いいことは落とされる展開の前振りっていうか。
日曜日の朝、ハリー·ポッターは眼鏡をかけ、ダフネから貰った目薬で瞳の色を赤く染めてダフネ·グリーングラスと共にホグズミードを探索した。ペットショップでの餌やケージ内の遊具の購入を早めに切り上げ、視界が悪い中を美術館に向かって進む。
「今日は霧が濃いわね……」
「ディメンターが活発化しているね」
ハリーはホグズミード周辺を警戒するディメンターの側を通り過ぎたが、ルーピン先生の訓練のお陰で耐性がついたのか、ハリー自身の幸福感が多かったからか、それともパトロナス習得の兆しが見えたからかは分からないが気絶するようなことはなかった。脳裏に父の声や母の今際の声が聞こえはしたが、ハリーにとって一歩前進だった。
「……ディメンターももう大丈夫そうだ。今年はもう無理だろうけど、来年のクィディッチ選抜試験は受けられるかもしれない」
「良かったわね。けれど、それならキャプテンに今すぐ復帰させてくれと頼んでみたらいいのではないかしら」
「そうしたい気持ちもあるけどね。今のチームは今の状態で上手く回ってるんだ。横から下手に茶々をいれて勢いを削ぐのはよくないよ」
クィディッチ対抗戦は現在スリザリンが一位、グリフィンドールが二位で推移している。グリフィンドールとスリザリンは勝ち星の数で並んでいるものの得失点差でスリザリンが一位となっている。下手にチームを弄ることは致命傷になりかねないと、チームを見ているハリーにも判断できた。
「キャプテンフリントに言いたいことは山程あるけど、あのまま試合に出てもどうにもならなかったのは事実だからね。素直にスリザリンチームの応援に回るよ」
そんな話をして、ハリーとダフネは目的の場所、ホグズミード美術館に辿り着いた。
「人の数はまばらのようね。この美術館、お父様が学生の頃に一度燃えてしまったそうなのよ。だから展示品も新しい作品や、姉妹館から持ってきたホグワーツ縁の作品が多いらしいわ」
「展示品の解説とか頼んでもいいかな?」
「仕方ないわね。その代わり、目玉の大展示品はじっくりと観察させて頂戴。どんな作品があるか楽しみなの」
十八世紀の中頃に建築されたホグズミード美術館は、ホグワーツに縁のある魔女や魔法使いの作品や、ホグワーツ出身の偉人を題材にした作品も数多いとダフネは言う。そんなダフネの蘊蓄に相槌をうって、入口付近で入場券を購入すると、ハリーは後ろから肩を叩かれた。
「よっす。遅かったなハリー」
「ザビニ。デイビスもごきげんよう。待たせたかい?」
「こんにちわダフネ、それからハリー!ぜんぜん大丈夫よ!さっきはザビニに頼んで箒で運んで貰ったの。ザビニったら、結構上手いのよ?来年は選手に選ばれるんじゃないかしら」
「ハリーほどじゃねえよ。冗談はほどほどにして先に進もうぜ」
ザビニを先頭に、ダフネはハリーと歩調を合わせて美術館の中を進んだ。魔法がかかったガラスの中に保存された絵画は、訪れた客たちに寄ってらっしゃい見てらっしゃいと語りかけ、自分がどのように作られどんな絵画であるのかを喧伝していた。。ダフネはそこで、展示された絵画と議論を交わしている女子の姿を見つけた。ダフネの胃が少し縮んだ。
「……じゃあ貴方は、ピクトマンサーのリルム·フィガロの弟子が書いた絵だと言うの?」
「そうだぞ。動く絵に関してはリルムの右に出るやつはいなかったけど、なかなか上手く書けてるだろう」
「肖像画が肖像画の元になった人の人格じゃなくて画家の人格を写してるのは駄目だろ!」
ロン·ウィーズリーのもっともな突っ込みが肖像画に炸裂する。絵描きの腕が良ければ良いほど、肖像画は元になった人物の人格を忠実に再現するものなのだ。リルムは十八世紀から二十世紀の中頃まで生き抜いた高名な画家だが、己の技量を受け継ぐ後継には恵まれなかった。
正確に言えば、育てた後継のうち有力な人間が不幸にも夭逝し、天才の作品は戦火のなかに消え、凡庸な後継者の作品しか残らなかった。魔法界の絵画では希にある不幸である。
だからこそ、真の天才が遺した作品は途轍もない価値を有するのだ。
「とても残念ね……芸術というものが失われてしまうのは」
ロンやハーマイオニーに親しげに話しかけるハリーとザビニを見ながら、ダフネは絵画の世界に没頭していた。そんなダフネを見て、トレイシーははぁとため息をついた。
「ダフネはさぁ……」
「何かしら?」
「グレンジャーとポッターが親しそうなのを見て何とも思わない?」
「良いことではなくて?少なくともハリーにとってはね」
ダフネの言葉に、トレイシーはまた深いため息をついた。
「うーん、私はダフネのほうがいいと思うけどね!」
(……本当に……)
ダフネとしては、余計なお世話だと言いたい気分だった。父に親しくしておけとせっつかれてハリーと友人になったまではいいが、恋愛感情まで持てと言われるのはごめんである。友人に向ける感情と、胸を焦がすようなあの気持ちとは別だというのに、トレイシーはあえてそれを混同したがるのだから。
それはそれとして、ダフネは当初の目的は果たすつもりだった。目玉となっている絵画の鑑賞と、ハーマイオニー・グレンジャーとの最低限の交流。今後のホグワーツでの生活をましにするためにも、ハーマイオニー・グレンジャーと友人になる必要はないし、パンジーの親友である自分がそうなるのは不可能だが、少なくとも敵ではないと思わせておきたかった。
美術館の作品群は、マグルの絵画からインスピレーションを得た作品も多い。良く言えばオマージュとして分かる人間には分かるようにマグルの絵画の要素を取り入れつつ、魔法の世界を描くのが優れた絵画だ。
しかし、中にはマグルの絵画をそのままトレースしたような粗悪な作品もあった。ハリーやロナルド·ウィーズリーがそうと知らずに感心した声をあげるので、ダフネはそれはマグルの作品をそのまま模写しただけだと言いたい気分に襲われた。
(……いいえ、駄目よ。人が楽しんでいるところに水を差すのはいけないわ。……絵の元の作品なんて、絵画に興味を持って、いろんな作品を見てから知ればいいことよ)
絵画好きとしては指摘したいが、楽しみを奪ってしまうのは良くないという自制心がダフネにはあった。絵の楽しみ方は人それぞれなのだ。
「これは良い絵だねロン。タイトルは『ユニコーンと貴婦人』か」
「ちょっとユニコーンの角がでかいよなー。でも迫力があるぜ。案外楽しいもんだなぁ」
「まぁ、二人とも。これはね……」
(……!あの子、もしかして……!!)
ハーマイオニー·グレンジャーが何事かを二人に言おうとしたのを見て、ダフネは急いでハーマイオニーに話しかけた。
「ねぇ、ミス·グレンジャー。少しいいかしら。貴方に見てほしい絵があるのだけれど……」
「え!?わ、私に?」
突然のことに困惑の色を隠せないハーマイオニーに、ロンは首をかしげながら言った。
「……?行ってきたら?俺、ハリーとこのフロアの骨董品を見て回っとくし。終わったらまた落ち合おうぜ」
ダフネはハーマイオニーを引き連れて、二階の展示室へと上がった。展示室に至る階段はエレベータのように二人を上に上にと押し上げていく。ハーマイオニーは少しだけ警戒しながら、ダフネに尋ねた。
「……あの、ミスグリーングラス。見てほしい絵って何?」
「いきなり連れてきてごめんなさい。見てほしい絵というのは嘘よ」
「……?ならどうして私を……?」
「貴女が本当のことを言うと思ったから。あの絵が『貴婦人と一角獣』の模写だって知っていたのでしょう?」
「ええ。本で目にしたことがあるわ。本物はタペストリーになっているけれど……」
貴婦人と一角獣は、元々はマグルの世界の作品だった。この作品の出来映えに感心した一人のピクトマンサーは、魔法絵画の技術でこれを再現してみたくなったのだろう。魔法によって描かれた貴婦人と一角獣は、知らない人が見れば良くできた立派な絵画に見える。
「あれが本物をそのまま模写しただけの劣化品というのは事実だけれど、それは黙っておいてくれないかしら?楽しんでいるところに水を差したくないし、……魔法絵画を嫌ってほしくもないのよ。本当に力量のある画家の作品はもっと素晴らしいの」
ダフネはなるべく真摯にハーマイオニーに頼み込んだ。ハーマイオニーがきょとんとした顔でダフネを見ているので、やはり駄目かとダフネは思った。
(それはそうよね。向こうからしたら、私は虐めっ子の一員なのだし……)
「……いきなりこんなことを言われて困ったわよね。そうよね。今話したことは忘れて頂戴」
ダフネはハーマイオニーにそう言ったが、ハーマイオニーは首を横にふった。
「いいえ。私、ミスグリーングラスが絵のことが本当に大好きだって知らなかったからちょっと驚いたの。ハリーとロンには黙っておくわ」
「……!ありがとう、ミス·グレンジャー!」
ハーマイオニーは、たとえ気にくわない集団の一員であっても慈悲をかける心はあったようだった。ダフネはハーマイオニーに感謝した。
「いいえ。私も魔法界の絵画のことはほとんど知らなくて、ここをすごく楽しんでいるの。それに……」
ハーマイオニーは何事かを言おうとして、言い直した。
「それに、貴女みたいに深い教養と知識がある人と会えて嬉しいの。ミス·グリーングラス」
「……そ、それほどでもないこともないわ」
それはダフネにとって自尊心をくすぐる言葉だった。それから数分ハーマイオニーと話し込むと、ダフネはハーマイオニーに魅了されかかっていた。ハーマイオニーが水を得た魚のように絵画についても貪欲に学んでくれることが、ダフネには嬉しかったのだ。
***
「……じゃあハリーに目薬をあげたのはミスグリーングラスだったの?」
「ええ、そうよ。そちらの方が見た目もいいと思って。ハリーはいつもあの眼鏡をかけているから、気分転換にもなると思ったのよ」
「スネイプ教授はご立腹だったわ。でも私、なにも減点まですることはないと思うの。校則で定められているわけでもないことで減点するのは不当だわ。職権乱用よ」
女子同士の会話は長い。
正確には、ある程度気の合う相手同士ならば時間を忘れるほどに話し込んでしまうこともある。
当初は絵画の蘊蓄についてだった話はいつしかクィディッチや占いに関するものとなり、ダフネの身の回りの世間話からハリーに関する話題へと移った。ダフネはそれとなく、ハーマイオニーに尋ねた。
「ハリーはあの眼鏡をとても大切にしているわ。貴女がプレゼントしたのかしら?」
「それは違うわ。私の記憶では、ハリーは入学した時からあの眼鏡よ」
「……そう。ねえ、ミス·グレンジャー。一つ頼んでもいいかしら?ハリーについてのことなんだけど」
「ハリーについて?どんなことを?」
「それはね」「オーイ、ハーマイオニー!!」
「ハリー!」
ダフネがハーマイオニーに頼みごとをしかけた時、ダフネたちはロンとハリーに発見された。ハリーは件の眼鏡をかけたまま、ロンの後ろからてくてくと歩いてくる。
「二人とも、三十分も戻ってこないから心配したよ。どこかで迷子になってるんじゃないかって。邪魔だったかな?」
「……い、いいえ。そんなことはないわ」
ダフネは素早くハーマイオニーに目配せした。女子同士で成立する暗黙の了承だ。ハーマイオニーはニコニコと笑って頷いていた。
「なら良かった。二階には目玉の絵画があるそうだね。もう見た?」
「まだよ。……そろそろ行きましょうか」
「ザビニたちは?あいつらも一緒に見なくていいのか?」
ロンが辺りを見回してザビニたちの姿がないか探す。ハリーは肩をすくめて言った。
「二人はきっと二人だけの時間を楽しんでいるよ。そっとしておこう」
「何だか急激に邪魔したくなってきたぜ」
「やめなさい」
ロンとハーマイオニーの夫婦漫才を横目に、ダフネたちは美術館の一番の目玉である絵画を四人で鑑賞した。
「……これは…何?杖を持ったパン屋?……と、紳士?綺麗な絵だけど……」
「謎なチョイスだな、これ……」
その絵を見て、ハリーは明らかに混乱していた。ロンもその困惑に同意する。
絵画の中では、ずんぐりした柔和な顔のパン屋が紳士から杖を与えられている。紳士は穏やかな顔で杖を差し出し、パン屋はどこか愛嬌のある顔で杖を受け取っていて、紳士はパン屋からパンを受け取って美味しそうに食べていた。
「この絵画は……正真正銘のオリジナルね。凄いわ……」
ダフネも困惑していた。ダフネは絵に使われている技法が精緻を極めていることに感心しきって、無言でその絵画の意味を考えていた。
(……パンはマグルの宗教で『肉』の意味を持つわ。この絵画では、このパン屋はマグルの象徴。紳士がパンを受け取っていることから、紳士に肉を差し出している、ということ)
ダフネは絵の内容を読み解きながら、次第に冷や汗が滲んでいた。
(…………紳士が杖を与えているのはどう考えてもおかしいわ……マグルに魔法使いが杖を与えるなんて、あってはならないことなのに……)
ダフネの中の純血主義的な思考が、この美術館は大丈夫なのかという思いに駆られ、警鐘を鳴らす。
(……こんなに冒涜的な絵画を置くなんて……でも……こんなに幸せそうに……まるで対等の存在であるかのように……)
絵画に込められた政治的な意味合いを読み解いてなお、ダフネはその絵画から目が話せなかった。
魔法族のほとんどの絵画では、マグルのメタファーとなる存在を下に置き、魔法使いのメタファーとなる存在は必ず上位に置く。魔法使いとマグルは対等の存在ではなく、魔法族が上だという暗示を入れるのが一般的だ。
だというのに、この絵画では二人は対等の存在であるかのように向かい合って、お互いに友のように笑い合っている。ダフネはこの絵画がどれほど魔法族にとって革新的なものなのかを肌で感じ、これを描いた画家に敬意と畏怖を抱いた。その画家はまだ無名の新人だったが、必ず頭角を表すだろうとダフネは思った。
「……これは……ダンブルドアとマグル、らしいね」
ハリーの声が、どこか冷たくなった。ハリーは絵ではなく、絵の前にある看板の解説を読んでいた。
「ダンブルドアはマグルと友達になったって書いてある」
「ダンブルドア?ダンブルドアってこんなにいかしたおっさんだったの?」
ロンは面白そうに言う。ダフネは何となく納得した。
(……そう、そうだったのね……マグルと対等に接する変人、アルバス·ダンブルドアを持ち上げるための絵画……だからこんな絵が……)
その絵に夢中になっていたダフネは、絵を見るハリーの瞳が冷めていることに気がつかなかった。ハリーは腕を組みながらその絵画を見ていたが、やがてぽつりと言った。
「……ねぇ皆、次の絵を見に行こうよ。まだまだ見足りないだろう?」
その場に留まろうとするダフネを引きずり、ハリーたちは二階を探索して回った。
***
それは、あまりに突然の出来事だった。
ダンブルドアの絵画を見て以来、どこか不機嫌だったハリーと共に美術館を回っていたダフネは、ゴッホの画風を真似た絵画を指で指し示しながらハリーにその絵の素晴らしさを解説していた。
「色の塗り方が独特なのよ。普通なら暖色と寒色の配合を意識して描くのだけれど、あの絵は見ただけで人の不安をくすぐるような配色がなされているの。それにね」
壁にもたれていたハリーに話しかけていたダフネは、その時、ハリーの体が何かに吸い込まれるように消えたのを見た。
「!?」
ダフネは二度三度と瞬きをし、周囲を見渡す。ダフネの話に相槌をうっていたハリーの姿が、ない。
ダフネはそれから数分、ハリーの姿を探した。ロンやハーマイオニーと合流し、さらにザビニたちとも出会い男子トイレを見てもらったが、ハリーの姿はどこにもない。
ハリーが寄りかかっていた壁にレベリオをかけても、何もない。
ハリーだけが、美術館から消えてしまったのだ。
***
「……なぁザビニ。これって」
「……ああ。やべぇよ。絶対またろくでもねえことに巻き込まれてる」
「理由を考えるのは後にしましょう。ハリーを見つけるのが先よ」
そう言うハーマイオニーにも名案はないようで、その表情は暗い。その時、ザビニは懐から一つのライターを取り出した。トレイシーがザビニに非難の声をあげる。
「それは何なのザビニ。こんなときにライターなんて……」
「……こいつでハリーと合流する。対人限定のポートキーみてえなもんだ。トレイシーとダフネはここに残れ。何があるか分からねえし、危険だからな」
「……えぇ!?」
トレイシーは不満げな声をあげるが、ダフネは仕方ないと思った。ハリーが消えてから、ロンとハーマイオニーとザビニの雰囲気は普段のそれとはまるで違っていた。肌が焼けるような緊張感があり、下手に関わるべきではないと思わせる何かがあったからだ。
「トレイシー。ここは大人しくしていましょう」
そのダフネの懇願を、トレイシーは聞いていなかった。
ザビニたちは人気のない物陰に移動して、ライターを逆さにして三度降る。人をすっぽりと覆ってしまえそうな炎が、ライターから解き放たれた。
まずはロンが、次いでハーマイオニーが消える。ザビニが炎の中に消えようとしたその時、トレイシーが叫んだ。
「私たちだけ仲間はずれなんてズルいわよーっ!!!!」
トレイシーはダフネの手を引いて、ザビニを覆う炎に突っ込む。気付くと、ダフネはトレイシーに引っ張られ、炎の中に飛び込んでしまっていた。
ダフネはフル-パウダーを使ったときとはまた異なる、暖かな毛布の中を泳ぐような感覚を味わった。一瞬でその感覚から解き放たれたあと、腐った卵に夏場の魚を混ぜたような匂いが、ダフネたちを襲った。ダフネはあまりの異臭に絶句して倒れそうになり、トレイシーに支えられた。
「あ、ありがとうトレイシー……!!?」
「いいわ。……何よこれぇ……」
「ハリー!いるか-!?居るなら返事してくれ!ロンだ!!」
「ハリー!?」
ロンとハーマイオニーは、トレイシーとダフネの対応をザビニに任せ、ハリーと合流せんと駆け出した。ザビニはトレイシーとダフネに向き直ると、軽薄な態度をかなぐり捨てて言った。
「……トレイシー。あとグリーングラス。俺の側から離れんなよ。マジで油断したら死ぬかもしれねえ。俺ならお前らだけなら逃がせる」
「う、うむ……ごめんねブレーズ……」
「過ぎたことを言っても仕方ねえ。さっさとハリーと合流すんぞ」
ザビニは非常に端正な顔立ちと時に傲慢に、時に軽薄な態度が人気だ。だが、そんなザビニでも真剣になっているという事態がダフネを不安にさせた。
(本当に……大丈夫なの……?ここは……)
ダフネたちは、魔法で作られたと思わしきだだっ広い部屋の中にいた。それはダフネが今までに見たなかでも最も不快な部屋だった。
部屋には申し訳程度のランプが天井に備え付けられているだけで、家具どころか装飾もなければ、窓もない。部屋と呼ぶのもおこがましいような、白いだけの不愉快な空間だ。その不愉快さを助長しているのは、部屋に充満する強烈な刺激臭だった。匂いの強い食べ物が腐ったとき、スコージュファイ(消臭)でも何日も匂いが取れなくなることはある。
(ハウスエルフの穴蔵でもここよりはマシよ……)
ダフネのお気に入りのローブはもう駄目になってしまっただろう。一刻も早くハリーを見つけて、この場所から出たいとダフネは強く願った。
「やった!ねぇー聞いたダフネ!!凄いでしょあたしの彼氏!」
「おまっ……杖腕に引っ付くなトレイシー!魔法が使えなくなるだろーが!」
漂う異臭に負けまいと空元気を出すトレイシーではあったが、その行動はその場に適しているとは思えなかった。冷や汗が止まらない様子のザビニを見て、ダフネはごくりと唾を飲み込み、部屋の奥へと進んだ。
「ミスタウィーズリー……ミスグレンジャー……置いていかないで……」
不安にざわめく心のままダフネは先行する二人に呼び掛ける。部屋の奥に進み、二人の背中に声を投げ掛けたダフネは、そこで立ち尽くしている三人を目の当たりにした。
のっぽの赤毛と、ぼさぼさで纏まらない栗色の髪の奥には、眼鏡の姿があった。その姿を見たとき、ダフネは思わず駆け出していた。
「ハリー!無事だったのね!」
「来ちゃ駄目!!あなたは目を瞑って、後ろを向いていて!」
「ダフネ!……それに、ザビニとデイビスも。……無事だったんだ。良かった……」
ハリーはダフネの姿を認めて、笑おうとしたように見えた。しかし、ハリーの顔は蒼白で、笑顔らしきものは作れていなかった。そしてハリーの声色は普段の穏やかなものとも、美術館での楽しんだ様子とも全く違う。触れたら何もかもを壊してしまいそうな危うい雰囲気があった。
「……一体……どうしたの……?」
ハリーの足元には、大きな袋があった。袋は巨大な芋虫のように細長く、三つもあり、そのどれからも強烈な刺激臭がした。
「……えっと……ハリー。足もとの袋は……何だ?滅茶苦茶な匂いがするんだけど。腐ったチーズの塊だったりすんの」
ロンが恐る恐るハリーに尋ねる。人間という生き物は、知りたくはないものでも確かめずにはいられなくなることがあるが、ロンは好奇心からそう言ったわけではない。確認しなければならないという義務感と、そうあってほしくないという願望が混ざりあっての言葉だった。
「…………」
ハリーは唇を噛み締めていた。誰も、何も言えない。一分が十分にも思えるような沈黙の後、ハリーは小さな声で言った。小さな声だが、その場の全員が聞き取るには十分だった。その言葉を聞いたとき、ダフネは恐ろしさのあまりに悲鳴をあげ、ハリーから飛び退いた。
「…………人の、死体だ」
おめでとう。
ハリーのLOVEがあがった!
ダフネはSANチェックに失敗したようです。
……まぁ冗談はさておき十三歳の子供にはちょっときつい体験だったかな……やり過ぎたかな……