蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ハリーの受難はまだまだ続くよどこまでも。


love(3)

 

 

 時を少し遡る。

 

 ハリーは、アルバス·ダンブルドアとパン屋の絵を見て、言い様のない不快感に胸がざわついていた。

 

(……何でこんなに腹が立つんだろう)

 

 絵そのものは、ハリーの目から見ても非常に良くできていた。見ていて目が眩むようなこともなく、色彩も過剰ではない。ダンブルドアにパンを渡すマグルの笑顔は、そのマグルがよい人柄であることを示していた。

 

 それでも、マグルとダンブルドアが対等に接する絵はハリーを不愉快にさせた。

 

 

(……ダンブルドアはマグル、マグルと言うけれど。マグルよりも僕たち魔法使いのことを考えてくれたらいいのに)

 

 それはマグルに対してではなく、ダンブルドアに対する八つ当たりじみた感情だった。絵の中のダンブルドアは、微笑んでマグルに杖を与えている。

 

(杖なんてマグルには何の意味もないのに)

 

 ハリーはダフネに話をして、その絵を離れて別の絵を見るように提案した。しかし別の絵を見てもなお、ハリーの胸中にあるのはダンブルドアに対する苛立ちだった。

 

(……あんなの、きっと嘘っぱちだ)

 

 ハリーは、ダンブルドアがマグルと友人であるということに対して怒りを感じていた。魔法使いであるハリーのことはさんざん放置したくせに、無関係のマグルとは親しげにして、あまつさえ杖を授けるなんてなんて人なんだと思っていた。

 

 ダンブルドアは、魔法使いの中でリベラルに理解がある偉人であると思われている。ある程度の価値観の多様性に理解を示し、魔法使いだけではなくマグルやマグルの文化に対しても寛容であると思われている。

 

 今ハリーを苛んでいる怒りは、ハリー自信が体験したダーズリー家での虐待が原因だった。マグルの最も残酷な部分を肌で感じた上、スリザリンで育ったことが怒りという火に思想という油を注ぎかけていた。

 

 スリザリンの考え方は、ダンブルドアの主張する多様性や寛容さとは対極だった。魔法使いの文化を守るべきであるという考え方は保守的な考えだ。ロンに言わせれば現実が見えていない黴の生えた考えなのだろうとハリーも思う。それでも。

 

(マグルの良いところばかり絵にして、マグルの悪いところに触れてないなんて)

 

 それでも、ハリーはダンブルドアがそう主張することがおかしく思えた。ダンブルドアは、マグルがハリーを虐待したと知っているのだ。絵の内容はハリーの出来事よりずっと昔の史実をもとにしているとあった。それでも、だからこそハリーはあの絵が受け入れられなかった。

 

(おかしいよ。そんなのは、綺麗事で事実から目を背けてるだけじゃないか)

 

 そんなことを考えながら柱にもたれ掛かり、絵の内容も頭に入らないままぼんやりとしていたハリーは、柱がなくなるような感覚を味わった。

 

 

「なっ!?」

 

 ハリーは驚いた。体重を預けていた柱がなくなったかのような感覚と同時に、視界が歪んだからだ。それはフルーパウダーを使ったときの視界に似ていたが、決定的に違うのは、背中から地面に落ちるような感覚と、強烈な魔力があることだ。

 

 ハリーは反射的に叫んだ。ハリーの手には杖が握られている。

 

「レヴィ(浮遊)!!」

 

 

 地面に落ちるはずだったハリーの体は、落下を免れて浮遊する。レヴィはウィンガーディアム レヴィオーサの短縮形で、ウィンガーディアム レヴィオーサを習得していれば咄嗟の場面でも使える浮遊魔法だった。ハリーは、「アバダケタブラ」という甲高い声をはっきりと耳にした。

 

 ハリーはクィディッチで培った反射神経と、決闘クラブで培った飛行訓練の技術をもとに浮遊する。瞬間、ハリーの下部に緑色の閃光が駆け抜ける。

 

 

 ハリーは状況が理解できていたわけではない。アバダケタブラの詳細も知らない。それでも、その瞬間ハリーは正解を選択していたと言うべきだろう。ハリーは反射的に杖を、声がした方角に向けていた。

 

「ステューピファイ(失神)!!」

 

 ハリーの杖から赤い閃光が放たれる。それは人影に直撃したものの、三体の人影は倒れずにのろのろと歩んでくる。ここに来てハリーは、異臭がその人影からすることと、人影のさらに奥に、背の高い女性の姿があることに気付いた。

 

 ハリーはまず三体の人影が、生気がなく、ハエや虫がたかっていることに気付いた。そちらに気を取られそうになるのをこらえ、ハリーは奥の女性に杖を向けて石化魔法を打ち続けた。

 

「……ペトリフィカス トタルス デュオ(石化呪文連射)!!」

 

 失神こそしないものの、直撃すれば全身の自由を奪う魔法の連射。決闘クラブのバナナージが多用するそれは、命を奪う危険性こそ少ないものの一対一なら当たれば勝ちが確定する。一対一なら、ステューピファイ デュオ(失神呪文連射)よりも魔力効率がよい魔法でもある。

 

 ハリーがその魔法を選択したのは、ステューピファイの直撃にも関わらず三体の人影が停止しなかったからだ。ハエがたかった三人は、明らかに人間ではないとハリーは気付いた。それがあらゆる尊厳を破壊された遺体であることにハリーは気付き、頭が怒りで沸騰しそうになった。

 

 

 一方、ハリーがここまで反射的に魔法を多用し、即座に戦闘態勢に移行できたことにハリーと対峙する魔女は驚いていた。

 

 それは当然の反応だった。ハリーは13歳の子供なのだから。

 

 魔法使いには危険が付き物だ。咄嗟の場面でも反射的に魔法を多用し、いざというときに己の身を守れるのが優秀な魔法使いの証である。魔法使いが身を守る術を身につけているかどうか判断するために、OWLとNEWTが存在する。

 

 しかし、普通に生きていてアバダケタブラ(死ね)という悪意に曝される魔法使いはそうはいない。たとえDADAのNEWTをOで突破しようともだ。暗黒時代ならばまだしも、闇の帝王が失墜したこの時代で、平和に過ごしていた次の瞬間に見ず知らずの仮面をつけた変態に襲われるという経験をすることはまずない。だから現代における多くの魔法使いは、例えば学校で最も優秀とされる人間であったとしても、不意打ちに弱い。突然向けられる死を望むほどの悪意にも耐性がないから、頭で理解していても体が追い付かないか、頭が状況を理解するまもなく不意打ちに屈するのだ。

 

 その点、ハリーは違った。一年生の頃から、否、下手をすれば生まれた頃から命を狙われていたハリーは、恐怖から逃れるため、恐怖に打ち勝つために力を得ようと決闘クラブの門を叩き、自分以上の格上と戦い、揉まれた。ハリーが成長できたのは、本人にたしかなモチベーションがあったからだ。自分を襲う闇の帝王を殺したいというモチベーションが。

 

 結果として、単純な技量ではハリー以上の天才や秀才はいれど、悪意に対する耐性と戦闘の経験値だけはホグワーツ生でも随一となった。クィレル、そしてロックハートとの戦闘が、大人がハリーを襲うという事態もあり得るものとしてハリーに認識させていた。

 

「……く!!一体どうなって……!!!こんなの聞いてない!!」

 

 魔女は無言プロテゴでハリーの呪文を防ぐのに手一杯で、他の行動に移ることも出来ない。ハリーには知るよしもないが、アバダケタブラは大量の魔力と悪意、つまりは殺害対象への殺意を必要とするため、連射できるものではなかった。闇の魔法使いは格下をなぶり殺すことに長けていても、格上との戦闘経験はあまりない。相手を支配したい、殺したい、痛め付けたいという願望は、自分が相手の下である瞬間にそれが実現できないという恐怖へと変わるのだ。

 

「アヴィホース(鳥よ!)!!」

 

 魔女が状況に戸惑っている間にも、ハリーはアヴィホースで産み出した擬似的なフクロウをエンゴージオで肥大化させ、その上に乗る。魔女がハリーの知らない闇の魔術を撃ってきたとしても、フクロウを命の盾にするつもりだった。

 

 

 上空を取られ、盾を作られ、さらにインフェリの肉壁の隙間をぬって正確に放たれる魔法の数々。魔女は追い詰められていた。あまりにも想定外だったのだろう。魔女は上ずった声で叫んだ。

 

「抵抗するな、ハリー·ポッター!!お友達がどうなっても良いのか!?大人しく死を受け入れろ!」

 

 

 嘘によって動揺を誘い、その隙にハリーを殺害せんとする苦し紛れの策だった。この時のハリーにはその言葉が単なるハッタリであるなど知るよしもないが、結果的にその言葉は悪手だった。

 

「僕の友達に手を出すな!!カダバ ロコモータ(死体よ反逆しろ!!)!!!」

 

 ハリーには選択肢があった。女を守ろうとするインフェリをボンバーダやインセンディオで吹き飛ばし、焼いてしまって、魔女との一対一に持ち込むというのが、防衛術の観点から見た正解だった。

 

 しかし、友に手を出されたという怒りがハリーに冷たい怒りを与えていた。ハリーは、目の前の女を捕まえて、人質にしなければならないと思った。友達の安全を確保するためにも。

 

 それにはインセンディオでは駄目だった。女の力量では負傷してしまい、人質としての価値がなくなる可能性があったからだ。ハリーから見て女は突然襲ってきた闇の魔法使いでしかなく、今すぐ燃やしても飽きたらないが、利用された遺体に罪はない。目の前の魔女にとってもっとも残酷で自業自得な方法で、目の前の闇の魔法使いを捕まえなくてはならないと思った。

 

(自分が何をしたのか教えてやるっ!)

 

 ハリーの杖から、禍々しい闇の魔術が放たれた。それは女を護衛する三体の人影を包む。仮面をつけた魔女が息を飲むのがハリーには分かった。

 

「捕まえろ!!左右から回り込め!!」

 

 空中からハリーが指示を出す。女は悲鳴をあげて後ずさった。魔女の周囲にあったプロテゴが弱まる。感情の綻びがダイレクトにプロテゴの強度を弱めているのだ。

 

「ステューピファイ(失神)!! エクスペリアームス(武装解除)!!」

 

 ハリーはステューピファイによって女のプロテゴを破壊すると、即座に魔女から杖を奪い取った。19cmほどしかないナナカマドの杖は、ハリーの左手にすっぽりと収まっている。

 

 ハリーがエクスペリアームスを使ったのは、闇の魔術を使ったことで魔力を大量に消費したからだった。一呼吸をおいて魔力の流れを整え、友達に手を出した女への憎しみを糧にしてペトリフィカス トタルスによって石化させようと杖を向ける。黒い仮面をつけた魔女は三体のインフェリに手足を捕まれていた。

 

「仮面を取れ」

 

 ハリーの心に慈悲はなかった。死体によって仮面を剥がれた魔女はプラチナブロンドで綺麗な顔をしていたが、ハリーにとってはこれ以上なく醜い敵だった。

 

「ペトリフィカス トタルス!!」

 

 しかし、ハリーが杖を向けた瞬間、魔女は何かが破裂するような音を立てて消え去った。魔女はテレポートし、白い部屋から消えたのだ。

 

 その場に残ったハリーは、魔女に対する怒りと己の未熟さへの怒りに苛まれていたが、やがて命令を果たそうとする遺体を解放し、変身魔法で産み出した布で遺体を包み、漂う異臭をスコージュファイ(清潔)で清めた。

 

(……ごめんなさい……)

 

 遺体はどれも酷く腐敗していた。ハリーはその遺体を己のために利用したことに気付き、深い罪悪感に襲われた。

 

(……ここを出て、皆を探して……それから弔おう……)

 

 重たい足取りで周囲を見渡したハリーは、天井に青い扉があることに気がついた。

 

 

***

 

 それから暫くして、ハリーは三人の親友と一人の友人、そして一人のクラスメートと向かい合っていた。

 

「……?……!!人の死体……!?」

 

 充満する異臭を前にして、誰もが冷静さを保てていなかった。異臭の原因が人の死体ともなれば尚更で、ダフネは恐ろしさのあまりトレイシーに抱きついて奮えていた。抱きつかれたトレイシーは、言葉の意味を理解するのに精一杯だった。

 

(え……?……え……?何よそれ……)

 

 安全基準が緩い魔法界でも、真っ当に育てられてそんなものに遭遇する機会はそうはない。例のあの人の失墜以来、仮初めとはいえ平和の中に育ったトレイシーやダフネは、事態の異様さに飲み込まれていた。トレイシーは普段の饒舌さも忘れ、ダフネの手を握りしめていた。

 

(嘘でしょ……?来なきゃよかった……)

 

 トレイシーにとって否定して欲しい、悪夢か悪い冗談であって欲しい言葉。しかし現実は非常で、ロン·ウィーズリーはハリーの言葉を疑わなかった。

 

「……それが遺体って……なぁ、まさかハリー……お前が……」

 

「それはねーよ。絶対にねぇ」

 

 ザビニは苦虫を噛み潰したような顔で断言した。

 

 

「人ってのは死んでからすぐにはこんな異臭はしねえ。……そこの遺体は死んでから明らかに日が経ってる。ハリーを閉じ込めたやつが置いてたんだろ?」

 

「……ザビニ、何でそんなことが……あっ……」

 

 黒人の友人がなぜそんなことを知っているのか、ロンは怪訝そうな顔をして、すぐにその理由に気がついた。ザビニは夏季休暇の折に、身内に不幸があったばかりだった。

 

「……ああ。ここに飛ばされたとき、僕は仮面を被った女……おばさんに襲われた」

 

「仮面って?」

 

「趣味の悪い髑髏の仮面の魔女。ルナよりもファッションセンスのないバカそうな魔女だった。黒いローブを着込んでいた不審者だったよ」

 

 ハリーがここまで人を悪し様で言うのは珍しかった。ハーマイオニーは、ハリーに恐る恐る聞いた。

 

「襲われた……!?ハリー、貴方大丈夫だったの!?」

 

「……うん。エクスペリアームスで何とかなった。それより、あそこに扉が見えるだろう?」

 

 ハリーはその詳細について話すつもりはなかった。遺体に闇の魔術を行使したことは、ハリーだけの秘密にするつもりだった。

 

 五人はハリーが杖で指し示した天井を見上げる。白い部屋の、あまり高いとは言えない天井には青い木製の扉があった。扉は固く閉ざされていた。

 

「壁にもたれて絵を観察していたら、いきなり浮遊するような感覚があった。かなり驚いたよ。あの扉から、この部屋に引き込まれたんだって今なら分かるけどね。あの扉は、アロホモラでも開かないようにロックされてる」

 

「あの扉からここに落ちて襲われたってことか?」

 

 ロンが腕を組んでハリーに尋ねた。ハリーは小さく頷いた。ダフネの目薬によって赤く染まったハリーの瞳は、本来の翡翠色に戻りかけていた。

 

「間違いなくね。襲ってきたやつには協力者がいたみたいなんだ」

 

「協力者?そいつだけじゃねぇの?」

 

「……そいつの力量でこんな空間が作れるとは思えなかったんだ。僕に負ける程度の奴が一人でこんなことを考え付くとは思えない」

 

 ハリーは遠い目をして、ロンたちに事情を説明しようとした。ロンたちもあまり冷静ではなかった。神隠しにあった友人と、友人の側にある遺体という状況に飲み込まれて、この時判断を誤っていた。

 

 

「……なぁ、仮面をつけてたって言うけどさ。もしかして、それは」

 

 魔法使いの世界で育ったロンには、襲ってきた相手について心当たりがあった。ロンだけではなく、ザビニとダフネ、そしてトレイシーにも。金切り声が辺りに響いた。

 

「……いい加減にして!そんなこと聞きたくないわ!知りたくもないっ!!」

 

 ヒステリックな声が響き、ロンとハリーはびくりとして声のした方向を見た。そこにはダフネ·グリーングラスの姿があった。

 

「もう沢山よ!こんな場所に一秒だって居たくないわ!さっさと帰りましょうよ!ホグワーツに帰してよねぇ!出来るんでしょう!?!」

 

(うわ……うざ……)

 

 ロンがダフネに面倒くさそうな視線を向ける。ハリーは申し訳なさそうにダフネに謝った。

 

 

「……そうだね。ごめん、ダフネ。せっかくの休日だったのにこんなことになって……ザビニ、頼めるか?」

 

「ハリー……」

 

 ハーマイオニーは痛ましそうにハリーを見た。

 

(どうしてハリーがそんなことを言われなければならないのかしら……)

 

 明らかに異常な事態に巻きこまれ、命の危機に遭い、挙げ句友達から責められるというのは、いくらなんでも理不尽だとハーマイオニーはハリーに同情した。

 

「いいけどよ。お前が謝るようなことじゃねーだろ、これは」

 

 同様の思いはザビニにもあったらしく、気遣わしげにハリーにそう言うと火消しライターを取り出した。

 

「こいつでダンブルドアのところに送るぜ。いいよな?」

 

「ああ、頼むよ……!?」

 

 ハリーはザビニとの会話の途中で、額の傷に襲われた。あの魔女との戦いでは傷は傷まなかったのに、今は割れるような痛みがハリーの額から発されている。

 

(こ、これって……)

 

 

「ザビニ!急いでライターを使ってくれ!」

 

「ハリー!?」

 

 ハリーは命の危機を感じそう言った瞬間、膨大な魔力が青い扉から放たれるのを感じた。

 

「……早く!!扉から何か来る!」

 

 

 

 ハリーの声に反応できたのは、ロンとハーマイオニーだけだった。ハーマイオニーの悲鳴が響く。

 

「なんてこと……!?あれは一体何!?プロテゴ マキシマ(最大防壁)!!」

 

「悪霊の火だ!」

 

「火ー!?アグアメンディ(水よ)!!」「アグアメンディ マキシマ!!」

 

 その場の全てを飲み込みかねない殺意の奔流が、木製の扉を燃やし白い部屋を埋め尽くさんとする。漆黒の炎は数分とかからずこの部屋とハリーたちを飲み込むだろう。

 

 ハーマイオニーのプロテゴ マキシマは、炎に対して有効な防衛方法を試みた。炎が燃え広がらないように青い扉の周囲を包み込み、酸素の燃焼を最小限に留めようとする。

 

 しかし、悪霊の火に込められた悪意は想像を超えていた。元々プロテゴを粉砕する威力をもつそれは、炎ではなく魔力の余波だけで最大防御を突き破らんとする。

 

 そこにロンの杖から放たれた水が吹きかかり、次いでハリーの杖から最大出力の水が到達するが、炎の勢いは弱まることはなかった。

 

「……ち、畜生!!アグアメンディ!!」

 

 ザビニが右手の杖で水を放ちながら、左手に持った火消しライターで悪霊の火を吸い込もうとする。火消しライターは、ハリーの悪霊の火を吸い込んだ実績もあるのだ。

 

「何でだ!吸い込みきれねえ!」

 

 しかし、どうやらこの悪霊の火の術者は、ハリーが使ったより大量の魔力を込めていたようで、吸い込める量より燃え広がる火力の方が高い。ザビニの顔に絶望が広がる。

 

「そうか!制御してないから火力が高いんだ!」

 

 ハリーが原因に気付き叫ぶ。これは、術者が悪霊の火を最も効率よく使っているためだった。悪霊の火を完全制御することは、優れた闇の魔法使いでも難しい。だから己の制御可能な範囲で使うわけだが、あえて制御しないという手段もあるのだ。

 

 密閉され、二次災害がないと断言可能な空間内部に、自分がいない状態で悪霊の火を放つ。これならば、火力を弱める必要もない。酸素が尽きるまで悪霊の火は燃え続け、内部の人間を抹殺するだろう。

 

 ダフネとトレイシーは抱き合って動けない。

 

「もういやぁ!助けてえっ!!!」

 

「……!!フレイム グレイシアス マキシマ!!(炎よ凍結せよ!!)水を出して、二人とも!」

 

 必死で水を浴びせ、悪霊の火を抑えようとするロンとハリー。彼らの奮戦の間に、ハーマイオニーが魔法を唱えた。周囲の全員に耐火性能を与える魔法は、悪霊の火であっても十数秒は命を繋いでくれるだろう。しかし、悪霊の火の火力はあまりにも強すぎた。漆黒の炎は熊のような姿となり、火を吐き出して上空からハリーたちに迫る。

 

「あ……アグア……」

 

「うだ……ぐすっ……ひっぐ……」

 

 トレイシーとダフネは水を出そうとするが、あまりの事態に気が動転してうまく行っていなかった。

 

「ザビニ!皆を逃がしてっ!」

 

「お、おう!」

 

 ハリーは割れるような頭で指示を出し、杖を炎の熊に向け、そのまま叫んだ。

 

(……制御しなければいいっ!!)

 

「プロテゴ ディアボリカ(悪魔の護りよ出ろ!)!!」

 

 禍々しい黒い防壁が、ハリーの周囲に広がり、ハリーの意志に従って上空に舞い上がる。悪霊の火を迎え撃たんと、悪魔の護りの青い炎が衝突した。

 

 通常、悪霊の火を悪魔の護りで止めることは出来ない。

 

 

 悪霊の火は対象を燃やし尽くすための炎であり、悪魔の護りは自分にとって都合のよい、自分の望んだ存在を護るための魔法。込められる悪意の質に差はあれど、悪霊の火は悪魔の護りよりも高い威力を持っている。

 

 それは、悪霊の火が破壊のみを目的とした魔法だからだ。プロテゴの防御機能に性能を割いている悪魔の護りとで火力に差が出るのは当たり前だった。

 

 だからハリーは、ここで賭けに出た。

 

 プロテゴ ディアボリカの機能の一つである、味方に対して害を及ぼさないという機能を排除する。その分の魔力を、防壁の強度に回した。

 

 それは感覚的なもので、上手くいくという確証もない。しかし、ハリーは迷わなかった。生き残るために、そして友達を護るためなら、悪魔に魂を売ろうとも構わなかった。

 

 漆黒の炎と青い炎がかち合い、押し合う。ハリーは額の痛みだけではなく、杖をもつ右腕が消し飛びそうな痛みを感じた。あまりの魔力量にハリーは立っていられなくなりそうだった。

 

 

 そんなハリーを、支えるものがあった。

 

「アグアメンティ!!アグアメンティ!!」

 

 ロンは水を連射しながら、ハリーを支える。ハリーは歯をくいしばって、右腕から魔力を放ち続けた。

 

(……死ぬ……!!)

 

 しかし、ハリーには確信できた。このままでは、全員死ぬ。悪霊の火は強すぎた。プロテゴディアボリカでは、止められない。ハリーは脳内物質のせいか、周囲の動きかスローに見えた。

 

 ザビニがようやくトレイシーを逃がした。しかし、まだハーマイオニーもロンも逃げられていない。ダフネは涙を流しながら、死にたくない、死にたくないと震えている。

 

(……何で僕たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだっ!)

 

 ハリーの心に、敵への怒りが沸き上がった。ハリーはもう一度、怒りに任せて悪魔に魂を売った。

 

 

「プロテゴ ディアボリカ マキシマ(悪魔よ本気を出せ!!)!!」

 

 プロテゴディアボリカの炎は、すでにハリーの杖から放出され続けている。

 

 ハリーはさらにそれに、防御効果のある悪魔の炎を重ねて放出した。

 限界を超えるほどの最大出力で。

 

 

「……うおおっ!!」

 

 誰かの歓声が響く。ハリーの杖から放たれた青い炎が、漆黒の熊が放出する炎を飲み込む。そのまま、ハリーの炎は黒く染まりながら悪霊の火を飲み込んでいく。

 

「……!!フィニートマキシマ(終われ)!!」

 

「フィニート!!」

 

「フィニートマキシマ!!」

 

 ハリーはついに立っていられなくなった。ハリーは杖が悲鳴をあげているように感じ、急いでディアボリカの炎を止めた。青い炎が完全に黒く染まろうとしかけたとき、ロンやハーマイオニーの停止魔法がその炎を止める。ハーマイオニーのマキシマは、ハリーのそれより完璧に炎を消化してみせた。

 

 

 炎が消え去ったとき、ハリーはロンに肩を貸してもらっていた。ダフネは涙と鼻水でグシャグシャになった顔で、ハリーを見ていた。

 

「私たち……生きてるの……?」

 

 彼女の杖からもプスプスと蒸気が放出されている。アグアメンディに成功したのだ。自分が生きていることが信じられないようだった。ハリーは深呼吸して息を整えてから、にっこりと微笑んで言った。

 

「まだ分からないよ、ダフネ。ザビニに逃がして貰わないと」

 

「そう俺!俺に感謝してくれよ?」「いや俺も頑張ったんだけど……」

 

 胸を張るザビニと、少し拗ねたような声を出すロン。ハリーは残酷な真実を二人に告げた。

 

「ハーマイオニーの方が頑張ってた」

 

 ハーマイオニーもマキシマを多用したことで息があがっていた。深呼吸のあと、彼女はローブの袖で汗を拭った。

 

「……ええ、油断してはいけないわ。次の魔法が来たらもう生き残れない。一刻も早くここを離れましょう。ザビニ、お願いしてもいいかしら」

 

 

「おう、分かったぜ。順番はダフネからでいいな?」

 

 ハリーたちの頭脳からの指示は説得力があったようで、ザビニはすぐにダフネを、次にハーマイオニーを、そしてロンを逃がした。ザビニがハリーを逃がそうとしたとき、ハリーはザビニを静止してザビニから火消しライターを受け取った。

 

「お前本当に、自分を大切にしろよな!」

 

 そうしてザビニをダンブルドアのもとに送ってから、ハリーは部屋を見渡した。三体の遺体に向けてハリーは黙祷を捧げると、遺体をダンブルドアのもとに送った。最後にハリーが火消しライターの炎に包まれると、部屋には青い扉だった煤と灰、そして煙だけが残った。




一巻からの経験値と度胸の差で動けるロンたち。
動けないダフネやトレイシーはスリザリン生だからとかそんなのは無関係に経験と度胸と有事の際の知識が足りないだけです。
四寮生は幼少期からの環境と教育とラベリングでそういう人間に成っていくだけで、トレイシーとかダフネみたいな普通の人間の方が圧倒的に多いと思います。
それじゃ物語にならんからドラコとかハーマイオニーみたいなその寮に相応しい性格の人間が話を回していくわけですが。
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