フィーナと自称する娘は聖28一族に数えられる純血でも、経済力を有した魔法使いの一族でもないとドロホフは察していた。そのどちらも、帝王の失墜と共に帝王への支持を取り下げたからだ。レストレンジ家は別だが。

 

 フィーナと名乗った娘は若さゆえの美貌こそあったものの、ベラトリックスや純血の人間たちが幼い頃からしつけられて身に付けた所作の優雅さはなかった。

 

 

(おそらくは名もない半純血の家の出で、スリザリン内の有力な一族に取り入ることも出来なかったのだろう。……ホグワーツには他の寮もあるのだったか?ま、俺に細かい違いなんぞ分からんが)

 

 フィーナという娘がなぜ自分を脱獄させたのか。単純に入手できた鍵がドロホフのものだった、というだけではないと、ドロホフは踏んでいた。

 

 死喰い人として帝王に殉じた者の大半は、ホグワーツのスリザリン出身者だ。ドロホフは帝王に従い己の罪を認めて英国魔法界の牢屋に入ったが、それはドロホフが死喰い人の中で政治能力に欠けていたからに他ならない。例えばルシウス·マルフォイならば、己の罪を免じられるほどに魔法省内に取り入るという小賢しい立ち回りができた。地盤が英国にあるルシウスならではの芸当で、元々外国人のドロホフには出来ない立ち回りだ。

 

 ドロホフの中で思考が巡る。

 

 この娘はなぜ自分を助けたのかと。

 

 はじめてアズカバンに入り込んだこの娘に囚人の誰がデスイーターでどれだけ優秀かの判別がついたとも思えない。

 

 が、この娘がアズカバンの牢屋を破壊して侵入したとき、娘は確かにこう呼び掛けた。アントニン・ドロホフはいるか、と。

 

 

 ベラトリックスやロドルファス、ソーフィンではない。ダームストラング卒業生のドロホフをだ。

 

 フィーナは、スリザリン派閥ではないドロホフしか自分を受け入れないと思ったのかもしれない、とドロホフは考えた。

 

(……結果がどうあれ。生き延びたら。もしもこいつが生き延びたなら、闇の帝王に取り次ぐとするか。……俺も、随分と焼きが回ったもんだ。かつては何十人と手駒が居たのに、今は小娘一人とはな)

 

 己の不甲斐なさを笑ってか、それとも、帝王に対して不敬ではあるが、現在の状況を楽しんでか。ドロホフはフィーナに温かいスープを差し出した。簡単なポトフで味付けも薄めだが、外回りで冷えた体には効くだろう。

 

「まずは食べて英気を養うことだ、フィーナ。次の週末までは時間もある。焦ることはあるまい」

 

「ええ、頂きます……アントニン」

 

 

 フィーナは疑いもせずに差し出されたポトフを飲み干した。その疑いのなさ、ドロホフに対する警戒心の薄さに対して、ドロホフは内心で苦笑した。新しい世代の闇の魔法使いは、ありとあらゆる点で未熟だったのである。

 

 




ドロホフはダームストラング卒業生ということにします(この二次創作の独自設定です)。
ダームストラングファンおよびドロホフファンの方はごめんなさい。でも闇の魔術を習っているダームストラング出身者は闇の帝王からしたら闇の魔術の研鑽と人材コレクションのために欲しい人材だと思うんです。カルカロフもダームストラング出身者でしょうし。

……とはいえダームストラングだけを不当に貶めるのはアレだしそのうちボーバトンやイルヴァーモーニーやマホウトコロ出身のデスイーターを出してバランスを取れるかなぁ……
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